その376 ~二人の少年~
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ここは王都の貴族街。
白髭の老将、”七将”百勝ステラーノは、屋敷に戻って早々、違和感を感じて怪訝な表情を浮かべた。
「なんじゃ? 屋敷の中が妙に浮ついておるようじゃが、何かあったのか?」
「そうですか? いえ、特に心当たりはございませんが」
彼を出迎えに出ていた使用人頭の男は、不思議そうに屋敷の奥を振り返った。
するとこちらの様子を窺っていた使用人が数名、慌てて物陰に姿を隠すのが見えた。
「おい! そこのお前達、そこで一体何をしている!」
使用人頭が怒鳴り付けると、相手はおずおずと姿を現した。
全員が女性の使用人。しかも若い女達であった。
「お前達、なぜそんな所でコソコソとこちらの様子を窺うようなマネをしていたのだ?」
「それは、その・・・」
彼女達は言い辛そうにしながらも、チラチラと屋敷の入り口の様子を窺っている。
ステラーノと使用人頭は、思わず彼女達の視線の先に振り返ったが、そこには変わった所は何もなかった。
「何じゃ? 入り口に何かあるのか?」
「あ、あの! ステラーノ様!」
その時、女性の一人が意を決したように一歩前に出た。
「マルツォ様は! マルツォ様はご一緒じゃないのでしょうか?!」
「マルツォ? なぜあやつが?」
ステラーノは何故ここで孫の名前が出て来るのか分からなかった。
「なぜって?! マルツォ様は今日、王都に戻って来ていたじゃないですか!」
「そうです、そうです! 町は凄い騒ぎになってました!」
「私も見ました! マルツォ様は馬に乗って騎士達を従えてました!」
「分かった、分かったからお前達少し落ち着け」
「こら、お前達、いい加減にしろ! ステラーノ様に失礼だぞ!」
急に堰を切ったように喋り出した女性達に、ステラーノと使用人頭はタジタジとなった。
どうやら彼女達は、町の騒ぎでマルツォが戻って来た事を知り、屋敷の入り口で彼が戻って来るのを待ち構えていたようだ。
「アレならここにはおらんぞ。部下達と一緒に王城に宿泊しておるじゃろう」
「えっ? なんで?」
ステラーノの言葉に女性使用人達の動きがピタリと止まった。
「だったら、屋敷にはいつ戻って来られるのでしょうか?」
「この屋敷にか? いや、ワシはそんな話は聞いておらんぞ。殿に天空竜の討伐の報告をしたら、直ぐにでも任地に戻るのではないのか?」
ステラーノは使用人頭の男に振り返ったが、彼も知らないといった顔でかぶりを振った。
「えっ? えっ? じゃああの子達――トリィとリッタはどうなんでしょう?」
「むっ? それはマルツォに仕えている侍女達の事か? それならあやつと一緒に王城にいるのではないか?」
「ええっ?! なんで屋敷に戻って来ないんですか?!」
「なぜここに戻らねばならん? あやつらの仕事はマルツォの世話をする事じゃぞ。屋敷にいてはそれも出来んだろうに」
ステラーノの言葉は女性使用人達に劇的な変化を与えた。
彼女達は一様に絶望の表情を浮かべると、まるで魂が抜け落ちたかように力なく項垂れたのだった。
「そ、そんなぁ・・・」
「マルツォ様ばかりか、あの子達まで戻って来ないなんて・・・」
彼女達はかつてマルツォ狙いだった使用人達であった。
裏切り者としてすっかり落ちぶれてしまったマルツォに見切りを付け、ステラーノ狙いに切り替えたまでは良かったが、ステラーノの周りには元から彼を狙っている者達がいる。
そんな中に今更のこのこと入り込める訳もなく、彼女達は居心地の悪い生活を送ることになってしまったのだった。
ところが先日、彼女達の耳に信じられない話が飛び込んで来た。
なんとマルツォが赴任先の町で大手柄を立て、近いうちに王都に凱旋するというのだ。
この報せに彼女達は色めき立った。
元々、マルツォが落ちぶれ、左遷されたから見切りを付けただけなのだ。彼が再び英雄に返り咲いたのなら、話が変わって来る。
こうなればマルツォ狙いに戻る事も、彼の赴任先に付いて行く事にも何ら不満はない。
むしろこのまま屋敷に残っていたとしても、ステラーノ狙いの使用人達に延々邪魔をされ続けて、自分達の番が回って来る事はないだろう。
幸い、今はマルツォの側にはトリィとリッタの二人しかいない。
そう。ライバルはたったの二人しかいないのだ。
彼女達はそう考え、マルツォが王都に戻って来る日を今か今かと待ち構えていた。
最善はマルツォ自らに連れて行って貰う事。それが出来なくても、トリィとリッタを説得して、仕事仲間として連れて行って貰う事。
しかし、マルツォが王都に凱旋した今日。ステラーノは彼を連れずに一人だけで帰って来た。
マルツォは一体何処に?
ステラーノの話によると、マルツォは部下と一緒に王城で宿泊しているという。勿論、トリィとリッタも一緒である。
彼女達はすっかり当てが外れてしまった事になる。
力無く項垂れる彼女達に、使用人頭が声を掛けた。
「お前達には後で話があります。だが今はそれぞれの仕事に戻るように」
「「「・・・はい」」」
女性使用人達はトボトボと足取りも重く、それぞれの仕事場へと向かったのであった。
さて。ステラーノの屋敷で一部の女性使用人達がショックを受けていたその頃。
当のマルツォ本人は王城の一室を尋ねていた。
「よお、チビ助。久しぶりだな」
笑顔のマルツォの先にいるのは、整った顔立ちの十代前半の少年。
「マルツォ様! どうしてここに?!」
予想外の来客に目を丸くして驚いているのは、ショタ坊ことルベリオ少年であった。
王城の来客用の控えの間。
ショタ坊ことルベリオ少年は、予想外の来客に驚いていた。
「マルツォ様! どうしてここに?!」
「たまたまお前が王城にいるって聞いたからな。こうして会いに来てやったんだよ」
マルツォはいかにも、イタズラ大成功! といった顔でニヤニヤと笑った。
ルベリオはマルツォのいつもと変わらぬ様子に笑顔を浮かべたが、直後に彼の失われた片腕に気付くとその表情を曇らせた。
「ふん。変な気を使ってんじゃねえよ。お爺を相手にしたんだ。命があっただけ儲けモンさ。それよりチビ助はなんでこんな所にいるんだ? まあ大方、王子に呼び出されたって所だろうが」
ルベリオは「ええまあ」と曖昧な笑みを浮かべると、マルツォにイスを勧めた。
「なんだよ、煮え切らねえ顔してんなあ。何かあったのか?」
「何かあった、という訳ではないのですが・・・」
ルベリオは先日、イサロ王子の妹、ミルティーナ王女が自分の屋敷に訪ねて来た事を説明した。
「殿下はその話を知って、急に僕をお呼び出しになりまして。なんでも僕の口から直接釈明を聞きたいとの事で」
「釈明? なんだそりゃ? そりゃまあ、一国の王女が男爵家の屋敷になんて出向いたなんて言ったら、そりゃあ風聞も悪いだろうが、そいつはあの王子の妹なんだろ? 他のヤツらが何か文句を言って来るならともかく、あの王子様がそんな事を気にするようなタマか?」
マルツォは一度しかイサロ王子と話した事は無いが、それでもおおよその人となりは理解出来たと考えている。
イサロ王子は王族とは思えない程、身分制度や権威という価値観に縛られていない。
むしろそこらの貴族の方がよっぽど教条主義に凝り固まっている程である。
その辺りの事は、平民のルベリオを重用している時点で十分に察せられるだろう。
これはイサロ王子の育ちに――生まれた時には体が弱く、権力闘争とは無縁の生活を送っていた事と――関係があるのだが、流石にマルツォはそんな内情までは知りようがなかった。
「そ、そんな事よりも、ランツィの町を襲った人食いの化け物竜を退治されたそうじゃないですか! おめでとうございます! 実は僕はあの町の近くの村に住んでいて、ランツィにも何度か行った事があるんですよ。あの町を救ってくれてありがとうございました」
「ん? ああ、いや、天空竜を退治したのは確かに俺だが、町を救ったのは俺じゃねえぞ。あれはメラサニ山の亜人達と魔獣がやった事だ。勿論、あの場にいれば当然、俺も戦っていたはずだが、残念ながらあの時、俺はまだ町に到着すらしていなかったからな」
「ええっ?! メラサニ山の魔獣が?!」
マルツォの説明に、ルベリオは目を白黒させながら興味深そうに聞き入った。
特に魔獣が角の生えた黒い子豚の姿をしているという説明を聞くと、何かを深く考え込んだ。
(そう言えばクロ子はどうしたんだろう。隣国ヒッテル王国との戦いが終わった後、姿を見なくなっちゃったけど)
クロ子とは・・・あえて説明の必要もないと思うが、ルベリオが住んでいた村の村長が飼っていた黒毛の雌の子豚の名前である。
不思議な雰囲気を持つ子豚で、まるでこちらの言葉を理解しているような(※実際にクロ子は翻訳の魔法で人間の言葉を理解していたのだが)所があった。
ルベリオがイサロ王子と知り合うきっかけとなったあの戦い。隣国ヒッテル王国のロヴァッティ伯爵軍との戦いの時、クロ子は勝手に村を抜け出すと、ルベリオの後に付いて来た。
その後はしばらくルベリオに付きまとっていたのだが、戦いが終わった辺りでいつの間にかどこかに姿を消してしまったのである。
「今でも無事に生きていればいいけど・・・」
「どうかしたのか?」
「あ、いえ、別に」
「そういや、こっちに戻って来たらハマス軍が撤退しているって話を聞いたんだが。何でもハマスの当主がおっ死んじまったとか。本当ならハマス軍が撤退したのも当然だろうな」
「その事でしたら――」
ルベリオは自分が任務で国境近くの町、サイラムに行っていた事。そこで知り合ったナタリア達と一緒にハマス家当主を討ち取った事等を説明した。
「なんだって?! スゲエ大手柄じゃねえか! じゃあ何でお前、こんな所にいるんだよ?!」
「いえ、その褒美を受け取るために呼び戻されてここにいるんですが」
「バカ! そういう意味じゃねえよ! ハマスの首を取ったのはお前なんだろ! だったら追討軍に――って、ああ、そういやお前はサンキーニ王国の人間だっけか」
マルツォは何度も何度も、「お前が俺なら、絶対に追討軍に加えられて、更に手柄を立てていたものを」「ホントに勿体ねえ」と、ルベリオがその立場にない事を惜しんでいた。
ルベリオは、まるで自分の事のように悔しがるマルツォの姿に、「この人は根っからの武将なんだな」と思わず感心していた。
「・・・なんだよチビ助。何か俺に言いたい事でもありそうな目をしてるじゃねえか」
「そ、そんな事ないですよ」
「本当か? 大体お前はまだガキのくせに誰に対しても他人行儀過ぎるんだよ。もっと年相応に可愛げのある所を見せやがれ」
「ちょ、止めて下さいよ!」
この二人の少年のじゃれ合い? 話し合い? は、イサロ王子の使用人がルベリオを呼びに来るまで続いたのであった。
次回「竜討公誕生」




