表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第十一章 冬休み編
363/518

その360 ~使用人達の争い~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはサンキーニ王国、王都アルタムーラ。

 王城の北に広がる貴族街。

 この区画は現在、大モルト軍ことジェルマン・”新家”アレサンドロの軍勢の支配下にあった。

 ジェルマンは王都に入って以来、この国の四賢侯の一人、宰相ペドロとの当初の取り決めに従い、市民の住む区画にはほとんど手を出していない。

 勿論それは宰相との約束というのも理由であるが、可能な限り無傷でこの国を手に入れたいという、本人の思惑によるものもあった。

 とはいうものの、ジェルマンの軍は三万を超える大軍である。物理的にも警備上の観点からも、部下全員を王城に住まわせる事は出来ない。

 そこでジェルマンは貴族街の屋敷を買い上げた。

 実はジェルマン自身は最初、接収という形で取り上げようとしたのだが、それは彼の妻、”執権”アレサンドロの孫娘、アンナベラによって止められた。


「なぜだ、()よ。聞けばほとんどの貴族は王都から逃げ出して、今や貴族街にある屋敷は空き家だらけだという話ではないか。ならば俺達が利用してやっても誰も困りはしないだろうに」

「我が殿の目的がこの国からの略奪であるならば、それでもよろしいでしょう。しかし、我が殿の考えは違うのですよね? であるならば、人々から恨まれるような行為はお控えになった方がよろしいかと存じます。それに――」

「むっ?」


 支配者は支配対象から舐められてはいけないが、かといって締め付け過ぎてもいけない。追い詰められた相手が、「このまま手をこまねいて死ぬのなら」と窮鼠と化す恐れがあるからである。

 要は飴と鞭の使い分けである。


「それに先の戦いで大勢の捕虜が出ております。茶会の席で夫人達から聞いた話ですが、ほとんどの家では買い戻しに合意したものの、中には高額な身代金がどうしても準備出来ず、金の工面に奔走している家もあるそうでございます」

「それは仕方がない――ああ、なる程」


 ジェルマンは納得した様子で頷いた。


「つまり俺がその家の屋敷を買い取る事で、その者達は現金を得て一息付けるという訳だな。ふむ。俺の方にも否やはない。というよりも、こんな旨い話はない。何せ俺が支払う金は、元々は彼らから得る身代金なのだからな。言ってみれば俺は彼らから得られる金の幾ばくかを相手に返して、屋敷を手に入れられる上に恩まで売れる訳だ。特にこの恩を売れるという部分が良い。今後の統治の際にも益となるだろう。よし、奥の考えを採用する事にする」

「私の話をお聞き入れ頂き、ありがとうございます」


 このアンナベラの策は上手くはまった。

 確かに領主はその土地一番の金持ちである。だがそれは屋敷の金庫に大量の現金を保有しているという訳ではない。

 彼らの資産は、土地や屋敷、領民全てを含めた物がほとんどなのだ。単純に現金の量だけで言うならば、おそらくは大手商会の方が勝っているだろう。

 そして現在、領主達は金の工面に苦労していた。

 当然だ。なにせ豪商から金を借りようにも、担保となるべき屋敷や土地が大モルト軍の――ジェルマンの――方針次第では吹き飛んでしまうかもしれないのである。

 信用の無い相手に金を貸す商人はいない。

 困窮していた領主にとって、ジェルマンからの提案は正に渡りに船だった。

 こうしてジェルマンは何の抵抗もなく、貴族街に多くの屋敷を手に入れる事に成功したのであった。




 ここはそんな大モルト軍によって買い取られた屋敷の一つ。

 この国の名門貴族、”目利き”の異名で知られるカサリーニ伯爵家の屋敷であった。

 ここは現在、大モルトでも勇名を鳴らす七将の一人、”百勝”ステラーノことロドリゴ・ステラーノに与えられていた。

 流石は目利きのカサリーニの屋敷らしく、贅沢ながらも隅々まで行き届いた品の良い作りとなっていた。

 そんな屋敷では、ステラーノ家の使用人達が働いていた。

 実は昔からステラーノ家の使用人には若く美しい女性が多い。

 これは主人である百勝ステラーノの趣味――ではなく、彼女達の多くは傘下の者達が用意したものである。

 英雄色を好むと言うが、百勝ステラーノことロドリゴは数多くの女性と浮名を流している。

 周りの者達はそれを知っていて――つまりは主人のお手付き(・・・・)を狙って――自分の娘や親類の娘、あるいは領地からロドリゴ好みの見目麗しい娘を捜し出しては、養女に迎え入れるなどして、彼の屋敷に送り込んでいたのである。


 そういった目的を持って送り込まれた女性達だが、彼女達にとってのターゲット、つまり優先順位の一番は、当然、当主である百勝ステラーノことロドリゴ本人である。

 しかし、そんな彼に負けず劣らずの人気を誇るのがロドリゴの孫のマルツォであった。

 むしろ近年では、初老を迎えたロドリゴより、次代の百勝ステラーノと目されるほどの活躍をしているマルツォの方が、彼女達の注目を集めていたかもしれない。

 ただし、今までに何人もの使用人達に手を出して来たロドリゴとは違い、マルツォからは全くその手の話を聞かなかった。

 これはマルツォが女性に興味が無いから――ではなく、彼の中では、ステラーノ家の屋敷の使用人は当主であるロドリゴの部下である、という感覚があったためである。

 それに下手にそんな女性に手を出して、家同士のしがらみに縛られるのも御免だった。

 今の彼にとっては、面倒な人付き合いより、戦場で手柄を立てている方がずっと刺激的で面白かったのである。

 こうして屋敷の使用人達は、手堅くロドリゴを狙う派と、将来を見込んでマルツォを狙う派に分かれ、日々、彼らからの寵愛を得るべく働いていたのであった。


 しかし、そんな状況も少し前に変わる。

 昨年の秋、マルツォは父親の頼みを聞き入れ、敵であるハマス兵を館に招き入れた。

 (※第八章 陰謀の湖畔編 より)

 幸い、大きな被害こそ出なかったものの、彼が主人であるジェルマンを裏切ったという事実に変わりはない。

 更にはその戦いの最中に、マルツォは祖父ロドリゴによって、利き腕を肩口からバッサリ切り落とされてしまった。

 ロドリゴの懸命な嘆願によって、辛うじて命だけは取り留めたものの、彼の武人としての人生は終わったも同然と見られていた。


 現在、マルツォは屋敷にいない。

 東の国境線の町、ランツィに監督官として就任しているのである。

 西のハマス軍との決戦を控えた今、誰の目にもこれが事実上の左遷、体の良い島流しである事は明らかだった。

 そう。ここにマルツォの出世の道は完全に断たれてしまったのである。

 彼を狙っていたステラーノ家の使用人達は大きく当てを外されてしまった事になる。

 彼女達は慌てて、次はロドリゴに鞍替えするべく動き出したのだが、時すでに遅し。

 ロドリゴの目に留まりやすい、いわゆる美味しい仕事は、とっくにロドリゴ狙いの同僚達によって押さえられていた。

 マルツォ狙いだった者達は、彼女達の同情と嘲りの目に晒されながら、日々、地味な雑務をこなしているのだった。


 屋敷の中庭。おさげ髪の若い使用人が洗濯物を干しながら大きなため息をついた。


「はあ・・・。どうしてこんな事になったちゃったんだろう」


 おさげ髪の女性は元マルツォ狙いの使用人。落ち目となった彼を見捨てて、慌ててロドリゴに乗り換えた使用人達の一人だった。

 とはいえ、もしも使用人の中で序列を付けるのなら、今の彼女は底辺近く。間違ってもロドリゴから寝室に呼ばれるような立場にはなかった。


「かと言って、マルツォ様に付いて行くのだけはあり得ないっていうか・・・。今後苦労するのが分かってて、マルツォ様に付いて行くのは、あの子達くらいっていうか。まあ、あの子達は少し前にマルツォ様に助けられた事に恩を感じていたからなんだろうけど」


 おさげ髪の使用人があの子達(・・・・)と呼んでいるのは、マルツォの侍女、トリィとリッタの二人。

 二人はジェルマン軍が王都の南、貴族達の避暑地であるパルモの町に駐屯していた時、質の悪い兵士に乱暴されそうになった所をマルツォによって助けられた事がある。(※第八章 陰謀の湖畔編 その263 メス豚、路地裏で より)

 いや、実際に二人を助けたのは月影ことクロ子なのだが、それはともかく。

 二人は助けに来てくれたマルツォに深い恩を感じていた。


「けど、それで自分の人生まで捧げちゃうってのは流石にやり過ぎでしょ。それって自分が損をするだけっていうか、バカを見るだけっていうか。仮に私があの子達の立場だったとしても、ちょっとそれはないかな~」


 トリィとリッタの気持ちも分からなくはないが、それだけだ。

 彼女にとって二人の選択は、例えて言うなら、沈みかけている船にいつまでも乗っているようなもの。先の見えていない愚かな行為にしか思えなかった。


「あ~あ。ロドリゴ様とか贅沢は言わないから、誰か他の有力な殿方の目に留まらないかしら」


 先程も説明したが、彼女達使用人の多くはロドリゴの寵愛を得るべく、実家から送り込まれていた。とはいえ本人達にも、あわよくばここで良いお相手を見つけたい、という気持ちはあった。

 そう。ここでの仕事は、彼女達にとって一種の婚活の面もあったのである。

 おさげ髪の使用人は一息ついて腰を伸ばすと、再び洗濯物の山に取り掛かった。

 仕事はいくらでも残っている。

 マルツォからロドリゴに鞍替えした彼女達は、今の派閥の最底辺。大変であまりみんながやりたがらない仕事が割り当てられる立場なのである。

 それは愚痴の一つも出ようというものだ。


 その時、赤毛を頭の後ろでシニヨンに纏めた使用人が走って来た。

 余程慌てているらしく、着衣も乱れ、息を切らせている。

 おさげ髪の使用人は、彼女を見てムッと不機嫌な表情を浮かべた。


「ちょっと! あんたまたそんな風に屋敷の中を走り回ったりして! メイド長に見付かったら私達まで連帯責任で叱られるんだからね! 気を付けて頂戴よ!」


 赤毛の使用人は彼女の同類――元マルツォ狙い派の一人だった。

 しかし、赤毛の使用人は彼女を見つけると、慌ててこちらに駆け寄った。


「それどころじゃないわ! マルツォ様が帰って来るのよ!」

「マルツォ様が?! ・・・って、それがどうしたのよ。もう私達には関係ない事でしょ」


 おさげ髪の使用人は、一瞬だけパッと笑みを浮かべたが、すぐにつまらなさそうに顔を伏せた。

 マルツォが何のために戻って来るのかは知らないが、彼が次代の百勝ステラーノと言われていたのは過去の話。

 今の彼は利き腕を失い、出世の道も失った、先の無い落ちぶれた人間でしかなかった。

 赤毛の使用人は、「違う違う!」と大きくかぶりを振った。

 その激しい動きが体を伝わり、彼女の豊かな胸元を大きく揺らした。

 おさげの使用人は自分のスレンダーなボディーにチラリと目をやると、「チッ」と小さく舌打ちをした。


「ちがうのよ! なんでも向こうで化け物を退治したそうなのよ! もの凄く大きな人食いの化け物を、しかも二匹もやっつけたんですって! 今回マルツォ様が戻って来るのは、直々に新家のご当主様に報告するためだって話よ! お城の方では、『片腕になったばかりなのに、もうそんな武勇を立てるとは。流石は百勝ステラーノの孫だ』ってみんな噂してるんですって!」

「ええっ?!」


 おさげの使用人は、今度こそ目を丸くして驚いた。

 そして洗濯物の山に目を落とすと、「しまった。マルツォ様がこんなに早く手柄を立てると知っていれば、自分も赴任先の町まで付いて行ったのに」と、密かに後悔の臍を噛むのだった。

次回「王城のイサロ王子」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 連続更新ありがとうございます! 辺境の街に出現したドラゴン二頭を討伐し そのの素材と肉を手土産に戻ってきたマルツォを 「武人としてはもう終わった人間」なんていう人間は居ませんものね。 トリ…
[良い点] おお、ついに楽しみにしてた周囲の反応ターン! 次話楽しみにしてます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ