その339 メス豚と天空竜の置き土産
クロコパトラ歩兵中隊一の大男、カルネはあっさりと言い放った。
「おう、聞いて来たぜ。代官が死んだってよ」
『は?』
私は一瞬、彼の言葉が理解出来なかった。
いや。文章として理解出来たのだが、彼があまりに平然と、それこそ「ご飯の支度が出来たぞ」くらいのテンションで代官の死を報告した事に唖然としたのである。
「そうか。ならどうする? クロ子」
クロカンの副官、ウンタがこれまたあっさりと首肯した。
いや、お前らドライ過ぎない? 町の代官が死んだんだぞ?
私は勘違いしていた。彼ら亜人達との感覚のズレを理解していなかったのだ。
亜人達はつい最近まで生まれ育った小さな村の事しか知らなかった。
つまり、彼らは封建社会という概念を誰も正しく理解していなかったのである。
だから彼らは、貴族と言われてもピンと来ない。大きな町の代官が人間社会の中でどれ程の地位にあるのかも、全く理解出来ない。
彼らにとって、代官は町の人間の代表。自分達の社会で言えば村長の上位版。せいぜいその程度の認識に過ぎないのだろう。
今回の天空竜の一件では町の人間が数多く死んだ。彼らにとっては代官の死も、また一人犠牲者が増えたか。気の毒だったな。それくらいの感覚でしかなかったのだ。
「おい、クロ子。何を考え込んでいるんだ?」
ウンタが不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
いや、考え込んでいるというより、お前らとの感覚のズレにカルチャーショックを受けていたんだが。
・・・まあそれはいいや。今はそんな事を言ってる場合じゃないし。
『カルネが聞いた話だけじゃどうしようもないわね。屋敷の上の立場の人を見つけて、その人に詳しい話を聞きましょう』
「そうだな」
カルネは頷くと、私の入ったカゴを持ち上げた。
あわわ。そんなに揺らすんじゃない。私のご飯がこぼれちゃうだろうが。
屋敷の中を進むと、建物が派手に壊れている場所にぶち当たった。
私が驚きに目を丸くしていると、隊員達の誰かが、天空竜が屋根を突き破って落下して来た場所だと教えてくれた。
いや、何をやってんだよ天空竜。
幸い、建物の被害は一部が壊れただけで済んだらしく、今は瓦礫の撤去作業中との事。
クロカンの隊員達も朝から彼らの手伝いをしていたらしい。冬だというのに彼らが妙に薄着だったのはそのせいだったんだな。
我々は屋敷の執事を捕まえ、彼から話を聞くことが出来た。
先程説明があった天空竜が落ちて来た場所。その場所に、不運にも代官の執務室も含まれていたそうだ。
代官は崩れた建物と一緒に転落。瓦礫の山に埋もれて全身骨折の意識不明。医者からは「今夜が峠」と宣告されていたらしい。
で、気の毒にも峠は越えられなかった、と。
実際、代官は発見された時点でかなり絶望的な容態だったらしく、医者は「奇跡でも起きなければ、まず助からない」とまで言っていたそうだ。
奇跡でも起きなければ・・・か。
もしも水母が無事なままでいたら、ワンチャン、彼を助けられた可能性も無くはなかったのかもしれない。
あの時、水母が避雷針の代わりにさえなっていなければ。
そもそも、私が天空竜の発動した魔法にさえ気付いていれば。
そう。私さえしっかりしていれば、代官は死なずに済んだのかもしれないのだ。
・・・・・・。
こんな考えは無意味な”たら・れば”論だ。
全てが終わった後で、「こうしていれば上手くいったのに」「ああしていれば失敗しなかったのに」などと考えた所で何の意味もない。
現実はクソゲーだ。最適解を教えてくれる攻略動画も無ければ、結果が気に入らなかったからと言って、リセットしてからのやり直しも出来ない。
私達は自分の行いの結果を真摯に受け止め、前に進み続けなければならないのだ。
『・・・なんてキッパリ割り切る事が出来れば、気が楽になるんだろうけどさ』
「どうしたクロ子?」
『ううん、何でもない』
とにかく代官は死んだ。
執事が言うには、この領地を治める貴族が次の代官を任命。その代官がやって来るまでは基本、彼が指揮を執って現状維持に努めるらしい。
とはいえ、仮に新しい代官がやって来た所で、ロクな引継ぎもなしの全くの新天地での仕事となる。
当分は天空竜の出した被害の後始末に追われる事になるだろう、との事だ。
私は大きく落胆した。
そう。この時点でこの町が天空竜と戦うために我々に戦力を貸してくれる可能性はなくなってしまったのである。
私達の交渉は始まる前に失敗してしまったのだ。
代官の葬儀は、新たな代官が到着するのを待って行われるそうだ。
それまでは屋敷の地下の霊安室に安置しておくらしい。
この屋敷、やけにデカイと思ったらそんなものまであるんだな。
私は部屋に戻ると食事を再開した。
カゴの横には食べ物が山と積まれている。
つまりはやけ食いの真っ最中、という訳だ。
『くそっ。くそっ。天空竜のヤツめ。とんでもない置き土産を残して行きやがって』
天空竜としては、別に代官の命を狙ったつもりはなかったのだろう。
たまたま、転落した先が代官の屋敷で、偶然、代官が巻き込まれて重傷を負ってしまった。ただそれだけの事に違いない。
しかし、その偶然が結果としてピンポイントに私達の足を引っ張る事になってしまったのである。
『ムシャムシャ。モグモグ。あの時、ヤツの魔法に気付けていたら、間違いなくヤツの息の根を止めてやったのに。ハグハグ』
悔やんでも悔やみきれない。
全ては私のミス。失敗だ。
そう。私は自分の愚かさで全てをぶち壊してしまったのだ。
『くそっ。くそっ。私のバカ! ガツガツ、ガツガツ。ああ、もう。最悪!』
食べるか喋るかどっちかにしろって? じゃあ黙って食べるわ。
ムシャムシャ、ムシャムシャ・・・。パクパク、パクパク・・・。
私は食欲の権化と化して、無心で目の前の食糧を消費していった。
どのぐらいそうしていただろうか。副官のウンタが部屋に入って来ると、かなり減ってしまった食べ物の横に追加の食べ物を置いた。
「なんだクロ子。お前まだ食べていたのか。ほどほどにしておけよ。――って、ん? どうしたんだ?」
ウンタは私がジト目で睨んでいる事に気付いて、訝しげな表情を浮かべた。
『モグモグ・・・ほどほどにしておけって言いながら、食べ物を追加するなんて、あんた一体何がしたい訳? モグモグ』
「いや、俺は頼まれた物を持って来ただけなんだが。お前も食いたくないなら別に無理して食べなくてもいいんだぞ?」
いや、食べるけど。
あればある分だけ食べるけど。
『ふん。大きなお世話よ。モリモリ、パクパク。で? 頼まれたって誰に?』
「何だ? 他のヤツらも食べ物を持って来ただろ? 誰からも話を聞いていなかったのか?」
あん? 話って何よ?
確かにさっきから時々隊員がやって来ては、追加の食べ物を置いて行ってくれた。
彼らが食べ物を追加していなければ、とっくに私は食べる物を失い、今頃はふて寝でも決め込んでいただろう。
そう考えれば、私がやけ食いを続けている原因はウチの隊員達にあったとも言えるだろう。
「何だその理屈は? これは守備隊のヤツらが届けてくれた物だよ。この町の守備隊のヤツらやその家族達が、昨日のお礼にと食べ物を持って来てくれたんだ。中には町の人間からの届けられた物もあったはずだぞ」
『・・・えっ?』
驚きに私の口からパンの欠片がポロリとこぼれた。
そういえば今朝、私が目覚めた時、ウンタが食事として持って来てくれたのは生のお芋や豆だった。
彼は私がいつもそういった物を食べている事を知っているからだ。
そもそも豚の舌は人間の舌ほど味覚が発達していない。つまりは料理を食べても、人間ほどは美味しさを感じないのである。
それでは美味しく料理をしてくれた人に悪いので、私は出来るだけ生の食材を食べる事にしているのである。
『そ、そう言えば・・・』
私は慌ててさっきまで私が食べていた物を見回した。
パンやウインナー。それに煮込んだ野菜など。全部、調理してある食べ物――料理だった。
『守備隊の人達が? これを私に?』
「ああ。お前だけじゃないぞ。俺達の分もだ。けど、中にはどうしてもお前に食べて貰いたいって言う人間もいてな。そういうヤツらから受け取った物を、俺達はお前の所まで持って来ていた訳だ」
私はポカンと口を開けて食べ物の山を見回した。
さっきからかなり食べているとはいえ、それでもまだ結構な量が残っている。
少し前までは、「なんだよこの量は。お前らは私を肥え太らせるつもりか?」などと思っていたが、まさかこれが全て町の人達からの差し入れだったとは・・・
『えっ? でも何で?』
「だから昨日の礼だって。お前が天空竜と戦ってくれたおかげで命が助かった者もいれば、お前が天空竜を町の外に連れ出した事で、焼けたり壊れたりせずに済んだ家だってある。そういったヤツらが、お前や救出活動をしていた俺達にお礼として差し入れてくれたんだよ。俺達やお前が何を貰えば喜ぶかは分からないが、亜人だって人間同様にメシは食うだろ。だったら美味い物を食って元気を出してくれ。そう言って渡してくれたんだ」
あ・・・。
私は自分が失敗したと思っていた。全部無駄足だったと思い込んでいた。
代官は死んでしまったし、期待していた戦力は借りられなかった。
けど、私の決断、私の努力、天空竜との命がけの戦い。その全てが無意味だった訳ではなかったのだ。
私の決断で命が救われた人がいる。私の戦いで冬の寒空の下、家から焼け出されずに済んだ人だっている。
私は自分達の都合ばかり考えていた。
その結果、失敗ばかりに目を奪われ、私達が守った物が見えなくなっていたのである。
黙ってしまった私の顔を、ウンタが心配そうにのぞき込んだ。
「おい、クロ子。大丈夫か? なんだか様子がおかしいぞ?」
『ふ、ふん。別に何でもないわ。用が済んだのならみんなの所に戻ったら? 屋敷の片付けの手伝いをしているんでしょ』
私はブヒッと慌ててウンタにお尻を向けた。
赤くなってしまった目を彼に見られたくなかったのだ。
「・・・そうか? まあ、あまり食い過ぎるなよ。それじゃあな」
ウンタはそう言うと部屋を出て行った。
私は彼の足音が去って行くのを確認すると、やけ食いの続きを再開した。
いや。これはやけ食いじゃない。町のみんなの感謝の気持ちを味わっているのだ。
口に入れた食べ物はさっきまでと違い、少しだけしょっぱい塩味が効いていた。
代官の死による混乱が未だ収まらぬ代官屋敷。
しかし、この後に続く一報が屋敷と、そしてこのランツィの町を大きく揺るがす事になるのである。
次回「メス豚と監督官」




