その345 メス豚と大口契約
私は女王クロコパトラの姿でマルツォ達、大モルト軍の兵士達を出迎えると、彼らを旧亜人村ことメラサニ村へと案内した。
マルツォは村に入った途端、目を見開いた。
「オイオイ。こんな村があってたまるかよ」
村の建物は大モルト軍との戦いの際、半分程が焼け落ち、今は撤去されている。
やや閑散としてしまった村の中には、そのスペースを埋めるように大型の投石機が六台――いや、組み立て中の二台を含めれば八台か? デデンと据え付けられている。
「何だよこの大型の投石機。これから城でも攻める気なのか? てか、村の中にもやぐらを作ってやがるのか。バカじゃねえの? 一体どこの軍隊と戦うつもりだよ」
どこの軍隊と戦うつもりだよ、とはご挨拶だな。お前ら大モルト軍が攻めて来た時のために作ったモンだっつーの。
中央のやぐらは、いわゆる天守閣の代わりだ。
村の中を一望出来るようになっている。
また、四方に作られた物見やぐらが壊された場合は、ここから敵軍の様子を確認する事が出来るようにもなっている。
「ほう。ただデカイだけじゃねえ。俺でも見た事が無い仕組になっていやがる。亜人独自の技術ってヤツか? コイツは面白れえ」
このまま放っておくと、マルツォはフラフラと投石機に引き寄せられてしまいそうだ。
別に見られて困る訳じゃないが、最近は日が落ちるのも早くなっている。夜になるまであまり時間の余裕はない。出来れば日中に打ち合わせを済ませてしまいたかった。
私はマルツォに声を掛けた。
「村の防衛施設に興味を持つのも結構じゃが、先に天空竜との戦いの打ち合わせを終わらせてしまいたいのじゃがの?」
「おっと、済まなかった。素晴らしい兵器につい夢中になっちまった。兵達はどこで休ませればいいんだ?」
「どこでも構わん。村の家を自由に使うがいい。村人達は天空竜の被害を避けるため、全員別の場所に避難させておるからの」
「なっ! どこでもって・・・いや、正直、助かる。冬の最中、何日もテントで生活する羽目になるのは、厳しいからな」
まさかどの家でも自由に使って良いと言われるとは思わなかったのか、マルツォは驚きに目を見開いた。
少し太っ腹過ぎたかな?
とはいえ、どうせ使っていない家だからな。特に乱暴に扱ったりしなければ、我々としては貸し出しても何も問題はないのだ。
私は義体の腕を操作して、元、村長屋敷を指差した。
「ではそこの家で話し合いを致そう。妾は先に入って休んでおるゆえ、そちらの準備が終わったら参るが良い」
てか、久しぶり過ぎてクロコパトラ女王のキャラを忘れてるんだけど、こんな話し方で良かったっけ?
私はクロコパトラ歩兵中隊の隊員達に指示を出すと、村長屋敷に入ったのであった。
さて。何をして時間を潰そうかな。などと考えていると、マルツォが家に入って来た。
早いな。それに彼はたった一人で部下も連れていない。
こちらは副官のウンタと各分隊の分隊長が勢揃いしている。人数の差は歴然だ。
「じゃあ早速、天空竜との戦いに備えて打ち合わせといこうか」
マルツォはズカズカと家に上がり込むと、臆することなく我々の輪に加わった。
大胆不敵と言うか、クソ度胸と言うか。
生まれついての武人というのはこういう人種の事を言うのかもしれない。
クロカンの分隊長達は思わず顔を見合わせた。
「ホラ、どうした? みんな座れよ。で? お前らはどんな立場でこの場にいるんだ?」
「・・・俺はウンタ。この部隊の副官だ」
「あ~、俺はカルネ。第一分隊の分隊長をやってる」
「俺はトトノだ。第二分隊の――」
こうして一通りの自己紹介が終わると、マルツォは一人一人の顔を見回しながら確認した。
「ふむ。お前が副官のウンタで、そっちが第一分隊の分隊長のカルネ。第二分隊分隊長のトトノ。第三分隊分隊長のコンラ。第四分隊分隊長のクルダ。第七分隊分隊分隊長のハリィ。第八分隊分隊分隊長のハッシだな」
「お前スゴイな!」
私は思わず素で驚いてしまった。
いや、だってそうだろう? 私が彼らの名前を覚えるのにどれだけ苦労した事か。てか、平隊員の名前に至っては未だにうろ覚えだ。
それを一回聞いただけで顔と名前を一致させるなんてスゴイな。お前は一体何者なんだ?
「いや、そんなに驚かれるような事じゃねえよ。これでもウチの軍じゃ部隊を率いる立場なんだ。相手の顔と名前、それに役職を覚えるくらいは普通だぜ」
「「「「・・・・・・」」」」
隊員達が無言で私に振り返った。
いや、待て。そんなの全然普通じゃないから。そいつが特別なだけだから。私の方が普通だから。いやマジで。
「・・・デアルカ」
私はコホンと咳ばらいをした。ハイ、この話題はここまで。打ち合わせを始めるわよ。私らの敵は天空竜。いいわね?
こうして私達の打ち合わせはつつがなく始まったのであった。
――てな感じで、切り替えようとしていたが、私の作戦はマルツォの声によって遮られたのだった。
「おっといけねえ、うっかりしてた。その前に一つだけいいか?」
マルツォは「ここで後回しにすると、そのまま忘れちまいそうだからな」と、前置きをすると身を乗り出した。
「こすめ? だったか? ウチの奥方様が亜人の娘達が使っている化粧品にえらくご執心らしくてな。亜人達の村に行くなら是非貰って来いと言われてんだわ。勿論、今は化粧品どころじゃないって事くらい分かってる。だが、手元に残っている分だけでもいいんだ。俺に分けてくれねえかな? ああ、代金は払うぜ」
マルツォは「頼む」と、左手を前に拝むポーズを取った。
こういう時のジェスチャーは地球でも異世界でも同じなんだな。
とまあ、それはさておき。ウチの奥方様というのはマルツォの奥さん、ではなく、当然、ジェルマン・”新家”アレサンドロの妻、アンナベラの事なんだろう。
アンナベラは私があげた化粧品を随分と気に入っていた。亜人の村に行くなら是非お土産に買って来て欲しいと彼に頼んだのだろう。
そしてマルツォが申し訳なさそうにしているのは、村人達が天空竜から逃れて避難している状況だから――つまりは、避難生活をしているのに、化粧品なんて持ってるはずはない、と考えたからだろう。
結論から言おう。彼の気遣いは全くの無用だ。
実は化粧品は、今も村の女性達によって増産されている最中なのである。
これがどういう事かと言うと、まず、化粧品は村ではなく、全て水母の施設で作られた。
そして現在、その水母の施設には村人達が避難している。
私は村長代理のモーナから「ねえクロ子ちゃん。友達から化粧品の追加をお願いされているんだけど、スイボちゃんの道具を使わせて貰ってもいいかしら? どうせスイボちゃんの洞窟に避難しているんだし、いいわよね? ね?」と頼まれた。
モーナは水母と一緒に化粧品を完成させているからな。材料も作り方も知っているのである。
私は軽い気持ちで『別にいいわよ』とOKを出した。
この話が村の女衆に伝わったもんだからさあ大変。「だったら私も!」とばかりに、希望者が殺到したのである。
私は美にかける女の欲の深さを甘く見ていたのである。
・・・というのは流石に大袈裟か。みんな避難中で暇を持て余していたみたいだからな。
こうして現在、村は女衆による、化粧品ブームの真っただ中なのであった。
一体どうしてこうなった。
『それ原因は明白』
「ん? 何だ、今の音は?」
「さて? 妾には何も聞こえなんだが。コホン。化粧品の件じゃが、分かった。明日にでも渡そう。それでいかほど必要じゃ?」
マルツォは、「うっ!」と言葉を詰まらせると、気まずそうに視線を逸らした。
「その・・・奥方様からは、可能な限り、手に入るなら手に入るだけ、と言われている」
「それはまた。しかしこちらが『だったら』と、樽一杯に用意したらどうするつもりだったのじゃ?」
「・・・全て買い取るつもりでいた。いや、樽一杯が荷車一杯でも、奥方様は喜んで金を出すだろうし」
Oh・・・マジですか。
荷車一杯って、それはもう、譲る譲らないじゃなくて商売じゃないか。
いや待て。
私はハッと気が付いた。そうか。つまりはそういう事か
マルツォは男だから、「たかが化粧品」という思い込みが邪魔して気付かなかったようだが、おそらく、アンナベラの思惑は違う。
彼女は我々から仕入れた化粧品に、アレサンドロの奥様御用達というブランドを付け、貴族の女性達相手に高く売りつけるつもりなのだろう。
つまりは、亜人の村と取引をしたいのだ。
なる程、コイツは考えたな。
化粧品の製作所は国の外れの山奥にある亜人村。人的原因による技術の流出はほぼあり得ないと考えても良い。てか、そんな事は絶対に私が許さん。アレを作るのにどれだけ苦労したと思ってんだ。
つまり、少なくとも現時点では、この化粧品は、我々にしか作れない製品という事になる。
これを全て仕入れる事が出来れば、完全な独占販売が可能になる。
とはいえ、人の口に戸は立てられない。いつかは化粧品を作っているのが亜人達である事はバレるだろう。
しかし、だからと言って、この国の支配者、新家アレサンドロを敵に回してまで我々に手を伸ばして来る者がいるとは思えない。
逆に言えば、アンナベラに化粧品を卸しているいる限り、我々は彼女の後ろ盾を得ているも同然、という事にもなる。
つまり、我々にとってもメリットはある、という訳だ。ふむ。
この場合、当然、彼女が不当に我々の製品を買い叩くようになるかもしれない、というリスクも発生する。アンナベラにだけ製品を卸すんだ。競争原理が働かない以上、当然だな。
けど、それを心配してもあまり意味がなかったりする。
なぜならこの世界は未だ封建時代ド真ん中。
上が「白」と言えば、下は黒を白と言わなければならない厳しいピラミッド社会なのである。
そんな社会で、権力者を相手に下々の権利を訴えた所でどうにもならない。
我々に出来るのは、精々アンナベラに媚を売って、彼女のお気に入りになるための努力をするくらいである。
具体的には、定期的な新製品の開発とか? まあ、その辺はモーナや水母にお任せかな。
「ふむ。良かろう。ならばこの作戦が終わるまでに可能な限り用意させるので、そちらが帰る時にでも渡す事にしようか」
ついでに取引基本契約書でも作っとくか。(※水母が)
「そうか! 助かるぜ!」
マルツォはパッと人好きのする笑みを浮かべた。
コイツ・・・こう見えて、意外と俺様系イケメンなんだよな。
・・・・・・。
いや、別に「ちょっとイイな」とか思った訳じゃないぞ。コイツは大モルト軍の軍人。しかも七将の孫という将来の幹部候補だからな。
私達の敵――という訳ではないが、決して気を許していい相手ではないのだ。
「・・・では、打ち合わせを始めようかの」
私は気を取り直して彼らに向き合った。
「おう。こちらは言われた通りに兵二百を率いて来たぜ。で? そっちの準備はどうなってるんだ?」
「ああ、それならグジ村まで行って、鍛冶屋のルマンドからちゃんと受け取って来たぜ」
「そうか。なら早速、それを使いこなす練習を始めようか。作戦の決行は全員が使いこなせるようになってからだな」
「なあ、それって本当に俺達人間には使えない道具なのか? いや、魔法を使えなきゃダメだとは聞いてはいるんだが」
「・・・お前達が持ってもただの金属の杖にしかならんぞ。どうしても気になるようなら、後で貸してやるから試してみるといい」
「そうかい、助かるぜ。最初から全部他人任せってのは、どうにも落ち着かなくてよ。一度自分で試してみれば納得も出来るってモンさ」
「あ~、その気持ち、分かるぜ。口で言われても、理屈で誤魔化されているように感じるんだよな」
「それはカルネだけだ」
「だな」
「間違いない」
「おい! テメエら!」
こうして我々の話し合いは、日が落ちるまで続いたのであった。
次回「メス豚と狩りの時間」




