その393 メス豚vsガチムチ
突然決まった私とガチムチの練習試合。それとも模擬戦? まあ、どっちでもいいや。
きっかけはガチムチの放った一言だった。
「一度そちらの魔獣と戦わせては貰えないだろうか?」
ガチムチはそう言うと我々に頭を下げた。
クロコパトラ歩兵中隊の副隊長ウンタは、困り顔で魔獣こと私に振り返った。
「そう言われてもな・・・どうするクロ子?」
どうって、普通に気が乗らないんだけど。
まあ、こうして頭まで下げたんだから、話くらいは聞いてやらんでもないけどさ。
ガチムチは先日、楽園村の兄弟を追って来た男達と戦った際に、いくらかの手傷を負ってしまった。
今も体のあちこちに見えている包帯がそれである。
ガチムチ一人で武装した五人もの男を取り押さえたのに、この程度のケガだけで済んだのだ。私的にはこれでも十分にスゴイ事だと思うけど、本人的にはそうではなかったようだ。
平和な村の暮らしで自分の腕が錆びついてしまった。そう不満に感じていたのである。
なんだそれ。逆に言えば全盛期のガチムチってどんだけだったって話にならない?
「自分の体が理想通りに動かない時の悔しい気持ちは分からないでもないな」
「ああ。やりゃあ出来るはずの事が上手く出来ないってのは、確かに腹が立つよな」
ロインとカルネが妙に切実な表情で呟いた。
二人の言葉に、クロカンの隊員達もウンウンと頷く。
そういや、亜人の男共は体育会系のノリが強かったっけ。
てか、ロインもそっち側だったのね。雰囲気イケメンなのにちょっと残念。
クロカンの大男、カルネがズイッと体を乗り出した。
あっ。これはイヤな予感。
「なあクロ子。別に殺し合いが望みってんじゃないんだ。だったらコイツの言う事を聞いてやっちゃくれないか?」
あ~、やっぱこう来たか。
クロカンの隊員達もジッと私を見ている。くっ、だからそんな捨て猫のような目で私を見るんじゃない。
空気読む系の日本人(※前世)としては、はっきりイヤとは言い辛い雰囲気だ。
正直、全く気乗りしないけど・・・この流れで断るのも角が立つよなあ。
・・・はあ。しゃーないか。
『――これからランツィの町にも行かなきゃいけないから、一回だけね』
「よっしゃ! おい、良かったな、人間村の村長! クロ子が勝負を受けてくれるってよ!」
「そうか。すまない」
途端に顔をほころばせるガチムチ。
それはそうとカルネ。人間村の村長って何だよ、人間村の村長って。言い方ってもんがあるだろうが。
てな訳で、急遽、私こと魔獣vsガチムチの一本勝負が行われる事になった。
私の指示でガチムチは鎧を着ると、先端に丸いポンポンの付いた訓練用の槍を持ち出した。
全身武装のガチムチを見て、ウンタが私に振り返った。
「クロ子、大丈夫か? いや、お前がやられるとは思わないが、戦いにはもしもという事もある。訓練用で刃が付いていないとはいえ、あのホセの力で振り回される槍だ。もし当たれば、お前の体だと無事じゃすまないんじゃないか?」
ホセ? ああ、ガチムチの事か。そーいやそんな名前だったっけ?
ウンタが心配するのも分かる。何せ相手は男の中でも大柄なガチムチ、私は小さな子豚ちゃんだ。
ウエイト差は歴然。あの槍に当たっただけでも吹っ飛ばされて大怪我は間違いないだろう。
かと言ってガチムチのように鎧を着る訳にもいかない。子豚用の鎧なんてないからな。
『私には水母が付いてるから大丈夫』
『安全安心』
私の背中でピンククラゲがフルリと震えた。
そう。私には水母という強い味方がいるのである。
当たらなければどうという事はない。が、もしも当たったとしても、その時は水母が魔力障壁で守ってくれるという訳だ。
「そうか。頼んだぞスイボ」
『了承』
ウンタから頼られて、水母はどこか誇らしそうに答えたのだった。
「一体、何の騒ぎだ?」
「村長がメラサニ山の魔獣と戦うんですって」
「へえ~。魔獣って王都の軍隊でも敵わなかったって聞いたけど」
「いやいや、村長はこの国の騎士団で隊長だったんだぜ。先日も一人で五人を相手にぶちのめしていたし、村長の負ける姿なんて想像できないって」
私達が村の広場に到着すると、あれよあれよという間に周囲に野次馬達が集まって来た。
お前ら仕事はいいのかよ。
審判役のウンタが我々の間に立った。
「一本勝負。場所はこの広場の中。何をやっても構わないが、命を奪うような危険な攻撃は行わないように」
「うむ。勿論だ」
「ブヒッ」
「クロ子?」
『あーハイハイ、了解』
ノリでブヒッと返事をしたら、ウンタにとがめられてしまったわい。
「では――始め!」
「おうっ!」
『風の鎧!』
ガチムチの練習用槍が唸りを上げて私に突き出された。
こうして私とガチムチの戦いが始まったのであった。
思い返せば、この世界に転生してからそろそろ一年。
最初の頃は、食われる前に早く逃げ出さなければと、そればかりを考えて必死にあがき続けていた。
潮目が変わったのは、この世界には魔法があると知った時。
村にやって来た騎士が乗っていた、恐竜ちゃんこと走竜の使う魔法を見た時の事だった。
私にとって唯一無二の武器となる魔法との出会いである。
戦う力を手に入れた私は、ショタ坊の後を追ってイケメン王子軍に加わり、ロヴァッティ伯爵軍と戦い、村を飛び出し、同じ地球からの転生者パイセンと出会い、水母からこの世界の人類の成り立ちを聞かされ、奴隷狩りに来た法王国軍と戦い、魔獣討伐隊と戦い、ショタ坊軍と一緒に山を越えてロヴァッティ伯爵領に攻め入り、イケメン王子軍に加わって大モルト軍と戦い、大モルト軍の仇討ち隊と戦い、王都で新家アレサンドロ家の当主と面談し、法王国の傭兵軍団と戦い、DQN竜こと大鳥竜と戦った。
・・・なんだか途中から戦ってばかりだった気もするけど、まあ、それだけ私の今生は厳しいモノだったという事で。
長々と何が言いたかったかと言うと、それら私の豚生の全てはこの村から――ガチムチ邸の豚小屋から始まったのである。
で、更に何で今、そんな話をしているかと言うと・・・
「ふんっ! しっ!」
裂ぱくの気合と共に振り下ろされた槍は、地面を叩くと同時に真横に薙ぎ払われた。
私はヒラリ。軽くジャンプをすると槍の上を飛び越えた。
「・・・くっ!」
ガチムチが悔しそうに歯を食いしばる。
勝負が始まってからこちら。私は矢継ぎ早に繰り出されるガチムチの猛攻を、ヒラリヒラリと躱し続けていた。
うん、まあ、こうなるだろうな~とは思ってた。
ガチムチは決して弱くはない。というか、今まで私が戦って来た中でも、上から数える事が出来るくらいには強いんじゃないだろうか?
もしも戦場で出会ったら要警戒。それくらいには強いと思うぞ。
けど、今は一対一のタイマンバトル。多数対多数の戦場とは違って、ガチムチ一人の動きにだけ集中出来る状況だ。
そう。ガチムチは決して弱くはない。ただ、攻撃力特化のガチムチは、速度特化の私に対してキャラ負けしているというだけなのである。
といった訳で、私はさっきから関係ない事を考える余裕すらあったのであった。
「ふっ! ――ハア、ハア・・・」
おっと。そろそろガチムチもお疲れのご様子。これで納得してくれたかな? だったらそろそろこの戦いに決着を付けるとしよう。
『打ち出し!』
「グッ!」
私は打ち出しの魔法で、地面に転がっていた小石を打ち出した。
高速で飛翔した礫はガチムチの鎧の胸板にぶち当たり、バチンと大きな音を立てて砕け散った。
その瞬間、審判役のウンタが素早く私達の間に割って入った。
「それまで! 勝者クロ子!」
「なっ?! ズルいぞ! そいつの魔法はパパの鎧に当たっただけだ! パパはまだ負けてない!」
ガチムチの息子がウンタの判定に不満を叫んだ。
そーいやお前いたのな。全然気付かなんだわ。
ガチムチは荒い息を吐きながら息子を制した。
「ハア、ハア・・・よせ。今のは俺の負けだ。魔獣はわざと俺の鎧を狙ったんだ」
そういう事。本当は顔面だって狙えたのだ。てか、息の根を止めるつもりなら、小石を飛ばすんじゃなくて最も危険な銃弾を使ってたし。
ガチムチは礫の当たった場所をさすった。
「俺は直前に攻撃を躱された事で死に体だった。魔獣は俺の体をどこでも狙えたにもかかわらず、最も硬く守られた胸当てに攻撃を当てた。俺が手加減されていたのは明らかだ。完全に俺の負けだ」
ガチムチの敗北宣言に、「おお~」と、ギャラリーから大きなどよめき声が上がる。
「パパ・・・」
そして悔しそうに俯くガチムチ息子。
まあそういう訳だ。スマンな息子よ。
『不完全燃焼』
そして不満を隠せないピンククラゲ。
折角ウンタの前でやる気を見せたのに、出番がなかった事が不服のようだ。
かと言ってわざと攻撃を食らうというのも何だか違う気がするし。水母の活躍は次の機会に持ち越しという事で。
さっき、昔の事を思い出していたからだろうか。私は肩を落とすガチムチを見つめながら、不思議としんみりとした気持ちを味わっていた。
子豚に転生した当初の私にとって、ガチムチは越えようのない巨大な壁であり、ラスボスと言ってもいい存在だった。
今日、私は正面からガチムチと戦って勝利し、こうして彼を下している。
そう考えれば、もっと達成感のような物を感じても良さそうなものだけど・・・なんだろうこの感じ。
例えて言うなら、バトル系少年漫画で主人公が敵との激しい戦いに勝利した後で抱く感情。
もうお前と俺は敵同士じゃない。
そんな気持ちが近いのかもしれない。
『ガチムチよ、お前もまさしく強敵だった』
物思いにふける私を、ウンタ達クロカンの隊員達は、まるで胡散臭いモノでも見るような目で見つめるのであった。
次回「メス豚、迷子になる」




