その420 メス豚と達人の門下生達
私は窓から外を見下ろした。
丁度、槍を持った男が二人、宿屋の中庭の見回りをしているところだった。
その物々しい姿に、私はブヒッとため息をついた。
『どうしてこうなった・・・』
いやまあ、私が勝手に宿屋を抜け出して、槍術指南役サステナなんぞに捕まったのがそもそもの原因なんだが。
槍術指南役サステナ。
サッカーニ流槍術師範。槍聖。槍の申し子サッカーニの生まれ変わり等々。数々の異名を持つ槍の達人である。
昨夜、彼が逗留していた館が、深淵の妖人二人の襲撃を受けた。
館の主人はベルベッタ・ペドゥーリ。御年七十四歳。
伯爵家では大婆様とか呼ばれているらしい。
亜人の兄弟、ロインとハリスのご先祖様達を保護してくれたゴッドペドゥーリ。彼女はなんとそのゴッドペドゥーリの実の娘なんだそうだ。
大婆様ことベルベッタ・ペドゥーリはゴッドペドゥーリ一番下の子供。兄弟姉妹は十年以上も前に彼女を残して全員亡くなっているそうである。かく言う本人ですら、医療技術が未熟なこの世界では十分に高齢者の部類に入るからな。それもまたやむなし。
さて、楽園村の亜人達にとってはマジゴッドなゴッドペドゥーリは、ペドゥーリ伯爵家の歴代当主の中でも、かなりの傑物だったそうだ。
まあ、この場合の傑物の基準は、あくまでも為政者としての物――中央に顔が利いたとか、伯爵家の資産を増やしたとか――であって、本人の人柄や人格、領民に慕われていたかどうか等は一切含まれていないので念のため。
ベルベッタ・ペドゥーリは、幼い頃から父親に与えられた館に引きこもり、全く人前に顔を出さなかったそうだ。
噂では生まれつき体が弱いとか、不治の病を患っていてベッドから出られないとか言われているそうな。
当然、独身。
そんなガチな引きこもりでも、ゴッドの娘というだけで、彼女の影響力は伯爵家ではかなりのものらしい。
さて。まだ三歳の甥を当主の座につけ、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのカロワニー・ペドゥーリ。
しかし、領内にはそんなカロワニーのやり方に不満を覚える者達もいた。
それら保守層ないしは門閥派と呼ばれる貴族達は、自分達の旗頭として、あるいはカロワニーの対抗勢力として、ゴッドの娘、大婆様ことベルベッタ・ペドゥーリを担ぎ上げた。
カロワニーにとってベルベッタ大婆様は、自分の影響力が及ばない数少ない人間。正に目の上のたん瘤、という訳だ。
なる程。殺し屋として深淵の妖人を差し向けたのも納得というものである。
『まあそのせいで、私達までサステナに目を付けられてしまったんだが・・・』
話を戻そうか。
槍術師範サステナは、先夜負傷した弟子を見舞いに行きがてら、町中をブラブラしていたそうだ。
そこで騒ぎを聞きつけ、一体何事だ? と近寄った所で、野次馬の頭の上を飛び越えて来た私をキャッチしたらしい。
タイロソス神殿の教導者、アーダルトは我々が亜人である事を隠した上で、彼に事情を説明した。
サステナは一先ず納得した。
「いや、別に納得した訳じゃねえぜ。なんでお前らのような余所者がこの町の犯罪組織と揉める羽目になったのか、とか、なんで宿屋の中でも顔を半分隠しているのか、とか、気になる所はいくらでもあるからな。けどまあ、今の口ぶりだとあまり聞いて欲しくなさそうな感じだったし、そこは触れずにおいてやるさ」
サステナは「ふむふむ」と顎髭をしごいた。
「さっきの話だと、深淵の妖人は、アゴストファミリーって犯罪組織の本部から送られて来たヤツって訳だな。人数は最低でも三人。そのうちの二人が昨夜、俺が泊まっていた館を襲い、残りの一人、【手妻の陽炎】とやらが昼間、お前達の前に現れた、と」
「ああ。不思議な技を使うヤツだった。こちらが攻撃、あるいは攻撃を避けようとした瞬間、フッとヤツの姿が消えたように感じるのだ。そのせいでこちらの攻撃は外れ、ヤツの攻撃は躱せない。まるで魔法のようだった」
アーダルトは昼間の事を思い出したのか、そう言って顔をしかめた。
魔法のようなも何も、あれは実際に魔法そのものだったんだがな。
「魔法ねえ。そいつは眉唾物だぜ――と言いたい所だが、俺が戦った【手長足長】も、束ねた自分の髪の毛をまるで手のように操っていた。その【手妻の陽炎】とやらも、ヤツと同じ深淵の妖人ならば、そいつが奇妙な技を使ったというのも、あながちおかしな話でもないのかもしれんな」
髪の毛を手のように動かしただって? それこそ魔法でなければ不可能な芸当だ。
魔法ならお前にも出来るのか? と言われても出来ないけどな。
その辺は、手品だと分かっていても、タネを知らなきゃその手品を再現出来ないのと同じ理屈である。
「まあ、深淵の妖人の一人がアゴストファミリーとかいう犯罪組織に関わっているって事だけは分かった。ふむ。このままどこに隠れたかも分からねえ襲撃犯を捜すより、居場所がハッキリしているそいつをとっ捕まえて、仲間の隠れ家なり情報なりを吐かせた方が早いかもしれねえな」
おっと、これはいい流れなんじゃないか?
私は思わずブヒッと身を乗り出した。
さっきまで【手妻の陽炎】という、魔法を使う殺し屋の登場に萎えていたが、まさかサステナがヤツの相手をしてくれる話になろうとは。
いいねいいね。先生、よろしくお願いします。
「アゴストファミリーのねぐらは町の衛兵にでも探させるとして、問題はお前達だな」
「俺達?」
「そうともよ。お前らはアゴストファミリーと揉めているんだろ? そうだな。俺の門下生から腕の立つ者を数名選んでこっちに回させようか。仮に【手妻の陽炎】がお前達を殺しに来ても、そう簡単に切られたりはしないだろうぜ」
どうやらサステナはただの戦闘狂ではなかったようだ。情報を提供した我々にも護衛を付けてくれるようだ。
ついでにアゴストファミリーの襲撃があった際には、そいつらを捕えて深淵の妖人の事を吐かせるつもりなんだろう。
クロコパトラ歩兵中隊の副隊長、ウンタがコッソリ私に声をかけた。
「おい、クロ子。門下生なんかを引き受けていいのか?」
『あまり良くはないけど、ここで断れば怪しまれそうだし。実質、ここは受ける以外に選択はないんじゃない?』
こうしてサステナは宿を去って行った。
しばらくすると彼の門下生を名乗る者達が数名、宿屋にやって来たのであった。
といった訳で、冒頭の場面に戻るという訳だ。
クロコパトラ歩兵中隊の隊員達は、自分達が亜人である事がバレないよう、部屋の中でも素顔が晒せないせいか、どこかリラックス出来ない様子でいる。
「まだ肌寒い季節で助かったぜ」
「ああ。これが夏だったらと思うとゾッとするよな」
のんびりしているのは、顔を晒しても問題のない、タイロソス神殿の信徒の三人――アーダルトと彼の弟子のビアッチョとマティルダ――と私。
『人数外?』
そうそう、それと水母もな。
「こうなると、とっとと【手妻の陽炎】に襲って来て欲しいぜ」
「確かにな。それでもって、槍術家の弟子達が返り討ちにしてくれたら言う事無しだぜ」
「そしたらヤツらも俺達に用がなくなって、ここからいなくなる訳だしな」
隊員達は何やら期待を込めた目で私に振り返った。
そんなに熱い目で見つめちゃイヤン。
『あ~、うん。残念ながらそれは望み薄ね。最初に言ったけど、アゴストファミリー的には、町の治安を乱してカロワニー・ペドゥーリの不興を買いたくはないだろうし。今日の昼間の場合もそうだったけど、襲って来るとしたら、こっちが町の外に出た時じゃないかしら?』
「だったら今からでも――」
『諦めろ。もう日が暮れるから。今から町の外に向かっても途中で夜になってしまうから』
この世界は前世の日本と違って、街灯なんて文明の利器は存在しない。
例え王都であっても、夜になれば基本真っ暗闇。灯り無しで出歩けたりはしないのである。
クロカンの分隊長、トトノがポツリと呟いた。
「そういや、俺達、晩飯はどうすりゃいいんだ? こんな風に顔を隠したままだと飯も食えないんだが」
「! 確かに!」
我々亜人パーティーの数少ない人間、教導者アーダルトが立ち上がった。
「食事は部屋に運ぶよう、厨房に伝えに行って来る。マティルダ――いや、ビアッチョ、お前も俺と一緒に来い」
「分かりました、アーダルトさん」
アーダルトは女戦士マティルダに声を掛けたが、彼女が私を抱きかかえたまま立ち上がったのを見て、青年戦士ビアッチョに切り替えた。
食事の支度をしている厨房に、豚を(例え体を清潔にしているとはいえ)連れて行く訳にはいかないとの判断だろう。
残念。つまみ食い出来るかもと、ちょっとだけ期待したのに。
「それでクロ子、明日から俺達はどうするんだ? こんな事でどうやってロイン達の村を目指すんだ?」
私は女戦士マティルダに背中を撫でられながら、ブヒブヒと鼻を鳴らした。
『う~ん。出来る事なら出発前にアゴストファミリーの幹部を始末しておきたい所だけど・・・。取り敢えず夜になってみんなが寝静まったら町の偵察に行ってくるわ。そこで運良くヤツらのアジトが見つかれば良し。ダメならダメで、明日みんなでタイロソス神殿に行って、アゴストファミリーの情報を聞いてみましょう』
「けどよ、クロ子。タイロソス神殿はヤツらと通じているんだろう? そんな所に行って大丈夫なのか?」
『大丈夫なんじゃない? 流石にタイロソス神殿の全員がアゴストファミリーの手下って訳じゃないだろうし』
そんな事になっていれば、流石にアーダルト達の耳にも入っているはずだ。
神殿に行けば我々の情報も敵に知られてしまうが、どの道、この町はヤツらのテリトリー。神殿に行かなくても情報は筒抜けになっていると思っておいた方がいいだろう。
マティルダは私の言葉をクロカンの隊員に通訳して貰うと、呆れたような感心したような顔で私の頭を撫でた。
「本当にそれ、クロ子ちゃんが言った言葉なの? こんなに小さくて可愛いのに、度胸が据わっているというか、大胆不敵というか」
「お前はクロ子の見た目に騙されているんだ。クロ子はクロ子という生き物だからな」
「そうそう。クロ子は魔獣だから。人間達からはそう呼ばれているから」
『ブヒヒ、よせやい。そんなに褒めるなって』
「「「褒めてねえよ!」」」
やがて日が落ち、夜になった。
この時の私は、少しだけ気が緩んでいたのかもしれない。
行動する前に邪魔になる存在を始末する。
そう考えていたのは、どうやら我々の方だけではなかったようだ。
次回「メス豚と三妖人」




