その338 メス豚、ハゲる
私は寝苦しさに目を覚ました。
ここは・・・どこ?
私は部屋の中を見回した。
見覚えがあるような、ないような、立派な作りの部屋だ。
その部屋の中央付近に、大きな籐製のカゴが置かれている。
私はその中で毛布にくるまって眠っていたようだ。
体を起こそうとすると、皮膚に引きつったような痛みが走る。
痛っ! 一体何事?! と思って体を見回すと・・・
『なっ! なっ! なんじゃコリャあああああああ!』
私は思わず絶叫した。
ご存じの通り、今生の私は黒い子豚だ。
しかし、今の私を形容するなら、マダラ黒豚?
黒い毛はあちこちが抜け落ち、薄ピンク色の地肌が覗いている。
ぶっちゃけかなり見苦しい姿だ。
『ヒイッ! 良く見れば毛布に抜け毛がゴッソリと・・・何この抜け毛。毛先がチリチリになって、私の毛じゃないみたいなんだけど』
私が自分の体の変化におののいていると、部屋のドアが勢い良く開け放たれた。
「クロ子! 目が覚めたのか?!」
「一体どうしたんだ?! スゴい声がしたぞ!」
現れたのは額に角を生やした亜人の男達。クロコパトラ歩兵中隊の隊員達である。
何かの作業をしていたのか、みんな薄着で、中にはクソ寒い冬の最中だというのに、わざわざ腕まくりをしている者すらいた。まあ、脳筋のカルネの事なんだが。
『ちょ、外から冷気が入って来て寒い!』
「ああ、すまない」
私が文句をつけると、一番後ろの隊員が慌ててドアを閉めた。
それはそうと、私はなんでこんな所で寝ていたんだ? それにこの体の痛みと激しい抜け毛。
聞きたい事はたくさんあるが、何をどう聞けばいいのかも分からない。
うん。分からない時は丸投げだな。
私は隊員達の顔を見回して尋ねた。
『それで? 一体どうなってる訳?』
隊員達の説明を聞いているうちに、次第に記憶が戻って来た。
そうだ。私は天空竜と戦っていたんだ。
最後の記憶は白い光と強い衝撃。それ以降はプッツリと途絶えている。
カルネの話によると、天空竜は落雷の魔法を使ったそうだ。
あ~、アレかあ・・・
私は思わず天を仰いだ。
十分に警戒していたつもりだった。そのつもりだったが、どうやら私は千載一遇のチャンスについ、ヤツに止めを刺そうと焦ってしまったようだ。
いや、ここは潔く、重傷を負いながらも起死回生の魔法を発動した天空竜を褒めるべきなのかもしれない。
ふん。大人しくやられていれば良かったのに、余計な悪あがきをしやがって。
全然潔くないって? うっさいわ。こんなの悔しいに決まってんだろうが。
君が敵機を狙う時、君もまた敵機に狙われている。空戦の鉄則だ。
戦闘機で敵機を攻撃する際は――敵機の後方についた際は、自分も別の敵機に狙われていないか後方を注意せよ、という意味である。つまり攻撃の前には一度落ち着いて安全確認をしろという事だな。
それを怠ると今回の私のように手痛いしっぺ返しを貰う事になる訳だ。あーチクショウ。
天空竜は命からがら逃げ伸びて、南の空へと――自分達の巣のあるメラサニ山の方へと――飛び去ったそうだ。
私は倒れていた所を、駆け付けたカルネ達に助けられ、この代官屋敷に運び込まれたらしい。
てか、ここって代官の屋敷だったんだ。どうりでどことなく見覚えがあると思った。
ちなみに今は戦いのあった日の翌日の朝。
私は十二時間以上寝ていたらしい。
『う~、がじがじ。天空竜に止めを刺せなかったのは、正直惜しいな。はぐはぐ。あんなチャンス、そうそうないだろうに。むぐむぐ。今後は相手も警戒してくるだろうし、次の戦いは面倒な事になりそうね。あぐあぐ』
「おいクロ子! お前、何しているんだ!」
はん? 何って何が?
ふと気が付くと、隊員達はギョッと目を見開き、信じられない物を見る目で私の事を見ていた。
副官のウンタが慌てて飛びつくと、私が齧っていた干物? を取り上げた。
『ちょっと! 何すんのよ!』
「バカ! スイボを食うヤツがあるか!」
スイボ? ああ、水母ね。えっ? それってまさか水母だったの?
『いや、なんか枕元に置いてあったし。私にくれたおやつかと思って』
「そんな訳あるか! いくら腹が減ったからって、食っていい物と悪い物くらい区別を付けろ!」
そんな事を言われても・・・
無意識の行動だったし。
てか、それって水母だったのか。すっかり水分が抜けて平たくなってるし、色も白っぽくなってるから全く気が付かなかったわ。
大男カルネが呆れ顔で私をとがめた。
「スイボはお前と一緒に天空竜の魔法にやられたんだ。見ての通りお前以上の重傷なんだぞ。それを食うってお前・・・。全く、お前には血も涙もないのかよ」
そう言われて思い出した。天空竜が魔法を発動する直前、彼は何かから私を守るように、頭上に浮かんだんだった。
水母の体は高性能の観測機器の集まりだ。彼はその機能で天空竜の魔法の兆候を察知。雷の直撃から私を守るため、自らの体を避雷針としたのだろう。
いや、お前、結局やられてるやんけ。水母が避雷針になってくれたんじゃなかったのかよ? などと疑問を抱く人もいるかもしれない。
実は避雷針はそれほど万能ではないのだ。
そもそも大気というのは絶縁体。つまりは、空気は電気を通さないのである。
しかし、電位差(プラス極とマイナス極の強さ)が一定の閾値を越えた時、絶縁体の電気抵抗は一気に低下する。
これを絶縁破壊と言う。
落雷とは、絶縁破壊によって電気抵抗が下がった大気に、強力な電気が一度に流れる現象の事を言うのである。
つまりアレだ。鉄砲水。
大雨で川の水が堰き止められてからの、増水が一定量を超えた所で、堤防決壊からのドーン。
アレの電気版と思って貰えればいいのかもしれない。
避雷針の原理は、雷が高いところに落ちやすいという習性を利用し、高い場所に雷の受け口を用意するというものである。
落雷した雷の電気は、導線を伝って地面に設置してある電極へと流れる。
あの時、水母が伸ばしていた触手が多分それだろう。
しかし、先程の雷の原理でも説明した通り、雷が発生している時点で、一帯の大気の電気抵抗は低下している。
つまり、避雷針の近くに物がある場合、電流の一部がそちらに飛んで来る事があるのである。
実際、雷が木に落ちた際、たまたまその近くを通りかかった通行人が落雷で死亡したケースもあるという。
雷が鳴っている時には、避雷針や高い木の近くには近寄らないようにするべきなのである。
避雷針が万能ではないとはいえ、水母が体を張って避雷針代わりになってくれたおかげで、私は多少、電流を受けた程度で済んだのだろう。
この皮膚の突っ張りと痛みは、火傷のせいだったんだな。
毛先がチリチリになっていたのもそのためか。多少の抜け毛程度で済んで良かった。
ホント、水母様様ですわ。
ウンタが私から遠く離れた所に水母の体を置いた。
いや、そんなに警戒しなくても。それが水母だって知ってたら最初から齧らなかったから。
『水母の事なら心配いらないわ。水母の施設――あの洞窟に連れて行ったらすぐに治るから』
「そうなのか?」
隊員達の間にホッと安堵の空気が流れた。
どうやらみんな随分と彼の容態を心配していたようだ。
「そりゃそうだろう。なにせクロ子と違って、見た目からしてかなりヤバそうだからな」
「ああ、クロ子と違ってピクリとも動かないし」
「クロ子と違ってイビキすらかかなかったしな」
おい。お前らはいちいち私を引き合いに出さなきゃいけないルールでもあるのかよ。
そして私ってイビキをかいてたの? マジで? ウソでしょ?
水母の本体は、施設の地下に眠る電子頭脳。前魔法科学文明が生み出したスーパーコンピューターだ。
ピンククラゲの体はただの端末。本体から遠隔操作されているに過ぎない。
だからこそ水母は、自分の体を避雷針として使い捨てに出来たのだ。
そういう意味では、ここにある水母は壊れた端末。本体によって破棄された不用品に過ぎないのである。
よって正確には、「施設に行けば治る」のではなく、「新しいボディーで蘇る」と言う方が正しいだろう。
今頃、施設の方では新たなボディーが作られ、私達が帰って来るを待っているのではないだろうか?
この世界の人達の文明レベルだと、この概念が理解出来ないだろうから、彼らにも分かるように先程は「治る」という言葉を使ったのである。
『そういや、みんなは大丈夫だった? 誰かケガした人とかいない?』
「俺達は大丈夫だ。誰もケガ一つしていない。だが・・・」
ここでウンタは私の顔を見て黙り込んだ。
なんぞ?
「いや、この続きは飯を食いながらでいいだろう。随分と腹を減らしているようだからな」
ふと気が付くと、私はベッド代わりのバスケットの縁を齧っていた。
お、おう。い、いつの間に。全然意識してなかったわ。
ウンタは屋敷の使用人に頼んで、私の食事を用意して貰った。
食事と言っても、調理もしていない生のお芋や豆なんかだがな。
そしてバリバリ、ボリボリ食事をしながら話を聞くと、クロカンの隊員達は無事だったが、この町の守備隊は天空竜との戦いでかなりの犠牲者を出したらしい。
そういや、私が助けたそばかすの少年兵はどうなったんだろうな? 後で覚えていたら誰かに聞いてみよう。
『そうか~、結構やられちゃったかあ~。天空竜との戦いであてにしてたけど、この様子だと戦力を貸してもらうのはムリそうね』
「そうか? 今回の事で人間達も天空竜の危険さはイヤという程思い知っただろう。だったらむしろ喜んで手を貸してくれるんじゃねえか?」
全くカルネはお気楽過ぎる――と、言いたい所だが、なる程確かに、今回の件でこの町の人間と危機感の共有が出来たのは間違いないだろう。
少なくとも、天空竜が来る前の時ように、薄っすらハゲ代官に疑いの目で見られるような事はなくなっているはずである。
ふむ。だったらカルネが言うように可能性はあるのかも。
そう考えれば今回の一件は、我々にとってあながち悪い事ばかりではなかったのかもしれない。
私も頑張った甲斐があったというものである。
問題は水母がいないので、私が女王の巫女ヒミコになれなくなった、という点だが・・・。
そこは副官のウンタに頑張ってもらうしかないだろう。という訳でウンタ、シクヨロ。
ウンタは私の視線から何か良からぬ物を感じ取ったのか、イヤそうに顔をしかめた。流石は私の副官。中々勘が鋭い。
私が脳内で代官の薄っすらハゲとの質疑応答をシミュレートしていると、突然、屋敷の中が騒がしくなった。使用人達が慌ただしく走り回っている。一体何事?
『屋敷で何かあったのかしら? 誰かちょっと聞いて来てくれない?』
「だったら俺が行って来るぜ」
そう言ってカルネが部屋を出てしばらく。彼は割とすぐに戻って来た。
「おう、聞いて来たぜ。代官が死んだってよ」
『は?』
次回「メス豚と天空竜の置き土産」




