その32 ~無謀な思い付き~
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村長の娘モーナに絡んだ大男、グルートは自分の思い付きに夢中になっていた。
「そうだよ。ククトの野郎が人間の商人との取引出来たんだ。あのバッタ野郎に出来て俺に出来ないわけがない。いや、俺ならもっと上手くやれるに決まってる」
日本オタクのフランス人転生者ククトを昔から快く思っていないグルートは、彼の功績を認めていなかった。
ククトが村にもたらした道具が便利であればあるほど、村人が彼の事を認めれば認めるほど、グルートの中に抑えきれない嫉妬の炎が育っていた。
「しかし、グルート。俺達が人間と取引するって一体どうやって?」
グルートの取り巻きが彼らのボスに詰め寄った。
既に自分の考えに酔っているグルートは事もなげに言い放った。
「そんな事はその場になって考えりゃいい。あれだ、臨機応変ってヤツだ」
それは臨機応変ではなく行き当たりばったりと言うのだ。
実はこの言葉、モーナが村の子供達に勉強を教えているのをコッソリのぞき見して覚えて以来、グルートのお気に入りになっているのである。
自分の考えを言葉にするのが得意ではない――というかぶっちゃけ脳筋なグルートは、自分の短慮さを誤魔化せる便利な言葉として、最近この言葉を多用していた。
取り巻き達はいつもの言葉で話を打ち切られ、「本当に困った言葉を覚えてくれたものだ」と内心でうんざりした。
「そうと決まれば早い方がいい。おう、お前ら行くぞ」
「行くってどこに?」
「人間の町に決まっているだろうが」
「「?!」」
グルートの言葉に取り巻き達は青ざめた。
人間の住む町や村に接触する事はこの亜人の村ではタブーとなっている。
亜人は人間の迫害対象だ。見つかれば財産から命に至るまでその全てを奪われる危険がある。
自衛のためには絶対に人間に村の存在を知られる訳にはいかないのである。
ちなみにククトは街道を通る行商人に声を掛けるという、いわば裏技のような方法でそのルールをかいくぐっていた。
それでも彼は何日も街道を観察して慎重に相手を見定め、決して必要以上の情報――村の存在やその位置――を漏らさないように言葉を選んで取引をしていた。
しかしそれでも最初のうちは、みんな彼の軽率な行動をなじっていたのだ。
モーナが献身的に取り成してくれた事でどうにか暴発せずに済んだのだが、暫くの間ククトは村人達の敵意の目に晒され、針のムシロに座らされる思いで日々の生活を余儀なくされていた。
とはいえ、取引によって得られた人間の道具が思いの外便利だったのと、それ以降特に村に何の問題も無い事から、今ではなじるどころか、むしろ感謝すらされているのだが。
転生前の最終学歴は大学生だったククトですら、人間との取引はそれほど慎重に行わざるを得なかったのだ。
狭い亜人の村しか世間を知らない無学で短慮なグルートが手を出して無事に済むはずはない。
交渉事には彼の自慢の腕っぷしなど何の役にも立たないのだ。
しかしこの場にそれを指摘出来る者はいなかった。
「誰だ!」
取り巻きの言葉にグルートはハッと顔を上げた。
「痛い! 離して!」
「グルート、コイツが盗み聞きしてたぞ」
取り巻きの一人に腕を掴まれているのはまだ幼い亜人の少女、ピットであった。
「おいグルート、本当にこれでいいのか?」
「仕方ねえだろう。今あのガキに騒がれたら俺達が人間の町に行こうとしているのがバレちまうからな」
――”俺達”って事は、やっぱり俺達もグルートに付き合わないといけないのか。
取り巻き二人は憂鬱そうに顔を見合わせた。
ここは村の外に作られた倉庫。
日頃グルート達が狩って来た獲物を保存しておく建物である。
一口に獲物と言っても要は動物の死体だ。当然倉庫となった建物自体に匂いも移るし、死体から村に悪い病気が流行る事だって考えられる。
そのため倉庫はこうして村外れに建てられていた。
ピットは猿ぐつわを噛まされた上で後ろ手に縛られ、倉庫の中に閉じ込められている。
「そのうち誰かが食材を取りに来た時に気が付くだろうぜ」
その頃には彼らはとっくに村の外に出ているはずである。
何ら問題はないはずであった。
「急ぐぞ。付いて来い」
「「・・・ああ」」」
グルートは意気揚々と、二人の取り巻きは見るからに気が進まない様子で、山の中に分け入っていった。
こうして彼らの姿は村から消えた。とはいえ村の若い男達が狩りに出て数日村を空けるというのは良くある事だ。
そのため村人は誰も彼らの無謀な行動に気が付かなかった。
グルート達が倉庫から出ていくと、建物の中はピット一人だけになった。
しばらくの間、グルート達は外で何か話していた様子だったが、直ぐにその声も聞こえなくなった。
ピットは暗い倉庫に閉じ込められたという恐怖で胸が潰れそうになった。
かつて彼女は両親の言いつけを守らなかった時に、父親に納屋に閉じ込められた経験がある。
頃合いを見て母親がこっそり出してくれたが、大変心細く不安な思いをしたものである。
天井近くに空気取り用の狭い穴しか開けられていない倉庫の中は昼間でも薄暗く、床板に染み付いた獲物の異臭が立ち込めている。
ピットがどうにか縄をほどこうと体を動かすと、天井から吊られた腸詰め肉に素肌が触れた。
「ひっ!」
しっとりと冷たい肉の塊の感触にピットの肌が泡立った。
食卓では美味しい腸詰め肉も、今のピットの目には不気味な内臓にしか映らなかった。
このまま私は誰にも見つからずに飢え死にしてしまうんじゃないだろうか?
倉庫に食材を取りに来た誰かがそんな私を見つけて、私とは気付かずに解体して腸詰め肉にしてしまうのかも。
普通に考えればそんな事はあり得ないのだが、体の自由を奪われて暗い倉庫に閉じ込められた少女は、獲物の死体の姿に自分の不幸な未来を重ね合わせてしまった。
パニックになったピットは必死になって拘束を解こうとした。
男達も元々さほど強く縛っていた訳ではない。
手足の縛めは徐々に弛んでいった。
誰か! 誰か助けて! お母さん!
亜人は人間と異なり、体内にクロ子の言うところのマナ受容体を持っている。
だから魔法を使えるのだが、魔法は非常に作業効率が悪いため普段は誰も使わない。
だが、全く使えないわけではないのだ。
そして死に物狂いの彼女は意図せず魔法を発動してしまった。
まだ子供で魔法のコントロールが未熟だった事もある。
そして彼女にとって不幸な事に、それは偶然点火の魔法の形を取った。
さらにここは乾燥した倉庫の中だ。
獲物の下に敷かれた藁束を火口にして、その火は瞬く間に小屋中に燃え広がった。
彼女が拘束から脱した時、既に逃げ場は無くなっていた。
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「ん? 何だあの煙は」
農作業の合間にふと顔を上げたパイセンが村の外に目をやった。
確かに。
今にも雨が降り出しそうな灰色の空に、一筋の黒い煙が立ち昇っている。
「誰かが焚火でもしているんじゃない?」
モーナがパイセンの言葉に相槌を打った。
焚火あるいは野焼きとも言う。
私は見た事無いけど、昔は日本でもそこかしこで野焼きをして勝手にゴミを焼いていたらしい。
そういや私の中学にも古い焼却炉があったっけ。私が通ってた頃にはもう使われなくなってたけど。
低温の熱でゴミを焼却する事で、人体に有毒な環境物質――ダイオキシンだっけ? が発生する。
ダイオキシンはベトナム戦争時に米軍が撒いた枯葉剤に意図せず含まれていた事でも有名な化学物質だ。
毒性が強いだけでなく、生物の遺伝子を傷付ける事から発がん性物質とみられ、奇形児の出生率が増える原因になるとも考えられている。
そのため現在の日本では自治体がゴミを集めて、専用の焼却施設で高温で燃やされるようになっている。
今ではそこらで野焼きをしていると、保健所の人がやって来て怒られるそうだ。迷惑行為だから絶対に試すなよ。
まだまだ未開なこっちの世界では、昔の日本よろしくゴミは野焼きで処理されている。
とはいえ現代日本と違ってプラゴミなんかの化学物質も存在しないから、それほど目くじらを立てる必要もないんだろう。
この時の私はのんびりとそんなことを考えていた。




