その343 メス豚、共闘を約束する
ランツィの町で監督官を出迎えた三日後。
私達は新亜人村こと崖の村へと戻っていた。
現在、村の人達は、天空竜との戦いを前に、水母の施設に避難して貰っている。
私達は無人の村を素通りして、水母の施設の中へと入って行った。
施設に入ってすぐに、我々はアホ毛犬コマを遊んでやっていたピンククラゲに出迎えられた。
『無事で何より』
水母の無事な姿に、ギョッと目を剥くクロコパトラ歩兵中隊の隊員達。
「な、なんでスイボがここに?!」
「お前、天空竜の魔法にやられて死にかけてたんじゃなかったのかよ!」
「あれ? じゃあここにいるスイボは一体?」
彼らは視線は、目の前の水母と、私のベッド代わりのカゴの中に入っている干からびた水母の体を激しく行き来した。
天空竜との激しい戦いの中で、水母はその身を犠牲にして私を守ってくれた。
彼は壊れた体を放棄。私の予想通り、施設内に新たな体を作り、我々の帰りを待っていたようだ。
『あーうん。きっとアレだ。多分こっちの水母は、脱皮した後の皮みたいなモンなんじゃない?』
いくらなんでも、その誤魔化しはムリがあるって? 分かってるよ。
案の定、私の言葉は隊員達を余計に混乱させただけだった。
「脱皮って、何だそりゃ。いや、仮にそうだとしても、何で俺達が戻って来るより、スイボが先に村に戻ってるんだよ」
「俺はもう、何を信じていいか分からなくなっちまったよ」
ドッと疲労をにじませるクロカンの隊員達。
なんかスマン。
こんな事なら、理解して貰えないと分かっていても、最初からちゃんと説明しておけば良かったわい。
アホ毛犬コマが嬉しそうに「ワンワン」と吠えながら、私達の周りをグルグルと回った。
『はいはい。後で相手してあげるから落ち着きなさい。水母も元気そうで何よりね。前より男前になったんじゃない?』
まあ、完全にお世辞なんだがな。違いなんて全く分からんし。
水母は落ち着きなくワキワキと触手を動かした。
『そんな事より、情報の提供を求む』
『ああうん。色々あったからね。順番に話すわ』
どうやら水母は自分がいなくなった後、どうなったのか気になっていたようだ。
とはいえ、あれから四~五日しか経っていないので、それ程話せる事も多くは無いんだが。
私の話は、天空竜(雄)に逃げられた事から始まり、町の代官の死。そして大モルト軍からの派遣された監督官の話へと続いた。
『それで、そのマルツォが町の新しい監督官として赴任して来たのよね。驚いたわ』
「ワンワン! ワンワン!」
『ちょっとコマ、うるさい。話の邪魔をしないの』
私に叱られたコマは、今度はクロカンの隊員達の所へと向かった。
しばらく留守にしていたので、とにかく誰かに構って欲しくて仕方がないらしい。
コマは隊員達に「スマンな、また後でな」と断られると、水母の所へと戻って来た。
「ワン!」
コマはジャンプ一発、水母をキャッチ。そのまま両前足で押さえると、念入りにペロペロと舐め始めた。
『コラ、コマ! あんたさっきから何やってんの! 水母も迷惑ならちゃんと言った方がいいわよ』
『心配無用。それよりも、重ねて情報を要請』
そ、そう?
コマは水母を舐め回しているうちに興が乗って来たらしく、かなり激し目にじゃれ付き始めた。
私の目の前で、水母の体がグニョングニョンとダイナミックに形を変える。
ぶっちゃけ、かなり楽しそうだ。出来れば私も混ざってみたい。
『再度、重ねて情報を要請』
『えっ? ああ、そうそう、ごめんごめん。それでそのマルツォだけど――』
私は水母に促されて、慌てて話を続けた。
我々がマルツォと面会したのは翌日の事だった。
一晩ゆっくり寝た事で体調も良くなったのか、この日のマルツォは前日よりも顔色が良くなっていた。
ちなみにこの場には、クロコパトラ歩兵中隊からは、隊長の私と副官のウンタ。それと私の入ったカゴの運搬係として、第一分隊の分隊長のカルネの三人。マルツォ側は、マルツォ本人と彼の副官? 副監督官のベルデという真面目そうな中年男性の二人が参加していた。
「天空竜だったか。お前達が撃退してくれたそうだな。協力感謝する」
マルツォは報告書のまとめらしき書類をチラリと横目に見ながら、我々に礼を言った。
「それでもかなりの被害が出たようだが」
「はい。町の守備隊にも多数の犠牲者が出ております。また、昨日のうちに南門に人をやって調べさせましたが、被害を受けた建物が十五棟。そのうち全焼した建物が五棟。死者の数が――」
「真面目か! そういう詳しい数はここに書いてあるんだろ? 後でちゃんと目を通すから心配すんな」
マルツォは書類を横に置くと、指でテーブルをトントンと叩いた。
「で、だ。お前達を呼んだのは他でもない。メラサニ山に逃げ込んだ天空竜。その詳しい情報が欲しい。勿論、町を守ってくれた礼とは別に、情報料も払ってやる」
ふぅん。情報料ね。どれくらい貰えるのかな?
それはそうと、私としては最初に確認しておきたい事がある。てな訳でウンタ、通訳ヨロシク。
「そうか。報酬は有難く受け取ろう。情報を渡すのも問題無い。だが、話をする前に一つだけ聞いておきたい事がある。あんたは俺達から天空竜の情報を聞いてどうするつもりだ?」
「無論、ウチの兵で退治するに決まっているだろうが」
やっぱりね。そんな事だと思った。
「ブヒッ(無理ね)」
「無理だな。お前達が天空竜に挑んでも、返り討ちに遭うだけだ」
マルツォが「ほう」と剣呑な雰囲気を漂わせた。
「言ってくれるじゃねえか。今いる千の戦力だけじゃ足りねえと? だが、これ以上は本隊が出さないだろうよ。なにせ近々、ハマス軍との決戦が控えているからな」
「閣下?! そのような事を軽々しく口にしてはなりません!」
副監督官のベルデが慌てて止めるのを、マルツォは片手を上げて制した。
「別に構やしねえだろ、この程度の話、どうせ月影の口からコイツらの女王に伝わってるだろうからな」
マルツォの中で月影の評価がかなり高い件について。
いやまあ、ジェルマン軍とハマス軍がそのうち対決するなんて、少し考えれば誰にだって分かる事だけどな。
しかし、天空竜の対策を練る、ではなく、天空竜を退治する。か。
私は素直に感心した。
流石は大モルトという修羅の国から来た男。この国の地方役人と比べて、荒事に対して前のめりと言うか、フットワークの軽さが段違いだわ。
マルツォはテーブルに片肘をついて身を乗り出した。
「それで? まさか俺達じゃ天空竜に敵わねえから隠れて震えてろ、なんて言い出すつもりじゃねえよな? なあ。俺は駆け引きってヤツが苦手なんだよ。言いたい事があるならハッキリ言ってくれ」
「言いたい事、とは?」
「決まってんだろ。どうせお前達は天空竜と戦う気でいるんだろ? だが、敵は天空竜だけじゃねえ。取り巻きの細かい竜達も結構いるって話だ。だったら簡単だ。お前らだけじゃ単純に戦力が足りねえ。つまりは、足りない分をどこかで調達しなきゃならない訳だ。違うか?」
この話は副監督官のベルデも聞かされていなかったのか、目を丸くして驚いている。
「亜人達が自分達だけで天空竜と戦おうとしていると? 相手はこの町の守備隊も敵わなかった怪物ですよ?」
「おいおい、お前寝ぼけてんのか? コイツらが天空竜を追い払ったって知ってるじゃねえか。最初から戦うつもりがないなら、わざわざ自分から手を出すかよ。
なあ、おい。俺の補佐官をやるってんなら、今後一切、亜人に対しての妙な偏見は捨てろ。コイツらは山野に隠れ住む原人じゃねえ。戦う力と意思を持った戦士達だ」
ああ。私は勘違いしていた。マルツォは別に月影の力だけを評価していた訳じゃなかったのだ。
月影を含む、女王クロコパトラの作った組織全体を――。いや、それだけじゃない。亜人の村そのものを、高い秩序とただならぬ戦闘技術を持つ侮れない戦力と考えていたのである
そして自分達が褒められた事で鼻高々なカルネがウザい。超絶ウザい。
「ブヒブヒッ(カルネ、あんたちょっと興奮し過ぎ。鼻息がかかってキモいから)」
「おっ、わ、悪い」
カルネは慌てて私のカゴを持ち直した。
マルツォは興味深そうにその様子を見ていた。
「で、だ。ここまで考えりゃ後は簡単だ。お前らウチの兵隊を戦力として当て込んでるだろ? いいぜ。話の内容次第じゃ貸してやろうじゃねえか」
「兵士を貸す?! まさか、兵士達に亜人の下で戦えとお命じになるつもりですか?!」
おっと、まさかこんな思い切った提案をして来るとは思わなかった。
副監督官のベルデが驚くのも当然だ。
ぶっちゃけ、確かに私は可能であれば、天空竜と戦った経験を生かしてアドバイザーとして同行する、とか、そんな形での参加を打診するつもりでいた。
さっき「無理だ」と言ったのは、そのための前置き。駆け引きだったのだ。
それがまさか、逆に相手の方からこちらの作戦への参加を持ち掛けられるとは。いやはや、気風がいいというか、クソ度胸というか。
「お考え直し下さい! 兵が従うとは思えません!」
「いや、従うに決まってるだろ。なにせ俺が率いるんだからな」
「はあっ?! ま、まさかご自分で行かれるつもりですか?! あなた正気ですか?!」
正気か? とは随分な言いようだが、これに関しては流石に私も彼と同意見だ。
まさかマルツォが直々に、しかも私らの作戦に従って戦うつもりでいるとは思いもしなかった。
コイツ、一体何を考えてるんだ?
「そんなに驚くような事か?」
マルツォはニヤリと笑うと、挑戦的な目で私達を睨み付けた。
「まあ、それもこれも、コイツらの話を聞いた後での事だ。コイツらの話に手を貸すだけの価値がある。そう判断したら、さっき言った通り、俺自らが手を貸してやる。話がクソの役にも立たねえモンなら、情報料だけ払って出てって貰う。こっちだって遊びでやってんじゃねえんだ。当然だろ?」
ふん、言ってくれたな。いいだろう。
その見え見えの挑発。乗せられてやんよ。
私はウンタに通訳して貰いながら、DQN竜こと天空竜についての説明と、ハイエナ竜こと大鳥竜についての説明。そして我々の考えていた作戦を彼らに説明した。
マルツォは時々質問を挟みながら、興味深そうに私の話を聞いていた。
彼は私の話を最後まで聞き終えると、なぜか偉そうな顔で副監督官に振り返った。
「十分な情報量。現実的な作戦案。どうよ? これでもお前はコイツらの事を野蛮な亜人だと侮るのか?」
「・・・返す言葉もございません」
マルツォは満足そうに鼻を鳴らすと、カルネに――いや、私に向かって手を差し出した。
「期待していた以上の話を聞かせて貰った。ていうか、これでダメなら、マジでどうやったって天空竜には敵わねえだろう。いいぜ。喜んでお前達の作戦に乗ってやる」
即決かよ! まあいいか。話が早くて。
私は首を伸ばすと、彼の手の平に鼻先でチョンと触れた。
こうして私が率いるクロコパトラ歩兵中隊と、マルツォが率いる大モルト部隊の共闘が約束されたのだった。
次回「亜人の砦」




