その427 ~死者との約束~
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ベッカロッテの町の歓楽街の外れ。アゴストファミリーの屋敷。
現在、屋敷の中は息をするのも憚られるような、重い空気に包まれていた。
(つい二~三日前まではこんな事はなかったってのによ・・・)
ファミリーの構成員達は恨めしそうに屋敷の奥の扉を見つめた。
そこは彼らのボス、ヴァロミットの部屋――であったが、今は本部の殺し屋深淵の妖人によって使用されている。
深淵の妖人。
その正体は、前魔法科学文明の科学技術によって生み出された生物兵器。
特殊なインプラントを体内に埋め込まれ、固有の魔法が使えるようになった、改造生物であった。
深淵の妖人、【手妻の陽炎】は小さな包みを手に取った。
末端の痺れに指先は震え、痛みのために額には汗の玉が浮かんでいる。
早くこの薬を飲んで楽になりたい。しかし【手妻の陽炎】はその欲求をグッと堪えると、薬を分けてくれた仲間に頭を下げた。
「すまない、みんな。ありがたく頂くよ」
「んっ」
「フシュルルル・・・。気にしゅるなよ、てつまのかけろう。俺達なかまたろ。なあ、姉しゃん」
「(コクコク)」
異様な集団である。
水商売の女のような派手な格好をした青年剣士――【手妻の陽炎】。
ギョロリと大きな目に、やたらと長い手足を持つ男――【三十貫】。
全身、布や包帯でグルグル巻きになっている大男――【百足】。
口元を大きなスカーフで隠した白面の少女――【言の葉】。
【手妻の陽炎】は水と共に薬を飲みほした。
そのままジッと顔を伏せ、体から痛みが消えるのを待つ。
しばらくすると薬が効いて来たのだろう。眉間の皺が取れ、見るからに顔色も良くなった。
その様子に、仲間達もホッと安堵の表情を浮かべた。
「結局、俺達は、どこまでもこの薬に頼らざるを得ないのか」
【手妻の陽炎】は力のない声でポソリと呟いた。
「薬の生産が組織によって押さえられている以上、俺達はどうやっても組織には逆らえない。ふざけてるよな。一軍にも匹敵する超常の術を持ちながらも、俺達は好きなように人生を生きる事が出来ない。一生、組織の飼い犬、組織の奴隷という訳だ」
水母のセンサーをも掻い潜る、強力な固有の魔法の持ち主、改造生物。
そんな彼らの泣き所。それが体内に埋め込まれたインプラントに対して、人間の体が起こす拒否反応。つまりは免疫応答である。
彼らが飲んでいる薬は、その免疫応答を抑えるための物なのだ。
【手妻の陽炎】は、今までも組織の監視の目を縫って、どうにかして外部から薬の調達が出来ないか、八方手を尽くして探っていた。
今の所、その試みは上手くいっていない。
そもそも、仕様用途も限られる珍しい薬のため、流通量が少ないせいだ。
そのため、運よく手に入れる事が出来たとしても少量だけ。しかも継続して入手し続けるのは難しかった。
【手妻の陽炎】は、気遣うようにこちらを見つめる【言の葉】に微笑みかけた。
「そんな顔をするな。実はな、この町の医者が薬の入手方法を知っているみたいなんだ。もし上手くいけば、この薬の作り方も分かるかもしれない」
【手妻の陽炎】は、「まあ今の所はその可能性があるってだけなんだがな」と苦笑した。
それでも一歩前進したのは間違いない。笑顔を見せる仲間達。
【手妻の陽炎】は喜ぶ仲間を見回すと、痛みを堪えるように呟いた。
「もし、ここに【手長足長】のヤツがいれば、今の話を聞いてどう言っただろうな」
「「「・・・・・・」」」
深淵の妖人達は、仲間の最後を――首無し死体となった【手長足長】の姿を――思い出した。
【百足】が包帯の隙間から唸り声を上げた。
「フシュルルル・・・しんしられない。てなかあしなか、やられるなんて」
「俺もだ。アイツを敵に回したらどうなるか、俺達が一番良く知っている。【手長足長】の使う術はそれくらい強力なものだった。それをあの化け物はいともたやすく完封しやがった。あの殺気、思い出すだけでも震えが来るぜ」
あの子豚の姿をした化け物(※クロ子)が何をやったのかは分からない。
だが、【手長足長】はあの化け物相手になすすべもなく、一方的にやられてしまった。
ちなみに彼ら深淵の妖人達は、さっきから”術”と呼んでいる点からも分かるように、自分達が使っているのが魔法であるという事実を知らない。
良く分からない不思議な術を使っている、という感覚でしかなかった。
クロ子の魔法の発動を”殺気”と捉えているのもそのせいである。
最も、彼らは人間である――つまりは、脳内に魔法を司る器官である魔核を持たない。
彼らは魔法の発動が体内のインプラントに干渉しているのを間接的に感じ取っているだけで、実際に魔法を察知してはいなかったのである。
【百足】はクロ子の魔法を受けた腹部を軽く撫でた。
「あいつ、強い。俺、やられる所たった」
クロ子の放った最も危険な銃弾の魔法は、幸い、分厚い布の束によって防がれたが、正に首の皮一枚。後ほんの布一枚程で彼の腹は抉れ、血を吹き出していた所だった。
実はあの攻撃こそが、仲間の死に頭に血が上っていた【百足】の熱を冷まし、撤退するきっかけを作っていたのである。
【言の葉】は、弟の珍しく弱気な声に、目を見張った。
彼女はテーブルに指で文字を書いた。
なら次は私がやる。
その言葉に、【手妻の陽炎】は少し考え込んだ。
「確かに、ヤツは【言の葉】の術に反応していた。信じ難いが、どうやらヤツは俺達人間が喋る言葉が普通に理解出来ているようだ。言葉が聞き取れる相手に対して、【言の葉】の術は無敵だ。――だが、お前の術は確かに他人を自分の意のままに出来るが、その分、使った後の反動も大きいのが弱点だ」
【言の葉】の固有魔法は、他者の言語中枢に干渉して、自分の言葉に従わせるというものである。
その原理上、命令を聞いた人間は敵味方関係なく強制的にその影響を受けてしまう。
昨晩の戦いで、【手妻の陽炎】達もクロ子達と同様、【言の葉】の言葉に従ってしまったのはそのためである。
クロ子が聞けば、チートだチートだと騒ぎだしそうな破格の能力を持つ力だが、強力であるが故に、いくつかの弱点も持っている。
その一つがさっきの説明にも関係する、自分で自分の能力をコントロール出来ない、というものである。
ターゲットを選ぶ事も出来なければ、能力のオンオフも出来ない。
彼女が日頃は口を閉じて黙っていなければならないのはそのためである。
もう一つの弱点。これは強力な魔法であるがゆえのやむを得ない理由だが、魔力の消費が大きい、というものである。
つまり、何度も使っているとすぐに魔力切れを起こしてしまうのである。
そのため彼女は基本的には一人では行動しない。大抵は戦い自体は仲間に任せ、自分はサポートに徹する事がほとんどだった。
「それにヤツの始末は、しばらく後回しにしようと思っている」
「「「?」」」
【手妻の陽炎】は【三十貫】を見つめた。
「元々、昨夜の戦いは俺が【三十貫】と【手長足長】の二人に協力を頼んだものだ。その引き換えと言うか交換条件として、俺は二人の仕事を手伝う約束をしていた。不幸にも【手長足長】はあの化け物にやられてしまったが、その代わりに【百足】と【言の葉】。お前達姉弟が俺の助けに来てくれた。ならば俺は化け物との決着を付けるより前に、死んでしまった【手長足長】と交わした約束を果たしておきたい。その上で心置きなくあの化け物に仲間を殺した報いを受けさせたい。【百足】、【言の葉】。済まないが二人も俺を手伝ってくれないか?」
「フシューッ。もちろんたとも!」
「(コクリ)」
「んんっ」
【百足】と【言の葉】は大きく頷き、【三十貫】は満面の笑みを浮かべた。
【手長足長】と【三十貫】が受けていた仕事。
それは胡蝶蘭館に住む大物貴族。保守派貴族の中心人物。ベルベッタ・ペドゥーリの殺害命令であった。
こうして深淵の妖人達の当面の標的は、胡蝶蘭館のベルベッタ・ペドゥーリの殺害と決まった。
そんな彼らに聞き捨てならない情報が届けられたのは、少しだけ仮眠を取り、遅い昼食を摂っていた時の事であった。
「例の化け物が――タイロソスの傭兵団が、胡蝶蘭館に入っただと?!」
そう。彼らのもう一つのターゲット、クロ子達、クロコパトラ歩兵中隊プラス、タイロソスの信徒達が、槍術指南役サステナに誘われて、胡蝶蘭館の護衛に加わったというのだ。
「【今サッカーニ】は一体何を考えているんだ?! どこの馬の骨とも知れない他国の傭兵団を、よりにもよって領主の館の護衛として招き入れるとは・・・」
【手妻の陽炎】は驚くと同時に、呆れ返ってしまった。
【今サッカーニ】こと槍術指南役サステナが何を考えて、こんなメチャクチャな事を行ったのかは分からない。
だが、ハッキリしているのは、これで彼らの目的達成が困難になったという事である
それでなくとも手強い化け物(※クロ子)が、なんと槍聖とまで呼ばれる達人、【今サッカーニ】とタッグを組んでしまったのだ。
あの二人を同時に相手にするのは、流石の【手妻の陽炎】でも避けたい所だった。
【手妻の陽炎】は深く考え込んだ。
「どうする? どうやってヤツらを殺す」
その時、彼の服がツンツンと引っ張られた。いつの間にか【言の葉】が彼のすぐ横に座っていた。
「どうした、【言の葉】。何が言いたい?」
【言の葉】はカップの水に指を付けると、テーブルに水で文字を書いた。
その内容に、【手妻の陽炎】は思わず目を見開いた。
「なんだと?! 【無貌】?! ヤツもこの町に来ているのか?! そうか、ヤツさえいればいける! やれるぞ!」
そこには深淵の六妖人、最後の仲間。
【無貌】の名前が書かれていた。
次回「メス豚、居心地の悪い思いをする」




