その386 メス豚と魔法の稽古
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
私は村長代理のモーナに魔法の稽古を付けるべく、一夜の宿にしていた空き家を出た。
二人で適当な場所を探して村の中を歩く事少々。我々の前に、十人程の亜人の村人達が現れた。
彼らは全員、モーナと同様に、額に角を生やしていた。
「ホラ、みんなクロ子ちゃんから魔法銃の使い方を教えて貰いたくて集まってるのよ」
ああ、うん。適当な場所を探していたつもりでいたのは私だけで、どうやらモーナは最初からこの場所を目指して歩いていたようだ。
彼らは全員、新規に水母に魔力増幅器を移植された亜人村の村人達である。
人数は男六人に女六人の計十二人。
モーナを除いて全員二十代の既婚者である。
ちなみに手術後は脳に機能が定着するまで、一週間は寝ている必要があるため、妊娠中の女性は候補から外されている。母子にどんな影響があるか分からないからな。
「頼むぜクロ子」
「よろしくね、クロ子ちゃん」
「び、ビシビシ頼むぜ」
彼らのテンションは中々に高い。
こんな風にみんながやる気を見せているのには訳がある。
彼らは手術の第一陣。水母の施設では既に第二陣のメンバーが手術を終えて、機能定着のための眠りについているはずである。
予定では私が彼らに魔法銃の使い方を教え、使い方を覚えた彼らが第二陣のメンバーに教える事になっている。
つまり、ここで魔法銃が使えるようにならなかった者は、第二陣のメンバーと一緒に補習授業が待っているのである。
流石にそれは恰好が悪いのだろう。彼らがやる気になっているのはそんな理由があっての事だったのである。
それはそうと、ビシビシ頼む、ね。
私は表情を固くしている男の方をチラリと見た。
どうやら第一陣のメンバーの中には、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達から訓練の話を聞かされている者がいるようである。
アンタがどんな話を聞いたか知らないけど、今回は新兵訓練はやらないから。
魔法銃さえ使えるようになればそれでいいから。
そうそう、新兵訓練と言えば――
『新兵訓練と言えば、鬼教官はどこにいるの?』
ブートキャンプという単語に、さっきの男性がビクリと反応した。
それとも鬼教官の部分に反応した?
「スイボちゃんなら、崖の――あっちに戻ったわよ」
モーナは崖の村、と言いかけて、軽く周囲を見回した。
崖の村、そして水母の施設の存在は我々のトップシークレット。
今までは全員身内だったので問題無かったが、今は余所者が――雰囲気イケメンの兄ロインと、弱気ショタ坊こと弟のハリスが村にいる。
注意して注意し過ぎという事はないだろう。
しかし、ふむ。水母は自分の施設に戻ったのか。どうりでアホ毛犬コマが寄って来ない訳だ。仲良しさん同士、一緒に水母の施設に戻ったんだな。
水母が自分の施設に戻ったのは、おそらく、術後の第二陣のメンバーの容態をモニターするためだと思われる。
この辺り、魔法科学文明はいささか融通が利かない。どうせなら全部自動でやってくれればいいのに。
それにしたって、いちいち全てを水母が管理しなければならないのは、いくらなんでも効率が悪過ぎる。
そもそも、水母の本体は施設の最奥に眠るコンピューター。ピンククラゲボディーはただの端末に過ぎない。
だったら、複数の端末の同時使用だって出来そうなものだし、水母の本体であるスーパーコンピューターにはそれを出来るだけの能力もあるはずである。
といった内容を、私は以前、水母に尋ねた事があった。
『だって不便じゃない? 私としても、水母に一緒にいて貰いながら、施設の事も任せられるなら、今よりずっと楽が出来る訳だし』
『複数の端末の並行使用は禁止事項に該当する』
水母はバッサリと切り捨てた。
ハイハイ。いつもの「それは禁則事項です」というヤツね。
水母と話をしていると、たまにこの禁止事項の壁にぶち当たる事がある。
それは水母にとってかなり強力な条件付けらしく、他にどんな禁止事項があるのか、その条件の検索すら禁止事項とされ、許可されていない程である。
また、一度禁止事項に抵触すると、その前後の記録を削除――つまりは、禁止事項にたどり着いたという痕跡すら残さないという徹底ぶりである。
水母の製作者達は、一体なぜ、自分達の作ったコンピューターに対してこれ程までに強力な制限を加えたのだろうか?
「クロ子ちゃん?」
『ん。何でもない』
急に黙り込んでしまった私の顔を、村長代理のモーナが不思議そうに覗き込んだ。
いかんいかん。今は見た事もない前文明人の思惑を考えるより、目の前の事に集中しないと。
ええと、先ずは圧縮の魔法はクロコパトラ歩兵中隊の隊員達に教えた時のように、”タオルくらげ”を使って空気の存在を教える事から始めようか。
いやいや、それより前に魔法の発動そのものを練習させないとダメか。
今までロクに魔法を使って来なかっただろうし、先ずはそこからだな。
それが出来てから、次に圧縮の魔法の練習。そして魔法銃の仕組みと取り扱いの説明に移るか。
そうそう。その時は誰か適当な隊員を呼んで来て、解説を頼んだ方がいいかもね。実際に使った事のある人間じゃないと分からない事とかもあると思うし。
『じゃあ最初は魔法の発動の練習から始めようか。ええと、みんなはどのくらい魔法を使った事がある訳?』
「ええと、全く使ってない」
「私もそうね。子供の頃に遊びで使った事があるくらいかしら? 少なくとも大人になってからは一度もないわ」
「そうそう。誰でも小さい頃に一度は使うけど、親にバレて叱られてからは使わなくなるのよね」
「仕方がないよ。魔法が暴発したら危ないから」
マジか。予想していた事とはいえ、これは中々手強そうだ。
モーナ達は心配そうに私に尋ねた。
「どう? クロ子ちゃん。私達でもどうにかなりそう?」
『ん~、個人の向き不向きはあるだろうけど、クロカンの隊員達も最初は同じような感じだったし、多分、大丈夫なんじゃない?』
折角、覚悟を決めて水母の手術を受けて額に角まで付けたのに、何の成果も得られませんでした、じゃあ流石に調査兵団が過ぎるってもんだ。
『手始めに、私の魔法の発動を感じ取る事は出来る? 行くわよ。EX成造・土!』
魔法を使える生き物は、他者の魔法の発動を感じ取ることが出来る。
私は彼らにも分かりやすいように、極み化させた成造の魔法を使ってみた。
ズモモモモ・・・
私の足元に周囲の土が集まって小山が出来る。
「こ、これは・・・!」
「ええっ?! クロ子ちゃんがこの魔法を使ってるのは何度か見たけど、これってこんなにスゴイ魔法だったの?!」
高みから見下ろす私。先程の魔法発動の魔力の流れを感じ取ったのだろう。モーナ達がギョッと目を見開いた。
朝からずっとトンテンカンと大工仕事をしていたハッシ達、クロカンの隊員達も、今の魔法を感じ取ったらしい。一瞬だけ作業の手を止めたが、「ああ、またクロ子が何かやってら」とでも思ったのか、直ぐにまたトンテントンテンと作業を再開した。
『今まで感じ取れなかった魔法の発動が感じ取れるようになったっていう事は、魔力のコントロールが出来るようになったって事ね。大丈夫。魔力増幅器はちゃんと機能してるわよ』
「これが魔法・・・」
「まるで顔にもう一つ目が増えたみたいな感じだぜ」
おうおう。中々上手い事を言いおるわい。
魔法を感じとる力は、視覚や聴覚などの五感とは異なる第六の感覚である。
それは先程彼が言ったように、顔にもう一つ新しい感覚器が増えたような感じと言ってもいいだろう。
私はまんざらでもない表情でブヒッと呟いた。
『魔法を視る事の出来る第三の目か。――イカスわ』
「ええっ?! こ、この土の山は何ですか?!」
甲高い叫び声に振り返ると、短パンの似合いそうな幼い亜人の少年が、こちらを見上げて驚いていた。
隣国ヒッテル王国からのお客さん、弱気ショタ坊ことハリス少年である。
『ていうかアンタ、カルネ達と狩りに行ったんじゃなかったの?』
「あ。お、おはようございます。ええと、クロ子さん? でしたっけ? 確かにロイン兄さんは皆さんの狩りに同行しました」
ハリス少年は、慌ててペコリと頭を下げると、事情を説明した。
雰囲気イケメンの兄ロインは、朝からカルネ達、クロカンの隊員達と一緒に狩り――という名の改良型魔法銃の試し撃ちに出かけたが、まだ幼いハリス少年は、危ないから家で待っているように言われたんだそうだ。
「外から何か騒ぎ声が聞こえたので出て来たら、いつの間にかこんな大きな土の山が出来ていたのでビックリしてしました。それで、コレは何に使う物なんですか?」
『何に使うって?』
「あっ! あの、ぼ、僕が聞いたらマズイ物だったでしょうか?! どうもすみません!」
ハリス少年は、慌ててペコペコと頭を下げた。
いやいや、そんなに焦らなくても。ていうか、魔法を使うこと自体が目的だったから、山を作った事に意味なんてなかったし。
ていうか、いつまでも村の真ん中に土の山があったら邪魔だよな。
『じゃあ、片付けるか。EX成造・土』
ズモモモモ・・・
土の山はみるみるうちに形を崩し、もとの平らな地面に戻っていった。
「な、何度見ても凄いわね・・・」
「これが魔法か。えげつないな」
「クロ子ちゃんはいつも当たり前のように使っていたから、この凄さに全然気付かなかったわ」
「えっ? 急に消えちゃったんだけど? なんでなんで?」
私の魔法の威力に感心するモーナ達。
そして、なんでなんでと驚くハリス少年。
彼は目の前で消えた小山に、まるで手品でも見せられたかのように目を丸くするのであった。
次回「メス豚と少年の謎」




