その383 メス豚と一日の終わり
メラサニ村に戻った私達。
出迎えに出て来た村人達の中には、村長代理のモーナの姿もあった。
彼女の額には、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達と同じ、小さな角が生えていた。
『あっ、モーナ。そういやそろそろ目が覚める頃だったわね』
額の角の正体は魔力増幅器。
モーナは十人程の村人達と一緒に、水母の施設で魔力増幅器官の移植手術を受けていたのである。
ちなみに手術後は、脳にその機能が定着するまで、一週間程、施設内のベッドで寝ている必要がある。
どうやらモーナは、丁度我々がお酒の買い出しに行っている間に、入れ違いで目覚めたようだ。
『その様子だと体に問題はないみたいね』
『超心外』
私の言葉に水母が不満げに答えた。
いや、別にあんたを疑ってる訳じゃないけど、もしもって事ってあるじゃない?
「クロ子ちゃん」
モーナは少し硬い表情で神輿の上に座っている二人の亜人――ロインとハリスの兄弟を見ている。
そういや、何となく当たり前に思っていたけど、あの二人はいつまであそこに乗ったままでいるんだろうか?
もうとっくに目的地であるメラサニ村には到着しているのだが。
「クロ子ちゃん達が連れて来たあの男の子達は誰? まさか他の土地の亜人なのかしら?」
『そうよ。隣のヒッテル王国に住んでたみたいね。町の代官に頼まれて身柄を引き受けたの』
「ホントに?! そう、分かったわ。――二人共初めまして。私はモーナ。死んだ父に代わって、代理でここの村長をやっているわ。私達の村にようこそ」
モーナはロインとハリスに声を掛けた
「そうか。俺の名はロイン、こっちは弟のハリス。村に受け入れてくれた事に感謝する」
「あ、ありがとうございます」
「クロカンの人達は足が速いから大変だったでしょう。この先に私の家があるからゆっくり休んで頂戴。カルネ、お願い」
「おう、任せとけ! おい、みんな行くぞ!」
「「「おう!」」」
カルネ達酒飲み隊員達は、わっせわっせとロイン達の乗った神輿を担ぎながら、村の通りを進んだ。
「ワン! ワンワン!」
そしてその様子に何故か興奮し、彼らの足元に絡みつく黒い猟犬隊こと野犬達。
何かのイベントと勘違いしているのかもしれないが、今にも蹴り飛ばされそうで、見ていて危なかしくて仕方がない。
『こら、お前達! みんなの邪魔をしないの!』
『『『応!』』』
いや、返事はいいんだよな、返事は。
モーナは彼らの後ろ姿を見送ると、厳しい表情で私に振り返った。
「それで? 詳しい話を聞かせてくれるのよね?」
あれ? モーナ、怒ってる?
私はモーナと集まっていた野次馬達に、知ってる限りのロイン達の事情を説明した。
彼らが住んでいた村は隣のヒッテル王国にある事。人間達に追われて逃げていた所、たまたま隠れた船がこの国に向かう船だった事。右も左も分からない港町で途方に暮れていた事。そこでも人間に追われ、どうにか町の外まで逃げ延びた所で、巡回中の大モルト軍に保護された事。極度に警戒する二人に手を焼いた副監督官のマッシモに相談され、二人の身柄を引き受けた事――
『てな訳なんだけど、私達の判断で勝手に村に連れて来ちゃってゴメン』
「その話はもういいわ。副監督官? 人間の町の代表に言われたのなら仕方がないし。それに私も、出来れば亜人の仲間の力にはなりたいとは思う。けど・・・」
モーナは真剣な面持ちで私を見つめた。
「まさか崖の村の事まで、二人に話したりはしていないわよね?」
『流石にそれはない』
「――良かった」
モーナはホッと安堵の表情を浮かべた。
崖の村、それに水母の施設は、我々の最後の切り札である。
この情報ばかりは絶対に外部に漏らす訳にはいかない。
カルネ達にも――特にうっかり口を滑らせそうなカルネとトトノには念入りに――黙っているように言ってある。
「それがいいわ。けど・・・」
モーナは心配そうに眉間に皺を寄せた。
彼女の不安は分かる。亜人達は、何と言うか全体的に緩い。豚である私がこんな風に受け入れられている時点でお察しだが、天空竜と戦っていた時でも、ショタ坊村の村人達の事を心配していた程である。
つまりはお人好しなのだ。
こういう所は彼らの美点でもあるのだが、防諜という面ではいささか頼りない。
例え事前に厳重に注意しておいたとしても、何かの拍子にポロリと口を滑らせかねない。相手が自分達と同じ境遇の亜人ともなれば猶更である。
『二人の相手は、クロカンの隊員達に――特に副官のウンタに任せようと考えてる。彼なら問題無いと思うし、他の村人達にもあまり近寄らせないように言っておくから』
「そうね。私も出来るだけあの二人から目を離さないようにしておくわ。みんなも今の話を聞いたわね?」
モーナの言葉に野次馬達は三々五々頷いた。
「話は分かったが、ずっと隠しておける自信はないぜ。俺達だって崖の村とは行き来しなきゃいけない訳だし」
「そもそも村の人間が少なすぎるとおかしく思われないか?」
『それなら問題無い、と思う。二人にも天空竜の話はしてあるから』
昨年の末、この地を襲ったDQN竜こと天空竜。
人食いの大型竜から村人達を守るため、我々は村人達を安全な場所に避難させた。
『天空竜は退治されたけど、まだ避難場所から戻っていないって事にしてるから。みんなも上手く口裏を合わせてね』
「なる程。完全にウソって訳じゃない所がミソだな。うん、それなら俺でもどうにか誤魔化せそうだ」
「流石はクロ子。ずる賢いぜ」
オイ、人聞きが悪いな。感心するならそこは素直に”賢い”だけでいいだろうが、”賢い”だけで。
「それでクロ子ちゃん、あの二人の事なんだけど、結局どうするつもりでいるの?」
モーナとしては、受け入れるなら受け入れる、そうでないならそうでないなりに、先に心構えをしておきたいのだろう。
『最終的には、元の村まで送り届けたいと思っている。それがどういう形になるのか――誰かを頼って送って貰うのか、あるいは旅の準備にだけ手を貸して、自力で帰って貰うのかは分からないけど。本当にどうしようもない場合は、二人には村に永住して貰う事になると思う。勿論、その場合は二人の同意と、モーナ達村のみんなの同意も必要になる訳だけど』
「送り届けるって、二人の村は隣の国にあるのよね? そんな所まで行ってくれる人なんているの?」
それは・・・正直、全く分からない。
これが地球なら、国の大使館に駆け込めばいいのだろうが、国家のモラルの低いこの世界にそんなものがあるかどうかは微妙な所だ。
ていうか、普通、亜人は人目を逃れて山野に隠れ住んでいるものだ。
つまり国は亜人の事を国民として認めていない事になる。正に以前までの我々がそうだったな。
そしてこの辺の事情はロイン達も大して違いは無いと思われる。
『そもそも、あの二人が正直に自分達の村の場所を話してくれるかも怪しい気がするし』
どうもあの兄弟は、我々に何か隠し事をしているように思えてならないのだ。
いや。ひょっとしたら隠しているのではなく、言えない事情があるのかもしれないが。まあどっちにしろ我々にとっては同じような物だ。
そう考えれば、二人が――特に雰囲気イケメンこと兄ロインが、あれだけ警戒心が強いのも理解出来る。
そんな相手に、住んでいた村の場所や名前を聞いた所で素直に話してくれるだろうか?
「なぜそんな事が知りたい」「何か企んでいるのか」などと、余計な警戒をされるだけになるんじゃなかろうか。
『まあ、こちらの事をある程度信用してくれれば、じきに詳しい話を聞かせてくれるんじゃない? 彼らだって自分達の村に帰りたいのは間違いないだろうし』
「そうね。色々と決めるのはそれからでも遅くはないか」
モーナは少し疲れた顔で小さくため息をついた。
「それにしても、違う村の人達とはいえ、こんな風に同じ亜人同士で秘密を抱え合ったり、警戒し合わなきゃいけないなんて辛いわね」
『モーナ・・・』
モーナは苦笑するとかぶりを振った。
「いいえ、全ては村の安全のため。私は村長だったパパの代理として自分に出来る事を頑張らないと」
私は彼女の姿にハッと胸を突かれた思いがした。
亜人村には大勢の大人の男達がいる。
しかしモーナはそんな彼らに甘える事無く、自分がリーダーとして村を纏め、引っ張っている。
お前も歩兵中隊で似たような事をやってるだろうって? いやいや、私の場合はいざとなれば自分の魔法でどうとでも出来るからな。
力もなく、ただの少女でしかないモーナの苦労やプレッシャーはいかほどの物だろうか? 私には想像する事すら出来ない。
モーナは日本で言えばまだ中学生か高校生くらい。転生前の人間だった頃の私と変わらないくらいの年齢の女の子だ。
そんな事、日本にいた頃の私だったら、絶対に出来なかった。
それを可能にしているのは、おそらく彼女の強い意思。
父親の残した村を守りたい。恋人だったパイセンが命がけで救った村人達を守ってみせる。
今の彼女の姿からはそんな覚悟を感じ取る事が出来た。
(そう言えば、水母の手術を受けたいと言い出したのも、魔法銃を使うため――自分も戦う力が欲しいから、っていう理由だったっけ)
私はモーナに向き直った。
『モーナ、今回は色々と勝手に先走っちゃってゴメンね』
「どうしたのクロ子ちゃん? 急に改まっちゃって。その話はさっきしたばかりじゃない」
『それでもゴメン。もう迷惑はかけないようにする。次からは大事な事は先に村長代理の、いや、村の代表のモーナに相談してから決めるようにするわ』
モーナは急に殊勝な態度になった私に戸惑った様子だったが、「そうしてくれると助かるわ」と小さく笑みを浮かべたのであった。
次回「メス豚、心を入れ替える」




