その395 メス豚とタイロソスの信徒
「本当に一時はどうなるかと。とにかく無事に見付かって良かったです」
「全くだ。捜したぞクロ子」
ランツィの町に到着早々、迷子になっていた私だったが、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達と、彼らを案内していたザボの店の店員達によって無事に保護されたのだった。
いやはや、大変お手数おかけしました。
「スイボ。今度はちゃんとクロ子を見張ってろよ」
『反省』
クロカンの大男、カルネに言われてピンククラゲが私の背中に着地した。
ちなみに、何でいつも私の背中が定位置の水母が、今回に限っていなかったのかと言うと、何の事はない。実は最初にフラフラと寄り道を始めたのは水母の方だったのだ。
で、私は水母を追いかけているうちに、ついつい自分の好奇心に負けてしまったと。
原因となった水母は、ちゃんとみんなの所に戻っているのに、水母を追いかけていた私だけが迷子になってしまうとは。
あな情けなや、トホホのホ。
「町に何事もなくて良かったです」
そしてホッと胸をなでおろすザボの店の店員。
どうやら彼は、一人になって慌てた私が町で大騒ぎを起こしていないか、そっちの方を心配していたようだ。
私の事を心配してくれてたんじゃなかったのかよ。感謝して損した。
てか、迷子になって暴れるとかあり得ないから。私の事を一体何だと思っているんだ?
店員の言葉に、クロカンの大男カルネが苦笑した。
「だから大丈夫だって言っただろ? クロ子は酔ってさえなきゃ、割と常識的なんだから。町で暴れるなんてしやしないって」
あー、それかぁ。
カルネの言う「酔ってさえいなければ」というのは、以前、私が彼等が作っていたお酒を飲んで、酔って村で大暴れした時の話だ。
先日、カルネ達と一緒にザボの店にお酒を買いに来た時、コイツらはあの時の話をある事ない事面白おかしく吹聴していたのだ。
どうやら今の店員は、その時の話を聞いて私にあまりよろしくない印象を抱いていたようだ。
「ある事ない事って、全部本当にあった事じゃねえか」
「クロ子お前、本当に自分がやった事を何一つ覚えていないのか?」
呆れ顔になるカルネ達。覚えていないのかと言われれば、実際、覚えていないのだが、だからと言って彼らの話を全て鵜呑みにするというのは話が別と言うか・・・。
乙女のメンツの問題と言いますか、いくらなんでもちょっと信じられないと言いますか。
『全て実話』
うぐっ・・・。水母にまで言われてしまっては認める他ない。
水母は前魔法科学文明が生み出したスーパーコンピューター。嘘や冗談は言わないのである。
ついでにコンピューターなので感情を持たないという設定である。
『設定否定。事実として私は感情を持たない』
『ハイハイ。そーだったわね』
私の素っ気ない返事に、水母は苛立ったようにフルフルと震えた。だからそういう所が設定って言われる所なんだってば。
そんな話をしているうちに、我々一行はザボの店へと到着したのであった。
「あ。皆さんお帰りなさい」
「クロ子は見つかったようだな」
店の奥。応接間にいたのは、ロインとハリスの亜人兄弟。
そして人柄の良さそうな小太りの男。この店のオーナー、私達の御用商人のザボであった。
「お話はロイン様達からお聞きしました。私でお力になれるようでしたら何なりとお申し付けください」
どうやらザボは私が迷子になっている間に二人から事情を聞かされたようだ。
オッケーオッケー、話が早くて助かるわ。それじゃウンタ、通訳ヨロシク。
『それじゃ早速だけど、この二人を誰にも見つからないように彼らの村まで送り届ける事って出来そう?』
「――と言っているが、どうだ?」
「彼らの村。ペドゥーリ伯爵領にあるというカルテルラ山までですか。誰にも見つからないようにとなりますと、流石に難しいのではないかと」
まあそれもそうか。例の追手の件もあるし、誰にも見付からずに済めばそれが一番良かったんだが・・・出来ないのなら仕方がない。でも念のため。
『この店の出資者――王都のオスティーニ商会に掛け合ってもムリそう?』
「それは・・・流石にそこまでは分かりませんが、仮にオスティーニ商会が直接動く事になった場合、かなりの時間がかかるのではないでしょうか?」
あ~、そりゃまあそうだろうな。
私的にもあのロバロ老人に借りを作るのはイヤだし、やっぱり今の提案はナシで。
ザボは思案顔で私に尋ねた。
「普通の旅行者として訪れるのではダメなのでしょうか? 確かに亜人の二人連れというのは目立ちますが、その・・・奴隷であれば、亜人も全く見かけないという訳ではありませんし」
「貴様! 俺達に人間の奴隷になれと言うのか?!」
「ロイン兄さん」
思わず声を荒げたロインを、弟のハリスが慌てて止めた。
実は事前にその方法も考えはしていた。例えばザボの所から商隊なり何なりを出して貰い、ロインとハリスはその商品という扱い――つまりは奴隷にするという方法だ。
しかし、そのアイデアはクロコパトラ歩兵中隊の隊員達によって即座に拒否されたのだった。
「それじゃダメだ。俺達が付いて行けないからな」
「ああ。亜人の奴隷を何十人も連れてる商人なんて不自然だし、そんなもの目立ってしかたがないだろう?」
そう。クロカンの隊員達も私達に付いて来ると言い張ったのだ。
ん? 私達とはどういう意味だって? そんなの、私もロイン兄弟に付いて行くからに決まってるだろうが。
ロイン達はペドゥーリ伯爵家のカロワニーとかいうヤツに狙われている。そしてペドゥーリ伯爵領は言うまでもなく敵の本拠地、カロワニーとやらの縄張りだ。
そんな所に二人を送り出すのだ。こんなの私が付いて行くのが筋ってもんだろう。
自分で言うのもなんだけど、戦力的に私程彼らの護衛に相応しい存在もいないからな。
「クロ子が行くなら、勿論、俺達も行くぜ」
「おう。俺達だってロインとハリスの事が心配なんだ」
「人間達に狙われる恐ろしさは俺達だって良く知っている。ロイン達の村の事も他人事とは思えないからな」
「メラサニ村の皆さん・・・」
全く、相変わらずお人好しなヤツらだなお前らは。
ハリス少年は隊員達の言葉に感極まって涙ぐんでいる。ロインも先程の険しい表情から一転。はにかんだ表情で「助かる」と頭を下げた。
私達の話に、御用商人のザボは「皆様も行かれるんですか?!」と驚きに目を丸くした。
「それは流石に・・・。確かに船を使えば、ロヴァッティ伯爵領を通らずに、直接、ペドゥーリ伯爵領の港に入れます。ですが、あちらに着いた後もカルテルラ山まで移動しなければいけないんですよ? 何十人もの亜人なんて目立つなんて話じゃありませんよ」
亜人達の村、メラサニ村の存在が公になったこの国とは違い、ロイン達の楽園村の存在は、彼らの地元であるペドゥーリ伯爵領内ですら秘密にされている。
そう。あちらの領民は、自分達の土地に亜人が住んでいる事すら知らないのだ。
そんな中、何十人もの亜人がぞろぞろと移動すれば、それは確かに目立つなんてモンじゃない。下手すりゃ大騒ぎだ。
『それなんだけど、確か隣の国って、今、結構揉めている所じゃなかったっけ?』
実は前回、この町に来た時に小耳にはさんだのだが、隣のヒッテル王国は今、激しい内乱の真っ最中だというのだ。
何でも、コルヴォ侯爵とやらが王家に対して反旗を翻したとかなんとか。
なる程、どうりで昨年、この国が大モルト軍に攻め込まれていた時、隣の国が軍を動かさなかった訳である。
自分達の尻に火がついているのに、のんびり火事場泥棒に出かける暇なんてないからな。
「ええ。王家はかなり苦戦しているようですね。なんでも侯爵軍は、あちらの王都であるケッセルバウムの近くまで既に進軍しているとか」
おっと、そこまでとは知らなかった。
これは昨年のサンキーニ王国に続いて、今年はヒッテル王国まで地図上から消えてしまう可能性もあるかもな。
あれ? ひょっとして、ロインが言っていたペドゥーリ伯爵家の前当主の急死って、この内乱が関わっていたりする?
「可能性は十分にあり得ると思います。コルヴォ侯爵軍にはロヴァッティ伯爵が加わっていると聞きます。ロヴァッティ伯爵軍が王都を目指すのであれば、必然的にペドゥーリ伯爵領を通る事となります。戦いになって当主が死んでいたとしてもなんら不思議ではありません」
おおう、マジデスカ。哀れゴッドペドゥーリの子孫。人徳はあっても、戦には勝てなかったか。
「人徳・・・ですか」
ザボは微妙な表情になった。
「先程、ロイン様達にもお話しましたが、ペドゥーリ伯爵家が亜人を保護して来たとの事ですが、私はにわかには信じ難いのです。いえ、決してロイン様達が嘘を言われているとは申しません。ですが、私の知るペドゥーリ伯爵は、決して人に施しを与えるような方ではありませんでしたので」
ザボの話を聞くと、彼の知っているペドゥーリ伯爵家は、代々、見栄っ張りで浪費癖が強く、吝嗇家(※ケチな人)だったそうである。
つまりは絵に描いたような典型的なダメ貴族だったという訳だ。
とてもロイン達の先祖を無償で受け入れてくれた聖人、ゴッドペドゥーリと同一人物とは思えない。
ザボは自分の知っているペドゥーリ伯爵家と、ロイン達の語ったペドゥーリ伯爵のあまりの違いに、どうしても違和感が拭えなかったようだ。
「でも、僕達の村が、代々ペドゥーリ伯爵家に保護されて来たのは、間違いようのない事実です」
「それは――きっとそうなのでしょうな。多分、私の印象の方が間違っていたのでしょう」
ザボはそう言ってはみたものの、やはり釈然としない顔をしている。
この様子だと、過去にペドゥーリ伯爵絡みでイヤな目に遭った事があったのかもしれない。
「それよりそちらのクロ子様は、隣国が内乱状態にある事で何かお考えがあるご様子でしたが?」
おっと、いかんいかん。今は会った事もないペドゥーリ伯爵の事をあれこれ推測してる場合じゃなかった。
『それなんだけど、傭兵のふりをして隣国に行くってのはどうかしら? 口元の隠れる兜を被っていれば、亜人って事にも気付かれないんじゃないかと思うけど』
「傭兵――。なる程。それはタイロソスの信徒に扮して行動するという意味でしょうか?」
ハイ、ここで知らない単語が出ました。
タイロソスって大二十四神の一柱だっけ? 確か戦の神様とかそんな感じの。
「ええそうです。彼等はこのような文様を身に着け、商隊の護衛や用心棒、時には傭兵として戦いに参加する事があります」
『えっ?! その文様って?!』
ザボが宙に指で描いた文様。
それはついさっき、私が町の通りで出会った冒険者パーティー。その彼等が首から下げていたネックレスに付いていたシンボルと同じものであった。
次回「メス豚、仮入信する」




