その363 ~一国一城の主~
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ショタ坊ことルベリオは、イサロ王子との面会を終えると城を後にした。
彼らが城の外に出た途端、あちこちからガラの悪い若者達が現れ、周りを取り囲んだ。
薄汚れた格好をしたいかにもガラの悪そうな連中である。
人数は十人程。ほとんどが男だが、女も数名混じっている。
城の出入り口を守る衛兵達が咄嗟に警戒を強める中、彼らは一斉にルベリオ達に声を掛けた。
「お、おい、ハディック。大丈夫だったか?」
「そうよ。ちゃんと足は付いてる?」
「当ったり前だろうが、心配するなって。足も頭もちゃんと付いてるっての」
心配そうな若者達の声に、ルベリオの後ろを歩く顔にキズのある青年――ハディックが自分の足を叩いて答えた。
そう。この若者達はサイラムの町からハディックに付いて来た彼の仲間達。棄民の半グレ達だったのである。
「そこは心配するだろ。こんなに長い時間、城から出て来なかったんだぜ」
「そうそう。なにせ城だぜ城。この国の王様が住んでる場所なんだろ?」
「無礼打ちだっけ? 護衛の騎士に切り殺されちまったんじゃねえかって、みんなで話してたんだぜ」
ハディックは大きく胸を張ると「はんっ!」と鼻を鳴らした。
「良く見ろよ、こんなにデカイ城なんだぜ。よっぽど運が悪くなきゃ王様になんて会う訳ねえっての。お前らビビり過ぎなんだよ」
ルベリオは彼らの会話に、思わず「プフッ」と吹き出した。
ハディックは今でこそ仲間の手前、偉そうにしているものの、城の中では顔色を真っ青にして怯えていたのである。
その時、城の衛兵が彼らを怒鳴り付けた。
「お前達、いつまでそんな所で騒いでいる! サッサと城の前から消え失せろ!」
衛兵の横柄な態度に、ハディックはムッと眉間に皺を寄せた。
彼はルベリオの腕を掴むと衛兵の前に進み出た。
「なんだお前は」
「おい、あんた。あんた分かって言ってるのか? ここにいるのはラリエール男爵――」
「あ~っと! ハイハイ! 直ぐに立ち去りますから! じゃあみんな、僕に付いて来て下さい!」
ルベリオは慌ててハディックの言葉を遮ると、彼の手を引いて歩き出した。
「お、おい、どうしたんだよ急に」
「いいからいいから。みんな行きましょう」
ルベリオだけではなく、サイラムの町の守備隊長の娘ナタリアにまで言われては仕方がない。
ハディックと彼の仲間達は渋々、ルベリオの後に続いたのだった。
そのまま歩く事しばらく。ハディックは耐えかねたようにルベリオの手を振り払った。
「おいルベリオさんよ。さっきのは何なんだよ。あんた男爵家の当主なんだろ? なんで城の見張りごときにヘイコラしてるんだよ」
「別にヘイコラはしてなかったと思うけど。それよりもハディック」
ルベリオはその場で立ち止まると、ハディックに振り返った。
小柄なルベリオはハディックを見上げるような形だ。ルベリオは「少し様にならないな」と思いながら、彼に忠告した。
「僕の家臣になるのなら、今後はさっきのような事は――僕の名前を脅しに使うような事はしないで下さい」
「何だと?」
ハディックはジロリとルベリオを睨み付けた。
ルベリオは思わず腰が引けそうになったが、どうしてもこれだけは言っておかなければならなかった。
「さっきの衛兵は自分達の仕事をしただけです。城の前で十数人もの人間が騒いでいたら、注意するのが当たり前じゃないですか。あの場合、悪いのは騒いでいた僕達の方なんですよ」
「だがよ。あんたは貴族の、しかも男爵家の当主様なんだろ? 貴族が黒と言えば、下のモンは白も黒だと言わなきゃいけねえ。貴族ってのはそういう生きモンじゃねえのか?」
「それは・・・確かにそうかもしれません」
ルベリオもイサロ王子に拾い上げられるまでは、村に住む極普通の少年だった。
だからハディックの言っている事は――平民が貴族に対して持っているイメージは――良く理解出来た。
「でも正しくもありません」
「どっちなんだよ」
ハディックはムッと顔をしかめたが、「まあいいや」と肩をすくめた。
「考えてみれば、俺も他人の威を借りて威張り散らすヤツにはムカつくからな。わざわざ自分からそんなヤツらと同じ事をする必要もねえ。大体、俺はあんたの家臣になるって決めたんだ。なら、あんたの言葉に従うのが筋ってモンだろうよ」
ルベリオはハディックが予想外にあっさり引き下がった事に少しだけ驚いていた。
ハディックは後ろを振り返ると仲間達に怒鳴った。
「おう! テメエらもそれで文句はないな?!」
「ああ、ハディックがいいなら俺はそれで構わないぜ」
「ていうか、文句を言ってたのはハディックじゃん。私らは最初から何も言ってないよね」
「俺はメシさえ十分に食えるなら何でも構わねえよ」
仲間達の間に小さな笑いが広がった。
ルベリオは彼らの様子を見て、「あの時は思い付きと勢いで彼らを家臣にするという条件を出したけど、意外と悪くない選択だったかもしれないな」などと思っていた。
ルベリオは知らなかったが、ハディックがルベリオの部下になり、町を出て行くと仲間に打ち明けた時、彼と一緒に付いて来たがった者達はこの数倍はいたのである。
ハディックはそれらの中から、特に忠誠心が高く、素行の良い者だけを選んで同行を許した。
それはハディックの本気の現われだった。
(このまま一生を町の掃き溜めで終わるなんてまっぴらゴメンだ。今回の事は間違いなく、俺の人生にやって来た最大のチャンスだ。手なりのハディック最大の大勝負。絶対にこの機会をモノにしてのし上がってやるぜ)
手なりの意味は「手の成るように」。麻雀などで役をあまり考えず、引いて来た牌に従って手を作る事を言う。
出たとこ勝負でありながらも、大事な所ではしっかりチャンスを掴み、半グレ集団のリーダーにまでのし上がった彼に対して仲間達が付けたあだ名であった。
「それはそうと、俺達はどこに向かってるんだ?」
「あなたお城で話を聞いてなかったの?」
ハディックの疑問に、ルベリオと同年代の明るいオレンジ色の髪の少女、ナタリアが呆れたように答えた。
「ルベリオのお屋敷に向かっているのよ」
貴族街の一角。城からあまり離れていない場所にその屋敷はあった。
元はとある男爵家が使っていた屋敷だったのだが、大モルト軍が王都にやって来た際に王都から逃亡。そのまま空き家となっていた物である。
「ルベリオよ。元々お前が戻って来たらやるつもりだったのだ。受け取るがいい」
「ええっ?! けど殿下、お屋敷なんて貰っても本当にいいんでしょうか?!」
「いい。というか、お前をいつまでも母上の屋敷に住まわせておく訳にもいかんからな」
ルベリオがサイラムの町に行く事になった原因は、同じ屋敷に住むイサロ王子の妹のミルティーナ王女が、一日中彼にべったりと依存するようになっていたからである。
折角、今回こうして距離を開けたというのに、このまま元の屋敷に戻ってしまえば、また同じ事の繰り返しになってしまう。
イサロ王子はルベリオが王都を離れている間に、部下に命じて適当な屋敷を買い取らせておいたのである。
「お前にも部下が出来たようだし丁度良い機会だろう。コイツは俺からの褒美だ。受け取れ」
「それは・・・いえ、ありがとうございます」
ルベリオはイサロ王子に深々と頭を下げた。
こうしてこの屋敷はラリエール男爵家の屋敷となった。
ルベリオは自分の屋敷を手に入れ、一国一城の主となったのである。
ルベリオ達が屋敷の門をくぐると、イサロ王子が手配しておいた使用人達が並んで彼を出迎えた。
そんな彼らの列の前に立っていたのは、ルベリオが良く知っている人物だった。
「サルエル先生?! なんで先生がここに?!」
「ラリエール男爵、ご壮健で何よりです。ご立派になりましたね」
それはマサンティオ伯爵家の屋敷で彼の講師をしていたサルエルだった。
混乱しているルベリオに、サルエルは身なりの整ったいかつい顔の中年男性を紹介した。
「私の妻の兄。義理の兄のアルノルドです。よければ彼をこの屋敷で雇って頂けないでしょう?」
サルエルの兄アルノルドは、元々はこの国の五伯、サバティーニ伯爵の家臣ロレンソ将軍の屋敷で家令をしていた。
しかし将軍は先日の騒動によって討ち死に。(※第八章 陰謀の湖畔編 より)アルノルドは仕事を失ってしまった。
彼は、元々人付き合いが上手い方ではなかったし、数少ない知り合いはそのほとんどが前の職場の関係者――つまりはサバティーニ伯爵家の関係者であった。
征服者としては寛容なジェルマン・”新家”アレサンドロだったが、自分達に逆らったサバティーニ伯爵家に対しては容赦がなかった。
当主のグレシス・サバティーニは息子共々斬首。そのまま伯爵家は取り潰しとなった。
こんな大変な状況の中、さほど親しくもない他人の仕事を世話してくれる者などいるはずがない。
そんな兄の境遇を見かねた妹が夫のサルエルに頼み、サルエルはマサンティオ伯爵に相談。夫人の口からイサロ王子に伝わり、ルベリオの屋敷の家令に推薦されたという訳であった。
「義兄は少し無愛想で融通が利かない面はありますが、人柄は私が保証します。以前はロレンソ将軍の屋敷で家令をしていたので経験も十分です。どうでしょう? こちらで雇って頂けないでしょうか?」
「サルエル先生がそうおっしゃられるのなら、何の問題もありません。アルノルドさん、どうかよろしくお願いします」
ルベリオは笑顔でアルノルドに声を掛けた。
「いいえ。アルノルドです」
「? あ、はい。アルノルドさんですよね? よろしくお願いします」
「アルノルドさん、ではなくアルノルドです。ご当主が部下である家令に対して敬称を付ける必要はございません」
ルベリオは若干笑顔をこわばらせると、「わ、分かりましたアルノルド」と答えた。
アルノルドはその返事に満足したのか、背筋を伸ばして一歩後ろに下がった。
「・・・能力は私が保証します」
「・・・勿論、信じていますよサルエル先生」
ルベリオはぎこちなくサルエルと頷き合うと、ナタリア達を促し、自分の屋敷に足を踏み入れたのであった。
次回「新旧の溝」




