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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第十一章 冬休み編
380/518

その377 ~竜討公誕生~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 前日から降っていた雪は夜半過ぎには止んだものの、その日は朝から灰色の雲に覆われていた。

 ジェルマン配下の家臣達は、厚い防寒着に身を包み、雪かきを終えたばかりの城の広場に集まっていた。

 彼らの視線の先にいるのは、見た事もない巨大な生き物の姿。

 全長はおよそ10メートル。体高(※地面から背中までの高さ)はおよそ3メートル。

 口にはサメのような尖った牙が並び、太い前脚には獲物を引き裂くための鋭い爪が伸びている。

 馬と鳥、それに爬虫類の特徴を併せ持つ、奇妙な生物であった。

 天空の覇者、人食いの化け物。

 天空竜。

 その雄の個体。その剥製である。

 物言わぬ剥製は、まるで生きているかのような姿で、矮小な人間達を見下ろしている。

 そんな天空竜の隣に立っているのは、隻腕の少年。

 日本なら高校に通っているくらいの年齢だろうか? クセのある前髪に野性味のある整った顔。

 七将の孫。竜殺しの英雄。

 マルツォ・ステラーノであった。




 今日のマルツォの叙勲は、本来であれば城の中、謁見の間で行われる予定であった。

 それがこんな風に外で行われている理由は一つ。

 天空竜の体が大きすぎて、城に入らなかったのである。

 しかし、天空竜の剥製を検分した者達は、皆が皆声を揃えて、この圧倒的な存在感を誇る立派な剥製が式の場にないのは惜しい、と残念がった。

 新家の当主ジェルマンも、彼らと全く同意見であった。


「どうであろう。ならばいっその事ここで叙勲を行うというのは」

「なる程。それは良い考えではないか」


 どうせ身内だけの叙勲式である。それ程場所にこだわる必要もないだろう。

 こうして特に反対意見も出ないまま、この意見はアッサリと受け入れられたのであった。


 軍楽隊による演奏が鳴り響いた。

 参列した家臣達が居住まいを正す中、進行役の男の声が辺りに響いた。


「ジェルマン・アレサンドロ様、おな~り~!」


 ザザッ!


 全員が膝をつき、首を垂れる中、城の中からジェルマン・新家アレサンドロその人が姿を現した。

 ジェルマンはその場で軽く一同を見回した。

 その目がマルツォの所で止まる。

 ジェルマンは口元に優しい笑みを浮かべると、一段高く作られた上座へと進んだ。

 彼が上座に上がり、据えられたイスに座ると同時に、軍楽隊の演奏も止んだ。


「皆の者、楽にせよ」

「「「はっ!」」」


 ジェルマンの声に家臣達は立ち上がると、それぞれの場所に用意されていた床几に座った。

 ただ一人、マルツォだけはジェルマンの前で直立している。

 進行役の男が、マルツォの功績を読み上げた。


「マルツォ・ステラーノは昨年のヘリュケラの月、トラベローニ領メラサニ山にて、かの地に住む者達の身命を脅かす人食いの竜、天空竜のつがいと戦い、これを見事に討ち取り申した! この者の武勇は天下に轟き、ジェルマン・アレサンドロ家の威光を大いに示したものである!」

「「「おお~っ!」」」


 家臣達からどよめきと拍手が沸き起こった。

 百聞は一見に如かず。やはり、実物の天空竜の姿が説得力を増しているのだろう。

 参加者が口々にマルツォの武勇を誉めそやす中、参列者達の最も後方。若手の家臣達が集まっている場所で、一人の若武者が悔しそうに顔を歪めていた。


「クソッ。クソッ。俺だって機会さえあれば、あのくらい」

「ヴィットリオ様、お声が大きゅうございますぞ」


 彼の名前はヴィットリオ。マルツォのライバルを自称するキンサナ将軍の息子である。

 ヴィットリオはブツブツと文句を言っては、取り巻きの者達から小声で窘められていた。


 ジェルマンは参加者の声が収まるのを待ってからマルツォに声を掛けた。


「マルツォよ、前に」

「はっ!」


 マルツォは上座の前まで歩み出ると、そこで膝をついた。

 ジェルマンはマルツォの頭が下がった拍子に、最前列に座っている白髭の老将の顔が――孫の晴れ舞台を見守っているマルツォの祖父の百勝ステラーノの、孫バカ丸出しのホクホク顔が――目に入り、思わず苦笑してしまった。


「――コホン。マルツォよ、この度の働き見事であった。巨大な獣、しかも魔法を使う竜を相手に、僅かな手勢だけでよくぞ成し遂げた。お前の力は、一人で千人の兵に匹敵する物である」

「ははっ! ありがたきお言葉!」


 マルツォは頭を下げると、天空竜の剥製を手で示した。


「こちらはランツィの町の職人が技術の粋を集めて作った天空竜の剥製でございます。是非、お収め下さい」

「うむ。見事な出来映えだ。気に入ったぞ。いつでも見られるように飾る場所を作らせる事にしよう」


 ジェルマンが合図を送ると、進行役の男が畳まれた布を持って来た。

 その布には翼を広げた竜のデザインが染め抜かれている。

 ジェルマンは男から布を――指物(さしもの)と呼ばれる軍旗を――受け取ると、手ずからマルツォに渡した。


「マルツォ・ステラーノ! お前にこの指物(さしもの)と【竜討公】の称号を与える!」

「ははっ!」


 マルツォは軍旗を押し抱くと、深々と頭を下げたのであった。


 その後、マルツォには天空竜の討伐とその剥製を献上した功績で、称号の他に多額の賞金と、ランツィの町を含むトラベローニの地の長官の位までもが授与される事となった

 流石にこの大抜擢には、重臣達から「いくらなんでもそれは気前が良すぎるのでは?」との不満の声が上がったが、ジェルマンは彼らの声に耳を貸さなかった。

 そんな中で百勝ステラーノだけは、ジェルマンの狙いを見抜いていた。


(なる程。殿の次なる狙いはこの国の東のヒッテル王国という訳じゃな。アレを代官に任命したのは、そのための地固めをやらせるお心積もりか)


 ジェルマンの考えはともかく、こうしてマルツォの叙勲式は終わった。

 この日以降、マルツォは”竜討公”、ないしは、先程のジェルマンの「一人で千人の兵に匹敵する」との言葉から、”千兵”ステラーノと呼ばれる事になるのであった。




 マルツォが主人から栄誉を賜っていた丁度その頃、城の別の場所では、ショタ坊ことルベリオ少年が、ハマス家の当主を討ち取った件で大モルト軍から褒美を受け取っていた。


「えっ? 僕がマイネイラ将軍の部下になるんですか?」


 大モルト軍の使者から告げられた言葉はルベリオにとって予想外のものだった。

 それは大モルト軍から付けられたイサロ王子の副官――という建前の見張り役――であるマイネイラ将軍の下に、配置換えが決まったというものであった。

 ルベリオは慌てて使者の男に食い付いた。


「しかし、私はこの国の者で、アレサンドロ家の家臣ではありません。それにイサロ殿下はこの話をご存じなのでしょうか?」

「王子と将軍の間で既に話は付いていると聞いている」


 使者の話によると、ルベリオは将軍の下で少数ながら一軍を任される予定との事。

 確かに出世ではあるが、なぜ大モルト軍に?

 混乱するルベリオだったが、イサロ王子も、一応はこの話には納得しているそうだ。


(これはつまり、殿下によるヒッテル王国への遠征が現実味を帯びて来たという事なんだろうか?)


 ルベリオは、いずれイサロ王子による東の隣国ヒッテル王国への遠征が行われる事を知っている。

 というよりも、王子にこのアイデアを出したのはルベリオ本人であった。


(大モルト軍は殿下に戦力は貸し出すが、指揮権までは渡すつもりはない。僕の移動は殿下に自前の戦力を持たせないための介入で、殿下はそれを受け入れた、と考えればいいのだろうか)


 イサロ王子としては、遠征の際、ルベリオに一軍を率いらせるつもりでいた。しかし、大モルト軍としては、あくまでもお飾りに過ぎないイサロ王子が独自の戦力を持つのは望ましくない。

 指揮権が二つある軍隊がどうなるかは、彼ら自身が昨年、自分達とハマスとで思い知ったばかりである。


(そこで大モルト軍は、僕をマイネイラ将軍の指揮下に入れる事にした。大モルト軍の指揮下に入れる事で、僕の行動の自由を縛ろうと考えたのか)


 イサロ王子には、二つの選択肢が与えられた。最初からルベリオの参加を許さない場合と、将軍の指揮下とはいえ、ルベリオが兵を率いて参加する場合。

 イサロ王子は、参加させられないくらいならばと、彼が将軍の指揮下に入る事を受け入れたのではないだろうか?


(・・・全ては僕の想像でしかないんだけど)


 イサロ王子と将軍の間にどんな話があったかは分からないが、どの道、ルベリオに拒否権はない。

 というよりも、サンキーニ王国の人間は、支配者側である大モルト軍相手に逆らう事など出来ないのだ。


「謹んでお受け致します」


 ルベリオは使者に対して大人しく頭を下げ、辞令を受け入れたのであった。


 ルベリオは知る由もなかったが、この奇妙な人事は、彼の才能に目を付けたジェルマン・アレサンドロによる、ルベリオ取り込みのための最初の一歩であった。

 彼をマイネイラ将軍の下で働かせる事で、将軍にルベリオの能力を見定めさせるつもりだったのである。

 もしも、ルベリオが将軍の眼鏡にかなうようであれば、その時、ジェルマンは改めてルベリオを引き抜きにかかるだろう。

 ルベリオは、そしておそらくイサロ王子も、そんな事を想像すらしていなかった。

次の話で第十一章は終わりとなります。

次回「メス豚と薄汚れた牢屋」

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