その347 メス豚vs天空竜(雌)
「ギャッ?!」
クロコパトラ歩兵中隊アンド、大モルト軍マルツォ部隊の合同部隊VS天空竜(雌)との戦い。
天空竜は最大の範囲攻撃魔法、落雷の魔法の不発に驚愕の表情を浮かべた。
大モルト部隊の指揮官、隻腕の若武者マルツォは天空竜を指差して叫んだ。
「敵は動揺している! このスキを逃すな!」
「「「「おおーっ!」」」」
大モルト部隊の兵士達が、一斉に天空竜(雌)へと殺到する。
天空竜は動揺しているらしく、先程までと比べて、明らかに動きに精彩を欠いている。
『ブヒヒヒ・・・。この秘密、お前に分かるかな?』
いくら最強の天空竜とはいえ、所詮は野に生まれ、野に育ったケダモノ。
人間様の叡智の前には手も足も出なかったようだな。
それを言うならお前だって、家畜として生まれ、家畜として育ったケダモノだろうって? うっさいわ。
私はおつむの中身の話をしてるんだよ。そのくらい察しろ。
兵士達の声に振り返ると、天空竜の巨体が浮き上がる所だった。
背中の翼が激しくはためいている。
範囲攻撃を封じられた天空竜は、どうやら一旦、退却の道を選んだようだ。
マルツォがこちらに振り返った。
「魔獣! ヤツを逃がすな!」
言われるまでもない。こうなる事も最初から想定済みだ。
ちなみにこの場合、私が何とかする手はずになっている。
『食らえ! EX打ち出し!』
天空竜には、私の得意とする最も危険な銃弾の魔法は通じない。
魔法がダメなら物理で行く。大モルトのトンデモ兵器、馬突槍が唸りを上げて天空竜に飛ぶ。
打ち出しの魔法は、物を飛ばすという現象を引き起こす魔法だ。
私はその魔法を極み化。馬ごと騎馬武者を突き殺すという大型の槍、馬突槍をヤツに向けて射出したのである。
天空竜の巨体は生物が飛行出来る限界サイズを超えている。彼らは魔法の力で大気を操り、その不可能を可能にしているのだ。
しかし、魔法といえども万能ではない。天空竜は低空で飛ぶのを――中でも飛び始めを苦手としていた。
要は、スッと飛び立つ事が出来ないのである。
低空でモタモタしている天空竜の翼に、馬突槍が突き刺さった。
「ギャアアアアア!」
天空竜は突然の痛みに絶叫。空中で激しく暴れると、そのまま地面に墜落した。
「おお――っ!」
大モルト部隊の兵士達から大きなどよめきが上がった。
よっしゃ、命中! どんなもんだい!
マルツォは「はんっ!」と鼻を鳴らすと、獰猛な笑みを浮かべた。
「流石は魔獣! ハマスのヤツらが、してやられただけの事はあるぜ! お前ら、魔獣に負けてんぞ! このままじゃ大モルト軍の名が泣くぜ!」
「「「「うおおおおーっ!」」」」
兵士達が再び天空竜へと襲い掛かった。
いやあ、しかし上手く命中して良かったわ。
私は内心でホッと胸をなでおろした。
ぶっちゃけ、翼に馬突槍が突き刺さったのは偶然だ。
いや、確かに翼は狙っていたんだが、なにせ翼は大きくはためいている上、天空竜自体も空中をフラフラと不規則に動いていた。
体のどこかに当たれば御の字。突き刺さってくれればなおの事良し。上手く行けばバランスを崩して落ちてくれるだろう。そのぐらいの見通しだったのだ。
それがまさか翼に突き刺さるとは。出来過ぎもいい所だ。
この戦い、風は我々の方に吹いているのか?
いや。ここで調子に乗るまい。
戦いは序盤戦。まだまだ死闘は始まったばかりなのだ。
天空竜が体を振ると、それだけで何人もの兵士が跳ね飛ばされた。
翼を負傷したとはいえ、そこは天空竜。
体は大きいだけで武器になる。
なにせ相手は体長十メートルの巨大生物なのだ。これは陸上自衛隊の所有する主力戦車、10式戦車の全長にほぼ匹敵する。天空竜がどれ程規格外のサイズか分かって貰えるだろう。
つまり大モルト部隊の兵士達は、槍で戦車に向かって行っているようなものなのだ。
なにその無理ゲー。戦いを命じられた兵士達の恐怖はいかほどだろうか?
お前も戦ったじゃないかって? まあ、私には魔法という武器があるからな。
槍一本で戦っている彼らとは条件が違うのだ。
「ケガ人は亜人の所まで下がるんだ! 動けないヤツには手を貸してやれ!」
おっと、私達の出番だ。
『ウンタ』
「分かってる。みんな、上空を警戒しろ! 大鳥竜が狙って来るぞ!」
天空竜と戦う際に厄介なのは、取り巻きのハイエナ竜こと大鳥竜の存在だ。
彼らは腐肉食動物。ケガをしたり弱った者達を、空の上から狙って来るのである。
『来るわ! ウンタ!』
「ああ! 総員、構え!」
隊員達が鉄の棒を空に向けて構えた。いや、違う。ただの鉄の棒じゃない。
ショタ坊村の鍛冶屋のオヤジに製作を依頼した試作魔法銃。
その初期ロット五丁。それに追加で頼んだ分で、今回の戦いに間に合った物が四丁。それぞれ合わせて九丁の魔法銃である。
「狙い良し! 圧縮!」
「圧縮!」
クロカンの隊員達が次々と魔法を発動する。
そして一~二秒後。
パン! パパパパン!
乾いた破裂音と共に、鉛の弾丸が発射された。
空中にパッと大鳥竜の羽根が舞うと、大鳥竜はギャアギャア騒ぎながら散らばった。
九発中、命中したのは何発だ?
三匹程がフラフラと高度を落とすと、木立の向こうに消えて行った。
致命傷が三発。これが多いのか少ないのか。
私が目を凝らして戦果を確認している間に、隊員達は二発目の弾丸の装填を終えていた。
「圧縮!」
「圧縮!」
パン! パン! パン! パン!
今度はややまばらに二射目が行われた。
やはり命中精度は低いようだ。やれたのは二匹程度か。
大鳥竜達は警戒しながら我々の上空を旋回している。
ん? いや待て。これって・・・
『みんな三射目は待って! 発射体勢のまま待機!』
「聞こえたな?! 総員待機! ――どうしたんだクロ子?」
大鳥竜の動きが・・・いや、多分、間違いない。
『私の合図で、手の空いている隊員も圧縮を使って! いいわね?! 三・二・一・ゼロで一斉に行くわよ! 三! 二! 一! ゼロ!』
パパパパパパーン!
「ギャア! ギャア! ギャア!」
まるで爆竹が炸裂したような音が辺りに響き渡る。
数十人の隊員が一度に圧縮の魔法を使ったのだ。
天空竜と戦っている大モルト部隊の兵士達までもが、思わず驚いて振り返った程である。
そして、大鳥竜はというと――よし! 私の予想通り。彼らは大慌てで上空へと逃げて行った。
ウンタが驚いて私に振り返った。
「クロ子。今のは一体何だったんだ? 大鳥竜は魔法銃の威力に恐れをなしたのか?」
『違う違う。ヤツらが反応したのは魔法銃じゃなくて天空竜の魔法。ヤツらは天空竜の雷の魔法を恐れているのよ』
「?」
大鳥竜は片利共生生物。天空竜は彼らに一方的に利用されているだけに過ぎない。
そんな大鳥竜が最も恐れているのは、天空竜の攻撃に巻き込まれて死ぬ事。
要は、天空竜の範囲攻撃魔法に巻き込まれるのを警戒しているのである。
つまり大鳥竜は、圧縮の魔法がたてるけたたましい音を落雷の音――天空竜の魔法によるものと勘違いし、慌てて逃げ出したのである。
クロカンの大男、カルネが呆れ顔で振り返った。
「マジか? 俺は天空竜の魔法を見たが、圧縮の魔法とは比べ物にならないくらいスゲエ音がしてたぜ」
『マジよ。大鳥竜にとっては似たような音なんじゃない?』
大体、音が聞こえた時には、既に雷は落ちている。音は電気に比べてずっと遅いのだ。
大鳥竜にとっては、地上で似たような音がした時点で、ヒヤヒヤものの案件なのだろう。
「なる程。それで大鳥竜は大慌てで上空まで逃げて行ったのか」
『そういう事。また近寄って来たら、タイミングを合わせて一斉にお願い。近寄らせなければいいだけだから』
我々の目的は大鳥竜の討伐ではない。
敵はあくまでも天空竜。大鳥竜は負傷兵に近づけなければいいだけなのだ。
倒しても肉が臭くて食べられたもんじゃないらしいし。
『殺――――――ッ!』
その時、天空竜が天高く吠えた。
大モルト部隊の兵士達の攻撃に耐え兼ね、落雷の魔法を使ったのである。
天空竜を中心にして膨大な魔力が巨大な竜巻のように舞い上がる。
「グギャアアアアッ!」
だが、またもや不発。
この理不尽な事態に、天空竜は怒りの声を上げた。
私は隊員達に振り返った。
『バリア担当の者は魔力を使い切る前に早めに交代! 絶対に無理だけはしない事! もし、バリアが切れたらお仕舞なんだからね!』
「「「「おう!」」」」
長い金属の棒を持った隊員達が、元気に答えた。
金属の棒の長さは七~八メートル程。頭にはボウルを逆さまにしたような半円形の金属が乗っている。
一応、地面には埋め込まれているが、念のため一本につき二人の隊員が支えている。
同じ物が広場を囲むように数か所立てられている。
これぞ今回の戦いの要。
そう。別に我々は戦いを大モルト部隊に任せて後方でサボっている訳じゃないのである。
天空竜よ。そのままこちらには来てくれるなよ。
幸い、天空竜は間断なく大モルトの兵士達に攻め込まれていて、それどころではないようである。
私は祈るような気持ちで戦場を見つめるのだった。
次回「メス豚と苦しい時間」




