その406 ~ヴァロミットの誤算~
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「クソッタレが! 何でこんな事になりやがった!」
隣国ヒッテル王国の犯罪組織、アゴストファミリーの幹部ヴァロミットは、馬車の中で苛立ちの声を上げた。
急遽用意された馬車は車軸にヘタリが来ているらしく、轍を乗り越えるとガクンと大きく揺れる。
その度に、固定の甘い荷物が車体にぶつかり、振動が安物のイスに伝わって不愉快だった。
「俺はアゴストファミリーの幹部だぞ。その俺がなぜ、こんな風にみっともなくこの国から逃げ出す羽目になったんだ」
ヴァロミットは怒りにギリギリと奥歯を噛みしめた。
「クソッ! 全ては亜人共のせいだ! ヤツらめ、全てをブチ壊しやがって! この俺に恥をかかせたことをいつか絶対に後悔させてやる!」
ヴァロミットの怨嗟の叫びは馬車の外にまで響いた。
その知らせがヴァロミットの下に届いたのは、今朝の事だった。
犯罪組織のご多分に漏れず、ヴァロミットの夜は遅い。いつも寝るのは日付が変わった後、午前中は寝て過ごすのが普通だった。
そのため、今日は朝から叩き起こされて、彼は極めて不機嫌だった。
「ああん? 朝っぱらから何を騒いでやがる。一体何があった?」
「ヴァ、ヴァロミットさん! た、大変です! ついさっき、代官の屋敷に潜ませていた仲間から連絡があったんです! 手入れです! ヤツら俺達を捕まえるために、屋敷に兵隊をかき集めているそうですぜ!」
「――なに?」
手入れ、という言葉に、ヴァロミットの眉が跳ね上がった。
ヴァロミットがこのランツィの町に到着したのはほんの数日前。
とはいえ勿論、それ以前からファミリーはこの町に支部を作り、裏社会に根を張っていた。
稼ぎの内訳は犯罪組織のセオリー通り。賭博場の経営に、禁輸品の持ち込みに、人身売買。
当然、全てが違法行為で、このどれもが代官に目を付けられてもおかしくはなかった。
チッ。面倒な事になったもんだ。
ヴァロミットは内心で舌打ちをした。
「話は分かった。俺の方で何とかする。おう、誰か死神を呼べ!」
この時、まだヴァロミットはまだ寝起きで頭が回っていなかった。
今朝になって、代官の屋敷で手入れの準備が始まったという事実。
その事を忘れて、良くあるいつもの手入れと思い込んでしまったのである。
彼の声に、隣室に控えていた情婦が現れた。
「死神ならまだ帰っていないわよ」
「まだ帰っていない? 何だあの野郎、この忙しい中、どこに行って――っと、そうか」
ヴァロミットは怒鳴り声を上げようとして、昨日、自分が彼に、この町に宿泊している亜人達を襲撃するよう命じていた事を思い出した。
「ん? だが何で死神のヤツはまだ戻っていないんだ? 襲撃は成功したんだろう? それともまさかつまらんヘマでもして、ケガでも負ったのか? アイツらしくもねえ」
この言葉からも分かる通り、ヴァロミットは襲撃の成功を欠片も疑っていなかった。
それも当然。ターゲットは亜人――山野に隠れ住む原人だし、こちらは死神自ら三十人もの腕の立つ手勢を率いている。
例えるならば、オオカミの群れが羊の群れを襲うようなものである。どう間違いがあっても失敗する事などあり得ない。ヴァロミットならずともそう思うのが当然であった。
その時、代官屋敷の情報を持って来た男が、言い辛そうに口を挟んだ。
「あの、その事なんですが・・・」
「ああん?」
ヴァロミットは「何だテメエまだいたのか」とでも言いたげな目を向けた。
「昨日の晩、ザボの店に亜人を襲撃しに向かったヤツらは、全員やられたそうです」
「全員やられた? 何がだ? ――いや待て、全員やられただと?! テメエ、そいつは本当か?!」
あまりに衝撃の内容に、その瞬間、ヴァロミットの頭から完全に眠気が吹き飛んだ。
ヴァロミットは勢い良く男に詰め寄ると、その胸倉を掴み上げた。
「テメエ、フカシこいてんじゃねえだろうな?! 死神は?! 死神のヤツはどうした?! まさかアイツまで死んだとかぬかすんじゃねえだろうな?!」
「く、苦しい・・・。そ、そこまでは俺にも。けど、襲撃に参加したヤツらはまだ誰も戻って来ていませんし、代官の屋敷の方でも、襲撃犯は死んだという前提で話が進んでいるので・・・多分」
「多分だぁ?! ああん?! テメエ寝ぼけた事を言ってんじゃねえぞ!」
ヴァロミットは怒りに任せて男を突き飛ばした。
「アイツは死神だぞ! 俺はヤツの腕を知っている! 間違っても亜人なんぞにやられるタマじゃねえんだよ!」
だが、どれだけヴァロミットが怒りに任せて部下に怒鳴り散らした所で、死神と彼の手勢が戻って来ていないという事実に変わりはない。
そして代官屋敷に集まっているという兵士達。
最悪の予感にヴァロミットのこめかみに青筋がたった。
「・・・バカな。一体何があったってんだ・・・」
最悪の予感。
しかし現実の厳しさはヴァロミットの予想を超えていた。
「なにぃ?! 代官屋敷に集まっているのは大モルトの兵士達だと?!」
代官屋敷の様子を探るために送った部下からの報告に、ヴァロミットは耳を疑った。
アゴストファミリーに対しての手入れ。それを指揮しているのは、町の代官ではなく、大モルト軍から出向している副監督官、マッシモ・ベルデだと言うのだ。
副監督官のベルデは、自ら陣頭指揮を執るべく、大モルト軍の兵士達を屋敷に集めているという。
「クソッ! 大モルト軍だけはマズい! この町の衛兵ならどうにでもなる。隊長には顔は効くし、隊員の中にもこっちが弱みは握っているヤツは何人もいる。だが、大モルト軍はダメだ! ヤツら相手には伝手がねえ!」
しかもこちらは実行部隊――死神と彼の部下の手練れ達を失っている。
抵抗しようにも決定的に戦力が不足していた。
「だからと言って、抵抗もせずに白旗を上げるのは論外だ。ヤツらに踏み込まれた時点でどっちみち組織は終わりだ。クソッ、せめて手入れの情報が、後一日早く分かっていれば。そうすりゃこっちにも色々と準備をする時間が出来たってのによ・・・」
もし、大モルトの部隊に家探しをされれば、いくらでも犯罪の証拠が出て来るだろう。それに部下を集めて口裏を合わせておく時間が無いのも厳しい。こんな状況で尋問を受ければ、我が身可愛さのあまり組織を裏切る者も出て来るはずである。
ちなみに、ヴァロミットは時間が無い事を悔しがっているが、今回の手入れは、急遽行われる事になった物のため、どの道、事前に情報を掴む事は不可能だった。
その原因は昨夜のザボの店への襲撃。
襲撃自体はメラサニ山の魔獣こと、クロ子の活躍で被害こそなかったものの、襲撃犯は全滅。結果として三十人以上もの人死にが出ていた。
朝になって店に戻ったザボはこの事実を知ると、慌てて代官屋敷に報告のための使いを送った。
この知らせに副監督官のベルデは頭を抱えた。
ベルデは早急に関係者達を(つまりはクロ子達を)代官屋敷に呼び寄せると、彼らから事情聴取を行った。
とは言っても、襲撃犯達はクロ子によって殺されていたので、話を聞ける相手はクロ子と彼女の通訳のウンタ、それにザボくらいしかいなかったのだが。
幸いクロ子達は被害者側ということもあって、罪に問われる事はなかった。
とはいえ、明らかにやり過ぎではあったので、ベルデから直々にお叱りの言葉と注意を受けた。
「次からは、事を起こす前に前もってこちらに連絡をよこすように」
「ブヒッ!」
「クロ子は『善処します!』と言っているぞ」
「・・・善処ではなく、必ず行うように。いいですね?」
その後、クロ子からの情報によって、襲撃犯達の正体は隣国の犯罪組織アゴストファミリーである事が判明した。
ファミリーの目的はロイン達亜人兄弟の誘拐。その目的のため、彼らは店にいる者達を皆殺しにした上で、証拠隠滅のために店に火まで放つつもりだったという。
ここまで凶悪な犯罪を犯す組織を、このまま放置しておく訳にはいかない。
事態を重く見たベルデは、自ら陣頭に立って事に当たるべく、大モルト軍の兵士達を集めたのだった。
「ヴァロミットさん、どうしやしょう?!」
「大モルト軍をまともに相手にする訳にはいかねえ。しかもこの町の部隊のトップにいるのは七将の孫――あの百勝ステラーノの孫と来ている。その上、こっちは死神とヤツの部下もいねえ。これで一体どうしろってんだ・・・」
ヴァロミットは大きな舌打ちと共に立ち上がった。
「ヴァロミットさん、どこに?!」
「ヴァロミットさん!」
「うるせえ! しばらく一人で考える! 誰も部屋に近付くんじゃねえぞ!」
ヴァロミットは部下を怒鳴り付けると、隣の部屋へと入って行った。
部下達はやきもきしながらヴァロミットが戻って来るのを待っていたが、彼が姿を現す事はなかった。
そう。ヴァロミットは部下の目から逃れると、密かに建物の外に抜け出したのである。
アジトから出たヴァロミットは、信頼できる部下に馬車を用意させると、それに乗り込み、手下を捨ててランツィの町から逃げ出したのであった。
「全部終わりだ。クソッタレの売女神ラキラめ。俺が一体何をしたってんだ」
幸運の神ラキラは、賭け事の神としても知られている。
彼女のコインは表が出ればこの世の全ての財宝を、裏が出れば破滅をもたらすと言われている。
どうやら自分はいつの間にか、かの神から破滅のコインを握らされていたようだ。
「どうしてこんな事になった。この国に逃げた亜人のガキをさらって来る。ただそれだけの簡単な仕事だったはずなのによ」
ヴァロミットは馬車に揺られながら、この世の理不尽を呪った。
「その仕事を失敗しただけじゃねえ。俺は手勢を失ったばかりか、この町のファミリーの支部まで失っちまった。俺のメンツは丸つぶれだ」
支部を一つ失ったとはいえ、本国におけるヴァロミットの影響力まで消えてなくなった訳ではない。ヒッテル王国にさえ戻れば彼は再び元の力を得る事が出来るだろう。
だが、それによって傷付けられたプライドまでが消え去る訳ではない。
この恨みはいつか晴らさなければならない。そう。アゴストファミリーのヴァロミットに恥をかかせた相手をこの世にのさばらせておく訳にはいかないのだ。
「サンキーニ王国の亜人共。ヤツらは絶対に許しちゃおかねえ。だが先ずは楽園村の亜人からだ。いい加減、あのカロワニーの野郎のすまし顔も癪に触っていた所だしな」
ペドゥーリ伯爵家のまだ幼い当主の後見人であるカロワニー・ペドゥーリ。
実質的に現在の伯爵家を取り仕切る男の顔に、ヴァロミット想像の中で唾を吐きかけた。
「悠長なやり方には飽き飽きしていたんだ。こうなりゃそろそろ俺流で行かせて貰うぜ」
怒りのヴァロミットを乗せた馬車は町の門を抜け、街道を東へと――隣国ヒッテル王国へと向かうのであった。
次回「竜討公の帰還」




