その394 メス豚、迷子になる
急遽始まった私とガチムチの模擬戦闘。
結果は私の完勝に終わった。
まあ戦いというのはどうしても相性があるからな。今回の結果だけで私の方が強いとは必ずしも言えないだろう。
てか、対戦型のゲームでも、キャラ勝ちやキャラ負けがあるし、カードゲームでもデッキ同士の相性とか普通にあるし。
勝敗は兵家の常。だからガチムチよ、そんなに落ち込まなくてもええんやで?
しばらく俯いていたガチムチは、「よし!」と両膝を叩くとグイっと背筋を伸ばした。
「やはり勘も体も鈍っていたようだ! 今日から厳しく鍛え直す事にしよう!」
ガチムチの表情は意外な事に晴れやかだった。
それどころか、暑苦しい程にやる気を漲らせている。
ああ、うん。負けたショックですぐに諦めるような人間なら、こんなにガチムチになるまで自分の体を鍛えぬいたりはしてないわな。納得。
ガチムチはクロコパトラ歩兵中隊の副隊長ウンタに振り返った。
「今回は俺の頼みを聞いてくれた事、感謝する」
「礼なら俺ではなくクロ子に言ってくれ。アンタと戦ってもいいと言ったのはクロ子だ」
ウンタの言葉に、ガチムチは「それもそうだな」と私を見下ろした。
「強かったよ。完敗だ」
『いやいや、それほどでも』
こういう時、咄嗟に謙虚に答えてしてしまうのは、日本人あるあるだな。まあ、ガチムチには私の言葉は豚の鳴き声にしか聞こえないんだけど。
ガチムチは集まっていた野次馬達を見回した。
「ふむ。これだけ集まるとは、皆、余程暇なようだな。丁度いい。早速特訓開始だ! さあ、かかって来い!」
今からかよ! 気が早いにも程があるっての!
村の男達にとっても流石にこれは予想外だったようだ。思わぬ流れ弾に驚きの声と悲鳴が上がる。
しかし、スイッチの入ってしまったガチムチは止まらない。素早く近くの男を捕まえると、肩の上に担ぎ上げた。
おお、あれはレンジャー・ロール。プロレスで言う所のファイヤーマンズキャリー。
『ガチムチ、男をファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げたまま旋回。勢いを付けて投げ飛ばしたーっ! いきなりの大技炸裂! エアプレーンバスターだーっ! 更にガチムチ、別の男に背後から抱き着くと、男の手首を握って引っ張った! 男は勢い余って半回転! そこにショートレンジのラリアットを叩き込む! 決まったーっ! レインメーカアアアー! ああっと、ガチムチ! 走りながら大きくジャンプ! 逃げる男の背中にジャンピング・ニーパッド! いや、これはVトリガーだあああ!』
更にガチムチは別の男を捕まえると、大外刈りで地面に叩きつけた。
いや、違う。大外刈りは釣り手で相手の襟を、引き手で相手の袖を掴む。しかし、ガチムチの片手はフリー。彼は釣り手のみで相手を投げ飛ばしていた。これでは技を掛けられた相手は受け身が取れない。
『まさかキング・オブ・ダークネス、イービルか?! ガチムチ、イービルの決め技イービルを決めたーっ!』
惜しげもなく繰り出される大技の数々に、私のテンションはマックス。思わず実況(?)の声にも力が入った。
『ガチムチ、男の首を抱えるとヘッドロック! からのブルッドキング・ヘッドローック! 男はたまらずダウン! ガチムチ次は――』
「クロ子! おい、クロ子!」
うっさい、ウンタ。せっかく盛り上がって来た所に水を差すんじゃない。
「随分と酷い事になっているが、いいのか止めなくて? ケガ人が出るかもしれないぞ?」
は? 何で私が止めなきゃいけない訳?
私がウンタに文句を言おうと振り返ると、そこには呆れ顔でこちらを見ているクロカンの隊員達の姿があった。
・・・いかんいかん。TVでしか見た事が無かった技が目の前で炸裂しまくるもんだから、つい興奮してしまったわい。
『あ~っと、うん。ええと、多分、大丈夫なんじゃない? 見た目が派手だから一見、効きそうだけど、ガチムチ――村長もちゃんと手加減してるみたいだし。知らんけど』
「知らんけどってお前・・・本当に大丈夫なのか?」
ウンタの不安そうな声に、私は背後を振り返った。
おお、なんという阿鼻叫喚の地獄絵図。
・・・うん。ガチムチもすっかり元気になったみたいで、めでたしめでたし。
さあて、もう私らに用はないみたいだし、ここらでお暇しましょうかね。
『てな訳で撤収! ほらほら、ロインとハリスは神輿に乗って』
「おい、クロ子」
「ぐっ。またあれに乗るのか・・・」
「落ちそうで怖いんだけど・・・」
私は渋るロインとハリスを押して神輿に乗せると、『風の鎧!』。身体強化の魔法を発動した。
こうして我々は逃げ出すように、プロレス会場ことショタ坊村を後にしたのであった。
そんなこんなで、我々は無事に(?)目的地であるランツィの町に到着した。
ふう。道中で思わぬ時間を食ってしまったわい。
てな訳で、そろそろ夕方になろうかという時刻。ランツィの町の大通りは行きかう人々で賑わっていた。
こうして途切れる事のない人の流れを眺めていると、改めてこの町の住人の多さに驚かされてしまうな。
『ロイン達の楽園村も、こんな感じだったりするのかねえ』
しんみりと呟いた私の声は、雑踏のざわめきにかき消された。
さて。そろそろ現実を受け止めようか。
現在、私は一人でポツンと家の軒下に佇んでいる。
目の届く範囲にウンタ達クロカンの隊員達はいないし、ピンククラゲ水母もいない。
完全にぼっち状態である。
『まさか、この歳になって迷子になってしまうとは・・・』
そう。私はみんなとはぐれて迷子になってしまったのである。
いやね。町に入った所まではちゃんとみんなと一緒に行動していたのよ。
でも、あっちフラフラ、こっちフラフラと、気になる物を見つける度にさまよい歩いていたら、いつの間にかみんなとはぐれて一人ぼっちになってしまっていたのだ。
ハッと気が付いた時には既に後の祭り。
私は自分が今、どこにいるのかも分からなくなってしまったのであった。
『何度もこの町に来た事で、すっかり油断してたのかもね。いやあ、慣れって怖いわー。考えてみれば、私ってこの町ではいつも誰かの後ろについて歩いてるだけで、道とか全然覚えてなかったし』
目的地であるザボの店は、結構大きな店なので、誰かに尋ねれば多分知ってる人もいるんじゃないかと思う。けど、残念ながら私の言葉は魔法が使える者にしか通じない。
そう。つまりは、町の人間相手には誰も言葉が通じないのである。
『完全に手詰まりね、コレ。どないしよ』
目の前の通りをずっと進めば、知ってる場所にたどり着く可能性はワンチャンある。
門にでもたどり着ければ御の字。そこから外に出られれば、お馴染みの南門から入り直す事だって出来るはずである。
『とはいえ、それをやってみんなと行き違いになったら、それはそれで面倒だしなあ』
クロコパトラ歩兵中隊の隊員達も、今頃、迷子になってしまった私を捜してくれているはずである。
あまりこちらが派手に動いたら、彼等とすれ違いになってしまう可能性は十分に高い。
こんな時、前世だったら電話一本、携帯で連絡を取り合えるんだがのう。
『って、ない物ねだりをしても仕方がないか。しゃーなし。ここは不動の構えでレスキュー隊が到着するのを待つとするか』
私は軒下にペタンと座り込むと、ウンタ達クロカンの隊員達が捜しに来てくれるのを待つ事にした。
ちなみに山で遭難した時は、来た道を引き返して元のルートに戻る事が推奨されている。
残念ながら今回の場合はその方法は使えない。なぜなら自分でもどうやってここに来たか分からないから。つまりは引き返しようがないからである。
『やたらと目立つ集団だから、近くまで来れば一発で分かると思うけど・・・そう言えば水母もいたっけ。ひょっとして空から私を捜しているかも。だったら上空にも注意しとかないとね』
私は道行く人々と、時々空の上を見回した。
そうしてどのくらいの時間が経っただろうか。
私はふと、雑踏の中に気になる三人組を発見した。
男性が二人に女性が一人。全員二十歳前後と若い。
厚手の長目のマントの下には、良く使い込まれた皮鎧が覗いている。
背中に背負った大きな包みの中身は槍だろうか? あるいはツーハンデッドソードと呼ばれる長い両手剣かもしれない。
一見すれば傭兵。
しかし、彼らには傭兵特有の野卑な空気や、崩れた気配が感じられなかった。傭兵にしては女の子もいるしな。
『ここが異世界ファンタジー世界なら、さしずめ冒険者パーティーって所だけど・・・』
何を言っているんだ、ここは異世界ファンタジー世界だろうって? バカを言っちゃいけない。こんな世界のどこがファンタジーなものか。
ファンタジーってのは、もっとこう、アレだ。フワッとしていて楽しくて心躍るようなモノなんだよ。
決して、家畜の豚に転生して食われそうになったり、転生先の国がいきなり攻め込まれて敗戦国になったりするような世界じゃない。そんなファンタジーは私が許さん。
そんな事を考えながらジッと見ていたからだろうか。
冒険者パーティーの女の子が、ふとこちらに振り返った。
絡み合う互いの視線。
ヤベ。目が合っちまったよ。
すると女の子冒険者は、パッと笑みを浮かべると、雑踏を横切って私の方へと向かって来た。
「おい、マティルダ。どこに行く」
三人組のリーダーと思わしき長身の冒険者が、女の子冒険者――マティルダの背中に声を掛ける。
マティルダは私の前にかがみこむと、仲間に振り返った。
「見て見て、アー兄さん! 可愛い子豚がいるわ! この家の豚かしら? 頭に付いているのは角? これって何か被っているのかしら?」
マティルダはそう言うと私をヒョイと持ち上げた。
すると彼女は嬉しそうな表情から一転、何だか残念そうな顔になった。
「豚って初めて触ったけど、案外、毛が硬いのね。こんなに可愛いし、もっと触り心地がいいモノかと思った」
「おい、マティルダ! 豚なんて触るな、汚ねえぞ! 病気にでもなったらどうする!」
アー兄さんではない方の冒険者が叫んだ。
失礼だなお前。人を病原菌扱いするんじゃない。
「この子、全然汚くなんかないわよ。手触りは悪いけど、変な匂いとかしないし。多分、ここの家の人がキレイに洗ってるんじゃない?」
マティルダは、私を弁護しつつも、やはり手触りが気になるご様子。仕方がないね。だって豚って剛毛だから。
更に何かを言い返そうとした冒険者を、アー兄さんが止めた。
「いつまでもこんな所で道草を食っていないで行くぞ」
「・・・はい、アーダルトさん」
「分かったわ、アー兄さん」
「――おい、マティルダ。まさかそいつを盗んで行く気か?」
「あっとゴメンなさい。そんなつもりはなかったの。じゃあね、黒い子豚ちゃん」
マティルダは慌てて振り返ると私を元の場所に降ろした。
その時に、彼女の首のネックレスが目に入った。決して高価な物ではない、どこにでもありそうな素朴な作りのネックレスだ。
良く見れば、男性冒険者二人も同じデザインのネックレスをしている。
何だろう。このデザイン。確かどこかで見たような記憶があるんだが・・・
私が記憶を探っている間に、三人の冒険者はこの場を去って行った。
それから十分ほど後。私は捜しに来たクロコパトラ歩兵中隊の隊員達によって無事に保護されたのであった。
次回「メス豚とタイロソスの信徒」




