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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第十二章 亜人の兄弟編
408/518

その405 ~宵闇の戦い~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 深夜のランツィの町。

 南門に通じる目抜き通りに面した大きな店。広い建物の敷地内で一人の男がふと顔を上げた。


「――ようやく始まったか」


 まるで地の底から響いて来るような陰気な声だ。声の主の名は【死神】。

 勿論、死神というのは本名ではない。だが、あまりにも長くその名で呼ばれ続けて来たので、今では本人すら元の名を忘れてしまう程であった。

 死神が耳を澄ますと、建物の中から小さな喧騒が聞こえて来た。

 どうやら侵入した部下達が仕事を開始したようである。


「随分と手間取ったものだな。ヤニザめ、日頃から大口を叩いている割には使えんヤツだ」


 死神はそう呟くと、彼の部下、顔に大きな火傷の跡のある男、ヤニザの評価を下げた。

 ヤニザは血の気が多く、粗暴で金と女に目がないという、いかにもチンピラ然とした男である。

 しかし、その度胸と腕っぷしは見るべき点があった。

 そう考えたからこそ、今まで我慢して使って来たのだが、そろそろ切り捨てるべきタイミングなのかもしれない。


「次はロヴァッティ伯爵領のどこかの町にでも送り込むか。上手くいけばそれはそれで儲けものだし、噂の狂人公に目を付けられて始末されるなら、こちらの手を汚さずに済むというものだ」


 狂人公ことドルド・ロヴァッティ。

 ロヴァッティ伯爵家の長男である彼は、昨年、この国との戦いの最中に瀕死の重傷を負い、幾日も生死の境をさまよった。

 そんな過酷な経験と苦しみが彼の人間性を歪めてしまったのだろうか。それ以来、ドルドは他者に対して異常な嗜虐性を見せるようになっていた。

 狂人公とは、そんなドルドに人々が付けた異名、あるいは、恐れを込めて呼ばれる隠し名とも言えるものであった。


 死神がそんな事を考えている間にも、建物内の喧噪は大きくなっている。

 この様子では部下達が目的を果たし――亜人の少年を捕え、それ以外の人間を皆殺しにして――外に出て来るのは時間の問題だろう。

 死神は中断していた仕事を再開する事にした。

 とはいえ、作業自体はほとんど終わっている。

 建物の外、数か所には薪が積まれ、油を吸ったボロ布が押し込まれている。

 後はこの火口(ほくち)に火をつけるだけで、問題なく店は炎に包まれるだろう。

 死神は自分の仕事を確認すると、店の裏口に戻ろう踵を返――そうとした所で、スラリとナイフを抜いた。


「――そこにいるのは誰だ。出て来い」


 死神は暗い路地を睨み付けると誰何(すいか)の声を上げた。




 静まり返った夜の町。今も建物内の喧噪だけが小さく響いている。

 死神はナイフを構えたままピクリとも動かなかった。

 やがてジャリッと小石を踏む音と共に、路地の闇から大柄な影が姿を現した。

 背の高い男だ。厚手のマントの合わせ目からは、良く使い込まれた皮鎧が見える。油断のないその佇まいから歴戦の戦士である事が分かる。

 どうせたまたまこの場に通りかかった浮浪者の類だろう。そんな風に高を括っていた死神は、この予想外の相手に目を見張った。

 その時、死神は男の胸元に光る特徴的な文様に気が付いた。


「・・・その紋章。貴様、タイロソスの信徒か」


 大二十四神、(いくさ)の神タイロソス。そのタイロソスを信仰する者達は、戦場では勇敢な傭兵として、豪商や金持ち達の間では優秀な護衛としてその名を知られている。

 死神の目がすがめられた。


「そう言えば、確か亜人はタイロソスの神殿と契約を交わしていたのだったな。神殿から送られた傭兵は三人。教導者とその弟子が二人。教導者の名はアーダルトだったか。ひょっとしてお前がそのアーダルトなのか?」

「そこまで知っているのか?!」


 男の――アーダルトの目が驚きに見開かれた。

 アーダルトはクロ子から、神殿の事務長が犯罪組織アゴストファミリーと通じている事は知らされていたが、自分達の情報がどこまで相手に伝わっているかまでは聞かされていなかった。


 二人の間に殺気が漲る。

 タイロソスの信徒と犯罪組織の幹部。

 こうして向かい合ってしまった以上、戦わずに背を向けるという選択肢はない。

 商隊の警護や護衛の依頼を仕事にしている、アーダルト達タイロソスの信徒にとって、アゴストファミリーのような犯罪組織は抹殺すべき敵である。

 それと同じように、犯罪組織側としても、タイロソスの信徒は自分達の仕事の邪魔をする仇とも言える存在だ。

 そんな宿敵同士が出会ってしまったのである。

 互いを倒す事しか考えていないのは、二人の目を見るまでもなく明らかだった。


 死神がナイフを構えるのと、アーダルトが腰の鞘から剣を抜き放ったのは同時だった。

 アーダルトが手にしているのは飾り気のない直剣。戦場ではこのタイプの剣と一緒に、ラウンドシールドと呼ばれる円形の盾を持つのが一般的な傭兵スタイルとなっている。

 対する死神の武器は、現代地球ではサバイバルナイフと呼ばれる類の、幅広の厚手のナイフ。

 死神の部下、ヤニザも同じような形のナイフを愛用している。

 携帯性に優れ、戦いの場においては十分な攻撃力を持つこの手のナイフは、アウトロー達が好んで使う武器と言えるだろう。


(コイツ・・・強い)


 冬の夜中だというのに、死神の背中にイヤな汗が染みだした。

 この感覚。今までに何度も死線を掻い潜って来た彼だからこそ分かる。目の前の男から受けるプレッシャーに、彼の本能が恐怖の悲鳴を上げているのである。


(タイロソス神殿の教導者が、まさかここまでの手練れだったとは)


 死神を擁護する訳ではないが、彼は決して弱くはない。

 こうして向き合っただけで、相手の技量が推し測れれるトコロからも分かるように、むしろかなり腕が立つ方だと言えるだろう。

 しかし、それはあくまでも組織の中、アウトローの世界の中でというくくりの話。

 それだけでは、騎士の家に生まれて幼い頃から剣の鍛錬を積み、騎士団の厳しい訓練に揉まれて来た、いわば暴力のエリートには敵わない。

 死神はなまじ腕が立つがゆえに、アーダルトとの力量の差を思い知らされていたのだった。


(まともにやり合っても切られるか。どうすればいい?)


 死神は熱くなった頭で、必死に目の前の敵を倒す方法を――自分が助かる方法を――考えた。

 するとその時、建物内の喧噪が収まった。


(しめた! ヤニザのヤツが仕事を終えたな! ならばじきにヤニザ達がこの場にやって来る。囲んでさえしまえば、いかにコイツが強かろうと多勢に無勢。どんな剣の達人だろうとひとたまりもない)


 死神は闇夜に光明を見た思いがした。

 数を頼りに戦うつもりなら、無理に戦う必要はない。ならば今、自分がすべき事は、負傷しないように立ち回り、出来るだけ戦いを長引かせる事。そうすればいずれ部下がやって来る。そうなれば勝ちは約束されたようなものである。

 死神は「助かった」と思った。

 そしてその思いは、この緊迫した戦いの場において、正に悪魔のささやきだった。

 彼の心が守りという名の”逃げ”に入った瞬間。今までピンと張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。

 そしてその隙を見逃すアーダルトではなかった。


「フッ!」

「クッ!」


 ガキン!


 鋼が打ち合う甲高い音と共に小さな火花が散った。

 格上の相手を前に防戦に回った瞬間から、不利な流れは確定してしまう。

 この瞬間、死神の負けは決定したと言えるだろう。

 こうして暗闇の中、打ち合う事数合。

 やがてアーダルトの剣先が死神の肩を鋭く抉った。

 灼熱の激痛に死神はナイフを落とした。


「ま、待て! 止めてくれ! こ、降参だ! 助けてくれ!」


 死神は恥も外聞もなくその場に膝をつくとアーダルトに降参の意を示した。


(もう少しだ。もう少しでヤニザが部下を率いて戻って来る!)


 しかし、死神はまだ完全に諦めた訳ではなかった。 

 ここで死ぬ訳にはいかない。もうすぐ部下達がこの場にやって来る。それまでの辛抱だ。ここはみっともなく額を地面にこすり付けてでも耐え忍ぶ。

 アーダルトは降伏した敵の姿に、剣の切っ先を降ろした。

 死神の表情に安堵が浮かぶ

 しかしアーダルトは、再び剣を振りかぶると死神の胸に突き立てた。


「ギャアアア! そ、そんな・・・なぜ?! 降参・・・したじゃ・・・ねえか」

「スマンな。こちらにも事情があって、本当は俺はこの場にはいない事になっているんだ」


 だが、アーダルトの声は死神の耳に届いていなかった。

 こうしてアゴストファミリーの幹部、ヴァロミットの右腕、死神は、タイロソスの信徒、教導者アーダルトによって討ち取られたのであった。




 アーダルトは死体の服で剣に付いた血を拭った。


「魔獣から余計な手出しは無用と言われていたので、隠れているつもりだったのだが、降りかかる火の粉は払う必要があったからな」


 実はアーダルトは、クロ子から『アゴストファミリーの襲撃者には私だけで対処するから、そっちはクロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の隊員達と一緒に、ザボの店の店員達の護衛をして頂戴』と頼まれていた。

 一応、クロ子達は雇い主のようなものでもあるし、タイロソスの信徒としては護衛の仕事と言われてしまえば、弟子達の手前、反対し辛い。

 こうしてアーダルトは店の主人の護衛についていたが、やはり噂の魔獣の戦いがどうしても気になって仕方がない。

 そこで彼は、自分の仮眠時間が来るのを待ちかねたようにコッソリと家を抜け出し、店に戻って離れた場所から様子を窺っていたのであった。


 アーダルトは死神の死体を見下ろした。


「そうして戻っては来たものの、外に賊の見張りがいたので中の様子を見る事は出来なかったが・・・戦いはどうなったんだろうな」


 アーダルトは死体を通りから見えない場所まで運ぶと、ドアを半分程開けて中を覗き込んだ。

 店の中は真っ暗で、魔獣の戦いが見えるどころか、物音一つしていない。

 実はこの時には既にクロ子は襲撃者の殲滅を終え、呑気に眠りについていたのである。

 勿論、アーダルトにそんな事が分かるはずもない。結局、彼は自分の仮眠の時間が終わるまで、無意味にドアの外で張り込みを続けたのであった。

次回「ヴァロミットの誤算」

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