その341 メス豚と隻腕の若武者
大モルト軍から、ここランツィの町に派遣されて来た監督官。
町の人達が出迎える中、現れたのは隻腕の若者。
彼こそは七将、百勝ステラーノを祖父に持つ英雄の孫、マルツォだった。
私は予想外の人物の登場に、ポカンと口を開けて呆けてしまった。
当のマルツォは私達亜人の姿を見つけると、こちらにやって来た。
彼は誰かを捜すように我々の顔を見回すと、目の前の隊員に尋ねた。
「お前ら、女王クロコパトラの部下の亜人だよな? お前らの仲間に月影ってヤツがいるはずだが、今日は一緒じゃねえのか?」
月影は女王クロコパトラに次ぐ、私の第二のアバターだ。設定上では女王の影。イメージとしては、女王に仕える忍、といった感じか。
実は月影とマルツォは顔見知りで、初遭遇は王都の南、この国の貴族達のリゾート地、パルモの町での事になる。
路地裏でドクズ兵士共が女の子二人を襲っている所を助けたら、それがマルツォの家のメイドさんだったのである。
次に出会ったのは、この国の何とか伯爵による国王救出騒ぎが終わった後の事。
腕を切り落とされて寝込んでいた彼を、月影が(※水母が)治療をしてやったのである。
クロコパトラ歩兵中隊の副官、ウンタが彼の問いに答えた。
「月影はここにはいない。ヤツは女王直属の部下だ。我々クロコパトラ歩兵中隊とは指揮系統が異なっている」
そうそう。対外的にはそういう設定になっているんだっけ。
それに何の意味があるのかって? 女王クロコパトラの中身は私だ。そして、月影の正体も私(と水母)。クロコパトラ歩兵中隊のリーダーも私だ。こんな事を正直に言ったら人材不足なのがバレバレだ。
相手に舐められると、交渉事で不利になるからな。
我々は少しでも自分達を大きく見せるために、見栄を張っているのである。
マルツォは「そうか」と、あっさり引き下がった。
そして次に彼は私の姿を不思議そうに見つめた。
「そいつは何だ? ただの豚とも思えんが」
おっ、それを聞いちゃう? いや、どうしようかなぁ。
どうやら彼は私から漂う強者のオーラ的なモノに気付いたようだ。
いくら私が無害な子豚を装っても、やっぱこのクラスの達人には分かっちゃうものなのか。
仕方ないなぁ。ウンタ君、一丁、いい感じに説明を頼むよ。
「・・・コイツはクロ子。女王クロコパトラの使い魔だ。人間達の間では魔獣と呼ばれているようだが」
「魔獣?! この黒い豚がか?! マジかよ!」
町の人間の中にも、私が魔獣とは知らない者も大勢いたらしく、大きなざわめきが広がった。
そして驚きにギョッと目を剥くマルツォ。
まあ、メラサニ山では別動隊とはいえ、大モルト軍を相手に大立ち回りを繰り広げたからな。噂ぐらいは聞いた事があるんだろう。
私はちょっといい気分になってブヒブヒと鼻を鳴らした。
マルツォはそんな私に近付くと・・・
おもむろに手を伸ばして、私をバスケットの中からグイっと引っ張り出した。
「ブ、ブヒッ?!」
彼はそのまま私を目の前まで持ち上げると、逆さ吊りになった私をマジマジと覗き込んだ。
「角が生えた豚なんて変わっていると思ったが、それ以外は案外普通なんだな。・・・ほう、メス豚か」
私は羞恥と怒りにカッと頭に血が上った。
お、お、乙女に向かって何しやがる、コノヤロー!
私は『風の鎧!』。身体強化の魔法をかけると、強引に彼の手を振り払って飛び退いた。
『テメー、コノヤロー! 戦争か?! 戦争が望みか?! やってやんよコンチクショーッ! ナメんじゃねえぞコノ、テメー!』
「クロ子、よせ。落ち着け。アンタも乱暴するのは止めてくれ。コイツは今、ケガをして弱ってるんだ。なにせ一人で天空竜と戦ったんだからな」
「ああ、その報告は受けている。天空竜を追い返したのは魔獣らしいな。悪かった。まさかそんな小さなヤツが噂の魔獣とは思わなかったんで、つい、な。ちょっとばかり好奇心が抑えられなかったんだ」
マルツォはしゃがみ込んでこちらに手を伸ばしたが、私はパッと彼から遠ざかると、「フシャーッ! フシャーッ!」と威嚇した。
「・・・やれやれ。すっかり嫌われちまったみたいだな」
「閣下が急に掴んだりするからですよ」
三十代過ぎの真面目そうなオジサンが呆れ顔でマルツォを諫めた。
「外の風はお体に障ります。今日は代官の屋敷でゆっくりお休みください」
「俺をケガ人扱いすんじゃねえよ」
「実際、ケガ人でしょうに。本来なら、まだ長旅が出来るような状態じゃないんですよ。少しはご自愛下さい」
マルツォは不満顔で舌打ちをしたが、オジサンの言葉に素直に従った。
そういや顔色も良くないな。実は結構、無理をしていたんだろう。
マルツォが渋々馬車に戻ると、オジサンは屋敷の執事に振り返った。
「では、案内を頼む。私は閣下の補佐として付けられた副監督官――」
「という名の俺のお目付け役だ」
「閣下!」
マルツォが馬車からヒョッコリ顔を出すとチャチャを入れた。
副監督官は「コホン」と咳をすると、執事に向き直った。
「では案内を頼む」
「かしこまりました。私は代官屋敷の執事を任されているダーヴィンです。ようこそランツィの町へ」
へー。執事ってそんな名前だったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
マルツォを乗せた馬車は真っ直ぐ代官屋敷に向かった。
彼自身は、途中で天空竜の被害地の視察を行う事を強く望んだが、その要望は副監督官によって却下されている。
「なんだよ。やっぱりアイツ、俺のお目付け役なんじゃねえか」
「マルツォ様、やせ我慢はお止め下さい。顔色が真っ青じゃありませんか。ベルデ様はマルツォ様のお体を心配して下さっているのです。そのようなおっしゃりようはベルデ様に悪うございますよ」
マルツォと同乗していた使用人、侍女のリッタが慌てて副監督官のフォローを入れた。
ちなみにベルデとは副監督官の名前である。
もう一人の使用人、侍女のトリィは、先程からマルツォの隣に座り、彼の額に浮かんだ脂汗をハンカチで拭いている。
マルツォが祖父との戦いで右腕を失ったのが、約二ヶ月ほど前。
実際、本当ならまだベッドで横になっていなければいけない体である。
マルツォは「はんっ」と鼻を鳴らした。
「構うもんか。それもこれも、お館様を裏切った俺への罰ってヤツだ」
「そのような事は――」
「そうです。マルツォ様は、お父上に泣き付かれたために仕方なく従っただけ。お館様も、親子の情ゆえのやむをやまれぬ決断だったとして、マルツォ様の罪を許しになられたのではないですか」
「いいや。この痛みは俺への罰。そうでなきゃ周りのヤツらに示しが付かねえ」
マルツォにキッパリと言い切られると、トリィとリッタとしてはそれ以上、主人に対して何も言う事は出来なかった。
二人は悲しそうな表情を浮かべながら黙り込んだのだった。
パルモの町での一連の騒動の際、マルツォは”ハマス”オルエンドロ軍に協力して、彼の主人、ジェルマン・”新家”アレサンドロの住まうコラーロ館の奥へと潜入した。
目的は館に匿われたサンキーニ王国国王、バルバトスの身柄の確保。
しかしその計画は彼の祖父、百勝ステラーノによって阻止された。
こうして裏切り者として捕らえられたマルツォだったが、極刑だけは免れる事が出来た。
それはマルツォが片腕を失う程の大ケガを負っていた事――既に大きな罰を受けていた事。そして事件そのものが、百勝ステラーノによって未然に防がれた事――つまりは、身内の不祥事をステラーノ本人が片付けた形になっていた事。そしてステラーノが孫の助命を強く懇願した事にあった。
可愛がっていた孫の腕を自らの手で切り落とした老将の覚悟に、それではまだ罰が足りない、などと言い出す者は(少なくとも表立っては)いなかった。
そして彼らの主人、ジェルマンも、以前からマルツォという若武者には大きな期待を寄せていた。
実戦経験豊富なジェルマンの軍ともなれば、腕自慢の若者も数多く所属してる。
しかし、個人としての武勇に加え、将としての器量を秘め、更には七将の身内というステータスまで併せ持つ者は、ジェルマン軍広しとはいえ流石にマルツォの他にはいなかった。
ジェルマンはマルツォの事を将来有望な幹部候補として考えていたのである。
こうしてマルツォの命は救われた。
しかし、片腕を失った事は武人としては致命的であった。
動乱の大モルトでは、力こそが正義。剣も握れない者の言葉は誰の心にも響かない。
当主のジェルマンですら、幼い頃から剣術の一門に師事し、免許皆伝を受けている程である。
大モルトでは血筋が良いだけの将は侮られるだけ。力の無い者には誰も従わないのである。
マルツォがこのランツィの町の監督官に任じられたのにはいくつかの理由がある。
一つはここがサンキーニ王国の東の端に位置する町であるという事
マルツォはハマス軍に協力した裏切り者である。
ハマス軍は今もこの国の西、アロルド辺境伯領を占拠し、戦力の増強を続けている。
彼がそんなハマス軍から、最も離れた土地へと遠ざけられたのは当然であった。
そしてもう一つの理由はそのハマス軍にある。
ハマス軍が戦力の増強を続けているのは、言うまでもなく、ジェルマン軍との戦いのためである。
そしてジェルマン軍も、当然、ハマス軍をこのままにしてはおけない。
今後の争いはこの国の西が――ハマス軍とジェルマン軍との戦いが――焦点となるのは間違いなかった。
そんな中、東の町の監督官に任じられるという事は、実質的な左遷である。
そしてジェルマン軍の将軍の中には、口にこそ出さないものの、内心では裏切り者であるマルツォを快く思っていない者も多数いた。
彼らの目の届く場所からマルツォを遠ざけ、それでいて、彼らに不満を抱かせないように、誰の目から見ても明らかな左遷先へと追いやる。
これにマルツォが亜人の諜報員、月影の治療を受けたという事情も加わって来る。
ジェルマンとしては、謎の多い女王クロコパトラの存在は気にかかる。
出来れば誰か信用のおける人物に、探りを入れさせたい所だが、ハマス軍との一大決戦を前に、そのような仕事を任せられる部下などいる訳がない。
その点マルツォは戦場に立てる体ではないし、その立場でもない。その上、月影との――女王に近い立場の存在とも面識がある。
彼は正にこの任務にうってつけの人材だったのである。
そしてマルツォの事を幼い頃から知るジェルマン夫人アンナベラも、彼を東に向かわせる事を強く推薦した。
彼女は、もし、マルツォが亜人の村に行く際には、「是非!」亜人の村娘が使っている化粧品を手に入れるように、と。中でもびいびいクリームと呼ばれる化粧品は、「是非!」手に入れるように、と、重ねて念を押した。
ジェルマンも、日頃は控えめな妻の、ガンとして譲らない態度に戸惑いながらも、「頼むから奥の望むようにしてやってくれ」とマルツォに命じたのだった。
マルツォは馬車に揺られながら疲労のにじんだ青白い顔で呟いた。
「・・・正直言って、この町の監督官を命じられた時には、随分と気が萎えたもんだ。文句を言えるような立場じゃない事は百も承知だ。これは俺のしでかした事への罰。禊だって事も分かってる。
けど、悔しいじゃねえか。お館様に救って貰ったこの命。どうせなら戦場でお館様のために使いてえ。例え片腕がなくても、ハマスのヤツらの百や二百は道連れにしてやる。そう思っていた所なのによ。戦場から遠ざけられちゃあそれも叶わねえ。・・・だがよ」
マルツォはニヤリと笑った。
「天空竜とはな。まさか俺の赴任と同時にそんなヤバいヤツが現れるとは。あるいはこれも俺の武人としての天運ってヤツなのかもしれねえな」
大二十四神の一柱、勝利の神ヘリュケラ。かの女性神はこよなく英雄を愛する英雄神としても知られている。
彼女の寵愛を授けた戦士には、大いなる試練が襲い掛かると言う。そしてその試練を乗り越え、英雄の座に到達した戦士にのみ、ヘリュケラは祝福と共に真の姿を――勝利神としての姿を現すとも言われている。
天空竜は、マルツォのために神が用意した試練なのか?
あるいは破滅の旅路への案内人なのか。
馬車はゴトゴトと揺れながら代官屋敷へと入って行くのだった。
次回「曇天の空」




