その380 メス豚と檻の中の兄弟
「・・・マジかよ。本当にいやがった」
衛兵の詰め所。その奥に作られた薄汚れた牢屋に、その亜人の兄弟は閉じ込められていた。
クロコパトラ歩兵中隊の隊員達は、初めて見る自分達の村以外で生まれ育った亜人に、驚きに目を見張っている。
いや、それは檻の中の相手も同様だ。
二人は驚愕に目を見開き、息をするのも忘れたように我々を見上げていた。
最初に思ったのは、二人共思っていたよりも若い、という事だ。
兄の方は見た所二十歳前後か。細身だが痩せているという印象はない。おそらく良く鍛えられた体をしているのだろう。
日本なら搾り上げたアスリート体型。この世界なら腕利きの戦士といった所か。
良く見れば顔や手に、戦いの跡と思われる細かな傷が見える。
顔立ちはどちらかと言えば割と整っている方? 地味だが悪目立ちするパーツが無いというか、バランス型と言うか。
いわゆる雰囲気イケメンというヤツだな。清潔感があって女にモテそうなタイプだ。
弟の方は、気が弱そうな小動物タイプ。
そうそうショタ坊。ショタ坊を地味にして臆病にした感じと言って伝わるかな? 年齢も丁度似たくらいの感じ――日本で言えば中学生くらいだし。
「お前達も亜人なのか? だがどうして? ここの人間達の奴隷になっているのか? それに額の角――」
雰囲気イケメンの兄がカルネ達の顔を見比べながら呟いた。
「――そういう一族なのか? 角の生えた亜人なんて聞いた事がないが」
カルネ達は、少し苦笑しながら自分達の額の角を触った。
「この角については気にしないでくれ。それよりお前ら、隣の国から来たんだってな? なあ、そこにはお前らの仲間がいるのか? 何人くらいだ? 以前の俺達みたいに人間から隠れて――」
「! なぜ俺達が別の国から来た事を知っている?! それに仲間の事を聞いてどうする気だ! まさかお前達は人間の手先なのか?!」
カルネは好奇心でつい尋ねてしまったみたいだが、この場合は先走りすぎ。明らかに余計な質問だった。
雰囲気イケメンは突然、警戒心を露わにすると我々を睨み付けた。
「カルネ、お前・・・」
カルネは仲間達の呆れたような視線に、慌てて私に泣きついた。
「いや、違うって! 俺はそんなつもりじゃ――ああ、もう、クソッ! 頼むよクロ子。何とかしてくれ」
『カルネ、あんたね・・・まあいいわ。あ~、ちょっと話をいいかしら?』
「なんだ?! 女の声?! 誰だ?! どこにいる?!」
雰囲気イケメンと弱気ショタ坊は、私の声にビクッと反応すると、慌ててキョロキョロと辺りを見回した。
『どこってあんたの目の前にいるでしょ。オレだよオレオレ――って、オレオレ詐欺かっつーの』
「豚?! この豚が喋ってるのか?!」
人の事を豚豚と失礼なヤツだな。まあ実際、豚なんだけどさ。
距離があっては話もし辛い。私は鉄格子と鉄格子の間の隙間をくぐると檻の中へと入った。
『はいはい、ちょっくらお邪魔しますよ。・・・ムッ。ヨッ。ハッ。だ、ダメだ、動かん』
「いや、クロ子。お前何やってんだよ」
呆れるカルネ達。私は鉄格子に挟まった状態でジタバタと見苦しくもがいた。
いやね、頭が入ったから行けると思ったんだよ。まさか途中でお腹がつかえて動けなくなってしまうとは。なんという醜態。
『カルネ! ヘルプ! ヘルプミー!』
「だから前から運動しとけって言っただろ。お前最近太り過ぎなんだよ。ホラ、力を抜いて腹を引っ込めな」
『コラ、お尻を触るな! 痛たたたた! ちょ、無理やり押すな、痛いっつーの!』
私はカルネに押されて、ズポッと檻の中に転がり込んだ。
・・・ふう。やれやれ酷い目に遭ったわい。私は体を捻ると、ヒリヒリと痛むお腹の皮を舐めた。
「ほ、本当に豚が喋ってる・・・」
そんな私の耳に、弱気ショタ坊が小さくポツリと呟いた声が届いたのであった。
喋る豚というメルヘン(?)な存在にすっかり毒気を抜かれてしまったのか、亜人兄弟は意外な程素直に私の質問に答えてくれた。
こんな事なら最初から私が相手をしとけば良かったわい。
『なる程。元々この国に来るつもりはなかったのね』
二人はコクリと頷いた。
そう。彼らは人間の追手から逃げていただけ。たまたま隠れたのが船の中で、たまたまその船の行き先がこの国だっただけのようだ。
見ず知らずの港に降り立ち、兄弟はすっかり途方に暮れてしまった。
引き返そうにも、どの船が自分達の国に向かうのか分からない。
それどころか人間の船乗り達に見付かり、危なく捕まりそうになる始末。
二人は命からがらどうにか港町を逃げ出したが、ここで再びどこに向かえばいいか分からなくなってしまった。
もう港町には戻れない。仕方なく街道を歩いていた所を、巡回中だったこの町の大モルト軍が発見。
周囲は身の隠しようもない開けた街道。それにここまでの疲れと飢えで二人の体はピークに達していた。
こうして二人はあえなく確保。ここに連れて来られたという訳だ。
『ふぅん。それで最初にアンタ達を追ってた人間達って何者なの? ヒッテル王国の奴隷商人とか?』
「そ、それは・・・言えない」
雰囲気イケメンの兄は、途端に顔を歪めると私から目を反らした。
弱気ショタ坊はそんな兄を心配そうに見ている。
いや、言えないって何だよ、言えないって。
相手の正体が分からない、あるいは知らないヤツらだった、なら分かるけど、この反応はどう見ても相手が誰か知っててかばっているようにしか見えないんだけど。
自分達に害を加えようとしていた相手をかばうとか、一体どんな理由があるというのだろうか?
・・・まあいいか。
『とりあえずの事情は分かったわ。それでどうする? 二人共別に悪い人間じゃなさそうだし、そっちが希望するならメラサニ村に来る? ああ、メラサニ村ってのはあそこにいるカルネ達が住んでいる村ね』
正確には我々が住んでいるのは、メラサニ村ではなく崖の村なのだが、余所者の彼らをあそこに招待する訳にはいかない。
崖の村の場所は(※後、水母の施設も)我々の情報の中でもトップシークレット。最後の切り札なのだ。
絶対に裏切らないと考えられる相手にしか明かす事は出来ないのである。
ちなみにこの時点で、二人には我々の側の事情を――この国にメラサニ村の亜人も国民として認められている事を――ザックリ説明している。
二人は私の話に驚いたものの、意外と素直にこちらの言葉を信じてくれた。
いや、後で考えれば、この時の反応はおかしかった。
亜人は人目を逃れて山野に隠れ住む少数民族。
人間としては認められておらず、もしも見つかれば、捕らえられて家畜のように売り飛ばされるのが当たり前。
それが亜人に対する一般的な扱い。人間社会の常識である。
それにもかかわらず、二人は私の言葉を信じて疑問にも感じていない様子だった。
そりゃまあ、実際、カルネ達が町の副監督官の前でのびのび自由にしている訳だし、それを見れば私がウソをついている訳ではないのも分かるとは思うけど・・・。
それにしたって、疑う素振りすら見せないのはあまりにも不自然だ。特にあれだけ警戒心の強い雰囲気イケメンにしてはありえない話である。
そう。実は彼らには私の言葉を信じる根拠が。信じるだけの土壌があったのである。
それは二人が追手の名前を我々に言えない、その理由にも繋がっていくのだが・・・この時の私は彼らとの会話に注意が向き過ぎて、この小さな違和感に気付くだけの余裕が無かったのであった。
「い、いいのか? それなら頼む。俺はともかく、ハリスはゆっくり休ませてやりたい」
「ロイン兄さん・・・」
ああ、そうそう。雰囲気イケメンの兄の方がロインで、弱気ショタ坊こと弟の方がハリスな。
ていうか、お前らまでウンタやカルネ達と同じく三文字名なのかよ。
まさか他の村の亜人まで三文字ルールが適用されていようとは。もう亜人はみんなコレだと覚悟するしかないのかもしれん。
正直、みんな似たような名前ばかりで覚え辛くてたまらんのだがのう。
私は少々うんざりしながら、檻の外のカルネに振り返った。
『聞いたわよね? カルネ』
「勿論だ。ええと、マッシモさんだっけ? コイツらは俺達の方で引き取りたいが構わねえか?」
「二人が納得しているのなら構いませんよ。二人を出してあげなさい」
「はっ!」
大モルト軍の兵士かな? 我々の後について来ていた兵士が牢屋に駆け寄るとカギを回した。
ガチャ! ガチャガチャ! ガシャン!
こういう物なのか、やたらと大きな音を立ててカギが外れると、兵士は入り口を開いた。
コレはあれか? 任侠ドラマのワンシーン。刑務所の警備員から「もう二度とこんな所に来るんじゃないぞ」とか声を掛けられるあの感じ?
『お世話になりやした』
「いや、なに妙な雰囲気を出してんだよクロ子」
分かってないなカルネ。んなモン、様式美だよ様式美。
『じゃあ、取り敢えず我々がこの二人の身元引受人になるって事で。詳しい話はまた今度。二人から事情を聞いてからって事でヨロシク』
「――だとさ。構わねえか?」
「それで問題ありません」
カルネが私の言葉を副監督官のマッシモに伝えると、彼は小さく頷いた。
ホラ何やってんのよ、ロインとハリスも行くわよ。
二人はおっかなびっくり。私の後に続いて牢屋を出ると、戸惑いの表情でマッシモと彼の部下――人間達を見つめた。
「・・・本当に人間にはこの豚の言葉は分からないんだな。俺達にはこんなにハッキリと通じているのに」
「豚なのに・・・」
『おうお前ら、クロ子さんな。ク・ロ・子さん。あんま豚豚言ってると、ウチの子分達(※群れの野犬達)をけしかけんぞ』
確かに私は豚だが、面と向かって豚豚と呼ばれ続けるのは流石にイラッと来る。これでも一年程前までは花も恥じらう可憐なJKだったのだ。
体はメス豚に生まれ変わっても、心までメス豚になった訳じゃないからな。
『じゃあ二人も疲れてるだろうし、サッサと村に帰ろうか』
「お、おい、待てよクロ子!」
『ああん? 何よ、トトノ。何か文句でもある訳?』
「あるに決まってんだろ! クロ子お前、何しにこの町に来たか忘れたのかよ!」
何しにって? ・・・あ~、そういやお酒を買いに来てたんだっけ。
副監督官のマッシモが不思議そうな顔でこちらに振り返った。
「そう言えば今日は何の目的で町まで来たのかね?」
「いや、それが聞いてくれよ。このクロ子がさ――」
おいよせ止めろ。私の恥を広めるんじゃない。
次回「メス豚とお神輿」




