その425 メス豚と人間兵器
不意に現れた四人目の妖人。
【手長足長】の死体を調べた水母によると、彼ら深淵の妖人とは、体内にインプラントを埋め込まれた改造人間だという。
『まさかヤツらが人間兵器だったとはね』
ちなみに我々も水母の手術によって頭に角を――魔力増幅器を――埋め込まれているが、それとは似て異なる物らしい。
魔力増幅器は名前の通り、魔核の働きを助けるための補助具。例えるなら、補聴器や眼鏡のような仕組みとの事。
対して、改造人間に施されているのは純粋に兵器としての手術。例えるなら、体にマシンガンやミサイルを埋め込むようなものなんだそうだ。
何それ怖い。てかヤバ過ぎでしょ。
『けど水母。兵器とかいう割には、ヤツらの魔法はそれ程大した物じゃない気がするけど?』
『肯定。素体となる生物の能力値の低さによるものと推測される』
ああ、そういう。
深淵の妖人に施された手術は、人間を魔法兵器化するための処置。
ご存じの通り、人間には魔法が使えない以上、素体としてこれ程不適切な存在はないだろう。
こんなの魚に羽根を移植するようなものだ。
それならトビウオがいるだろうって? あれは勢いを付けて滑空しているだけだから。鳥のように自由に羽ばたける訳じゃないから。
『本来の改造生物はもっと凶悪。個人で完全武装の装甲車に匹敵するとされている』
それって生身で戦車と戦えるって事? 流石にエグくない?
そんなのが敵に出て来たら、どうやったって敵わないんだけど。
私が水母と話している間に、【三十貫】と【手妻の陽炎】は【言の葉】下へと集まっていた。
「ん。んんっ」
「いい所に来てくれた。助かったよ【言の葉】」
【言の葉】は仲間の感謝の言葉に嬉しそうにコクコクと頷いた。
そして悲しそうな顔で首なし死体を見つめた。
「【手長足長】はヤツに――あの角の生えた黒い子豚にやられた。見た目に騙されるなよ。ヤツは殺しのためならどんな卑怯な手でも使う化け物だ」
をい! 言い方!
てか、さっきのは卑怯とかそういうのじゃないから。あくまでも勝利を掴むための作戦だから。
クロコパトラ歩兵中隊の大男、カルネが、敵を警戒しながらこちらに近付いて来た。
「クロ子どうするよ? このままアイツらを逃がしちまうのかよ」
【手妻の陽炎】と【三十貫】は、見るからに疲弊している。
魔法の使い過ぎによる魔力欠乏だ。
彼らも自分達が不利である事には気付いているだろう。放っておけば確かに撤退するかもしれない。
クロカンの副隊長、ウンタがカルネの言葉を否定した。
「だからと言ってどうする? 新たに現れた女の妖人――【言の葉】の力は見ただろう? あんな相手とどうやって戦うんだ」
そう、それな。
【言の葉】は命じるだけで、その言葉を聞いた全員を従わせる事が出来るという、デタラメな力の持ち主だ。
「死ね」と命じなかったのは、範囲内に味方がいたからか、あるいはそこまでの強制力はないからなのか。
「こうやって両手で耳を塞いで、声を聞かないようにすればいいんじゃねえか?」
「それでどうやって戦うつもりだ? 相手には【手妻の陽炎】と【三十貫】だっているんだぞ」
ウンタの言う通り。パワープレイに長けた【三十貫】。トリッキーな魔法を使う【手妻の陽炎】。二人の後ろで範囲魔法を使う【言の葉】。
私には正面からこのフォーメーションを崩せるビジョンがどうしても浮かばなかった。
この時の私は、突然現れた四人目の妖人、彼女の持つ規格外の能力と、それに続く水母による改造人間の説明で、どこか集中力を切らしていたようだ。
こちらの方が人数は多いし、相手は三人中二人が疲労している。ビジョンが浮かぶとか浮かばないとかそういうのは無視して、勢いのままに押すべきだったのかもしれない。
私がためらっている間に、ここから事態は更に悪化する事になる。
そう。五人目の妖人の参入である。
フシュー・・・フシュー・・・
闇の中から呼吸音が近付いて来た。
【手妻の陽炎】がハッと背後を振り返った。
「【百足】?! 【言の葉】、【百足】も来ているのか?!」
コクリと頷く【言の葉】。
やがて大きな影が姿を現した。
身長は約二メートル。第一印象は巨大なミイラ男。
全身を布や包帯でグルグル巻きにしていて、肌はほとんど露出していない。
ミイラ男は――【百足】は――周囲を見回すと、かすれた声で呟いた。
「姉しゃん。こひすら、殺せはひーの?」
いや、聞き取り辛いな。
何を言ったのかはよく分からなかったが、殺すと言ったのだけは理解出来た。
てか、コイツも深淵の妖人――改造人間なのかよ。全く、コイツら何人いるんだ?
【言の葉】は困り顔で【手妻の陽炎】に振り返った。
「【百足】。今日の所は一旦引き上げだ。お前は敵の足止めを頼む」
大男は――【百足】は、意外そうに大きく息を吐いた。
「フシュルルルル・・・。なんて? せんいん殺せはひーしゃないか」
「ダメだ。ヤツらは手強い。特にあの黒い子豚は別格だ。例えお前でも戦えばタダでは済まないだろう」
【百足】は包帯の奥の目玉をギョロリと動かして私を見つめた。
「ウソら」
「ウソじゃない。見ろ。【手長足長】の死体だ。【手長足長】はヤツにやられたんだ」
「てなかあしなか?! そんな!」
【百足】は首無し死体を見つけると、大きく体を震わせた。
「そんな・・・そんな・・・オオオオオオオオオン!」
「し、しまった! 【三十貫】、【言の葉】、巻き込まれる前にこの場を離れるぞ!」
「んんっ!」
「(コクリ)」
何だ? 何が起きている?
深淵の妖人達は【百足】一人を残してこの場を逃げ出した。
【百足】は大声で叫びながら、顔に巻かれた包帯をむしり取った。
「ひっ!」
「な、なんて顔だ!」
包帯の中から現れたのは、ドロドロに歪んだ顔だった。
一体どういうケガをすれば、こんなにヒドい顔になるのだろう?
肉はただれ、皮膚は引きつりキズだらけ。鼻なんて半ばから崩れ落ちている。
それは百足の名の通り、無数の百足が顔中を這いまわっているかのような、恐ろしい容姿だった。
いや、本当の恐ろしさはここからだった。
「オオオオオオオ! オオオオオオオ! ヒイイイエエエエエ!」
【百足】は涙を流し、唾をまき散らしながらこちらに近付いて来た。
「な、なんだコイツ! 泣いてるのか!?」
「汚ねえ! 唾が飛び散って――痛っ!」
【百足】に向かって槍を突き付けていたサッカーニ流槍術の弟子が、鋭い痛みに声を上げた。
異常事態を察した仲間が、裂ぱくの気合と共に【百足】に向かって槍を突き出した。
「キエエエエエ! ――うっ! な、何だとっ!?」
槍は【百足】の腹に突き刺さった。
しかし【百足】は痛みを感じないのか、涙に濡れた手で、槍を握っている男の手を無造作に掴んだ。
「い、いぎゃああああああ!」
辺りに漂う肉の焦げる刺激臭。男は自分の手が溶ける痛みに絶叫した。
「クロ子!」
『みんな下がって! ヤツに近付いたらダメ!』
「ヴオオオオオオオオ!」
「うわっ! 唾が――って、いててててて!」
「顔が! 手が! 火傷したみたいに痛ェ!」
「なんだよコレ!」
私は背中のピンククラゲに振り返った。
『水母、これって!?』
『観測完了。個体名【百足】の能力は、自身の体液を溶解性の物質に変化させるものと推測される』
マジかよ。それってガチの人間兵器じゃん。
第五の深淵の妖人、【百足】の固有魔法は、自分の体液を――涙や唾液を――溶解性の物質に変化させるというものだった。
【百足】の爛れて引きつった顔は、自身の能力で負ったキズによるものだと思われる。
てか何だよそれ。改造人間って何でもありだな。
飛んで来た唾が少しかかったのだろう。クロカンの大男、カルネが悲鳴を上げた。
「いててて! クロ子、何とかしてくれぇ!」
何とかって――あっ。普通に魔法で攻撃すりゃいいのか。
『最も危険な銃弾!』
不可視の弾丸が【百足】の胴体に命中。パンッ! と乾いた破裂音を上げた。
さっきまでは【言の葉】がいたから、同士撃ちを警戒して攻撃魔法が使えなかったが、【言の葉】達は【百足】の暴走に巻き込まれるのを恐れて、この場を逃げ出している。
つまりは魔法も使い放題という訳だ。
私と同じ事に気付いたのだろう。クロカンの副隊長、ウンタも隊員達に指示を出した。
「クロカン! 魔法銃だ! 各自発砲開始!」
「こ、圧縮!」
「圧縮! カルネ、サボるな!」
「お~痛、分かってるって。圧縮!」
カシャン、カシャンと連続して魔法銃の作動音が響き渡る。
そして約一秒後――
パンッ! パパパン!
「やったか?!」
コラ。誰だ無駄にフラグを立ててるヤツは。
次回「メス豚、取り逃がす」




