その375 ~待ちに待った荷物~
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王城に入ったマルツォは、その足で当主であるジェルマンに挨拶・・・出来る訳もなく、来客用の宿泊所へと通された。
サンキーニ王国の支配者となったジェルマンは、常にスケジュールが一杯に詰まっている。
先に天空竜の死体(※剥製)の見分が行われた上で、改めてマルツォへの褒美が言い渡される予定となっていた。
「こ、これが人食いの化け物竜・・・。何という大きさだ」
「正に文字通りの怪物ではないか! ううむ、マルツォ殿はロクな戦力を持っておられなかったはず。一体どのようにしてこの怪物を退治したのであろうか?」
城の庭に運び込まれた天空竜の剥製の周りには、早速、ジェルマン配下の名だたる将達が集まっていた。
たくましい四肢で大地にドッシリと踏ん張り、周囲を威圧するかのように高みから見下ろす天空竜の剥製は、彼ら小さき人間達に恐れと畏怖の念を抱かせる。
今にも動き出しそうなその姿は、ランツィの町の職人達の高い技量と努力のたまものであった。
ちなみにこの剥製の天空竜は、ランツィの町でクロ子とも戦った雄の方である。
これは雄の方が雌よりも体が大きく、色も雄の方が白く鮮やかであった事、角も大きく立派な事から、こちらが選ばれた――という理由もあるが、雌の方は体のキズが多すぎて復元するのが難しかった、という事情の方が大きい。
逆に雄の方は、クロ子との戦いのケガで最初から弱っていた事、マルツォの部下達も二度目の戦いという事もあって要領を掴んでいた事、等の理由もあって、討伐にかかった時間も短く済み、その結果、素材の痛みも少なかったのである。
とは言っても、流石にキズが無かった訳ではない。
中でも折れて無くなっていた片方の角は、良く似た形の鹿の角を加工してそれらしく見せているだけの物だったが、職人の努力の甲斐あって、言われなくては誰も違和感を抱かない程の出来映えとなっていた。
「ぐぬぬぬ・・・」
天空竜の姿に感心しながら、マルツォの武勇を誉めそやす武将達の後ろで、悔しそうに歯噛みする青年がいた。
自称・マルツォのライバル。キンサナ将軍の末の息子のヴィットリオであった。
「マルツォのヤツめ。よくもこの俺に恥をかかせおって」
あれはマルツォが悪いのか? 勝手にしゃしゃり出て、勝手に自爆しただけなのでは?
キンサナ将軍の息子は、そんなツッコミが聞こえて来そうなセリフを呟きながら、落馬した時の負った腰の痛みに顔を歪めるのであった。
所変わってここは王城の一室。応接間として使われている部屋で、ジェルマンの妻、アンナベラは、待ち人の到着を今か今かと首を長くして待ちわびていた。
やがて部屋の外から護衛の騎士の声が響いた。
「奥方様、ステラーノ殿とマルツォ殿が参りました」
(来たぁあああああああ――――っ!)
アンナベラは軽く背筋を伸ばし、威厳を整えると、「どうぞ」と告げた。
「失礼致します、奥方様」
ガシャガシャと小さく鎧を鳴らしながら入って来たのは、白髭の老将。
大モルトにその名を轟かせる、”七将”百勝ステラーノであった。
そしてステラーノに続いて部屋に入って来たのは、隻腕の若武者。
ステラーノの孫、竜殺しの英雄、マルツォであった。
アンナベラは立ち上がるとマルツォに向き直った。
「久しぶりですねマルツォ」
「――奥方様もお変わりなく。その節は大変ご迷惑をお掛け致しました」
マルツォは殊勝な面持ちで頭を下げた。
アンナベラはジェルマンに――新家アレサンドロ家に――嫁ぐ前、実家、”執権”アレサンドロ家にいた頃からこの若武者の事を良く知っていた。
ある意味、彼女にとっては弟のような存在だったとも言える。
だからこの若者が夫を裏切ったと聞かされた時、絶対に何かやむを得ない理由があったのだろうと確信していた。
そして彼の祖父であるステラーノから、父親からの頼みを断り切れなかったのだと知らされた時、「ああ、本当に情に厚いあの子らしい」と納得したのだった。
マルツォは叱られるのを待つ子供のように、黙って頭を下げている。
何も言い訳をしない所も非常にこの若者らしいと言えた。
アンナベラは、こんな事になってもマルツォの本質が何も変わっていない事に喜びを感じながら、彼に一歩近づいた。
「話は――」
グリン!
アンナベラがマルツォに言葉をかけようとした時だった。
彼女は視界の片隅に、使用人が一抱え程の箱を部屋に運び込んだのを見つけ、瞬時にそちらに振り返った。
使用人はアンナベラのただならぬ気配にギョッと体をこわばらせ、危うく箱を取り落としそうになったが、ステラーノが素早く横から拾い上げた事で、事なきを得た。
「あの、姫様?」
「コホン。な、何でもありません。いつまでも私を姫と呼ばないように。ここは執権の屋敷ではないのですよ。それと頭を上げなさいマルツォ。今のあなたは武勲を上げて功績を褒められるために来ているのですから」
アンナベラは小さく咳払いをすると慌てて取り繕い、マルツォに頭を上げるように命じた。
しかし、その目は落ち着きなくステラーノが抱えた木箱にチラチラと向いている。
ステラーノは怪訝な表情を浮かべると、粗末な木箱を見下ろした。
「おい、マルツォ。これはお前が赴任先から持って来た物じゃったな。一体中に何が――」
「あ――っ、コホンコホン! サンドラ以外の者は下がって良い」
「? はい」
アンナベラはお付きの侍女、サンドラ以外の者達に部屋の外へと出るように命じた。
ちなみに侍女サンドラもアンナベラと同じく、箱の中身を察しているようだ。その目は期待と興奮に輝いている。
「な、何なんですかな、一体」
ステラーノは女性二人からのキラキラとした視線を受けて(※正確には二人が見ているのは彼ではなく、木箱なのだが)、落ち着かなげに体を揺らした。
「マルツォ。それはアレで間違いないのですね?」
「あ~、アレというのがアレの事なのかは分かりませんが、コイツは亜人の村でクロコパトラ女王から頂いた物になります」
「むっ? 亜人の女王から貰った品じゃと?」
マルツォは祖父の問いかけに苦笑しながら木箱の蓋を開けた。
身を乗り出すアンナベラに、眉をひそめるステラーノ。
「これは?! ・・・って、ワシの目には枯れた草にしか見えんが?」
ステラーノの言葉通り、木箱の中にはビッシリと乾燥したワラ束のような物が詰められていた。
侍女のサンドラが「失礼します」と手を伸ばすと、ワラ束の中から小さな丸く平たい物を取り出した。
それは小さな皿を二枚、貝のように合わせて、鮮やかな組み紐で縛っている物だった。
どうやらワラはこの皿を守るための緩衝材の類だったようだ。
「まあ、可愛い」
「確かに。これはほどくのが勿体なくなりますね」
女性二人が思わず感嘆の声を漏らした。
紐の結び目は、複雑で美しい独特の模様を描いていた。
日本人であれば、誰もが一度は結婚式などのご祝儀袋等で、似たような形を見た事があるのではないだろうか?
これはいわゆる【あわじ結び】。水引と呼ばれる飾り紐で、水母のライブラリに残っていた情報が元になっている。
これもひとえに、限られた資源と技術の中で、少しでも見栄えを良くし、商品の価値を上げるために、クロ子が行った涙ぐましい努力の結果であった。
マルツォは箱に手を突っ込むと、「まだまだいっぱいありますので」と、別の小皿を取り出した。
「可愛らしいですが、開けないと中身を取り出せない訳ですし、仕方がありませんね。サンドラ」
「はい、かしこまりました」
サンドラは飾り紐をほどくとパカッと開いた。
その途端、香木の匂いが薄っすらと漂う。
アンナベラの目がキラリと輝いた。
「間違いないわ! これはびいびいクリーム!」
「びいびい? ああ、奥方様が使われている化粧品の事ですか。そう言えば元々は亜人の女王が献上した物でしたな」
ステラーノはようやく納得した顔で頷いた。
びいびいクリームはBBクリーム。「BB」は、ブレミッシュ・バルムの略で、「傷を修復する」という意味の下地化粧品である。
元々はクロ子の現代知識を元に水母がベースとなる物を製作、それを亜人の村の村長代理、モーナを筆頭とする若い亜人の女性達が試行錯誤の末に完成させたものである。
ちなみにクロ子本人は言いだしっぺのくせに実際の作業にはノータッチであった。
『いやいや、私は豚だぞ。大体、私が作りたかったのは人間相手の交易品であって、豚用の化粧品じゃないから』
とは本人の言葉である。
マルツォは箱の中からコスメの入った小皿を取り出すと、机の上に並べていった。
アンナベラは鼻息も荒く食い入るように小皿の列を見つめている。
「クロコパトラ女王から預かったこすめ? 化粧品は以上となります。これを持って来た女王の使いの言葉によると、春になればまた製作を開始するので、その頃になればこれと同じ量を用意出来るとの事でございます」
「これと同じ量を?! ふひっ! ・・・あ、いや、そうですか。ご苦労様でした」
アンナベラはあまりに感情が昂り過ぎたのか、一瞬、変な笑い声が出たが、慌てて取り繕った。
マルツォは気付かないふりをすると、領収書代わりの木札を侍女のサンドラに手渡した。
「――適正な価格だと思われます。どうやらあちらにはかなり商売に詳しい者がいるようですね」
「ああ、なる程。確かランツィの町にヤツらのお抱えの商人がいるとか言っていたか。多分、そいつの入れ知恵なんじゃねえかな」
マルツォは何か呟いたが、アンナベラとサンドラの意識が完全にBBクリームに向いているのを察したのだろう。今日の所は話を切り上げる事にして席を立った。
「それでは奥方様、そろそろお暇させて頂きます」
「むっ? おお、それでは奥方様、ワシもこれで」
「ご苦労様でした。旅の疲れもあるでしょう。今日はゆっくりお休みなさい」
マルツォとステラーノはこうして部屋を後にした。
二人が部屋を出てしばらく後、感極まった女性の歓喜の悲鳴が二人分、城の廊下にまで響いたという。
次回「二人の少年」




