その410 メス豚、上陸する
ゴトン、という鈍い衝撃と共に、私達を乗せた船は木製の桟橋に接岸した。
『いっちばーん。風の鎧! とうっ!』
「あっ! クロ子、テメエ抜け駆け!」
私は船が完全に止まるのを待たずに、身体強化の魔法を使うと大きくジャンプ。スタッと桟橋に降り立った。
おおっ。ここがペドゥーリ伯爵領。
私は初めて訪れた港の景色を見回した。
「ワンワン! ワンワン!」
「あっ、コラ! お前達まで!」
そして私に続けとばかりに、黒い猟犬隊の犬達が、元気よく船から飛び出した。
ニ三匹、勢い余って川に転げ落ちたが、慌てて犬かきで桟橋に泳ぎ付いている。
コイツらも船旅の間中、狭い船倉に押し込められていたからな。何気にストレスが溜まっていたんだろう。
彼らは早速、あちこちで匂いを嗅いだり、マーキングをしたりと縄張りの拡張にいそしみ始めた。
「うわっ! 何だこの犬共は?!」
「コラ! 仕事の邪魔をするな! あっちへ行け! シッ、シッ!」
そして現地の方々に迷惑をかけている模様。
クロコパトラ歩兵中隊の副隊長、ウンタが船を降りると私に声を掛けた。
「おい、クロ子。俺達はあまり目立つのはマズイんじゃないか?」
『確かにそうね。黒い猟犬隊、集合!』
『『『応!』』』
私の一声で犬達は整列した。
コイツら返事だけはいいんだよな、返事だけは。
「うううっ、やっと地面に足を付けられる。もう船はこりごりだぜ」
「へえ、ここがここがペドゥーリ伯爵領なのか。結構、賑やかな場所だな」
「だな」
死にそうな声を出しているトトノを筆頭に、クロカンの隊員達がゾロゾロと船から降りて来た。
ちなみに今の彼らは、いつもの亜人の村人スタイルではなく、御用商人のザボに用意して貰った傭兵スタイルである。
具体的には布で包んだ長物の武器を担ぎ、亜人の特徴である顔の下半分をスカーフや兜で隠して、ポンチョのような厚手のマントに身を包んでいる。
「あ、いたいた、クロちゃん。もう、急に走り出しちゃうんだから」
「ここが西の王都と言われるベッカロッテか。アーダルトさんはこの町に来た事があるんですよね?」
「昔、一度だけな。町の様子はその頃とあまり変わっていないな」
そしてお揃いのネックレスを首にかけた三人組の傭兵達。
教導者アーダルトをリーダーとした、戦の神タイロソスの信徒達である。
『と言っても、今じゃ私達もタイロソスの教徒なんだけどな。いや、まだ準教徒なんだっけ?』
「? ねえウンタ、クロちゃんは何て言っているの?」
女戦士マティルダが、ヒョイと私を抱き上げるとウンタに尋ねた。
「大した事は言っていない。お前もクロ子と付き合うなら、コイツの言う事をいちいち真面目に取り合わないようにすることだ」
「そうなの?」
『オイ、冗談はよせ』
例え冗談でもそんな真面目な顔で言ったらアカン。マティルダ達が本気にするだろうが。
冗談、だよな?
視界の端で、カルネ達クロカンの隊員達がウンウンと頷いているような気もするけど、お前らもウンタの冗談に乗ってるだけだよな?
ただの悪乗りだよな? 信じてもいいんだよな?
「ワンワン!」
退屈した犬達が、尻尾をフリフリ、私にアピールを始めた。
ハイハイ。分かった分かった。
『ええとウンタ。一先ず宿にチェックインしときたいんだけど、その辺、どうする予定なのかアーダルトに聞いてくれない?』
「――という事だが、どうなんだ? アーダルト」
「宿の手配なら船長に頼んでいる。ちょっと待ってろ」
アーダルトは船の船長を捕まえると、宿への行き方を教えて貰っている。
いやあ、アーダルトに一緒に来て貰えてマジで助かったわ。私達だけなら完全に途方に暮れていた所だわい。
私の言葉にウンタも頷いた。
「まさかペドゥーリの町がこれ程大きいとは思っていなかったからな」
「? お前、何を言ってるんだ?」
ウンタの言葉にタイロソスの信徒、青年戦士のビアッチョが反応した。
「大きいのなんて当たり前だろ。このベッカロッテは西の王都と呼ばれているくらい、ヒッテル王国でも有数の大都市なんだぞ? というか、この町の名前はベッカロッテ。ペドゥーリはこの地方の名前と、ここを治める伯爵家の名前だからな。間違えるなよ」
ああ、そういや、さっきそんな会話をしてたっけ。西の王都だとかなんとか。
流石はゴッドペドゥーリのお膝元。町の大きさも大したものなんだな。
「宿へ向かおうか。ん? どうした?」
戻って来たアーダルトは、私達の様子を見て、弟子に問いかけるような視線を向けたのだった。
宿へと向かう移動の途中、アーダルトはビアッチョから先程の説明を受けた。
「なる程。しかし、メラサニ山に住んでいるお前達が隣国の町の名前を知らないのは分かるが、ペドゥーリに住んでいるお前達もこの町の名前を知らなかったんだな」
アーダルトはそう言うと、部隊の最年少の二人の傭兵――楽園村の亜人、ロインとハリスの兄弟――へと振り返った。
二人は横目でチラリと周囲の様子を伺いながら答えた。
「ああ。俺達の村では、”人間の町”としか言っていなかったからな」
「ええと、他の土地に行けば別の町があるのは知っていますが、僕達にとっては、村と言えば自分達の村、町と言えばこの町の事でしたので」
ちなみに我々は、人間の町に入った時から、『亜人』と『楽園村』という単語を口に出さないようにしている。
この土地の人間達は、自分達の住んでいる場所の近くに亜人の村が存在している事を知らない。
せっかくわざわざ人間の傭兵団に偽装しているのだ。そんな事で周囲の注目を惹いては元も子もないだろう。
幸い、我々は目立ってこそいる(四十人からの武装集団で、何十匹もの犬まで連れていれば目立たないはずもないのだが)ものの、悪目立ちまではしていないようだ。
これはこの【西の王都】ベッカロッテが大きな町で、傭兵団が立ち寄る事も珍しくはないせいではないだろうか?
「この町って、この国でも有数の大きな町だったんですね」
「なにせペドゥーリ伯爵家の町だからな」
「なあ、アーダルトよぉ」
クロカンの大男カルネがアーダルトに声を掛けた。
「確かザボ(※亜人の村の御用商人)から聞いた話だと、ペドゥーリってヤツはケチで見栄っ張りなんだろ? そんなヤツが治める町が国でもトップクラスの大きな町って妙じゃねえか?」
あ、それ私も思ってた。
ロインとハリスのご先祖様(と言っても、ひいお爺ちゃん世代らしいけど)を密かに受け入れてくれた聖人、ゴッドペドゥーリは例外としても、ペドゥーリ伯爵家自体は代々、あまり評判が良くないらしい。
統治者としての評価は、むしろここのお隣、サンキーニ王国との国境の土地を治めているロヴァッティ伯爵家の方が高いそうだ。
まあ、ロヴァッティ家の場合、有能でなければ生き残れなかったのかもしれないけど、そんなロヴァッティ伯爵領を差し置いて、ペドゥーリ伯爵領の方が栄えているのは流石におかしいのではないだろうか?
そんな私達の疑問に、アーダルトはあっさりと答えた。
「ペドゥーリ伯爵家はこの国でも有数の家柄だからな」
「なんだそりゃ?」
アーダルトの説明によると、同じ男爵家、伯爵家でも、その中で格の違い――ランク分けが存在するそうだ。
まあ、それ自体は分かる。例えばカードゲームの星3Sレアのキャラでも、脳死でデッキに入れられる必須クラスのキャラもいれば、性能不足のハズレ枠のキャラだっている。
ペドゥーリ伯爵は星3の中でもトップクラスのキャラだった、という事か。
「この国の者なら大抵が知っている事だが、ペドゥーリ伯爵は初代ヒッテル王が即位した時代、つまりはヒッテル家がまだ地方領主だった頃の家臣筆頭、いわゆる家老だったそうだ。国王になった初代ヒッテル王は、自分が最も信用出来る彼に、この土地の統治を任せたという訳だ」
なる程。
つまり日本の江戸時代で言うならば、ロヴァッティ伯爵は外様大名、ペドゥーリ伯爵は譜代大名だったという訳か。
ペドゥーリ伯爵は隣国に対して睨みを利かせつつも、ロヴァッティ伯爵の裏切りにも目を光らせていたのだろう。
それ程王家に信頼されていた、とも言えるが、その分だけ優遇もされ続けて来たに違いない。
なる程。このベッカロッテが西の王都と呼ばれるまでに発展する訳である。
そしてペドゥーリ伯爵家の評判があまり良くないのも納得出来た。
なにせ生まれつき家柄はトップクラスの名門、更には王家に重用されていて、金だって唸る程持っているのだ。
これで堕落しない方がムリってもんだろう。
むしろゴッドペドゥーリが例外中の例外。ゴッドペドゥーリはマジゴッドだったのだ。
「なんだそりゃ。けどまあ、何となくは理解出来たぜ。ありがとよ」
「へえ~。ペドゥーリ伯爵ってスゴかったんだ」
「いや、マティルダ。お前まで感心してどうすんだよ。コイツらと違ってお前はこれくらいの事は知ってなきゃダメだろうが」
「え~、ビー君酷ーい」
「あっ、コラ。アーダルトさんの後ろに隠れるな」
女戦士マティルダは、私を抱っこしたままアーダルトの後ろに逃げ込んだ。
じゃれ合う二人に黒い猟犬隊の犬達がワンワンとまとわりつく。
「二人共止さないか。それよりも宿が見えて来たぞ」
おっと、そういや宿屋に向かっていたんだった。自分で歩いていないせいもあってか、途中から観光気分で辺りを眺めていたわい。
流石に四十人もの大人数(プラス犬も含む)が泊まれる宿だけあって、この世界ではほとんど見ない三階建ての大きな宿だった。
さて。チェックインした後は、情報収集も兼ねて本格的な観光にでも出かけますかね。
その時、私の頭の上に乗っていたピンククラゲがフルリと震えた。
『要警告。こちらを尾行する存在を確認』
『むっ』
到着早々これかよ。どうやらのんびりさせては貰えないようだ。
次回「メス豚、敵を誘い出す」




