その351 メス豚と手負いの竜
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天空竜(雌)との戦いから一夜明けた翌日。
メラサニ山の空を白い巨大な翼が舞っていた。
先日、ランツィの町でクロ子と死闘を繰り広げた天空竜(雄)である。
「グルグルグル・・・」
天空竜は低い唸り声を上げた。
痛みに呻いているのだ。
クロ子との戦いで彼は大きなケガを負った。
特に下半身のケガは酷く、本来であれば、とてもこのように空を飛び回れるような状態ではない。
そんな体で彼が獲物を探しに巣から出た理由。
それは彼のつがいの天空竜(雌)が、昨日、獲物を探しに出て以来、帰って来なかったためである。
「ギエエエエエエエエッ!」
天空竜は大声で雌を呼んだ。
彼の声はメラサニ山にこだましたが、彼女からの返事はなかった。
彼女は一体何処に?
痛みに纏まらない思考で天空竜はイライラと周囲を見回した。
獲物も雌も見付からないまま、どのくらいそうして飛んでいただろうか?
彼はふと、遥か彼方に白い煙が上がっている事に気が付いた。
旧亜人村ことメラサニ村の建物から上っている煙である。
それは建物の中の人間が暖を取るため――も勿論あるが、主な目的はどこを飛んでいる分からない天空竜をおびき寄せるためである。
痛みに半ば思考を奪われた天空竜は、まんまとその思惑にはまってしまった。
彼はまるで夜、明かりに引き寄せられる虫のように、フラフラとメラサニ村へと向かったのであった。
メラサニ村の上空に到着した天空竜は、村の外に獲物が――囮役のクロコパトラ歩兵中隊の隊員達が――ウロウロしているのに気が付いた。
ようやく見つけた獲物に、彼が喜びの声を上げようとしたその時だった。
彼は探していたもう一つの物を発見した。
いや、正確に言えば、それは探していた物の成れの果てだった。
広場の端に転がされた大きな塊。
首と手足は切り落とされ、体からは革が剥がされた巨大な肉塊。
しかし、彼が見間違うはずはない。
そう。それは天空竜(雌)の死体。その変わり果てた姿であった。
「ギャアアアアアアア!!」
天空竜は怒りの咆哮を上げた。
いや、それは嘆きの絶叫だったのかもしれない。
この瞬間、天空竜は体の痛みを忘れ、村の外の広場へと降り立ったのだった。
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「ギャアアアアアアア!!」
魂消る咆哮と共に、天空竜(雄)がこちらに向かって急降下して来た。
囮役のクロカンの隊員達が慌てて逃げ出す。
天空竜は誰もいない広場の真ん中に着陸。
ズシーン! ズドドドドド・・・
そして勢い余って転倒すると、大きな土煙を上げながらゴロンゴロンと転がったのだった。
うわ、痛そう。
私は無事に逃げ帰った隊員達にねぎらいの言葉をかけた。
『ご苦労さま。囮の演技もいい感じに堂に入ってたわよ』
隊員達は苦笑しながら、仲間から装備を受け取った。
「演技って、特に何もせずにダラダラしてただけだけどな」
「まあ、今日も上手く誘えて良かったよ」
我々の会話は大モルト部隊の雄叫びで遮られた。
「総員、かかれ!」
「「「「うおおおおーっ!」」」」
天空竜は着地した時にどこかを悪くしたのか、腰砕けのような格好で、立ち上がる事も出来ずにジタバタともがいている。
これは初手からビッグチャンスの到来か?
鼻息を荒くする私の背中で、ピンククラゲがフルリと震えた。
『負傷、否定。元々の怪我』
『元々のケガ? あ、確かに』
なる程。確かに良く見てみれば、天空竜の後ろ脚は妙な方向に折れ曲がり、動かなくなっているようだ。
いくらなんでも、着地に失敗しただけであそこまで酷いケガになるとは思えない。
クロカンの隊員達によると、天空竜は私との戦いの後、後ろ脚に大きなケガをしていたという。
まさか立ちあがる事すら出来ない程の重傷だったとは。
どうやら天空竜が負ったダメージは、私が予想していたよりも遥かに大きかったようだ。
『これは思っていたよりも早くケリが付くかもね』
昨日の戦いで出た大モルト部隊の死傷者の数は、全体の約半数。
そのうち、更に半分が戦死か重傷で、直ぐには戦いに復帰出来ない者達だった。
つまり、現在の戦力は約百五十。大モルト部隊は約二十五パーセントもの戦力を失ってしまった事になる。
私は指揮官のマルツォに、これ以上の戦いを諦め、もう一度兵士を集めて仕切り直すよう提案した。
しかし、彼は作戦延期の意見をバッサリと切り捨てた。
「ああん? 天空竜は後一匹なんだろ。ならこのまま続行だ。俺達を気遣っているなら、そんなモンは無用だ。こんだけ残ってりゃ問題ねえよ」
どうやらマルツォは今日の戦いで何らかの手ごたえを掴んだようだ。
なおも心配する私に、彼はキッパリと言い放った。
「戦ってのは、単に頭数を揃えりゃいいってモンじゃねえ。今日、生き残った兵士達はこの戦いを乗り切った事で一皮剥けた。そんな中に町に残して来た兵士を混ぜても、熱した油に水を注ぐようなモンだ。返ってロクな事にはならねえよ」
話を聞いている感じでは、プライドが邪魔して私の提案を受け入れられない、といった雰囲気ではなさそうだ。
かと言って、今日の勝利にのぼせ上がって足元が見えなくなっている、というようにも見えない。
本当に「行ける」と思っているらしい。
ならばこれ以上、反対する理由はない。
そもそも最初は、大モルト兵が百人もいれば大丈夫かな、と考えていたのだ。
百五十人いる時点で戦力としては十分なのである。
こうして天空竜との戦いは継続される事が決定した。
その日、我々は、今日の勝利の祝いと次の戦いへの英気を養うため、仕留めた天空竜を解体し、その肉で焼肉パーティーを行ったのだった。
天空竜の肉は結構イケたよ。
ちゃっかり参加した黒い猟犬隊の犬達や、アホ毛犬コマも喜んで食べてたし。
隊員達には不評だったようだが。
「いや、肉が硬いってだけで、誰も文句を言ってる訳じゃないぞ」
「そうそう。腐りやすい夏場ならともかく、普通、冬なら四~五日は置いてから食ってるってだけだ」
ああ、そう言えば動物の肉って、殺して直ぐには食べないんだっけ。
確か筋肉に含まれるアデノシン三リン酸が枯渇する事で死後硬直が始まるとか。
死後硬直中は当然、筋肉が硬くなるため、肉も硬くて食べ辛い。
そのため、死後硬直が解けるまで何日かおいておくそうだ。
その際に酵素の働きで肉のタンパク質が分解されて、旨味成分のアミノ酸が増すという。
いわゆる”熟成”というヤツだ。
『そういやそうね。あ。だったら、どうせこんなに沢山あるんだし、残った肉を熟成させる分に回したらいいんじゃない?』
「何の話をしてるんだ?」
串焼きを片手にマルツォがこちらにやって来た。
おっと、そういや我々だけで話を進めてたけど、天空竜の死体はマルツォ達大モルト部隊のものでもあるんだった。
私は副官のウンタに通訳して貰って、彼に我々の取り分はどのくらいになるのかを尋ねた。
「なんだ、そんな事を気にしていたのか」
彼はカラカラと笑って手を振った。
「肉くらい好きなだけ持って行け。どうせコイツと同じ大きさのヤツをもう一匹殺すんだ。派手に食わなきゃ腐らせちまうだけだぜ」
おおっ、太っ腹なお言葉を頂きました。
流石は七将のお孫さん。いよっ、お兄さん、気風がいいねえ。
「ああ、だが首と爪、それと革は俺達の方で頂くぜ。なにせ俺の独断で兵を動かしちまったんだ。お館様に報告しないと俺の首が飛んじまう。それに天空竜なんて怪物、証拠がなきゃ、誰も信じてくれねえだろうからな」
なる程。ランツィの町の代官も、最初は我々の言葉を信じてくれなかったからな。
証拠があれば説得力が増すという訳か。
『分かった。だったらお肉は村人が食べる分だけ頂くわ。でも、結構大ぐらいが多いから、意外と多目になっちゃうかもしれないけど』
「――だそうだ。構わないか?」
「ああ、好きにしろ。大体、お前らは今年はハマスの軍とも戦ってるんだろ? 村には食料の備蓄が足りないんじゃないか? 変に遠慮してると冬が越せねえぜ」
イヤン、マルツォ。男前やん。
これはアレか? コイツのこういう所にメイドは惚れたんか?
『殺――――――ッ!』
天空竜(雄)の叫び声に私はハッと我に返った。
いかんいかん。戦いの最中に何をボーッとしてんだ私は。
天空竜を中心に膨大な魔力が渦を巻いた。
ヤツの最大最強の攻撃、落雷の魔法だ。
「こ、コレは――!」
「昨日の天空竜もスゴい魔力量だったが、コイツは比じゃないぞ!」
クロカンの隊員達の間にざわめきが広がった。
ぶっちゃけ、彼らが驚くのも無理はない。
なにせ魔法に関してはナチュラルボーンマスターを自負する私ですら、落雷の魔法は再現出来なかったのだ。
恐らく、生まれた時から当たり前のように大気操作の魔法を操る天空竜だからこそ、可能となる魔法なのだろう。
その最強の範囲攻撃魔法が。
今――
発動しなかった
「ギャッ?!」
天空竜が驚きの声を上げた。
言うまでもなく、我々の落雷バリア(魔法式)の効果によるものである。
「敵はうろたえているぞ! 今だ、攻めかかれーっ!」
「「「「うおおおおーっ!」」」」
最強の魔法は封じられ、負傷で下半身は動かない。
二日目の戦いは、我々にとって圧倒的に有利な状況で進んで行った。
次回「メス豚と最後の咆哮」




