その384 メス豚、心を入れ替える
翌日。私はトンテンカントンテンカンと騒々しい大工工事の音で目を覚ました。
『う~ん、朝からうっさいわね・・・って、そういや昨日はメラサニ村に泊まったんだっけ』
そうそう、確か晩御飯を食べた後、適当な空き家に入って寝たんだった。
私は寝ぼけまなこで家の中を見回した。
鎧戸が締め切られたままの薄暗い家の中は、朝の空気に冷え返り人の気配もない。
私は自分一人(自分一匹?)なのをいいことに、二度寝を決め込――
「クロ子ちゃん、捜したわよ。ここにいたのね」
――決め込もうとした所を、村長代理のモーナによって起こされてしまった。
『てか、なんでモーナがメラサニ村に?』
「まだ寝ぼけてるの? 昨日、説明したじゃない」
モーナの額にはクロコパトラ歩兵中隊の隊員達と同じく、小さな角が生えている。
その角を――水母謹製の魔力増幅器を眺めているうちに、私は昨日、モーナから聞いた話を思い出した。
『そういや、ハッシ達から魔法銃の使い方を教わるために、こっちに来てたって言ってたっけ』
ハッシは、村の職人のマニスお婆ちゃんの孫で職人見習い。クロコパトラ歩兵中隊の第八分隊の隊長である。
彼はドゥーイット、ユアセルフ。いわゆるDIYこと手作り工作大好き人間で、村のあちこちにある投石機は、彼の手によるものである。
今はメラサニ村にある、傷んだ家や壊れた小屋の修繕工事をやって貰っている。朝からトンテントンテンと煩いアレだな。
モーナは先日、水母の手術で魔力増幅器を移植された。
これにより、彼女は以前よりも強い魔法が使えるようになったのだが、現実の魔法はゲームのようにレベルが上がれば勝手に覚えるようなお手軽なものではない。
それに彼女の目的――魔法銃を扱うためには、その仕組みと使い方を覚える必要もある。
元々、私が教える約束をしていたのだが、例の件の後始末(※お酒の買い出し)もあって、入れ違いになってしまったのだ。
「ハッシは今、大工仕事で忙しいから、クロ子ちゃんが教えてくれるって言ったじゃないの」
そうそう、そうだった。勿論、覚えていますともさ。
私はよっこらしょと体を起こした。
『そうね。じゃあ行こうか』
ん? 私ならもっとごねると思ってた? 妙に素直で気持ちが悪いって?
うっさいわ。
私は心を入れ替えたんだよ。
今の私はニュークロ子。昨日までの怠惰な私はメラサニ山の風になった。
モーナは新たになった私を、感心したような、納得したような目で見つめた。
「本当にカルネ達の言っていた通りなのね」
『? カルネが何を言ってたって?』
私の脳裏にクロコパトラ歩兵中隊の大男、カルネのキズだらけの顔が浮かんだ。
「ええとね、昨日の夜、男の人達でお酒を飲んでる時に話題にしてたんだけど、人間の町でクロ子ちゃんが檻の間を通ろうとして、お腹が挟まって動けなくなったって。
太ったのは、ずっとスイボちゃんの所でゴロゴロしてたのが原因だとか、食べすぎが原因だとか。クロ子ちゃん本人もようやく自分が太った事に気付いたみたいで、あれから妙にやる気を出してる、とか色々と言ってたわよ」
『か、カルネ! 何言ってくれてんだ、あンの野郎おおおお~!』
私はこみ上げて来る怒りにワナワナと震えた。
そりゃああの時は確かに思ったさ。運動しなきゃな、って。そりゃあ思うだろうが。私だって女だぞ。メス豚だけど。
だがな。だからと言って、人の醜態を肴に酒盛りして良い訳がねえだろ! ふざけんなあの野郎!
『カルネ、ブッコロス。モーナ、あのバカはどこ?』
「カルネ? 彼らなら黒い猟犬隊の犬達を連れて山に行ったわよ。例の兄弟の兄、ロインも一緒に。新型の魔法銃の試し撃ちも兼ねて狩りをして来るって」
新型の魔法銃? ショタ坊村で鍛冶屋のオヤジから納品された、改良型の魔法銃の事か。
今までクロコパトラ歩兵中隊で使用されていたのは、魔法銃のテストタイプ。初期ロットだった。
・・・ふむ。
『――そう。だったらいいわ』
私はブヒッと鼻を鳴らした。
『お仕置きするのは狩りから戻ってからにしといてやる!』
「あ、お仕置きするのは決定してるのね」
たりめーだろうが。
ヤツらは私を怒らせた。乙女の矜持を傷付けた。その罪万死に値する。
「ほどほどにね。それで圧縮だっけ? 魔法銃に必要な魔法から教えて欲しいんだけど」
『分かったわ』
カルネのヤツめ、一体どうしてくれようか。
私はカルネ達へのお仕置きを想像すると、暗い笑みを浮かべるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「・・・何だ? さっきから妙な寒気がして仕方がないんだが。風邪でもひいちまったかな?」
クロコパトラ歩兵中隊の大男、カルネはそう呟くと顔を歪めた。
その時、先頭を歩いていた男が足を止め、その場で身を屈めた。
「静かに。あそこに茶ガンの群れがいる。灌木の向こうだ」
男が指差す方向を見ると、確かに。鮮やかな茶色の羽根をした全長70~80センチ程の鳥の群れが、雪の間から伸びた草をついばんでいるのが見えた。
カルネは先程までの不景気そうな顔から一転、喜色を浮かべながら背中の得物を降ろした。
「いいんじゃねえか? この距離なら狙えそうだ」
「いや、もう少し近付かないと難しいと思う」
「――ならば俺がやろう」
声を掛けたのは、弓を手にした若い亜人の青年。
この集団の中で彼だけが額に角を持っていない。
隣国ヒッテル王国の亜人兄弟、その兄のロインであった。
ロインが弓に矢をつがえようとしていた所をカルネが止めた。
「待てよ。最初に言っただろ? 今日の目的は狩りだけじゃなくて――」
「待てカルネ。ここはロインの腕が見たい。ロイン、頼めるか?」
「おい、ウンタ!」
鳥の群れを見つけた亜人の男――クロコパトラ歩兵中隊の副隊長、ウンタは、不満顔のカルネを押しとどめた。
ウンタがロインに頷くと、ロインは弓をキリリと引き絞った。そして――
ピュン!
弓弦が鋭く鳴ると、ヒユッ! 放たれた矢は空気を切り裂き、糸を引いたように一直線に得物へと飛んだ。
ギャアギャアギャア!
次の瞬間、茶ガンの群れは激しい鳴き声を上げながら、一斉に空へと羽ばたいた。
「よし、行け!」
「ワンワン! ワンワン!」
ウンタの命令で、額に角の生えた犬達――黒い猟犬隊の犬達が走り出し、一羽だけ地面で弱々しくもがいていた茶ガンの首に噛みついた。
茶ガンの胴体には、先程ロインが射た矢が突き刺さっている。
狩りの成功に、しかしロインは少しだけ悔しそうな表情で手の中の弓を見つめていた。
「俺の弓なら外さなかったのに・・・」
「いや、この距離で当てたのは大したものだ。いい腕をしているな」
これが借り物の弓ではなく、自分の愛用の弓なら、胴体ではなく急所に命中させられたものを。
そう悔しがるロインの肩を、ウンタが軽くポンと叩いた。
彼の言葉が口先だけのものではない証拠に、この場の隊員は全員、今の言葉に頷いている。
それを見てロインはちょっと照れ臭そうに表情を緩めた。
黒い猟犬隊の一匹が獲物の首を咥えると、ウンタの下まで運んで来た。
『ウンタ! 獲物! 獲物取って来た! 褒めて、褒めて!』
「よしよし、良くやったぞ」
黒い猟犬隊の犬達は、クロ子の事を『ボス』。マサさんの事を『リーダー』と呼んで、群れの上位者として認めている。
そして今ではウンタの事も、クロ子マサさんに次ぐ三番手の上位者として認めるようになっていた。
ちなみにこの話をマサさんから聞かされた時、カルネは「良かったじゃねえかウンタ! 犬達からマササンの下として認められたってよ!」と大爆笑していた。
ウンタは腹を抱えて笑い転げるカルネに憮然としていたが、「これで作戦行動の際、黒い猟犬隊の犬達が自分に従ってくれるなら悪い話ではない」と考え直すと、素直に有難いと思うようになったのだった。
(それにしても――)
ウンタはチラリとロインの様子を窺った。
(俺達が魔法による身体強化をしていないとはいえ、初めての山で地元の俺達の足に付いて来るとは大したものだ。弓の腕前もかなり自信があるようだし、それに体のあちこちに付いている細かなキズ。おそらくあれは剣の訓練中に出来た物だろう)
ウンタはクロ子から、ロインから目を離さないように、そして相手から警戒されない範囲で、可能な限り彼の素性を探るようにと頼まれていた。
(俺はそういった腹芸の類は苦手なんだがな・・・)
クロ子としてもそれは分かっているものの、ウンタの他に頼める人間が思いつかなかったのだろう。まさか脳筋のカルネやトトノに頼る訳にも行かない。
例え本人に自信がなくても、今回ばかりは消去法でウンタがやらざるを得なかった。
「おい、ウンタ! 次は俺にやらせてくれよ! 早く狩りで新型の使い具合を試してみたいんだ!」
(カルネに悪気がないのは分かっているのだが・・・今はクロ子の気持ちが良く分かるな)
ウンタは何も考えていなさそうな能天気なカルネの声に、少しだけイラッとするのだった。
次回「改良型魔法銃」




