その415 ~胡蝶蘭館の襲撃者~
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ペドゥーリ伯爵家の裏にそびえるカルテルラ山。
その中ほどに建てられた、赤い屋根の瀟洒な屋敷。
広い庭には、毎年春になると胡蝶蘭の花が咲き乱れる事から、胡蝶蘭館と呼ばれている。
深夜。その胡蝶蘭館は喧噪と血の匂いに包まれていた。
「賊は何人だ?! どこにいる?!」
「大婆様の寝所を守れ! これ以上、賊の侵入を許すな!」
ガシャガシャと甲冑の音を立てながら警備の騎士達が走り回る。
彼らは怯える使用人達に、決して部屋を出ないように命じながら、屋敷の廊下に備え付けの灯火具に、次々に明かりをともしていった。
煌々と灯った明かりが、闇に潜んだ侵入者の姿を照らし出す。
「こっちにいたぞ! 客間の廊下――ギャアアアア!」
男の悲鳴と共に、重い物が倒れるゴトリという鈍い音が響いた。
館の門番の死体が見つかったのは今から十分ほど前。
二人の門番のうち、一人は左肩口から右脇腹まで拝み打ちで切られ、もう一人は鈍器のような物で頭をぐしゃぐしゃに潰されて殺されていた。
点々と続く血の跡を辿るまでもなく、賊が既に館に潜入しているのは明らかだった。
警備の騎士達は、直ちに館内に異常を知らせると、賊の捜索を開始した。
「いたぞ! こっちだ! 賊は二人だ!」
明かりに照らし出された賊は二人。
一人は長髪にヒゲを長く伸ばした中年の男。やたらと膨らんだ上着が異様な印象を与えている。
左右の手には獲物の血に濡れた短剣。そして同じ短剣を左右の腰にそれぞれ一本づつ。更には背中にも六本も所持している。
もう一人の賊は、歳の頃二十歳前後と思われる若い男。
細身の体は不自然な程手足が長く、表情のないギョロリと大きな目も相まって、昆虫のカマキリを思わせる。
こちらの青年の武器は巨大なハンマー。
いわゆる戦鎚といわれる打撃武器だが、異常なのはその柄頭の大きさである。
重量挙げ選手が持ち上げるバーベルの重りよりも大きな鉄の塊、と言えば伝わるだろうか?
そんな超重量級の武器を青年は事も無げに肩に担いでいた。
次々に集まる警備の騎士達に、しかし、二人の賊は顔色一つ変えようとしない。
騎士達の隊長だろうか。マントに家紋の入った年かさの騎士が、手にした剣を侵入者に向けて突き出した。
「その風体、門番を一刀の下に切り捨てた腕前、ただの物取りなどではあるまい! 大婆様を狙った刺客であろう! 貴様ら一体どこの手の者だ?!」
シンと静まり返った廊下に、「キキキ」と不快な異音が響いた。
異音ではない。中年の賊の笑い声だ。
「なぜそんな分かり切った事をわざわざ聞く? 俺なんかよりもお前達の方がよっぽど詳しく知っているだろうに」
「――叔父殿の放った刺客か」
隊長は苦々しい表情で吐き捨てた。
叔父殿――現ペドゥーリ伯爵家当主の叔父であり、幼い当主の後見人、カロワニー・ペドゥーリ。
彼と敵対している門閥派の中心人物が死んで喜ぶのは、カロワニー以外には考えられなかった。
「お前達に最早逃げ場はない。武器を捨てて投降するというのであれば、命だけは――」
「【手長足長】」
「命だけは取らずに――なに?」
中年の賊の言葉を、隊長は聞き返した。
「【手長足長】。俺の名だ。コイツは【三十貫】。三十貫(※約千キログラム。一トン)の戦鎚を使うからそう呼ばれている。そうそう、俺達の事を深淵の妖人とも呼ぶ者もいる」
【手長足長】に【三十貫】。それが二人の名前らしい。それに二人は深淵の妖人とも呼ばれているようだ。
奇妙な名前に騎士達の間に戸惑いの空気が流れた。
「それが何だ? とでも言いたそうな顔をしているな。なに、誰に殺されたのかも知らずに死んだのでは、さぞ未練だろうと思ってな。だから教えたまでの事だ。じゃあな」
その瞬間、中年の賊の――【手長足長】の手がズルリと伸びると、銀閃が隊長の体へと走った。
「なっ?! 腕が伸び――むぐっ!」
「隊長?!」
一体どういう原理であろうか。一瞬にして数メートルもの長さに伸びた【手長足長】の腕は、隊長の剣を掻い潜り、彼の鎧の隙間――脇の下へと短剣を突き立てたのだ。
短剣の鋭利な切っ先は肋骨と肋骨の間に滑り込み、肺を貫くと、心臓に繋がる動脈を切り割いた。
完全な致命傷である。隊長は血を吐いてその場に崩れ落ちた。
「【三十貫】!」
「ん」
【手長足長】の声に青年の賊は――【三十貫】は、肩に担いでいた巨大な戦鎚を振り上げる。
先程の【手長足長】の言葉を信じるなら、一トンにも達する鉄の塊である。
【手長足長】がパッと床に伏せると、【三十貫】はハンマー投げの選手のようにグルグルと回転を始めた。
「ば、バカ! 止めろ! 来るな!」
「ギャアアアア!」
破壊の竜巻が館の廊下を蹂躙した。
【三十貫】の長い腕に、戦鎚の長さが加わり、廊下の幅一杯に振り回される鉄の塊から逃れる事の出来る者はいなかった。
騎士達は構えた槍をへし折られ、鎧ごと体を押し潰され、頭蓋骨を叩き割られて、次々に絶命した。
「キキキキキ・・・」
騎士達の上げる悲鳴の中、【手長足長】のあげる甲高い笑い声が館に響き渡ったのだった。
血生臭くなった廊下を後に、深淵の妖人達は館の奥を目指した。
「ん。んん」
【三十貫】は部屋の扉を指差すと、次に廊下を指差す。
【手長足長】は元の長さに戻った手で、長い顎ヒゲをしごいた。
「標的の部屋の場所を知っているのかって? そういえば知らんなあ。まあ、適当に歩いていればそのうち見つかるだろうよ」
【手長足長】の無責任な返事に、【三十貫】は呆れ顔でため息をついた。
「んん」
「全員殺さずに一人ぐらいは生かしておいた方がよかった? そうかもしれんが、素直に喋るとも限らんだろう。それに話を聞くだけなら――」
【手長足長】はすぐ横の扉に手を掛けると、勢い良く開いた。
部屋の中には息をひそめてガクガクと震えている館のメイドの姿があった。
「話を聞くだけなら、別にだれでも良い訳だしなあ」
「ひいっ! ゆ、許して・・・」
「殺しはせんよ、殺しは。主人の部屋に案内してくれるならな。ホレ、立った立った」
【手長足長】に剣を突き付けられ、メイドは足を震わせながら立ち上がるのだった。
それから数分後。
深淵の妖人達は、大きな扉の前に立っていた。
この部屋まで彼らを案内したメイドは、廊下の先で喉を切り裂かれて冷たい躯を晒している。
案内をしたら殺さないのではなかったのか?
二人は人の道を外れた妖人。妖人が人間との約束など守るはずがなかった。
「後は婆を一人殺せばこの仕事は終わりか。意外と簡単な仕事だったな」
【手長足長】が無造作に扉のノブを握ったその時だった。
カッ!
軽い音と共に、扉を貫いて伸びた剣先によって、【手長足長】の手が貫かれた。
「なっ?!」
「ん!」
バガン!
【三十貫】の振り下ろした戦鎚で、部屋の扉は粉々に吹き飛ばされた。
吹き飛ぶドアのその影から、銀閃が閃くと【三十貫】の胸元に迫る。
しかし、彼をかばう形で【手長足長】の手が伸びると、銀閃は――槍の穂先は素早く狙いを変え、その腕を断ち切った。
ゴッ、カラカラ・・・
【手長足長】の腕が床に落ちると、その手から離れた短剣が転がった。
「ちいっ! 下がれ、【三十貫】!」
【手長足長】は腕を切られた痛みを感じていないのか、残った片腕で仲間を押しとどめた。
「なんだ? 腕を断ったにしては妙な手応えだったが・・・」
槍を構えたままゆっくりと現れたのは、隻眼の武将。
「むむっ? 腕かと思ったら、束ねた髪の毛だったのか。髪の毛をまるで手のように自在に操るとは、なんたる摩訶不思議なあやかしの技」
隻眼の武将の言葉通り、床に落ちているのは人間の腕ではなく、切り落とされた髪の毛であった。
【手長足長】の上着の一部がほつれると、スルスルと絡まって新たな腕となり、背中の短剣を引き抜いた。
上着に見えたのは全て【手長足長】の体毛だったのだ。
隻眼の武将の口から「ほう」と、興味深そうな声が漏れた。
【手長足長】は短剣を構えながら、隻眼の武将に問いかけた。
「貴様、何者だ?」
「賊に問われて答える謂れは無いが、興味深い手妻を見せて貰った礼だ。名乗ってやろう。俺はサッカーニ流槍術師範。ペドゥーリ伯爵家、槍術指南役マルコス・サステナ」
「サッカーニ流槍術師範サステナだと・・・【今サッカーニ】か! くっ! 【三十貫】、引くぞ! 相手が悪過ぎる!」
【手長足長】はサステナの名を聞いた途端、顔色を変えて踵を返した。
驚きながらも慌てて後を追う【三十貫】。
サステナもまさか初手から相手が全力で逃げ出すとは思わなかったのか――あるいは、護衛相手の側を離れる訳にはいかなかったのか――その場に留まり、黙って二人の逃亡を見逃した。
「ん? んん?」
「まさかサステナが標的の護衛についていたとは。サステナはサッカーニ流槍術の創始者、槍の申し子サッカーニの生まれ変わりとも言われている男、人呼んで【今サッカーニ】。仲間の中で正面からヤツに挑んで勝てる者がいるとすれば、【手妻の陽炎】だけだろう。癪だが今日の所は引き上げだ」
こうしてこの夜、胡蝶蘭館を襲った妖人達は、ペドゥーリ伯爵家、槍術指南役サステナによって撃退されたのであった。
そして翌日、クロ子達もこの事件を知る事となる。
次回「メス豚、情報収集する」




