その403 メス豚vs襲撃者達
深夜。
ロインとハリスの亜人兄弟を狙うアゴストファミリー。その実行部隊による襲撃を、私は今か今かと待ち構えていた。
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・・・グウ
『警告。建物内に侵入者』
フガッ! ハッ!
私はピンククラゲの声に慌てて跳ね起きた。
い、いや寝てないし。ちょっとだけ目をつむっていただけだし。戦いに備えて体を休めていただけだし。
あ、いかん。口の端から涎が垂れてた。
『ジュルリ。水母、敵の様子は?』
『対象は裏口から建物内に侵入。個体数三十二。全員が手に武器を携帯していると思われる。非常にゆっくりとした歩みでこちらに向けて廊下を移動中』
ふむふむ敵は三十人ちょっと。現在店の中を移動中か。
てか、結構多いな。事前にみんなを避難させておいて正解だったわ。
現在、ザボの店の内に残っているのは私だけ『要訂正』・・・っといけない、私と水母の一匹と一体? 二匹? まあいいや、二人だけ。
他の人達はみんな店員達の実家や、ザボの知り合いの家に避難して貰っている。
クロコパトラ歩兵中隊の隊員達は私と一緒に戦いたがっていたが、今回の襲撃者を率いるのは【死神】と呼ばれる男である。
何となく、私のトラウマキャラ、”ハマス”オルエンドロ軍の五つ刃、忍者野郎を思い出させるイヤな雰囲気を持つ男である。
そんな不気味な男が率いる敵を相手に、酔っ払い共を戦わせる訳にはいかない。特にカルネ。あのバカ、どれだけ飲んだんだか、トイレに行く時にも足元をフラフラさせていたくらいである。
といった訳で、彼らには店員達の護衛という名目でそれぞれの家に向かって貰った。
私一人で大丈夫なのかって? う~ん、多分、大丈夫なんじゃない? 念のための保険と言うか、アドバイザー兼頼れるオートガード装置、水母も一緒にいる訳だし。
最悪、尻尾を巻いて逃げてもいい訳だしな。
その判断をする時の事を考えても、私と水母だけの方が身軽でいいというものだ。
私は水母の指示に従って、店の裏口へと走り出した。
てか暗! 店の廊下、暗! って、そりゃそうか。
前にも説明したが、この世界ではまだ板ガラスが発明されていない。
窓は基本的には開けっぱなしの吹きさらし。夜になると鎧戸が閉められるため、月の光など外の光は建物内には入って来ない。
つまりは家の中は完全な真っ暗闇になってしまうのである。
一応はこの世界でも窓ガラス的なモノもなくはないが、それはロンデル窓と呼ばれる丸いガラスを繋げたような形をしたものとなる。
普通の窓ガラスとロンデル窓のどこが違うのかって? はまっているガラスが違う――つまりは使われているガラスの製法が違うんだよ。
我々の良く知る板ガラスは別名フロートガラス。ザックリ説明すると、溶けたすずの上に溶かしたガラスを流して固める方法(※フロート法)で作られたガラスとなる。
対して、ロンデル窓に使われている丸いガラスの作り方はクラウン法。こちらは吹棹で成形したガラスを再加熱し、くるくると回して遠心力で平たくしたものとなる。
そういった方法で作られるため、クラウン法で作られたガラスは丸い形となり、フロート法で作られたガラスよりも厚みにムラが出来る。つまりは品質的に劣ってしまうのだ。
確か地球でもフロートガラスが発明されたのは戦後だったんじゃなかったっけ(※正確には1945年にアラステア・ピルキントンが発明)? ならばこちらの世界でまだ作られていないのも道理である。
ふぅむ。これってメラサニ村の特産品として使えないかな?
メラサニ村は場所が場所なだけに、どうしても商品の輸送にコストがかかってしまう。しかし富裕層向けの高級品、という事にするなら案外いけそうな気もする。
後で水母に作り方を聞いてみとくかな。
そんな事を考えているうちに、私は襲撃者達の場所へと到着したのであった。
アゴストファミリーが差し向けて来た襲撃者は三十二人。
リーダーらしき顔に火傷の跡のある男と、彼の手下らしき男が小声で何か揉めているようだ。
暗闇に目を凝らしてみたが、例の忍者野郎味のある死神男の姿は見当たらない。全て部下に任せて自分は本部でデンと構えているのか、急にお腹でも壊して作戦に参加出来なかったのか。
正直、あまり正面からは相手にしたくないタイプだったので、いなくてホッとしたのは秘密である。
私の背中でピンククラゲが焦れたようにフルリと震えた。
『睡眠中?』
『いや、寝てないっちゅーの。う~ん。それなんだけどさ』
実は事前に水母とも相談していたのだが、初めにパッと奇襲をかけて、そこから乱戦に持ち込むつもりでいたのだ。
その後の事はその場任せの出たとこ勝負。
建物の中という限定された空間内では、敵は数の利を生かせない。
上手くやれば一方的な完封勝利までありえるのではないだろうか? そんな風に考えていたのだが・・・ザボの店の中が予想外に暗かった。
『こんなに真っ暗だと、こっちが攻撃を開始したら、敵はすぐに逃げ出しちゃうんじゃない?』
『・・・可能性あり』
だよねー。
ロクに目も見えない闇の中で攻撃されたら襲撃者達はどうするか? その場に留まって迎撃する? いやいや、あり得ないでしょ。
こんな所で戦えるかとばかりに外に出て、敵が自分達を追いかけて来るのを待ち構えるんじゃないだろうか?
『出来れば、人数のいる敵を相手に開けた場所では戦いたくないのよね。それに敵がバラバラに逃げ出したら追いかけるのが面倒になるし』
私は襲撃者達を一人たりとも逃がすつもりはない。もし可能であればこの場で全滅させるつもりでいる。
タイロソスの教導者アーダルトは、衛兵隊と協力して襲撃者を捕える事を提案して来たが、私は彼の提案を突っぱねた。
敵はこちらを皆殺しにした上で、店に火までつけようとするような非道なヤツらである。そんな外道共は許しておけない、そんなヤツらを生かして捕らえる必要はない。そんな気持ちもあるにはあった。
しかし、主な目的は警告だ。
アゴストファミリーが我々を惨たらしく殺害して、ロイン達兄弟を匿ったメラサニ村の亜人達に警告を行おうとしているように、私も襲撃者を一人も逃さず殺す事で、ファミリーに対して警告を行う。
メラサニ村の亜人に手を出せばこうなるぞ。そう彼らに思い知らせるのである。
それに昼間聞いたアゴストファミリーの幹部と死神の交わしていた会話。その中で死神は「腕の立つ部下なら三十人程、ザコも含めればその数倍集められる」というような意味の事を言っていた。
そしてここにいる襲撃者達は三十人ちょっと。
つまり今、私の前にいるのは、アゴストファミリーがこの国に派遣している部下の中でも、特に腕の立つ者達。実行部隊の主力となる者達、という事になるのだ。
ならば、今ここでコイツらを殺しておけば、アゴストファミリーは大きく力を失う事になる。
少なくとも、本国から追加の実行部隊が送られてくるまで、メラサニ村に手を出す事など考えられなくなるだろう。
ロイン達を送り届けるため、我々はしばらくメラサニ村を離れなければならない。その間の村の安全を確保するためにも、ここで襲撃者達を逃がす訳にはいかないのである。
衛兵に捕らえて貰えば同じ事だろうって? いやいや、映画や小説では、悪党ってすぐに刑務所から出て来るじゃん。
ましてやここは法律もフワッとしている中世レベルの異世界。
悪党はキッチリと殺しておいた方が後顧の憂いも断てるというものである。
「さあ行きやがれ。間違ってもターゲットのガキは殺すんじゃねえぞ。それ以外のヤツらは皆殺しだ」
おっと、私が考え込んでいる間に、襲撃者達の方が先に結論を出したようである。
彼らは三四人ずつに分かれて、建物の中を調べる事にしたようだ。
『これはこれで都合がいいかも。ヤツらの後をつけるわよ、水母』
『了解』
私は手近な三人組の後に続いて部屋に入った。
ちなみに豚の視力は0.1以下と言われている。
豚のご先祖であるイノシシは主に夜に活動しているが、特に目が良いという訳ではないのだ。
それでもイノシシが夜に活動出来るのは、視力が弱い分を発達した嗅覚と聴覚で補っているからなのである。
まあ、私の場合は普通に人間だった頃と同程度の視力もあるのだが。
『魔視』
それに加えて魔力を感知する魔法も使えるしな。
ゴツン。
『あ痛』
「! 何だ今の音は?!」
「おい、どうした? 何があった?」
おっと、いかんいかん。私は『風の鎧』。慌てて身体強化の魔法を使って、戸棚? の上に飛び乗って身を隠した。
魔視の魔法は、まるでレーダー探知機のように周囲の魔力を感知出来る優れものだが、その分だけ集中力を要求される。
まるで歩きスマホのように歩きながらこの魔法を使った私は、うっかりイスの脚に頭をぶつけてしまい、その音を近くにいた男に聞かれてしまったのである。
「何か物音がしたんだが・・・誰もいないようだ」
「俺達が歩いた事で、何かが倒れたか落ちるかしたんじゃねえか? 行くぞ」
男はキョロキョロと周囲を見回していたが、仲間に呼ばれて隣の部屋に消えた。
ふう、危ない危ない。私はホッと胸をなでおろした。
『軽率な行動、要注意』
『分かってるって。次からは気を付けるから』
私は戸棚の上から音もなくヒラリと床の上に降りた。
『しばらくはこのまま敵の後ろに付いて行こうか。攻撃はヤツらが建物の奥に入った時。店の出入り口から十分に離れた後にするわ』
『了解』
【り】って、若者言葉か。
前から思ってたけど、水母ってどこでこんな言葉を覚えて来る訳?
ひょっとして水母の本体のコンピューターって、地球のインターネットと繋がったりしてない?
『通信回線、否定。私の本体は単体運用』
水母は触手をクキリと曲げると、やれやれと人を小馬鹿にするようなポーズを取った。
『・・・・・・』
私が無言のまま体を傾けると、水母は背中の上を滑ってペシャリと床に落ちた。
『さあ、行くわよ。レッツゴー』
『注視、注意』
私は鼻面でブヒブヒとピンククラゲの軟体ボディーをこねくり回しながら、侵入者達の後を追いかけるのであった。
次回「メス豚と2EZ」




