その387 メス豚と少年の謎
「いや、理屈は分かるんだよ、理屈は」
「け、結構大変ね、コレ」
「子供の頃はもっと楽に魔法を使っていたような気がするのに・・・」
ここはメラサニ村の広場。
モーナ達、十二人の生徒達は、各々苦労しながら魔法の練習を続けていた。
「へえ、この村ではこうやって魔法の練習をするんですね」
そんな彼らを興味深そうに見学しているのは、弱気ショタ坊こと隣国の亜人少年ハリス。
生徒達はいい歳をした自分達が四苦八苦している姿を子供に見られているのが恥ずかしいのだろう。さっきからどうにも居心地が悪そうにしている。
私が生徒達に課した課題は点火。小さな火種を灯す、ただそれだけの効果でしかない魔法だ。
練習なら別に他の魔法でも――例えば成造の魔法でも良かったのだが、先ずはとにかく回数をこなす事で魔法発動の仕組みを感覚で掴んで貰わなければならない。
その点、点火の魔法ならば発動そのものは一瞬。
その分だけ発動に必要な魔力も軽目で済むので、魔力が空になるまで、何度も繰り返して練習できるというメリットがあるのである。
そんなこんなで地道な練習を繰り返していると、大工仕事をしていたハッシ達、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達が、休憩がてらこっちの様子を見にやって来た。
「へえ、懐かしい光景だな。俺達もクロ子にやらされたよ」
「みんな頑張れよお~」
呑気なかけ声に生徒の一人が不満顔を見せた。
「・・・何でこんな事ばっかり。俺達が教えて欲しいのは、魔法銃を使うための魔法なのに」
『はい、そこ。文句を言わずに魔法を発動させる。ホラ、早く』
「い、点火!」
まあ、文句を言いたくなる気持ちも分かる。
水母の手術で魔力増幅器を移植されたとはいえ、そもそも魔法の発動はかなり神経をすり減らすからな。
道具を使えば簡単に済む作業を、わざわざ手間のかかる面倒くさい方法で延々とやらされているとなれば、そりゃあ嫌気も差して来るだろう。
「おいおい、文句を言うなよ」
「そうそう。魔法銃を使うためには魔法が使えないとダメな事くらい、最初から分かっていただろ?」
「そりゃあ、そうなんだけどよ・・・」
それでも不満顔が消えない生徒に、私が声を掛けようとしたその時だった。
ハッシが仲間の前に出ると、彼の顔を真顔で見つめた。
「なあ、圧縮の魔法さえ使えれば魔法銃が使えると思ってるなら、そんな考えは捨てた方がいいぞ。魔法銃は兵器――戦闘に使う武器なんだ。本当の戦いってのは甘っちょろいモンじゃないぞ。
魔法銃は圧縮の魔法がなければただの鉄の棒でしかない。魔法を失敗したら自分か仲間が死ぬ。そんな状況で、自分なら間違いなく魔法を発動させられるなんて自信を持って言えるか? 言えないのなら、クロ子の言葉に従って練習をしておくべきだ。そうだろ?」
ハッシ。お前、言う時には言うじゃないか。
彼の言葉には、死線を越えた者の持つ言い知れぬ重みがあった。
生徒の男はハッシに気圧されたのか、何も言い返す事が出来ずに、気まずそうに視線を逸らした。
「――クロ子は戦いに関してだけは間違いなく俺達の中でダントツで一番だ。それは俺達クロカンの隊員全員が認めている。クロ子の言う通りにしておけば間違いない。戦いに関してだけはな」
ハッシの言葉にクロカンの隊員達もうんうんと頷いた。
それはいいけど、戦いに関して”だけ”とか言うな。”だけ”とか。
後、今の短い文章の中に、何故に「戦いに関して」という言葉を二回も使ったかな。
『そんなに私が戦場に舞い降りた戦乙女だと言いたい訳?』
「ああ、言う通りにしておけとは言ったが、こういう所は適当に聞き流せばいいから」
「そうそう。それがクロ子と付き合う時のコツだな」
再びうんうんと頷く隊員達。おい、お前ら。
生徒達は顔を伏せると小さく苦笑するのだった。
我々の魔法の練習は、その後も時々長めの休憩を挟みながら続けられた。
私としては若干、じれったい感じではあったものの、生まれついての魔法の天才の私とは違い、亜人達は魔力の総量もたかが知れている。
ここでムリをさせてもそれ程効果は期待出来ない。
この辺りのさじ加減は、かつてクロ子式新兵訓練でクロコパトラ歩兵中隊の隊員達を相手に散々培った経験の賜物である。
『あの時の苦労が生きたわね』
「何、いかにも大変だった風に言ってんだよ」
「そうそう。実際に苦労したのは俺達だったんだからな」
しんみりと呟く私の言葉に、たまたま見学に来ていたハッシ達クロカンの隊員達が反応。ブーイングが起きた。
外野がうるさいわね。
『そんなに退屈してるなら、こっちに来て魔法の使い方のコツとか教えてあげてくれない? 私だとどうも良く分からないのよ』
「う~ん、そう言われてもな。俺達も人に教えられる程自信はないし」
「ああ。あの時はとにかくやらなきゃどうしようも無かったから、必死にやってただけだったからな」
まあ、出来なきゃ水母が電気ショックをお見舞いしてたからな。
全く酷い鬼教官だよ鬼教官は。
私の心の中で、水母が触手を振り上げながら『鬼教官、否定! 水母!』と荒ぶっていた。
「何を他人事のように」
『実際、他人事だったしぃ』
「なっ! クロ子、テメエ――はあ。まあいいや、俺達で良ければ相談に乗るぜ」
クロカンの隊員達の言葉に生徒達は身を乗り出した。
「そう? だったら教えて欲しいんだけど。魔法を発動させる時にはどこに集中してる? 後、いつも気を付けている事とかある?」
「う~ん、集中って言っても別になあ」
「その考え自体が良くないんじゃないか? 「魔法を使わなきゃ」って意識し過ぎると、逆に発動の邪魔になるっていうか」
「そうそう。発動自体は慣れなんだよな。あれだよ、縄を編んだりナイフを使ったりする時、特に手先を意識する事はないだろ? 使い方は手が覚えているっていうか。ああいう感覚だよ」
「私達が料理をする時みたいなものかしら? 味付けとか感覚でやってるあの感じ?」
私は料理と言えば学校の家庭科の授業で習ったくらいだけど、主婦としてはその例えの方が分かりやすいのかもしれない。
料理スキルで魔法無双。おお、なんかネット小説のタイトルみたいだな。
「おおい、みんな! 今日は大猟だぞ!」
大きな声に振り返ると、獲物を背負ったカルネ達がこちらに手を振っていた。
「あっ! ロイン兄さん!」
弱気ショタ坊ことハリスは、雰囲気イケメンこと兄ロインの姿を見つけると、まるでどこぞのアホ毛犬のごとく、嬉しそうに彼の下へと駆け寄った。
ていうか、まだいたのか少年。すっかり存在を忘れてたわ。
クロカンの副官、ウンタが私を見つけて声を掛けた。
「みんなで魔法の練習をしていたのか? それでどうだった、クロ子。上手くいきそうか?」
『う~ん、まだ初日だし、ボチボチって感じ? そうそう、カルネ。アンタに話があるから後で付き合って頂戴』
「ん? 俺か? いいぜ、分かった」
クロカンの大男、カルネは狩りの成功に気を良くしていたのか、軽いノリで頷いた。
ふっふっふ。お前は昨晩、私の醜聞を肴に酒の席で盛り上がっていたそうじゃないか。その辺、ゆっくりジットリ問い詰めさせて貰おうか。
ウンタは私の加虐心に溢れる表情を見て何かを察したのだろう。諦め顔で「手加減してやれよ」とだけ短く呟いた。
んなモン分かっとるわい。簡単に楽にはさせない。カルネには己の犯した罪をじっくり骨の髄まで後悔して貰わなきゃならんからな。
「それはそうと、クロ子。ちょっといいか?」
ウンタはそう言うと、チラリと周囲を見回した。
その目がロインとハリス、二人の亜人兄弟の顔で止まる。
「さっきまでロインの弟と――ハリスと一緒にいたようだが、何かアイツから聞いているか?」
『ハリスから? いんや、別に何も』
ハリス少年はずっと私達の練習を見ていただけだし、そもそも、さっきまで存在を忘れていた程だ。
話を聞くどころか、会話すらほとんどなかったと言ってもいい。
「そうか。――ロインと少し話をした時、ちょっと気になる話が出たんだが」
ウンタはそう言うと声を潜めた。
「ハリスはアイツらの村の次期村長。俺達の村で言えばモーナのような立場らしい」
ハリス少年が次期村長?!
二人が彼らの村の村長の息子? だった事にも驚きだが、兄のロインじゃなくて、弟のハリスの方が次の村長候補になる意味が分からない。
私は驚きのあまり思わず振り返った。
そこには仲の良さそうな二人の少年の姿が――ロインとハリス二人の兄弟の姿があった。
「ロインは狩りの腕も立つし、性格にも人格にも大きな問題があるように思えなかった。少なくとも、俺の目には問題がない、どころか村長にふさわしい男であるとすら思えた」
『それってつまり、弟のハリスの方が村長候補に選ばれる理由がないって事ね』
ウンタは小さく頷いた。
私の目にも兄のロインはシュッとした雰囲気イケメンで、男女問わず人気もありそうに見える。
少なくとも、兄の彼を押しのけてまで、弟のハリスが村長に選ばれる理由は思い当たらなかった。
しかし、そのロイン本人が、弟の事を次の村長だと言ったというのだ。
『訳アリ兄弟って訳ね』
「そうらしい」
ハリスがロインを兄として慕い、ロインがハリスの事を弟として大事にしているのは間違いない。
というか、我々の前でわざわざ仲の良い演技をする意味はない以上、二人が本当に仲の良い兄弟である事に疑いの余地はないだろう。
だとすれば二人の関係は一体・・・
次回「メス豚とグジ村からの使い」




