その416 メス豚、情報収集する
町の外でアゴストファミリーの構成員を撃退した我々は、元の宿に戻っていた。
既にこの宿に泊まっているという情報は敵にバレているのに、そんな所にいて大丈夫なのかって?
う~ん、多分、大丈夫なんじゃない?
ていうか、宿を引き払うにしても、だったら今夜どこで寝るのかって話だし。
なにせペドゥーリ伯爵領は敵の本拠地だ。
こんな大人数、どうやったって監視の目から逃れられるとは思えないし、うっかり町の外で野宿、なんて事にでもなったら、敵が嬉々として寝込みを襲って来るのが目に見えているからな。
『その点、町の中心にある宿ならまだ安心よね。【手妻の陽炎】も、ペドゥーリ伯爵に対立してまで過激な事は出来ないだろうし』
「だといいがな」
私の呟きに副官のウンタが相槌をうった。
そうそう、例の怪しい技を使う手練れの敵。アイツは【手妻の陽炎】というそうだ。
なんでも、犯罪組織ヴェヌドの暗殺者集団、深淵の妖人の一人だとか。
アゴストファミリーの捕虜を尋問した事で得られた情報である。
ちなみに現在、捕虜達は解放している。捉えたままでいるのも我々の負担になるし、町の衛兵に突き出そうにも、交番? 詰め所? の場所なんて知らないし。
逆に我々の方が傷害罪とかに問われて、ブタ箱にブチ込まれる羽目になっても面倒だからな。
『いやあ、それにしてもアレはエグかったわ。流石は水母先生。容赦がないわね』
私は捕虜解放時のひと悶着を思い出し、ブヒっとため息をついた。
このまま捕虜を捉えたままにするには、こちらの人手が足りないし、解放してしまえば、再び敵に合流してこちらを襲って来る事になる。
かといって、殺してしまうのは論外だ。
いくら相手が社会のダニとはいえ、殺人事件となれば流石に衛兵が黙っていないだろう。
困った私は水母に相談した。
『合理的な解決方法を提示。こちらが滞在している期間、動けないようにしておく事を推奨』
『そりゃまあ、それが出来れば一番いいけど、どこかに閉じ込めておくにしても、私らそんな場所も知らないんだけど』
『簡単解決』
水母はシュルリと触手を伸ばすと、手近な捕虜の足に巻き付けた。
男は突然、怪しい触手に捉えられ、パニックに陥った。
「な、なんだコレは?! お、おい、俺に一体何を――ギャアアア!」
ペキン!
乾いた音がした途端、男の膝から下があらぬ方向に折れ曲がった。痛そう。
『施術完了。これで骨が接合するまで歩行は不可能』
『いや、あんた・・・そりゃあ確かにそうかもしれないけどさ・・・』
これには流石に私も含めて全員がドン引きであった。
『まあいいか』
「いや、いいのかよクロ子!」
クロコパトラ歩兵中隊の大男、カルネが思わずツッコミを入れた。
だって殺す訳にも行かないし、これが一番お手軽な解決方法じゃない?
人道的に問題がある? 捕虜虐待?
いやいや。最初に襲って来たのはコイツらだし。こっちは降りかかる火の粉を払っただけだし。そもそもこの世界には戦時国際法もない(いやまあ、私が知らないだけかもしれないけど)し。命を取らないだけまだ良心的な方だし。
「う~ん、なんか言いくるめられてるような・・・」
『じゃあ、そういう事で。水母、オネシャス。ジャンジャンやっちゃって』
『了解』
「お、おい、止めろ! 止めろ! 来るな!」
「バカ! バカ! 止めろ! ひいいいいいっ!」
『施術開始』
「ギャアアアアアア!」
水母のピンククラゲボディーから触手が伸びると、流れ作業感覚で捕虜の足をペキペキとへし折って行く。
男達は悲鳴を上げながら身をよじり、懸命に触手から逃れようとしている。なんという地獄絵図。
『コラコラ、逃げるな。みんな捕虜の体を押さえといて』
「お、おう。分かった。ほら、大人しくしろ」
「ば、バカ野郎、ふざけんな! あんな目に遭うのが分かってて、大人しくなんて出来るか! テメエら悪魔か!」
「・・・気持ちは分かるが諦めろ。クロ子のやる事に文句を言うだけ無駄だ。大人しくしていればこれ以上酷い事にはならねえさ」
おい、そこトトノ。しれっと私をディスるのを止めろ。
大体、最初にやると言い出したのは水母だからな。私じゃないから。私は『仕方がないブヒね』と黙認しただけだから。
『施術開始』
「ギャアアアアアア!」
こうして捕虜は全員、両足の骨を折られた後で、現地で解放されたのであった。
私はブヒッと床の上に転がった。
『しかしまあ、予想通りとはいえ、捕虜からロクな情報が得られなかったのはホントに残念ね。返す返す、あの時にヴァロミットを逃がしてしまったのが痛かったわ』
アゴストファミリーの幹部、ヴァロミットは、負傷した足で何処に逃げたのか、影も形もなかった。
マサさん達、黒い猟犬隊に匂いを追ってもらうというのも考えたが、相手は裏社会の犯罪者。
彼らだけで追うのは危険と判断して諦めたのである。
深淵の妖人こと【手妻の陽炎】も、それが分かっていたからこそ、あそこであっさり撤退したのかもしれない。
『手妻・・・か』
捕虜達は、【手妻の陽炎】に関してはほとんど何も知らなかった。
大犯罪組織ヴェヌドの殺し屋である事。今は王都の本部に所属している事。奇妙な技を使う事。分かった事といえばその程度である。
【手妻の陽炎】の使う技の正体――どういう魔法を使うのか――については全く誰も知らなかったのだ。
【手妻の陽炎】は人間でありながら、魔法が使える。
それは極小の魔力操作という事もあって、クロカンの隊員達は、誰も彼が魔法を使った事に気付かなかった。
気が付いたのはおそらく私と水母だけだろう。(水母のピンククラゲボディーは、各種高性能観測機器の集合体なのである)
『あっ。そういや、あの後水母に【手妻の陽炎】の魔法について聞くのを忘れてた。水母、水母、ちょっといい?』
私はムクリと起き上がると、窓の外に声を掛けた。
『呼び出し?』
窓からピンククラゲがフラリと入って来た。
水母には、アゴストファミリーの襲撃がないか、念のため外の監視をして貰っていたのだ。
『【手妻の陽炎】の使っていた魔法があるじゃない。あれって結局、何だったのか分かった?』
「ちょっと待てよクロ子! 【手妻の陽炎】ってあの派手な格好をした人間だろ?! アイツ魔法を使っていたのか?!」
私の言葉にクロカンの分隊長、ハリィが激しく反応した。
ああ、やっぱり。私は小さく息を吐いた。
クロカンの中でも一番魔法に長けているハリィですら、【手妻の陽炎】が魔法を使っていた事に気付いてなかったのか。
まあ彼の気持ちは分かる。魔法は人間に対して我々の持っている数少ないアドバンテージ。ぶっちゃけ私もかなり萎えたわ。
とはいえ、実際に相手が魔法を使っている以上、こちらとしてはそれを前提にした対策を練らなければならない。
水母は触手を一本、ニュルリと伸ばすと、考えを纏めるようにピンククラゲボディーを撫でた。
『詳細は不明。ただし推測は可能。対象者の肉体に対して、何らかの干渉が行われた可能性大』
えっ? それって私が知らない間に、【手妻の陽炎】に何かされてたって事? 何それ、怖いんだけど。
クロカンの隊員達も身を乗り出した。ちょ、暑苦しい。後、鼻息が荒い。
「あれって魔法だったのか。俺は突然、ヤツの姿が目の前から消えたと思ったぞ」
「俺の場合はヤツの姿がブレたというか、距離がおかしなことになったように感じた」
「それだ! 俺もあの時の事をどう表現すればいいか分からなかったけど、距離感がおかしくなったというのが一番近い感覚だと思う!」
なる程。三人寄れば文殊の知恵。こうして全員の意見を聞く事で、おぼろげながら【手妻の陽炎】の魔法の正体が――ないしは魔法によって引き起こされた現象の答えが――見えて来たような気がする。多分。
私の中で何かがボンヤリと形になりそうになったその時だった。水母が不意にフルリと震えた。
『タイロソスの信徒、帰還』
『アーダルト達が戻って来たのね』
私達の言葉に、楽園村の兄弟、ロインとハリスがハッと顔を上げた。
しばらくするとタイロソスの使徒達、教導者アーダルトとその弟子ビアッチョとマティルダが部屋に入って来た。
「今戻った」
「クロちゃん、お待たせー」
「おい、マティルダ」
女戦士マティルダは私に駆け寄ると、ヒョイと膝の上に抱き上げた。
クロカンの副隊長、ウンタがアーダルトに尋ねた。
「それで、カルテルラ山への行き方は分かったのか?」
そう。三人は楽園村のあるカルテルラ山への道順を調べるため、この町にあるタイロソス神殿に行っていたのである。
アーダルトは、ソワソワと落ち着かないロイン達に小さく苦笑すると「ああ」と頷いた。
「少し遠回りになるが、この町から東に三日、王都へ向かう街道の途中にあるジョナという村から、山に登る道が伸びているらしい」
アーダルトの言葉に、ロインとハリスは少し怪訝な表情を浮かべた。どうやらジョナという村に聞き覚えがないようだ。
「それともう一つ。こちらは町のすぐ南から伸びている道だが、途中に領主の屋敷があって、それ以上は先には行けないようになっているそうだ」
「ロイン兄さん」
「ああ。そっちが俺達が通った道だ。間違いない」
ロインとハリスは頷いた。
クロカンの副隊長、ウンタが私に振り返った。
「どうするクロ子。安全に行くなら、遠回りになっても最初の道になるだろうが――」
ここでウンタはロイン達の方を見た。
「すまん、ウンタ。そっちの道については全く分からない。それに多分、俺達の村からはかなり外れていると思う」
「すみません。私達村の者は匿ってくれている領主様にご迷惑をおかけしないよう、日頃から村からあまり遠く離れないようにしていましたので」
ロイン達の生まれ故郷といっても、カルテルラ山は結構な大きな山となる。
人間達から身を隠している楽園村の亜人達が、周囲の地形を良く知らないのも仕方がないか。
しかし困ったな。
安全な遠回りの道を通った場合は、楽園村の具体的な場所が分からない。
ロイン達が知っているという近道は、多分、村まで通じているのだが、途中にペドゥーリ伯爵家の屋敷があるので、それ以上、我々部外者は入れない。
これって詰んでない?
『というか、村がペドゥーリ伯爵家によって外部から守られている以上、簡単にたどり着ける訳はなかったんだよなあ』
そう。カルテルラ山が誰でも入れて、自由にあちこち歩き回れるようなら、とっくに楽園村は見付かって、人間達の間で話題になっていたはずなのである。
そうでなかったという事は、簡単にたどり着ける場所ではないという事で。
しまったな。こうなる可能性も考えておくべきだった。
『・・・時間はかかるけど、私と黒い猟犬隊で先行して、山を調べるという手はあるか』
私と黒い猟犬隊の足なら、それほど日数はかからずに、楽園村を見つける事も出来るかもしれない。
ただしその場合の問題は――
「その間、アゴストファミリーと深淵の妖人が大人しくしていてくれればいいんだが」
そうそれな。ロイン達を狙うアゴストファミリー。中でも深淵の妖人、【手妻の陽炎】。
ヤツが再び現れた場合、私抜きのクロカンで二人を守れるかどうか。
アーダルト達タイロソスの信徒の三人もいるものの、かなり危ないのではないだろうか?
ここでアーダルトが声を上げた。
「その深淵の妖人についてだが、神殿で気になる噂を聞いた」
なに? 私はブヒッと身を乗り出した。
現状、【手妻の陽炎】についてはどんな些細な情報でも欲しい所だ。
その話、はよ、はよ。
結論から言うと、アーダルトが聞いて来た話は、【手妻の陽炎】についてのものではなかった。
深淵の妖人の話は話でも、【手妻の陽炎】とは別の妖人の話。
二人の深淵の妖人が、ペドゥーリ伯爵家の別荘? 別邸? を襲ったという話だった。
そう。深淵の妖人は【手妻の陽炎】だけではなかったのだ。
少なくともあと二人。
この【西の王都】ベッカロッテには、最低でも三人もの妖人が集まっているという事になるのだ。
次回「メス豚と槍術師範」




