その422 メス豚、横槍を入れる
深夜の宿屋。
突然、夜中に叩き起こされたクロコパトラ歩兵中隊の隊員達は、急いで戦いの準備を整えていた。
その中でただ一人、何も準備する必要のない私は、手持ち無沙汰にボンヤリとしていた。
『ほらみんな急いで。特にカルネ、あんただけみんなよりも遅れてるじゃない。てか、あの時はビックリしたわ。まさか着の身着のままで戦いに行こうとするとはね』
クロカンの大男カルネは、私から深淵の妖人が現れたと聞くと、魔法銃を片手に飛び出そうとした。
咄嗟に水母が、得意の電気ショックで止めていなければ、亜人とバレて大騒ぎになってた所である。
カルネは鎧の紐を結びながら、恩人に対して不満をこぼした。
「ンなの仕方がねえだろ。床にブッ倒れて、しばらく麻痺してたんだからよ。文句があるなら、手加減の出来ないスイボに言ってくれってんだ」
「いや、あれはどう考えてもカルネの方が悪いだろ。少しは考えてから動けよな」
「うるせえ、トトノ。お前だって俺と似たようなもんだろうが」
第二分隊の分隊長トトノは、カルネと並んでクロカンの脳筋ツートップだ。
流石のカルネも、自分の同類にだけは言われたくないらしく、不満顔でトトノを睨み付けた。
準備を終えたクロカンの副隊長ウンタが、二人の会話に割って入った。
「いや、カルネ。お前と違って、トトノの方は最近落ち着きが出て来たぞ。俺だけじゃなく、第二分隊の連中もそう思っているはずだ」
「そうそう。トトノはこの所、ちゃんと隊長らしい感じになって来たぜ」
「だよな。以前は戦いが始まったら、第二分隊の指揮なんてそっちのけで自分だけ突撃してたくせによ」
「う、ウソだろ・・・」
トトノの予想外の高評価に愕然とするカルネ。トトノ本人は照れ臭そうにしながらも、まんざらでもなさそうな顔をしている。
「まあ、俺もいつまでも昔のままの俺じゃないって訳よ」
マジかよ、あのトトノがなあ・・・。
トトノと言えば思い出すのが、アマディ・ロスディオ法王国から来た傭兵軍団、【ヤマネコ団】との戦いの時。
あの夜、トトノは(私が命じた事とはいえ)真っ先に捕虜になったヤマネコ団の虐殺に乗り出していた。(第九章 傭兵軍団編 より)
後で聞いた話によると、彼は昨年の夏、亜人村が法王国の教導騎士団に襲われた際に、父親を殺されていたんだそうだ。
多分、トトノはあの一件で、自分の憎しみに何らかの折り合いを付けたのだろう。
そうして彼は、法王国への恨みを乗り越え、仲間のため、村のみんなのために、戦う覚悟を決めたのだ。
いや、それはトトノだけじゃない。ウンタだって、村長代理のモーナだってそうだ。
みんな過去の悲劇を乗り越え、前を向いている。未来を見据えて歩いている。
私はどうだろう?
私はパイセンの死を――この世界に二人だけ。地球から転生して来た同胞の死を――乗り越えられているんだろうか?
「最近、彼女と付き合いだしたからな。この間も一緒に山菜採りに出かけていたし」
「よ、よせやい」
原因、女かよ!
ちょっとしんみりして損したわ! ある意味、未来を見据えているけどな!
その時、私のブタっ鼻が血の匂いを嗅いだ。
先程から、外で戦いの音が続いているが、どうやら負傷者――あるいは死人――が出たようだ。
『はいはい、ムダ話はそこまで。準備が出来たのなら行くわよ。あまりのんびりしてはいられなくなってるみたいだし』
「「「おう!」」」
クロカンの隊員達は魔法銃を、アーダルト達タイロソスの信徒達は短槍を手にすると、一斉に部屋を飛び出して行くのだった。
他の宿泊客達も外の騒ぎに目を覚ましたようだ。
宿の中は騒然としていた。
そんな中、武器を手に廊下を走る私達。物々しい武装集団の登場に悲鳴を上げて腰を抜かす者もいる。
なんかゴメン。今は非常事態なので許してクレメンス。
クロカンの副隊長、ウンタが走りながら私に問いかけた。
「クロ子。サステナの弟子達と深淵の妖人、どっちが戦いを優位に進めていると思う?」
『さあ? どっちが優位かは分からないけど、最終的に勝つのは多分、深淵の妖人の方なんじゃない?』
サステナの弟子達がどれだけの腕前なのかは分からない。しかし、昼間我々が戦った例の男、【手妻の陽炎】が相手にいる以上、苦戦は必至だろう。
それに加え、相手には未知の能力を持つ妖人が二人もいる。
多分、軍隊でも連れて来なければ、ヤツら三人には勝てないんじゃないだろうか?
そう説明する私に、ウンタは呆れ顔になった。
「クロ子お前、それが分かっていて、あいつらに何も言わなかったのか?」
『いや、まさか本当に深淵の妖人が襲って来るとは思わなかったし』
私の予想では、アゴストファミリーはカロワニー・ペドゥーリの心証を悪くするようなマネは、絶対にしないと思っていたんだがなあ。
余程、昼間の敗北が腹に据えかねたのか、あるいは――
『あるいは深淵の妖人は、アゴストファミリーやカロワニー・ペドゥーリよりも上の誰かの命令で動いている、とか?』
「カロワニー・ペドゥーリよりも上? そいつは一体、何者なんだ?」
いや、知らんし。何となく思いつきで言ってみただけで、予想というよりはただの陰謀論? みたいなものだし。
その時、ドカンと重い物を打ち付ける音がした。一瞬、床が震えたのではないかと思う程の大きな音だ。
次いで鋼と鋼が打ち合わされる音。男の絶叫、悲鳴。興奮した犬達(柵の中にいる黒い猟犬隊の犬達)の鳴き声。
戦いの現場は目と鼻の先だ。
ウンタは隊員達に振り返った。
「全員、弾込め! 発砲は各自の判断に任せる! 絶対にサステナの弟子達には当てるなよ!」
「「「おう!」」」
タイロソスの信徒、青年戦士ビアッチョが、彼の師匠のアーダルトに尋ねた。
「アーダルトさん。俺達はどうすれば?」
「初めは後方待機でいいだろう。深淵の妖人が距離を詰め、こちらに襲い掛かって来たら、前に出てその相手をする。――それでどうだ? ウンタ」
「それで構わない。その辺はクロ子に合わせてくれ」
「・・・分かった」
アーダルトは一瞬、「合わせるってどうやって?」と言いたげな顔で私の方を見たが、長々と説明されている時間もないとの判断だろう。一先ず疑問を飲み込んだ。
「よし、行くぞ!」
ウンタの掛け声と共に、我々は宿屋の外に――血生臭い戦いの現場へと飛び出したのであった。
外に出た途端、戦いの場にお馴染みのあの匂いが鼻を突いた。
ムッとさび臭い血の匂い。地面にぶちまけられた臓物の匂い。ズボンを漏らす小便の匂い。
夜というのに早くもハエが数匹、死体となったサステナの弟子の周りを飛び回っている。
流石に我々の中には死体を見て動揺する者こそいなかったが、それでも何人かが咄嗟に手で口元を覆っていた。
まあ見て楽しいものでもないからな。気持ちは分かる。
最初に水母が言っていた通り、深淵の妖人の数は三人。
予想通り、一人は【手妻の陽炎】。異様に長い手をしているのが、多分、【手長足長】。ベッタリと血に濡れた巨大な戦鎚を肩に担いでいるのが【三十貫】だろう。
違ってたらそれはそれで面白いけど・・・単に分かり辛いだけか。
サステナの弟子こと、サッカーニ流槍術の門下生達の中で、今も無事でいるのは五人。
その倍以上の人数が冷たい地面に転がり、赤黒い血だまりの中で動かなくなっている。
死んでいるのか、気絶しているのか。仮に生きていたとしても重症に違いない。急いで手当てをしなければ。そう長くはもたないだろう。
生き残っている五人も、目の前で次々に仲間がやられた事ですっかり弱気になっているようだ。縋るような目でこちらに振り返った。
「おお! お前達はタイロソス神殿の傭兵達!」
「た、頼む! 我らに手を貸してくれ! コイツらは化け物だ!」
みなまで言うな。どの道、頼まれなくても、そうするつもりだったしな。元々、こっちの客なんだし。
その招かれざる客こと深淵の妖人は、警戒するようにこちらを睨んだ。
【手長足長】が【手妻の陽炎】に近付くと、囁いた。
「【手妻の陽炎】よ。あれがお前が言っていた、今夜のターゲットか? 確かに見慣れない武器を手にしているようだが」
「違う」
【手妻の陽炎】は仲間の言葉をバッサリと切って捨てると、ジッと私を見つめた。
なんぞ?
「俺のターゲットは傭兵団じゃない。ヤツらなど所詮、素人の集まりに過ぎない。俺の狙いは――仕事の邪魔として排除しなければならない存在は、あの黒いケダモノ。額に四本の角を生やしたアイツだけだ」
【手妻の陽炎】の言葉に、【手長足長】と【三十貫】は驚きに目を見開いた。
「黒いケダモノって――俺の目にはただの子豚にしか見えんのだが?」
「んんっ。んんっ」
「見た目に誤魔化されるな。ヤツは小動物の皮を被った化け物だ」
いや、人間のくせに魔法を使うようなお前や、一メートルくらいの長い腕のヤツや、馬鹿デカい戦鎚を軽々と担ぐような化け物達に化け物とか言われたくないんだが。
「おい、クロ子」
『どうやら相手は私をご指名みたいね。ちょっとあっちで対よろしてくるわ。風の鎧』
私は身体強化の魔法を発動。その瞬間、深淵の妖人はギョッとした表情で私を見つめた。
魔法を使う生き物は、他者の魔法の発動も感じ取る事が出来る。
彼らは私が魔法を使える事を知って驚いたのだ。
『――やっぱり残りの二人も魔法を使う事が出来るのね。どうせそんな事だろうと思ったわクソが。私にとっては魔法だけが唯一の取り柄だってのによ。こんなのどう考えても不公平じゃねーか』
やっぱりこの世界はクソゲーだ。
私は悪意に満ちたガイアにブチブチ文句を言いながら、深淵の妖人との距離を詰めたのだった。
次回「メス豚、対戦拒否する」




