その426 メス豚、取り逃がす
私達が衛兵の詰め所から出ると、既に外は明るくなっていた。
『朝かあ~。結局一晩中かかっちゃったか』
私は冷たい朝の空気をブヒっと吸い込んだ。
『どうりで眠たい訳だわ』
「いや、クロ子。お前は一人だけグースカ寝てただろうが」
クロコパトラ歩兵中隊の大男カルネが、恨めしそうな顔で私を見つめた。
副隊長のウンタがカルネの肩に手を乗せた。
「普通に考えれば、子豚が喋ると言われて信じる人間はいない。わざわざ説明するだけ時間の無駄だ」
そういう事。
町の衛兵にとって、私は傭兵団のペット? マスコットキャラクター? みたいなものであって、取り調べの対象ではなかったのである。
結論から言おう。我々は深淵の妖人達に逃げられてしまった。
巨大なミイラ男、【百足】には私の魔法もクロカンの隊員達の魔法銃も通用しなかったのだ。
いやまあ、正確に言えば、負傷はしていたと思うのだが、ほとんどのダメージは、全身にくまなく巻かれていた布によって、遮られてしまったようだ。
特に最も危険な銃弾の魔法は失敗だった。
弾け飛んだ布の切れ端にもヤツの汗が沁みついていたらしく、近くにいた隊員達に火傷を負わせてしまったのだ。
そんなこんなでこちらが浮足立っている間に、【百足】はサッサと逃げ出してしまった。
いっそ清々しい程の逃げっぷりだったわい。
で、全てが終わった所で、騒ぎを聞きつけた町の衛兵達が到着した。
最初私は、あまりに絶妙なタイミングでの登場に、『コイツら、裏で深淵の妖人と示し合わせてるんじゃないの?』などと疑っていたが、どうも彼らの様子を見ている限り、そんな事はなさそうだった。
流石に彼らの上司までは分からないが、少なくとも現場の人間は今夜の件に関わってはいなかったのではないだろうか?
我々は彼らに事情を説明するために――それと負傷者の治療をするために――、衛兵の詰め所まで行っていたのだ。
で、それら諸々の説明が終わって解放されたのがついさっきだった、という訳だ。
我々は早朝の町中をダラダラと宿屋へ向かって歩いている。
ちなみに今のメンバーは傭兵団パーティー。クロカンの隊員達とアーダルト達タイロソスの信徒三人。それに私と水母。サッカーニ流槍術の弟子達とは、詰め所に到着した時点で別れている。
彼らとは状況に迫られて共闘しただけで、特に協力関係でも何でもなかったからな。
一応、今回の犠牲者に対してお悔やみは言っておいたぞ。アーダルトが。
『あ~眠た。全く、ハリィが無駄にフラグを立てたりするから、敵を取り逃がす羽目になっちゃって。フラグ回収乙』
「ええっ?! 俺のせい?!」
第七分隊隊長のハリィが驚きに目を見開いた。
「俺、何かしたか? ていうか、ふらぐって何だよ」
アニメや漫画の世界では、『やったか?!』と言ったヤツは、大抵はやれていないと相場が決まっている。そういうのをフラグと言うのだが・・・要はパターンっつーか、ある種の様式美みたいなモンだな。
女戦士マティルダが呟いた。
「体拭きたい。汗でベタベタする」
「軟弱な事を言うな。戦場では体を拭く水なんて贅沢品だぞ」
「ビー君の意地悪。ここは戦場じゃないし。大体、町中で臭い匂いをさせてる方がどうかしてるし」
「なっ! お、お前な! お前が臭いのは、そこの豚を抱いているから、その匂いが移ってるんじゃないか?!」
おい、今のは聞き捨てならんぞ。いくら売り言葉に買い言葉とはいえ、乙女に対して臭いとか、失礼にも程があるだろうが。
『平身低頭の姿勢で猛省せよ。必殺・忍者殺し』
「痛っ! ブッ!」
青年戦士ビアッチョは、突然足元に浮かび上がった大きな石につまづいてその場に倒れた。
ブヒヒヒ、ざまをみ。
クロカンの大男カルネが呆れ顔で私に振り返った。
「おい、クロ子。あまりしょうもない事をしてんじゃねえよ。お前と違ってみんな徹夜で疲れているんだからよ」
「ホントだぜ。あ~、早く宿屋でひと眠りしてえ」
はいはい。分かった分かった。
そんなこんなで我々は疲労困憊になりながらも、ようやく宿屋に到着したのであった。
「ちょ、俺達は泊められねえってどういう事だよ!」
「落ち着けカルネ。すまんがどういう事か説明してくれないか?」
宿屋に到着した我々だったが、待っていたのは宿屋の主人による宿泊拒否の通告だった。
宿屋の主人はカルネの剣幕に冷や汗を浮かべながら目を逸らした。
「せ、説明と言われましても、昨夜のような事があっては、私共としましても、皆様にお部屋をお貸しする事は出来ないと言いますか・・・」
「あれはアゴストファミリーのヤツらのせいで、俺達は被害者だと説明したはずだが?」
「そ、その、私には家族と従業員、それに他のお客様の安全を守る責任がございますので」
なる程。つまりは、宿屋の安全のためにも、町の犯罪組織と揉め事を起こしているようなヤバい客はお断り、という訳か。
クロカンの副隊長、ウンタが私に振り返った。
「どうするクロ子」
『どうするったって、無理やり泊まる訳にもいかないし。・・・どうしよう』
いや、本当にどうすりゃいいの、コレ。
他の宿屋に移ればそれでオッケー、という訳でもなさそうだ。
この様子だと、町中の宿屋という宿屋にブラックリストが出回ってそうだし。
それにしても、まさかこの町に来てたった一日で宿無しになってしまうとは。
やってくれたぜ、深淵の妖人。
アーダルトはその後もしばらくの間粘り強く交渉を続けたが、結局、前払いしていた宿泊代を全額突き返されてしまった。
「・・・すまん」
「いや、アーダルトのせいじゃない。それにしてもこれからどうするか・・・」
私達が頭を抱えたその時だった。
「よお。んなトコロで雁首揃えてシケた顔してどうしたい?」
渋いイケボに我々は振り返った。
そこにいたのは隻眼の男。
サッカーニ流槍術師範、【今サッカーニ】ことサステナであった。
私達の前に突然現れたサステナ。
彼は我々を見回すと、顎ヒゲを軽くしごいた。
「話は弟子達から聞いたぜ。昨夜は大変だったそうだな」
サステナは「まさか妖人とやらが他に二人もいやがったとはな」と呟いた。
次に彼は私を見つめた。なんぞ?
「詰め所で妖人の首無し死体をあらためた。やったのはそこの子豚だって話だが・・・なる程な」
クロカンの隊員達は軽く顔を見合わせた。
副隊長のウンタが不思議そうに尋ねた。
「その話なら衛兵相手に何度もしたが、誰も信じようとはしなかった。あんたはクロ子がやったって信じるのか?」
「さてね。この中で一番得体がしれないのがその子豚――クロ子だったか? なのは間違いない。それにあの死体。いくら相手が妖人とはいえ、頭が丸ごと消し飛んでいるってのはまともな死に方じゃねえ。お前らじゃそれが出来ない以上、残った可能性はクロ子以外に考えられねえだろうよ」
サステナはしばらくの間、私を黙って見つめていたが「よし」と大きく頷いた。
「よし、決めた。お前ら俺に付いて来い」
そう言って彼は私達の返事も待たずに歩き出した。
「クロ子、どうするんだ?」
『・・・どうもこうも、付いて行くしかないんじゃない?』
てか、このまま宿屋の前にいてもやることもないし。
こうして我々は仕方なくサステナの後に付いて行く事にした。
サステナは私達を連れ、町の通りを過ぎると、そのまま町の郊外に、更には町の外に。更には山道へ。
ベッカロッテの町の南にそびえ立つ、カルテルラ山である。
この山のどこかに、ロイン達の生まれ故郷、楽園村がある――って、どこまで行くんじゃい!
「あ? 言ってなかったか? 目的地は俺の泊っている館――胡蝶蘭館だ。俺がお前らを雇ってやるから、深淵の妖人を倒す手伝いをしろ」
「「「はあ?!」」」
こうして我々は、サステナの手伝いをさせられる事を強引に決められたのであった。
次回「死者との約束」




