その348 メス豚と苦しい時間
『殺――――――ッ!』
「また来るわよ! 注意して!」
私がクロコパトラ歩兵中隊の隊員達に向けて叫んだ直後、天空竜(雌)は三度目となる落雷の魔法を発動した。
魔力の渦が空に向かって突き抜ける。
が、やはり不発。
今回も落雷は起こらず、天空竜は怒りの声を上げた。
「ギャアアアアアアッ!」
「怯むな! やたらと吠える獣は弱っている証拠だ! 今が絶好の好機だ! 休まず攻めかかれ!」
「「「「うおおおおーっ!」」」」
恐ろしい叫び声に兵士達の腰が引けたとみるや、指揮官のマルツォからすかさず檄が飛ぶ。
実に絶妙なタイミングだ。
彼の言った言葉――やたらと吠える獣は弱っている――が、本当の事かどうかは分からない。
だが、兵士達がそうだと信じ、彼らの気力が奮い立てばそれでいいのだ。
要はアレだ。嘘も方便というヤツだな。
「クロ子、ちょっといいか?」
クロコパトラ歩兵中隊の副隊長、ウンタが私を呼んだ。
「バリア担当の隊員を休ませたい。俺が向かいたいんだが、ここを離れて大丈夫か?」
正直、予想外の事が起きた時に備えて、彼には近くにいて欲しい。
とはいえ、放電の魔法を使える隊員の数は多くない。その使える隊員にはウンタも含まれている。
バリア担当者の負担を減らすためにも、ローテーションは余裕を持って行った方がいいだろう。
『分かった。カルネ! ウンタが下がるから、アンタが代わりに私の近くにいて頂戴!』
「スマン、カルネ! 頼む!」
「おう、任せときな!」
第一分隊分隊長の大男、カルネが、大モルトのトンデモ兵器、馬突槍を放り出すとこちらに走って来た。
『なに? アンタ馬突槍が気になってたの?』
「んなコトねえよ。ちょっと見ていただけだっての」
カルネはなぜか気まずそうに顔をそむけた。
なんだそりゃ? さっきはあんなに興味深そうに見ていたじゃないか。
ああ、これはアレだ。ウトウトしてる時、誰かに「今寝てた?」と指摘されると、なぜか咄嗟に「いいや」と言ってしまうというアレ。
友達と話してて、「良く彼と話してるけど、付き合ってるの?」と聞かれると、「え~、アイツとはそういうのじゃないよ~」と答えてしまうあの感覚。
『甘酸っぱいわね』
「いや、お前何言ってんだ?」
ふむ。男子には分からんか。特にカルネはこの手の話題に縁がなさそうだし。
「だからさっきから何だよ。何でお前はそんな含みのある目で俺を見るんだ? 気持ち悪いから止めろっての」
気持ち悪いとは失敬だな。まあ、確かに今はカルネの寂しい青春時代に思いをはせている時ではない。
私はウンタの向かった先、二人の隊員達によって支えられた長い金属の棒を見つめた。
あれぞ今回の戦いの要。我々の秘密兵器。
落雷バリア(魔法式)である。
以前にも説明したと思うが、天空竜の体の大きさは生物が飛行出来る限界サイズを優に超えている。
天空竜は魔法で大気を操作する事で、その不可能を可能にしていると思われる。
つまりはアレだ。漫画やアニメで良くある、風の能力者が風を操って空を飛ぶ、みたいな。
落雷の魔法もその応用じゃないかと思う。
さっきから、思われる、思う、と、立て続けに曖昧な話をしてスマンが、私はこの世界の生物学者じゃないからな。
水母のライブラリにも、天空竜についての詳しい説明はなかったので、そこは勘弁して欲しい。
さて。自然界で雷が発生する仕組みには諸説あるが、一般的には雲の中にあるチリや水、氷の粒の摩擦で静電気が起こり、雲の中にプラスとマイナスの電荷が発生するためと言われている。
雲の中に電界が発生すると、目に見えない複数の小さな電流が雲から地上へと向かう。
しかし、この時点ではまだ雷は起こらない。以前にも説明したと思うが、大気というのは絶縁体――電気を流さないからである。
小さな電流は、少し進んでは止まり、少し進んでは止まりを段階的に繰り返す。これを段階型前駆放電と言う。
この段階型前駆放電が次第に進み、遂に電流が地表にまで達すると、今度は地面から上空にめがけて電流の柱が登る。これを帰還電撃と言う。
そう。この現象こそが落雷なのである。
実は雷は空から落ちて来るのではなく、地上から雲に向かって流れているのである。
ここまで長々と雷が発生する原理を説明して来た訳だが、何も私は意味もなくこんな話をした訳ではない。
実は天空竜の使う雷の魔法。その原理はおおよそ落雷のそれと同じなのである。
そう。天空竜は直接、雷を発生させていたのではなく、彼らが得意とする大気を操る魔法で、落雷が発生する条件を作り出し、その結果、落雷が発生していたのである。
それが何なの? と、思う人もいるかもしれない。結局、雷が発生しているんでしょ? と。
いやいや、違うんだなコレが。
天空竜は直接雷を――電気を生み出している訳ではない。その点が重要なのだ。
つまり、雷の発生する条件が整っていても、雷の発生にさえ発展させなければ、天空竜の攻撃が無効化出来る、という事になるのである。
お分かりかな?
そう。それこそが落雷バリア(魔法式)の原理なのである。
落雷バリアの下にわざわざ、魔法式、と入れたのには理由がある。
実は落雷バリア自体は現代地球にも存在しているのである。
その構造は単純で、絶縁体を挟む二枚の金属で構成されている。
絶縁から下側はアース線に接続されてプラス電極に、絶縁体の上側はマイナス電極になる。
つまりは、雷雲下部のマイナス電位と、落雷バリア上部のマイナス電極が互いに中和する事で、先程説明した落雷の原因となる段階型前駆放電が発生しない、という原理なのだ。
この落雷バリアだが、なんと水母の施設にも設置されていた。
まあ、魔核性失調症医療中核拠点施設コントロールセンターとかいう大仰な名前の付いた施設だからな。雷対策も万全だったのだろう。
で、施設の倉庫には予備の落雷バリアも残っていた。
ただ問題は、それが魔法科学文明によって作られた物であったという事。
つまりは魔力を流す事を前提に作られた物だったのである。
『けどそれって、別に魔力を流さなくても良いんじゃない? 原理で言えば、二枚の金属が絶縁されてて、片側がアースされていればいい訳だし』
『肯定。ただし、非推奨環境による使用は、スペックを満たせない可能性あり』
『あ~、なる程。使えるけど、その場合は効果のほどは保証出来ないと。まあそうなるわよね』
私は水母から落雷バリアを貰うと、ショタ坊村の鍛冶屋のオヤジに依頼して、隊員達が持ち運び出来るようにして貰う事にした。
『地表から二十メートルに設置を推奨』
『それは流石にムリ』
地表から二十メートルってマンションかよ。
確かお台場の実物大のガ〇ダムがそのくらいだっけ?(※ダイバーシティ東京プラザの実物大ユニコーンガンダム(19.7m))
ないない。流石にムリだわ。
結局、支柱の長さは八メートルで妥協する事にした。
使用時は支柱の先端を地面に突き刺して固定する。
そして落雷バリアに必要な魔力は隊員達に流して貰う事にした。
『大して魔力が必要な訳じゃないから、隊員達でも大丈夫でしょ』
『肯定』
放電と名付けたこの魔法だが、ここで問題が発生した。
意外と覚えられた隊員が少なかったのだ。
私は前世の記憶があるから、電気が流れる事で機械が動く、という仕組みを感覚的に理解出来る。落雷バリアは魔力で動くが、それだって電気を魔力に置き換えて考えればいいだけの事だ。
しかし、亜人達には機械の知識がない。だからどう捉えれば良いか分からなかったのだろう。
「済まないクロ子。俺達が不甲斐ないばかりに」
『いやまあ、二チームでローテーションを回しても、二人余る訳だし。大丈夫よ』
結局、まともに使えるようになったのは十人だけ。
我々は四本の落雷バリアを彼らだけで回さなければならなくなったのであった。
「天空竜め、粘りやがるぜ」
クロカンの大男、カルネがイライラと歯ぎしりした。
戦いが始まってからそろそろ二十分だろうか?
そう聞くとそれ程でもないと思うかもしれないが、何でもありのリアルな殺し合いというのは、案外、アッサリとケリが付く。
例えば幕末の有名な大事件、桜田門外の変。江戸城に登城途中の井伊直弼の行列に、水戸浪士が切りかかったこの事件は、時間にすると何と僅か十分前後の出来事だったんだそうだ。
ボクシングや総合格闘技なんかのスポーツが決着までに時間がかかるのは、ルールで攻撃手段を縛っているからなのである。
「大モルトのヤツらもそろそろ限界だろう。なあクロ子。俺達も一緒に戦った方がいいんじゃねえか?」
カルネの焦る気持ちも分かる。
こちらに運び込まれる大モルト兵の数も増えている。
今も戦っているのは最初の半分程の人数ではないだろうか?
天空竜の強さを読み間違えた。
それしか理由は考えられない。が、四百人も五百人も武装した兵士が隠れていたら、流石に天空竜にだって気付かれてしまう。
二百人は結構ギリギリ。何なら更に半分くらいまで減らしたいくらいだったのだ。
(魔法を使えない人間ってのは、こうも弱いものなのか)
先日、私はランツィの町で天空竜(雄)とタイマンバトルを繰り広げた。
その時の感覚で、兵士が(町の守備隊程度ではなく、ちゃんとした装備で鍛えられた兵士が)百人もいればどうにかなる。そう思ったのだが・・・どうやら私の買い被り過ぎだったようだ。
「おい、クロ子。いいのか? このままだとアイツら全滅しちまうぜ?」
カルネが大モルト兵を指差して私に尋ねた。
確かに大モルト部隊は崩壊寸前だ。だが、天空竜も弱っている。
苦しい時間だ。
今なら我々も参加して全員でかかれば、ひょっとして止めを刺せるかもしれない。
けど――
『――ダメ。上空にはハイエナ竜達がいるわ。私達がこの場を離れたら、ヤツらが襲って来る』
ここにいるのはケガ人だけじゃない。落雷バリアに魔力を供給している隊員達もいる。
彼らがハイエナ竜に襲われたら、落雷バリアの効果が低下――あるいは最悪、効果そのものがなくなってしまう。
そうなれば天空竜の落雷の魔法を防ぐことは出来ない。我々はみんな仲良く黒焦げだ。
だったら彼らも一緒に戦いに参加する? んなアホな。あんな邪魔な物を担いで行けば、あっという間に天空竜にやられるだけだろう。
『本当にヤバイ時は向こうの指揮官が言ってくるはずよ。それまでは向こうの事は向こうに任せましょう』
「チッ。なあクロ子。いっその事大モルトの兵もお前が指揮した方がいいんじゃねえか? だって向こうの指揮官は片腕のガキだぞ。大体、アイツの腕は敵に切り落とされたらしいじゃねえか。俺にはそんなヤツが頼りになるとは到底思えねえんだが」
カルネは大モルト部隊の指揮官、マルツォの実力を疑っているようだ。
しかしマルツォの腕は大モルトにその名を轟かせる七将、百勝ステラーノに切り落とされている。
私はその現場を見た訳じゃないが、二人の戦いが凄まじいものだったのは間違いない。
カルネ。もし、七将と戦ったのがマルツォじゃなくてアンタだったら、多分、片腕を失うどころじゃ済まなかったと思うわよ?
次回「メス豚と二つの貸し」




