その389 メス豚、事情を聴く
「僕達の楽園村は、伯爵様の領地の中にあるんです」
弱気ショタ坊ことハリスの言葉に、ハリスの兄ロインはギョッと目を剥いた。
「ハリス! 村の話をコイツらにするな!」
「ロイン兄さん。兄さんはそう言うけど、いつまでここの皆さんに村の事を黙っているつもりなんですか? 皆さんに助けて貰わなければ、僕達は村に帰るどころか、この国で生活して行く事すら出来ないんですよ」
「それは・・・だが、いや、し、しかし・・・」
雰囲気イケメンことロインは、弟の正論に咄嗟に言い返す事が出来なかった。
口ごもってしまった兄に代わり、ハリスはガチムチの息子達に向き直った。
「それでペドゥーリ伯爵領から来たという人達は、今、どこでどうしているんですか?」
「それなら、パパ――ウチの村の村長が全員とっ捕まえて、土蔵に押し込んでるぞ」
は? ちょっと待った。何でそうなるんだ? 何で?
ええと、一旦落ち着いて話を整理しようか。
ロインとハリスの亜人兄弟は、お隣の国の楽園村とかいうちょっとアレな――ゲフンゲフン、大仰な名前の村に住んでいた。
で、その楽園村があるのがペドゥーリ伯爵領で、二人はそこで何者かに追われて、この国まで(※実際は、二人が逃げ込んだ船が偶然この国の港町に到着したのだが)逃げて来た。
さっきまでの話から察するに、二人を狙っていたのはおそらくペドゥーリ伯爵の関係者。いや、ロインが頑なに名前を明かさなかった所を見ると、伯爵本人の手の者の可能性すら大いにあり得るだろう。
おっと、少々先走り過ぎたか。話を戻そう。
それから色々あってロイン達は我々に保護された訳だが、追手は二人の事を諦めてはいなかったようだ。
多分、船の行き先を調べたんだろうな。彼らは兄弟の足跡を辿って、ランツィの町へとたどり着いた。
そこで追手はロイン達が我々、メラサニ村の者達に保護された事を知った。
しまったな。こうなる事が分かっていたら、ランツィの町であんなに目立つ行動を取ったりはしなかったのに。
追手の人数は五人。彼らは噂を元にショタ坊村までやって来たのはいいが、目的の亜人村は人里離れた山の中にある。
彼らは我々に関する情報を集めるため、ほとんど脅すような形で強引に村人達に尋ねて回ったようだ。
その乱暴な態度を見かねた村長のガチムチが彼らを詰問。
口論となり、相手の一人が剣を抜いた。
村の村長ごときに自分達の使命が邪魔されたのが余程気に障ったのか、あるいは手っ取り早く脅して言う事を聞かせるつもりだったのか、その辺りの事は分からない。
しかし、追跡者にとって不運だったのは、彼らが剣を突き付けた相手はただの村長ではなかったのだ。
ガチムチはその場で全員をブチのめすと、彼らが逃げ出さないように丈夫な土蔵に放り込んだのだった。
って、マジかよガチムチ。まさか五人を相手に無双とは。
なんでこんなヤツが、しょぼくれた貧乏村の村長なんてやってるんだ? そんなだからこの国は大モルト軍に負けるんだよ。
『なる程。大体の事情は分かったわ。私達に知らせに来たって事は、ロイン達からも事情を聞きたい訳ね?』
「――という事でいいのか? グジ村の村長の息子」
「そ、その通りだ」
私の言葉をウンタが翻訳してくれると、ガチムチ息子は慌てて頷いた。
それからガチムチ息子は私を指差した。なんぞ?
「な、なあ。その豚。そいつが噂の魔獣なのか?」
ん? ああ、そういう事。コイツらがさっきから妙に落ち着かない様子だったのは、私を――つまりは魔獣を警戒していた訳ね。
ふ~ん。なる程なる程。
私はよっこいしょと立ち上がると、無造作にガチムチ息子達へと近付いた。
「ひいっ!」
「わわわっ!」
慌てて私から逃げるガチムチ息子達。
私は怯える彼らにお尻を向けると、トコトコと歩いて元の場所へと戻った。
村長代理のモーナが呆れ顔で私を見下ろした。
「クロ子ちゃん、一体何がしたかったの?」
『う~ん、何て言うかお約束?』
楽しんで頂けたでしょうか?
今日は用事があるから、そっちの村に向かうのは明日で――というのはウソっぱちで、本当は事前に二人から詳しい話が聞きたいからだが――と伝えると、ガチムチ息子達は、「それでいい」と言い残して去って行った。
別に泊まって行ってくれても良かったのだが、余程早く村に帰りたかったようだ。何でなんだろうね?
「クロ子ちゃんが調子に乗って脅したりしたからじゃない?」
『ほんにスマンこってす』
反省はしている。だが後悔はしていない。
『で? 二人は自分達の村の事を――楽園村だっけ? の事を話してくれる気になった?』
楽園村。改めて口に出してみると、やっぱりスゴイ名前だな。コイツらは何だって自分達の村にこんな名前を付けたんだか。
ロインとハリスはしばらく兄弟だけで話し合っていたが、ようやく結論が出たようだ。
兄のロインは諦め顔でかぶりを振った。
「分かった。こうなっては俺達の事情を説明するしかなさそうだな。少し長い話になると思うので、どこか落ち着ける場所はないか?」
「それだったら私の家に行きましょう」
モーナはそう言うと先頭に立って歩き出した。
次いで当事者であるロインとハリスの兄弟が続く。その後ろに私と水母、それにクロカンの副隊長のウンタが続く。その更に後ろにハッシ達クロカンの隊員達が続き、その更に後ろの後ろに水母の手術を受けた亜人村の村人達が続き――って、お前ら付いてき過ぎだ!
事情が気になるのは分かるけど、いくらなんでも一辺に何十人も家の中に入る訳がないだろうが。
『ウンタと水母は付いて来て。後の人達はダメ』
「「「ええ~っ」」」
一斉にブー垂れる野次馬達。
『ハッシ達は大工仕事があるでしょ。モーナと一緒に魔法銃の使い方を覚えた第一陣のメンバーは、第二陣のメンバーの人達に教えてあげて頂戴。ほら、文句言ってないでテキパキ動く! ハリー、ハリー!』
「ちぇ~っ」
「後で教えてくれよな」
野次馬達は私にブヒッと押されると、渋々ながら散って行った。
『じゃあウンタ、水母、行くわよ』
こうして私達はモーナ達の後を追って走り出したのであった。
てなわけで、ここは村長邸。
モーナによると、この部屋は普段から村の集会や話し合いに使われていた部屋なんだそうだ。
全員が席につくと、モーナは硬い表情でロイン達に向き直った。
「クロ子ちゃんがあなた達を保護したって言うから、黙って受け入れたけど、人間の追手が来ているとなれば話は別よ。ちゃんと事情を説明して頂戴」
モーナの態度には有無を言わせぬものがあった。
さもありなん、行くあてのない亜人を受け入れるのはやぶさかではないが、その結果、村に危険が及ぶようなら看過はできない。村を預かる身のモーナにとっては、その点だけは譲れないのだろう。
ロイン達も彼女の言いたい事は理解しているらしく、神妙な顔つきで頷いた。
「先ずはこれまで俺達の村の事を話さなかった事を謝る。すまなかった」
「ロイン兄さんは、これ以上楽園村が――僕達の村が混乱する原因を作りたくなかっただけなんです」
雰囲気イケメンのロインが頭を下げると、弟のハリスが慌てて兄を擁護した。
「どういう意味だ? 俺達がお前達の村の――楽園村の事を知ると、どうして村が混乱する事になるんだ?」
「それは・・・それを分かってもらうためには、楽園村の成り立ちと、ペドゥーリ伯爵領の現状を理解して貰う必要があります」
ハリスはそう言うと、自分達の村の事情を話し始めた。
彼らの村があるペドゥーリ伯爵領は、隣国ヒッテル王国の西、私にとっても因縁浅からぬ、ロヴァッティ伯爵領のお隣に位置している。
そういや、イケメン王子の軍に付いて行って、ロヴァッティ伯爵軍と戦ったのが、私の初めての戦争経験だったな。
思えばあれから一年近く。激闘に次ぐ激闘だったなあ。我ながら良くここまで生き延びて来られたもんだ。
などとしんみりしている場合じゃないな。話を続けよう。
今を遡る事七十年程前。ロインとハリス兄弟のご先祖様達――と言っても、彼らの曾祖父の代らしいが――ご一行が、他所の土地からこの土地に流れて来た。
彼らは山の中の盆地に村を作り、そこに隠れ住んだそうだ。
「ご先祖たちは知りようもなかったが、そこはペドゥーリ伯爵家のお屋敷の裏山だったんだ」
おおう、そりゃあまた、何ともエライ場所に。
住み始めて早々に、彼らは伯爵家の者達に見付かる事となった。当然だな。
当時の伯爵もさぞかし驚いたに違いない。なにせ自分の所有する山に、いつの間にか亜人なんかが住み着いていたのだ。
伯爵は直ぐに騎士団を派遣すると、ロイン達のご先祖を一網打尽に――するかと思いきや、何と伯爵は自ら彼らの村に訪れると、このまま山に住む事を許可したんだそうだ。
「ペドゥーリ伯爵様はそれは大層慈悲深く、寛大なお方だったそうです。我々の先祖がカルテルラ山に住むのを許して下さったばかりか、生活のための援助も色々としてくれたそうです」
なんでも伯爵は自分の山に亜人が住むのを許したばかりか、食料や衣料まで与えてくれたんだそうだ。
何それ、一体どんな聖人君子? 慈悲深いなんてレベルを超えてるんだけど。
この国の王族なんて、村の亜人を奴隷として捕えるために他国の軍隊を手引きしたくらいだぞ。
嫉妬ファイヤー。テラうらやましす。
こうしてロイン達の曽祖父達は、ペドゥーリ伯爵の恩情で屋敷の裏山に住む事になったのであった。
今も続く楽園村の始まりである。
次回「メス豚、嫉妬する」




