その382 メス豚、メラサニ村に戻る
明けて翌日。
我々はメラサニ村へと帰って来た。
「あ、あれが本当にお前達の村なのか?!」
「す、すごい・・・」
神輿の上でギョッと目を見開く亜人の兄弟。
雰囲気イケメンの兄ロインと、弱気ショタ坊こと弟のハリスである。
「村と言うよりもまるで砦じゃないか! お前達は一体何と戦っているんだ?!」
何って、大モルト軍?
いや、ある意味では人間社会に広く定着している亜人に対しての差別意識。つまりは世界の常識という物と戦っているとも言えるかもしれないな。
「? そんな訳の分からない物と戦うために、あんな大きな堀や土塁を作ったのか?」
「あ~、クロ子のそのテの言葉はあまり真に受けなくていいぜ。コイツって時々妙な事を口走るからよ」
おい。妙な事を口走るとは失敬だな。ちょっと秘めたる中二心が溢れ出しただけだろうが。
ちなみにロインとハリスの二人は、カルネ達酒飲み隊員達が担いだ神輿の上に乗っている。
兄のロインは、最初は「自分の足で歩く」と言い張っていたが、我々の行軍速度に付いて来る事が出来ずに早々にダウン。
それ以降は弟と一緒に神輿で運ばれている。
二人共昨日はずっと悲鳴を上げ続けていたが、二日目ともなれば流石に慣れたらしい。
こうやって我々と会話をする余裕も生まれていた。
「いえ、全然慣れてないです。今も必死にしがみついてないと落っことされそうで怖いです」
「昨日も言ったが、お前ら一体どんな体力してるんだ? 俺が全力で走るよりも速い速度でずっと走り続けるなんてどうかしてるぞ」
どうやらまだ慣れていなかったらしい。
まあ、身体強化した我々の行軍速度は馬の駆け足――確か襲歩とか言うんだっけ? に匹敵するからな。
あ、馬って言っても競馬で走っているサラブレッドの話じゃないぞ。こっちの世界の軍馬の話な。
それでも二人にとっては全く未知の速度。峠の走り屋のサイドシートにでも乗っているような気分なのだろう。
というか、ロインとハリスがやたらと良いリアクションを見せるのも悪い。そのせいでカルネ達が調子に乗って張り切ってしまったのだ。
つまりは半分くらいは自分達のせい。自業自得というヤツだな。
まあ、そのおかげで、こうして予定よりも随分早く村に到着出来たのだが。
酒飲み隊員達は偉そうにドヤ顔でふんぞり返った。
「お前達はあの地獄のハイポートを知らないからな」
「そうそう。ハイポートに比べたら、マジでこんなのどうってことないから」
「ハイポートを乗り越えた俺達なら余裕だぜ」
いや、お前ら本当にハイポート大好きだな!
ハイポートとは自衛隊の新隊員が受ける訓練の一つで、小銃を身体の前で保持ながらひたすら駆け足をするものである。
彼らが話しているハイポートとは、この聞きかじりの知識を元に私がアレンジした、”なんちゃって”ハイポートとなる。
クロコパトラ歩兵中隊の隊員達は、余程あの時のハイポートが印象深かったらしく、こうやって時々話題に出しては、あの訓練の日々を懐かしむのである。
「あんなモン懐かしがるヤツがいるか!」
「・・・今でも思い出しただけで震えが来るぜ。何度、夜中にうなされて目が覚めた事か」
「分かるぜそれ。家族にも心配されるしさあ」
え~、そんなに言わなくてもいいじゃん。大体、私もあの時はいっぱいいっぱい。みんなを鍛えなきゃと一生懸命だった訳だし。
前世では運動部に入った事すら無い私が作った特訓メニューなんだから、多少加減を間違ってしまうのも仕方ないじゃん。それって不可抗力じゃん。
軽くへこんだ私を見たねたのだろうか。カルネが助け船を出してくれた。
「まあ、俺達の足が速いのは、ずっと道の上を走っているからというのもあるんだが。流石に山の中で狩りをする時にはこうはいかねえからな」
カルネ、あんたってヤツは・・・
『ひょっとして私に気がある訳? 申し訳ないけど、アンタって全然好みのタイプじゃないんだけど』
「・・・心配するな。俺もそんな気は全然ねえから」
「そう言えば、ここまでずっと道が続いていたな。それも不思議に思っていたんだ」
ロインは周囲を見回した。
「こんな山の中まで、しかも荷車でも通れそうな道を作っているなんて・・・お前達の村は余程裕福なんだろうな」
『あ~、この道ね。うん、そうかもね』
微妙な表情になる私達。
感心してる所を悪いけど、この道って私達が作ったんじゃないんだわ。
制作者は大モルト軍。メラサニ村を攻撃するために彼らが作った道を、戦後我々が便利に利用してるだけなのだ。
その時、物見の櫓の上で、見張りをしていた男が下に指示を送っているのが見えた。
どうやら我々の姿を発見したらしい。
『その辺の事情は後で詳しく説明するわね。それよりもメラサニ村にようこそ。ゆっくりしていって頂戴』
ギギギギ・・・
木の軋む音を立てて村の門が大きく開いたのであった。
我々は虎口と呼ばれる狭い広場を通ると村へと入った。
ロインとハリスの兄弟は、村を見回すと戸惑いの表情を浮かべた。
「村の中は思ったよりも普通なんだな。それはそうと、あの木を組んで作られた大きな物はなんなんだ? やたらとあちこちにあるようだが」
村に入ると先ず目に入るのは、粗末な作りの家々。それに大きな櫓と木を組んで作られた設備――巨大な投石機である。
というか、村の建物は全て一階建ての平屋なので、どうしても背の高いそれらの設備が目立って仕方がないのだ。
そういや、町の監督官こと七将の孫マルツォが来た時も、やたらと投石機の存在に食い付いていたっけ。
『アレ? アレは投石機と言って、戦いの時に物を飛ばす道具ね。あの長いアームの先に――』
「ワンワン! ワンワン!」
私の説明は勢い良く走って来たアホ毛犬によって遮られてしまった。
『ちょ、コマ! アンタ邪魔!』
「ワンワン! ワンワン!」
アホ毛犬コマは私の周りをグルグルと回りながら匂いを嗅ぎ回っている。
私が帰って来て嬉しい気持ちは分かるんだけどさ。
酒飲み隊員達の一人が腰紐に挟んだ小物入れに手を突っ込むと、干し肉の欠片を取り出した。
「コマ、お土産だ。ほら、おいで」
「ワン! ガフガフ」
コマはアッサリバッサリ私を振ると、千切れんばかりに愛想よく尻尾を振りながら隊員の方へと駆け寄った。
・・・あんたって犬は。
コマに続いて私の群れの野犬達も集まって来た。
黒い猟犬隊の犬達だ。
『『『ボス! ボス!』』』
『見回りご苦労様。私の留守中に何か変わった事はなかった?』
『無いよ! 変な事無いよ!』
『狩り! 狩りに行きたい! お肉食べたい!』
お前らは口を開けばそれだな。
ロインとハリスの兄弟は、黒い猟犬隊の犬達の額から生えた角を見て驚いている。
「ロイン兄さん、見て。全部角の生えた犬・・・」
「ああ。それにコイツらもクロ子って豚と同じように、言葉を喋っていやがる」
野犬達の言葉は片言で、私のように流暢には喋れないがな。
例外はこの場にいない、群れの副リーダーのマサさんぐらいか。
『本人確認』
『ただいま、水母』
「な、なんだその生き物は?!」
空中をフワフワと漂って来た小さなピンククラゲに、ロインがギョッと目を剥いた。
水母は一瞬、彼の方に注意を向けた様子だったが、特に興味を惹かれなかったのか完全無視。いつものように私の背中に着地――するかと思ったら、アホ毛犬コマの頭の上に着地した。
なんでコマが崖の村ではなくメラサニ村にいるのかと思ったら、どうやら水母に頼まれて彼を運んで来たようだ。
相変わらず君らは仲良しさんだな。
「お、おい、あれは何なんだ?! 空に浮かんでいたぞ!」
「昨日説明しただろ? あれがスイボだよ。クロ子の仲間で、ああ見えても結構強いんだぜ」
「あれがスイボ・・・」
カルネが苦笑しながらロインとハリスに説明している。
二人には昨日のうちに簡単に村の説明をしてある。ああ、勿論、話をしたのはメラサニ村についてだけ。崖の村と水母の施設については、隊員達にも絶対に黙っておくように念を押してあるけどな。
その時に水母の事も話したはずなのだが・・・どうやらあまりに奇想天外、摩訶不思議アドベンチャーな存在を目の当たりにした事で、聞かされていた説明が頭の中からスポーンと吹っ飛んでしまったようだ。
「クロ子、その二人は誰だ?!」
「俺達が知らない亜人?! まさか俺達の村以外の亜人なのか?!」
驚きの声に振り返ると、村の亜人達が目を丸くしてこちらを――ロインとハリスの兄弟を見ていた。
そうそう、先に村の人達に二人の事を説明しとかないと。
その時、女性の声が私を呼び止めた。
「――クロ子ちゃん」
『あっ、モーナ。そういやそろそろ目が覚める頃だったわね』
そこに立っていたのは少女の亜人。
死んだパイセンの恋人で、今は村の村長代理をしている(※というか、もう実質的に村長の)モーナ。
彼女の額にはクロコパトラ歩兵中隊と同じ形の小さな角が生えていた。
次回「メス豚と一日の終わり」




