その390 メス豚、嫉妬する
今を遡る事七十年程前。
ロインとハリス兄弟のご先祖達が流れ付いた場所。
そこはペドゥーリ伯爵家の裏山であった。
そこで彼らは伯爵から思わぬ温情を受ける事となった。
弱気ショタ坊ことハリスは力説した。
「ペドゥーリ伯爵様は、僕達の先祖を住まわせてくれただけではなく、国内各地に住んでいた亜人達にも手を差し伸べ、彼らをお救いになられたのです」
なんと。
ペドゥーリ伯爵は、ロイン達のご先祖達に施しを与えただけではなく、その生涯を通して、亜人奴隷や各地に潜んでいた亜人達を救い、ロインのご先祖達の村へ連れて来て匿ったのだそうだ。
ちなみに助けるに際して、伯爵は何の見返りも求めなかったという。
マジかよ。どんな聖人だよペドゥーリ伯爵。
いや、聖人なんてモンじゃないよ。神だよ神。
言うならばゴッドペドゥーリ。
実際、隣国の亜人達の間ではゴッドペドゥーリは神様のように崇められているという。さもありなん。
こうして亜人達はゴッドの庇護下の下、ペドゥーリ伯爵領に安住の地を得る事になったのであった。
亜人の理想郷。楽園村の爆誕である。
「すごい・・・」
「まさか隣の国ではそんな事になっていたなんて」
ハリスの説明に村長代理のモーナと、クロコパトラ歩兵中隊の副隊長ウンタは驚きの声を上げた。
まあそうだわな。
自分達が人間の目を恐れて、山奥に隠れ住んでいた間に、お隣の国では亜人にとっての理想郷が作られていたというのだ。
二人が驚くのも当然だろう。
てか、マジうらやましす。
だってそうだろ? 私らが死ぬ思いで戦って――ショタ坊相手に駆け引きを打ち、戦場を駆けずり回り、大モルトの仇討ち隊に攻め込まれて、あわや全滅かという覚悟をしてまで戦い抜いた事で――ようやく勝ち取った人間社会における亜人の権利を、お隣の国の亜人は何もしないで手に入れていたというのだ。
もしも我々が生まれたのがお隣の国だったら。あるいは過去にこの国がお隣との戦に負けて、国境線が今よりちょっとだけ西にズレていたら。
私達はあんなギリギリの綱渡りのようなマネをしなくても済んだのである。
何という理不尽。いや、超理不尽。
何だよそれ。あの時の私の心労と努力を返せ。
もしもこの世界に神が存在するのなら、そいつは余程根性のねじくれまくった最悪な存在に違いない。
私は久しぶりにこの世界の悪意を垣間見た気がした。
『神は死んだ! てか、こんな神なら最初からいらんわ! 死ね! 死んでまえ!』
「おい、急にどうしたんだクロ子?」
うっさい、うっさい、ほっといてくれ。
激情に駆られてピギャーピギャーと転がり回る私を、クロカンの副官ウンタは呆れ顔で見つめた。
「いいから落ち着け。それじゃ話が先に進まないだろうが」
『いやじゃいやじゃ、話なんぞ聞きとうない! これ以上聞いたら私の心が嫉妬の炎で憤怒バーニングフ〇ッキンストリームじゃああああ!』
「何を言ってるのかさっぱり分からん」
私はウンタに取り押さえられながら、ジタバタともがいた。
ああん、放してつかーさい。
そんな私の姿に、ハリスの兄、雰囲気イケメンのロインは小さく舌打ちをした。
なんじゃコラ。文句でもあるんかワレェ。
「そういう反応をされるのがイヤだから、俺達の村の話はしたくなかったんだ」
「でもロイン兄さん、このメラサニ村は、僕達の村と同じように人間に認められているじゃないですか」
小さく頷くウンタとモーナ。
どうやらこの場で嫉妬の炎で大噴火レジェンドサイクロンフレアしているのは私だけのようだ。
なんでや? なんでみんなこの理不尽に怒りを感じないんや?
「その理由なら、さっきハリスが言っただろう?」
「そうね。少し前までならともかく、今はこの国の村として人間達にも認められている訳だから」
なん・・・だと。いや、確かにそうだけどさ。流石にみんな心が広過ぎない? それとも私の心が狭いだけ? 嫉妬を感じる私が小者なだけ?
『・・・クッ。殺せ』
「意味が分からん」
グッタリと全身の力を抜いた私を、ウンタはそっと元の場所に置いた。
ロインは我々を見回して小さくため息をついた。
「そうだな。この村は確かに他とは違う。だが、普通の亜人が楽園村の事を知ったらどう思うか、それは分かって貰えるだろう?」
「そうね。私達もクロ子ちゃんが来る前だったら、物凄く羨ましいと思ったと思うわ。そして私達も受け入れてくれないか、あなた達にお願いしたでしょうね」
モーナの言葉に、クロカンの副官ウンタが「だが」と言葉を続けた。
「だが、今の俺達は違う。メラサニ村はもうこの国に受け入れられている。俺が知る限り、今更別の国の村に移り住みたいと思う者が出て来るとは思えない」
「ええ。ロイン兄さんもその点を見定めたかったんです」
ロインの弟、ハリスが頷いた。
なる程。ロインが自分達の楽園村の事を黙っていたのは、我々が彼等の事を羨ましがって移住したがるのがイヤだったからと。
二人が村に帰るためには我々の協力が絶対に必要となる。
そこで我々が、二人に協力するのを条件に楽園村への移住を希望するのではないか、それを警戒していたという事か。
弟のハリスに説得されたとはいえ、村の話をする気になったのは、数日とはいえメラサニ村に住んでみて、我々の事情が分かったから――楽園村の事を話しても移住を希望する者はいなさそうだと判断したから――という訳か。
『てか、何をそんなに警戒してる訳? さっきの話を聞いた所だと、楽園村ってのは亜人なら誰でも受け入れているように感じたけど』
「ええ、数人くらいなら何も問題ありません。けど、百人以上が纏まって移住するともなれば、どうしてもそこに力関係が生まれてしまいますから」
ああ、そういう。
私は弟の言葉に苦々しげに顔を歪めているロインを見て、大体の事情を察した。
つまりは派閥か。
楽園村の内部事情がどうなっているのかは分からない。しかし、三人集まれば派閥が出来ると言われているように、人間の社会にはどうしても派閥が付きまとう。
これは楽園と呼ばれる場所でも変わらないのだろう。
それどころか、ロインの苦虫を噛み潰したような顔を見るに、結構、根深い問題になっていそうだ。
あるいは兄であるロインを差し置いて、弟のハリスが次期村長の候補なのも、その辺りの事情が関わっているのかもしれない。知らんけど。
そんな中に、三百人近くのメラサニ村の亜人達が加わったらどうなるだろうか?
頭数で負けている派閥の者達からすれば、降って湧いたようなチャンス到来である。
なにせメラサニ村勢をまるっと取り込む事が出来れば、一気に自分達の発言力を強める事が出来るのだ。
当然、多数派も、この動きに黙って指をくわえて見ているはずはない。
楽園村の内部は、メラサニ村勢を取り合って巡って荒れに荒れる事だろう。
なる程。ロインが警戒する訳である。
『そういや、楽園村って何人くらい住んでるの?』
「村人の人数ですか? 正確な所までは分かりませんが、多分五千人以上はいると思います」
は? 五千?!
思いがけない人数に、我々はギョッと目を見開いた。
今のハリスの言葉にロインが無反応な所を見ると、言い間違いという事はなさそうだ。
てか、五千人ってスゴくね?
隣の国にはそんなにたくさんの亜人が住んでいたのか。ほへ~。
ちなみにロインの説明によると、元々は百人程しかいなかったらしい。
亜人の数が爆発的に増えたのは楽園村が出来た後の話。安住の地を見つけた事で村にベビーブームが起きたんだそうだ。
それにプラスして、ペドゥーリ伯爵が国中から亜人を集めて来たのが原因という事だ。
なる程。さしずめロイン達のお爺さんお婆さんは団塊の世代。彼等の子供であるお父さんお母さんの世代は団塊ジュニアといった所か。
モーナとウンタは驚きが大き過ぎたのか、どこか遠い目をしている。
「それにしたって五千人以上とはな・・・」
「ちょっと想像が出来ないわね」
せやな。
それってもう村じゃなくて町なんじゃね?
楽園村の話は分かった。ついでにロインが我々を警戒していた理由も判明した。
それはいいとして、問題は二人を追って来た人間達についてだ。
「おそらくカロワニー様に雇われた者達だと思う」
ハイ。新しい単語が来ました。
「ええと、カロワニー様というのは、昨年亡くなられた先代伯爵様の弟で、今の伯爵様の後見人をされているお方です」
ペドゥーリ領を聖人ゴッドペドゥーリが治めていたのは遠い昔の話。
昨年、当主が若くして亡くなったため、彼の三歳になる忘れ形見が父の跡を継ぎ、伯爵家当主に就任したんだそうだ。
当然、三歳児に当主なんて勤まるはずもない。
そこでそのカロワニーとやらが、甥である当主の後見人の座に就いたという訳だ。
『一気に生臭い話になって来たわね』
「それは――伯爵家の事情は我々には分かりません。しかし、カロワニー様が伯爵家のお屋敷に入られてから、怪しい者達が楽園村の周りに現れるようになりました」
今までの当主は、ゴッドペドゥーリの意志を尊重して、基本、楽園村にはノータッチ。口の堅い御用商人による最低限の商品のやり取りしか行われて来なかったそうである。
ところが、カロワニーとやらが今の当主の後見人になった途端、急に見慣れない男達が村の周囲をうろつくようになったのだと言う。
「伯爵家に相談したりはしなかったの?」
「勿論、使いは出したさ。だが、今は忙しいの一点張りで、会ってすら貰えなかったんだ」
ロインは苦々しげに吐き捨てた。
こうなってしまうと亜人の立場は弱い。
彼らは正確に言えば領民ではない。歴代の当主の好意でその土地に住むのを許されているだけの、いわば動物と変わらない扱いなのである。
「そして先日、とうとう村人の中に行方不明者が出たんだ」
広い山の中、どこかで負傷して動けなくなったという可能性は十分に考えられる。しかし、村人達はそうは考えなかった。
「ヤツらに――村の外をうろついていたヤツらにさらわれたんだ。絶対に間違いない」
「ロイン兄さんのように考える人達は大勢いました。事態を重く見た父は、自ら伯爵様の屋敷に出向く事にしました」
村の代表者による訪問であれば、流石に門前払いを食うような事もないだろう。村長はそう考えたようだが、これは周りの反対によって実現出来なかった。
こんな状況で村長までさらわれてしまっては、村を纏められる者がいなくなってしまう。
そう言われてしまっては、村を預かる身としては危険を犯す事は出来なかったのである。
「そこで、父の代わりに私が行く事になったのです」
こうして村長の代わりに彼の息子が――次期村長のハリスが、ペドゥーリ伯爵の屋敷に向かう事になったのであった。
次回「メス豚と誘拐犯」




