その413 メス豚と妖術使い
クロコパトラ歩兵中隊とアゴストファミリーとの戦いは、こちらの一方的な勝利に終わった。
裏社会の住人とは言っても、所詮はチンピラ。クロカンの新兵器、魔法銃の敵ではなかったようだ。
とまあ、偉そうに言ったものの、今回、私は何もしていないんだがな。
クロカンの副隊長、ウンタは呆れ顔で私に振り返った。
「当たり前だ。クロ子に任せたらアイツらを全員殺してしまうだろうが」
おい待て。人を殺人狂みたいに言うんじゃない。私だって手加減くらいは普通に・・・苦手だけど、決して出来ない訳じゃない・・・多分。
ただ、私の魔法は、ちょ~っと威力があり過ぎるというか、当たったら相手が死んじゃうっていうか。
それを手加減出来ないと言うんだって? ごもっとも。サーセン。
「ほとんどの敵には逃げられてしまったか。逃げ足の速いヤツらだ」
ウンタは周りを見回して呟いた。
今回襲撃して来たアゴストファミリーの構成員は、こちらと同数か少し多いくらい――つまりは四~五十人程。
現在、クロカンの隊員達に取り押さえられているのは、その半分以下。十人程度といった所か。
つまりはほとんどのヤツは逃げ出したという事になる。
まあ、ザコなんていくら逃げても別に構わないっていうか。むしろ大勢捕まえてもこちらが持て余すだけっていうか。
それにしてもさっきは驚かされた。まさか実戦で――しかも部隊としてはほぼ初運用で――魔法銃がこれ程までに効果を発揮するとは。
これぞ正に、銃は剣よりも強し、だな。
『ウンタの同時射撃の指示も良かったわね。あれで相手は完全にビビッてたから』
「ああ、あれか。昨年、大モルト軍と一緒に天空竜と戦った時、俺達は大鳥竜を近寄らせないために、全員で同時に圧縮の魔法を使っただろ? あれは圧縮の空気が破裂する音が、天空竜の使う落雷の魔法の音に似ているため、大鳥竜が怯えて近寄らなかったのが原因だったんだが、この大きな音は、人間の兵士を威嚇するのにも使えるんじゃないかと思ってな。冬の間に隊員達で練習していたんだ」
お~、なる程。それがあの一斉射だったという訳ね。
『うんうん。いいんじゃない? 敵に与える心理的な影響ももちろんだけど、個々人がバラバラに撃つよりも一斉に射撃した方が面制圧の効果も期待出来そうだし』
ていうか、これは前世で銃の存在を知っている私こそが気付くべきだった。
どうやら、魔法銃が形になった事で、私は無意識のうちに何か成し遂げた気になっていたようだ。
私の好きなカードゲームに例えれば、新兵器というのは、新弾のブースターパックに収録された目玉カードのようなものだ。
それが余程のメタカードでもない限り、今まで使っていたデッキにそのまま放り込んでも、何かのカードの代用品。ちょっと便利なカードにしかならない。
真にそのカードのポテンシャルを発揮させるには、そのカードを中心とする新しいデッキ。新たなコンセプトのデッキを組んでやる必要があるのだ。
新しいブドウ酒を古い革袋に入れてはいけない。新約聖書マタイによる福音書の有名な一節である。
新兵器というのは、その兵器を使った新しい運用方法が伴った時にこそ、初めて自軍の戦力足り得るのである。
――おっといかんいかん。そんな事より、勝って兜の緒を締めよ。隊員達が今回の勝ちに浮かれて天狗にならないよう、釘を刺しておかないとな。
私は少しでも伝わるよう、いつもより声のトーンを落とした。
『ねえウンタ。確かに今回はクロカンの完全勝利だったけど、それは相手が犯罪組織のチンピラだったから。それに敵味方の人数も同じくらいだったし、ここは相手のホームグラウンドだった――つまりは、相手にはこの場から逃げ出すという選択肢があったから。もしここが逃げ場のない戦場で、もし相手が優秀な指揮官に率いられている兵士達だったら、こんな風に簡単にはいかなかったはずだから。それだけは勘違いしないようにね』
ウンタは小さく苦笑した。
「ああ、勿論だ。クロカンの誰も、この勝ちに慢心なんてしてないさ」
どうやら私の老婆心は彼にバッチリ見抜かれていたようだ。
私は照れ臭くなって、「だったらいいけど」と誤魔化した。
ここでクロカンの大男、カルネがやって来ると、ウザいくらいのハイテンションでウンタの肩を叩いた。
「よお、ウンタ、クロ子! 何をそんな辛気臭い顔をしてんだよ! 俺達、アゴストファミリーに圧勝したんだぜ! もっと嬉しそうな顔をしろよ! それにしても魔法銃ってのはスゲエよな! 大モルト軍と戦っていた時にこれがあったら、余裕で勝ててたんじゃ――って、お、おい、ウンタ、な、何でそんなに俺を睨むんだよ」
「カルネ――お前というヤツは・・・はあ。クロ子、すまん。これが終わったら、さっきの話をみんなにもしてくれないか? ひょっとして、コイツと同じ考えの者がいないとも限らんからな」
『ああうん、分かった。確かにトトノとか怪しい気がするし』
大きなため息をつく私達に、カルネは不思議そうに小首を傾げるのだった。
「このクソ○○〇の○○野郎が! テメエらこんな事をして楽に死ねると思うなよ! 全員手足をブチ折って、芋虫か何かみてえに地べたを這いつくばらせてやる! それから錆びたナイフで、テメエらの腐れ○○〇を三つに引き裂いて、そのふざけた犬ヅラをそぎ落として人間様のツラに見えるように整形してやるから感謝しやがれ! 泣いて後悔したってもう遅え! 恨むならテメエらを産んだ淫乱なクソ〇〇〇と、○○〇の腐れ〇〇〇に欲情して精子を吐き出した短小オヤジを憎むがいいぜ!」
伏字盛り沢山、ゴア表現アンド下ネタマシマシの罵倒を、一切の淀みなく叫んでいるのは、顔に大きなキズのある『ザ・ヤクザ』といった感じの強面の男。
アゴストファミリーの幹部、ヴァロミットである。
彼は右のももにカルネの銃弾を受けて膝をついた所を、タイロソスの信徒、青年戦士ビアッチョによって取り押さえられた。
現在、ヴァロミットは腕を背中に決められての床ペロ状態。教導者アーダルトに剣を突き付けられているにもかかわらず、恐怖に怯えるどころか、さっきからこうして怒鳴り続けているのである。
まさか自分の置かれている状況が分かっていないとも思えないので、こういう人間性なのだと思われる。
なんという強メンタル。流石は犯罪組織の幹部にまでのし上がった男である。
『どう? アーダルト。コイツ何か口を割った?』
ウンタが私の言葉を彼に翻訳すると、アーダルトは小さくかぶりを振った。
「見ての通りだ」
収穫ゼロか。まあ会話が成立するような感じでもないし。
てか、さっきからうるさいなコイツ。良く罵詈雑言のネタが尽きないもんだ。
これはアレか? この町ではアウトロー同士で悪口バトルが流行っているとか? ラッパー同士がフリースタイルで対決するみたいな感じで。でもって、上に立つ人間はその悪口バトルにも強くないと周囲にナメられる、みたいな?
「どうするクロ子?」
ウンタが私に振り返った。
う~ん。ここがランツィの町なら、代官屋敷に即連行。取り調べ諸々は監督官のメイドハーレムこと七将の孫、マルツォ辺りにでも丸投げしてしまう所だが・・・
『けど、ここは外国。しかもこの町の支配者はカロワニー・ペドゥーリなんだよなあ』
そう。今回の事件の黒幕(多分)であり、アゴストファミリーの雇い主(多分)、カロワニー・ペドゥーリ。
ここは彼の支配する土地。ペドゥーリ伯爵領なのである。
そんな相手にコイツを渡しても、取り調べるどころか即日解放。最悪、我々の方が傷害犯として牢屋にブチ込まれかねないだろう。
だったらこちらで尋問するしかないのか? だが、この様子だとそう簡単に口を割ったりはしなさそうだ。
『取り敢えずうるさいんで、猿ぐつわでも噛ましてそいつの口を塞いじゃって。そろそろ騒ぎを聞きつけた衛兵がやって来るかもしれないし、トラブルになる前に一旦場所を移動しましょう』
最悪、何も情報が引き出せなくても、人質くらいにはなるだろう。
アゴストファミリーの構成員を撃退したと言っても、あれは敵組織の極一部。アゴストファミリー自体はほとんど無傷で残っているのだ。てか、そもそも、本部は王都にあるみたいだし。
「分かった。おいカルネ、そっちを押さえてくれ」
「よしいいぜ。指を噛みちぎられないように気を付けろよ」
ウンタとカルネは左右からヴァロミットの頭を押さえつけた。
二人がヴァロミットの口に丸めた布を押し込み、ようやく静かになったその時だった。
「捜したぞヴァロミット。こんな所にいたのか。俺に隠れて一体何をしていたんだ?」
この場に不釣り合いな涼しい声と共に、一人の男が姿を現した。
けばけばしい派手な格好をした男だ。
年齢は二十代半ば。長い髪は後ろに纏めてお団子ヘアにしている。
青年は呆れ顔でヴァロミットを見つめた。
「しかもその様子だと返り討ちに遭ったみたいだな。やれやれ。だから後は俺に任せてアンタは旅の疲れでも癒していろと言ったんだ」
この一言で青年がアゴストファミリー側の人間である事が分かる。
我々の間にサッと緊張が走った。
青年はこちらの存在などまるで眼中にないかのように、当たり前の様子でヴァロミットに近付いた。
「野郎! そいつに近付くな!」
「待て、トトノ!」
クロカンの第二分隊隊長トトノが、青年に銃口を向けた。
既に弾丸は装填していたのだろう。ウンタが止める間もなく、「圧縮!」。空気圧縮の魔法が発動される。
青年は魔法銃の事を知らない様子だったが、トトノの声と動作から、何らかの武器で自分が狙われている事には気付いたようだ。
その目がスッとすがめられる。
次の瞬間――
パンッ!
空気の破裂する音と共に、魔法銃の銃口から鉛の弾丸が発射された。
「なにっ?!」
トトノの口から驚愕の声が上がった。
しかし、横で見ていた私達には、彼が何をそんなに驚いたのか分からなかった。
我々の目には、発射の瞬間にトトノが自分の手で魔法銃の銃口をあらぬ方向を向け、わざと標的を外したようにしか見えていなかったのである。
深淵の妖人、【手妻の陽炎】。
そのあやかしの手妻(手品)が、初めて我々の前で明かされた瞬間だった。
次回「メス豚、化かされる」




