その359 メス豚、暇を持て余す
この章はクロ子達が天空竜との戦いに勝利した後、前章の最終話までの間。
年が明けてから春になるまでの、冬の間のお話となります。
◇◇◇◇◇◇◇◇
あの天空竜との死闘からおおよそ一ヶ月。
私は水母の施設の奥で、ずっと食っちゃ寝、食っちゃ寝のマッタリ生活を送っていた。
『う~ん、退屈ブヒー』
いきなり見苦しい姿でお目汚し失礼。
とはいえ仕方がないんだよ。今の私ってケガ人ならぬケガ豚だから。
ランツィの町で繰り広げられた、DQN竜こと天空竜(雄)とのタイマンバトル。
激しい戦いの最後に、天空竜が放った落雷の魔法。私はその際に負った火傷の傷がまだ治り切っていなかったのだ。
それにメス豚に転生してからこっち、私は今までずっと命懸けの激しい戦いを繰り広げて来た。
ぶっちゃけ、いい加減に休みが欲しかったって言うか、たまにはこうしてのんびりダラダラしないと、体の疲労だけではなく心も病んでしまうというか。
要はアレだ。プロスポーツ選手のシーズンオフみたいなものだよ。
そもそも今は真冬の最中。山に生きる野生動物はみんな冬眠している時期である。
だからこうしてゴロゴロしてるのも、いわば冬眠の代わり。別に問題はないのだ。むしろ冬になって冬眠する方が私ら動物としては正しい姿とも言える。
納得して貰えたかな?
とはいえ、ゲームも無ければネットも漫画も無いこの世界。ただこうしてゴロゴロしていても退屈で退屈で仕方がない。
あ~あ、娯楽に溢れた現代日本が恋しいのう。
『ねえ水母、しりとりでもしようか。そんじゃ、クロ子の「こ」からね。コミックマーケット』
ピンククラゲは私を無視。細い触手を動かして、空中に浮かんだパネルを操作している。
『水母、コミックマーケットの「と」よ「と」。「ど」でもいいわよ。・・・う~んと、それじゃ、ドルオタで。ドルオタの「た」。あ~、ドルオタと言えば、クラスの長谷部さんは今頃どうしてるんだろうなあ。あの子って、お母さんが気合の入ったドルオタでさあ、家に遊びに行ったらアイドルグッズが沢山あるのよ。それでさ――』
私は思い付くままダラダラと無駄話を続けた。そんな私を水母は完全無視。
てか、ここまで来ると私も意地になって来たんだけど。
こうなりゃ、とことんやってやろうじゃない。水母が構ってくれるまで絡み続けてやるもんね。
『ねえねえ~、水母さぁ~ん。何か面白い話してぇん。学校の図書館みたいにさぁ、コンピューターのデータの中に、小説とか漫画とかそういうのない訳? ねえねえ、スーパーコンピューターの水母さぁ~ん』
おおぅ。我ながら、自分がされたらブチ切れ案件のウザさである。
こんな事をしたら水母が気を悪くするんじゃないかって?
いやいや、水母の施設の正式名称は魔核性失調症医療中核拠点施設。
水母はそこの対人インターフェイスなのだ。
そう。つまり水母の仕事は人の相手をする事。私のウザ絡みを相手するのも立派な水母の仕事なのである。
どうよ、この完璧な理論。私はブヒヒと勝ち誇った笑みを浮かべた。
流石の水母もこのクソウザ攻撃は効いたのか、仕方なく作業の手を止めた。
てか、前から思ってたけど、水母は表情どころか顔すらないピンククラゲボディーのくせに、意外と感情を表現するのが上手いのな。
『作業妨害。退出を求む』
おおう。想像以上の塩対応。だが、今の私は退屈の極み。その程度で怯んだりはしないのだよ。
『え~っ。外は寒いじゃん。私、火傷のせいでまだちゃんと毛が生え揃ってないんだけど』
『誤った情報。観測している範囲で、体毛に問題は認められない』
水母の触手が「異議あり!」といった感じで、ズビシと突き付けられた。
うぐっ。
水母のピンククラゲボディーは各種観測機器の集合体。
彼はひと目で私の健康状態からお肌の張り具合、お腹の空き具合までチェックする事が可能なのである。
『ええと、アレよアレ。こう見えて私は冬眠中なのよ。水母はコンピューターだから分からないかもしれないけど、生き物ってそういう本能的なアレには逆らえないものなのよ』
『それも妄言。豚は冬眠しない』
『えっ、そうなの? あ、いや、それは豚が家畜だからじゃない? 私は違うから。私は野生の豚、野生動物だから。他の動物と同様に冬眠するのよ。そう、私は誰にも飼われていない、誇り高き独立者なのよ』
今のお前のその姿に、誇りとか独立心とかがあるのかって?
うっさいわ。そんな正論聞きたくないし。
水母は大きく広げた触手を途中で折り曲げると、「やれやれ」といった感じでかぶりを振った。相変わらず芸の細かいピンククラゲだこと。
『家畜の豚の原種である野生の猪においても、冬眠の事実は観測されていない』
『えっ? マジで?』
私は驚きに目を見張った。
ちなみに水母の言葉はマジでした。
野生の猪はむしろ冬に繁殖期を迎えて、そのまま妊娠。春になったら子供を産むんだそうだ。
へ~そうなんだ。知らなんだ。
思わず感心する私に、水母はクイッと出口を指差した。
『退場』
家主にそう言われては仕方がない。
私は渋々重い腰を上げると、暖かな寝床を後にしたのだった。
しゃーなし。こうなりゃ、この所ずっと部下の野犬達に任せっぱなしにしていた縄張りの見周りにでも行くとしますか。
私は気持ちを切り替えると、水母の施設の外に出た。
途端に私の目に飛び込んで来たのは、雪に覆われた一面の銀世界だった。
『寒っ! てか、外、寒っ!』
吐いた息がたちまち白い湯気になり、冬の乾いた風に飛ばされていく。
この寒さの中では出歩く人もいないのか、村の通りは人影もなく静まり返っている。
『う~寒寒。天気がいいのがせめてもの救いか。いや待て、晴れてる方がむしろ冷え込みが厳しいんだっけ? 確か放射冷却とかなんとか』
こうしていつまでも震えていても仕方がない。どうせ見回りに行くなら、ちゃっちゃと行ってちゃっちゃと終わらそうか。
私は『風の鎧』。自分自身に身体強化の魔法をかけた。
最初は、暖かい寝床を追い出されて、ちょっとだけ水母を恨みがましく思っていたが、一度走り始めてしまうと、意外な事に割と悪くはなかった。
これはアレだ。風の鎧の魔法のおかげだと思う。
どうやら体の周りにまとわりついた風が、いい感じに冷たい冷気を遮ってくれているようだ。
それにずっとダラダラしてた事で、さっきはちょっとだけ(ホントにちょっとだけだぞ)体が重く感じていたのに、身体強化の効果で今はそれすら感じない。
いいじゃん、いいじゃん。
『ほうほう、まさか風の鎧の魔法に予想外の効果があったとはね。何とも至れり尽くせりじゃないの』
私はちょっと得した気分になりながら、冬の雪山を駆け抜けたのだった。
さて、そんなこんなでどれくらい走っただろうか?
私は良く知っている匂いに気が付いて足を止めた。
『むっ? この匂いはカルネか?』
それは脳筋こと、クロコパトラ歩兵中隊の第一分隊隊長、キズだらけの大男カルネの匂いだった。
後、名前は思い出せないけど、多分亜人の男達の匂いが四~五人分。
『ふむ。この辺に狩りにでも来ているのかね』
冬とはいえ、山には鳥もいれば鹿やウサギなんかの動物もいる。
おそらく彼らはそういった獲物を狙って、この辺りをうろついているのだろう。
『そういや、亜人の狩りって今まで見た事が無かったかも』
パイセンに案内されて亜人の村に厄介になってからもう半年。
私は彼らが狩って来た獲物は何度も見た事があったが、どんな風に狩りをしているのかは全く知らなかった。
『ふぅむ。これもいい機会だし、一度見学しておくのもいいかもね』
野次馬根性だって? いやいや、案外、参考になる物もあるかもしれないし。
何も獲物が狩れなくても、その時はその時。カルネ辺りをからかういいネタになる訳だし。
そうと決まれば善は急げ。私は雪の中に鼻面を突っ込むと、彼らの匂いを探した。
『ブヒブヒ、ブヒブヒ・・・こっちに移動しているみたいね』
より正確な場所を探りたいなら、レーダーの魔法こと魔視の魔法を使った方が確実なのだが、魔法を使える者は相手の魔法の発動を感知する事が出来る。
別に彼らにバレても何も構わないのだが、出来れば狩りの邪魔をしないようにコッソリ見学したい所だ。
私は方角に当たりを付けると、三角蹴りの要領で木の上まで駆け上がった。
『ええと・・・おっ。いたいた。意外と近くにいたのね』
そこにいたのは先程の私の予想通り、カルネと亜人の男衆だった。
何だろう。彼らはソワソワと浮ついた様子で辺りを見回している。
狩りの獲物を探しているにしては少し様子がおかしくないか?
私が不思議に思いながら観察していると、彼らはいそいそと、洞窟? 洞穴? 山の斜面にポッカリと空いた穴に入って行ったのだった。
次回「使用人達の争い」




