その328 メス豚と第三の化身
私達はこの辺りで一番大きな町、城塞都市ランツィへとやって来た。
町に入る前に一休み。街道を離れ、疲れた体を休める私達。
すると町の中から兵士の集団が現れ、こちらに向かって来たのであった。
てなわけで、ここは町の代官の屋敷。
話が飛んだって? 今から説明するから、まあ待ちねえ。
さっき現れた兵士達は、この町の守備隊の人達だったのだ。
最初は、何で守備隊がこんな所に――と思ったが、事情を聞いて納得した。
町の門で当番の守備隊員がいつものように警備していたら、外に五十人もの亜人の集団が現れた。
一体何事? と、緊張する中、何故か亜人達は町に入るでもなく、外でダラダラと過ごし始めた。
街道を利用する人達も、怯えて外に出られない始末――って、そんなことになってたんだな。知らなんだわ。
守備隊員達は「いい加減、このまま放置しておく事は出来ない」と、隊長に連絡。指示を仰いだ。部下から報告を受けた隊長は慌てて人手を集め、直接我々に確認するべく町の外に出て来たのだった。
なる程。確かに当然の反応だ。
てか、そんな騒ぎになっていたんだな。申し訳ない。いやマジで。
で、だ。隊長から職質を受けた私達(というか、副官のウンタ)は、正直に事情を説明した。別に隠す事でもないからな。
最後に「代官に話をしたい」と告げると、彼らはあっさりとここまで案内してくれたのだった。
いや、代官って「会いたい」と言って会える立場の人間な訳?
我々的にはアポを取る手間が省けて非常に助かったのだが。
といった訳で、我々は武装解除をされた上で、代官の屋敷に通された。今は大部屋で、代官の準備が済むのを待っている最中なのであった。
『・・・さて。代官に会える事になったのはいいけど、どうしようか?』
私はイスの上に寝転んだままブヒッと呟いた。
「なんだ? クロ子。何か問題でもあるのか?」
私の声に、クロコパトラ歩兵中隊の大男、カルネが振り返った。
「俺達はこの町の代官に会いに来たんだろ? だったらすんなりいって良かったじゃねえか」
『ああ、うん。すんなり行き過ぎたというか、行き過ぎてこっちの準備がまだ整っていないというか・・・』
「?」
「その事なんだが、俺もさっきから気になっていたんだが――」
クロカンの副官、ウンタが私達の会話に加わった。
「代官への説明は誰がやるんだ? 俺はクロ子がするものだと思っていたが」
「あっ・・・」
『そうそう。それなんだよなあ』
そう。町の外からここまで直行したせいで、こちらの準備の時間が――具体的に言うと、私が月影に化けるために黒い布を調達するための時間が――取れなかったのである。
『ウンタに私の通訳をやって貰おうかとも思ったんだけど――』
「お前はこの国の人間達に恐れられているんだろ? 代官が会ってくれないんじゃないか?」
それな。
私はこの国では”魔獣”として恐れられているのだ。全く、こんなにキュートな子豚ちゃんを、随分と失礼な呼び名で呼んでくれるもんだわい。
守備隊員達は私が魔獣と気付いていない様子だった。
魔獣の噂は聞いていても、その外見までは知らなかったのだろう。
彼らの様子は、「角の生えた豚? 亜人は変わったペットを連れているんだな」といった感じにしか見なかったようだ。
しかし、代官との会談の場まで付いて行くとなれば話は別だ。
なぜ、豚を連れている。なに? 豚じゃない? ま、魔獣だって! おい、誰か! 誰か来てくれ!
そんな騒ぎになるのが目に浮かぶようだ。
「だったらウンタ。クロ子の代わりにお前が代官を説得するのか?」
「――それをさっきから気にしていたんだ」
ウンタは口をへの字に曲げて仏頂面を浮かべた。
「それしかないと言うならやるしかないが・・・あまり期待はしないでくれ。俺はクロ子と違って弁が立つ方じゃないからな」
いや、私だって得意な訳じゃないんだが。けどまあ、ウンタは割と無愛想だからな。確かにあまり交渉向きではないか。
カルネはどうだって? 言わなくても分かるだろ? 脳筋は論外だよ、論外。
『う~ん。じゃあやっぱ私が行くしかないか。ねえ、カルネ。あんたの着ているそれって新しいコートよね?』
「ん? 何だよ突然。ああ、お前と取引をしている人間の商人――ザボだっけ?ヤツから買ったんだよ。俺くらいのデカイ体になると、丁度合う服も中々ないらしくてよ。結構探して貰ったんだぜ」
カルネは買ったと言っているが、実際は物々交換だろう。亜人の村は原始共産制。お金なんて誰も持っていないのである。
とはいえ、今後、人間と取引をするためには、この辺も改めなきゃならないんだけど・・・今はその話はいいか。
『そう。ちょっと脱いで貰ってもいい?』
「別に構わないが・・・何だよ、俺のコートがどうかしたのか?」
『うんうん。この大きさなら十分ね。水母』
『以心伝心』
「お、おい、スイボ。何をする気だって――ああああっ!」
ピンククラゲ水母の体から触手が伸びると、カルネの手からコートを取り上げた。
触手は少しの間、あちこちを摘まんだり広げたりしていたが、やがてスパリ。ためらいなくコートの両袖を切り落とした。
「ちょ、バカ! よせって! 何やってんだよ!」
『ああ、うん。私の変装用に使うからこれ頂戴』
「やってから頼んでんじゃねえよ!」
ごもっとも。
慌てて掴みかかろうとするカルネ。周りで見ていた隊員達がすかさず止めに入った。
「諦めろカルネ。ああなったらもう着られないって」
「そうそう。男は諦めが肝心だぞ」
「テメエら、他人事だと思って! ハッ! さてはテメエら、さっき俺にウンコを付けられた恨みを、ココで晴らそうって魂胆だな?!」
「「ははは。クロカンの隊員は一蓮托生だぞ」」
「うおおおおん! ふざけんなああああ!」
ジタバタと暴れるカルネを尻目に、水母はサクサクと作業を進め、フード付きのマントを作り上げた。
相変わらず器用な高性能コンピューターだこと。
『自画自賛』
『いい感じなんじゃない?』
「ああ、いいんじゃないか? とてもさっきまでカルネのコートだったとは思えない出来だぞ」
「もう泣くなカルネ。丁度町まで来ている訳だし、帰りにザボの店に寄って新しいコートを買おうぜ」
「お前ら・・・覚えてろよ・・・グスッ」
いや、泣く程の事? まあ、丁度合う服が中々ないって言ってたし、ひょっとして在庫が無くて他の町からの取り寄せだったのかもしれないけど。
大男の涙ぐむ姿に、流石に私の心も痛んだ。とはいえ、これも必要な犠牲だったのだ。許せ。
私は大事の前の小事と割り切る事にした。
『次は顔を隠すマスクだけど・・・』
水母の触手が伸びると、花の飾られた大きな花瓶を掴んだ。
そのまま軽々と持ち上げると、窓を開いて外に。
そしておもむろにひっくり返すと、バシャーッ。中身を全部ぶちまけた。
花と一緒に、大量の水がこぼれ落ちる。
ちなみにここは二階である。
「キャアアアッ!」
「ちょっと、誰よ! 窓から水を捨てたのは!」
どうやらすぐ下に屋敷のメイドさん達がいたらしい。
水母は彼女達の悲鳴と怒鳴り声を完全無視。空になった花瓶の表面を触手でなぞると、ポコリと楕円形の塊が取れた。
更に水母は塊の目の位置に小さな穴。そして口の位置に細いスリットを空けた。
アレだ。ジブリの映画に出て来るカオナシ。あれを更にシンプルにしたようなデザインのお面の完成である。
『感想求む』
『うん。いいんじゃない? 次は声だけど・・・そうね。さっき聞いたサンプルの声で、私が気に入ったって言ってたアレ。例の女性の声でお願い』
『了解。【あー、あー、コレ?】』
『おおっ! そうそう、それ!』
そうそう、これな。この若い女性の声。
アニメの声優で例えるならば、早〇沙織? 透明感があって品の良い耳に心地よい声だ。
『さて、最後はキャラ付けをどうするかだけど・・・そうね。”女王クロコパトラの巫女”って事にしようか』
思い付きだけど、声のイメージとも一致するし、割といいんじゃない? 女王クロコパトラに命じられて、メッセージを伝えに来た。って流れで、設定としても無理がないし。
じゃあ、私第三のアバターは、”女王の巫女ヒミコ”で。
名前がベタ過ぎるって? いいんだよ。今回限りの使い捨てキャラに凝る必要なんてないっての。
コンコンコン。
ドアからノックの音が響いた。
屋敷の使用人がやって来たようだ。
『――じゃあ行って来る!』
「ああ。任せた」
「気を付けろよ」
私は素早くマントの中身にイン。
その直後、部屋のドアが開いた。やはり屋敷の使用人だったようだ。
「代官様がお会いになられます。そちらの代表はどなたでしょうか?」
【ボソッ(テステス)。―― コホン。私です】
おおっ。これは見事な早見〇織ボイス。相変わらずの違和感よ。
使用人は驚きにギョッと目を見開き、ためつすがめつ、何度も私の姿を確認した。
恐らく彼は、「こんなヤツいたっけ?」「てか、男しかいなかったんじゃなかったっけ?」などと、思っているに違いない。
ブヒヒヒヒ。もし君が注意深ければ、部屋の中から一匹のキュートな子豚が姿を消した事に気付いただろう。
消えた子豚。そして屋敷に入った時にはいなかったはずのマントの女。
真実はいつもひとつ! そう、子豚がマントの女に化けていたんですよ!
ええっ?! 何だってコナン君!
てか、もしアニメのオチがこんなトリックだったら、TVの前で憤慨してるわ。ネットで大炎上間違いなしだわ。
屋敷の使用人はしばらく腑に落ちない表情をしていたが、「では付いて来て下さい」と踵を返した。
どうやら理解するのを諦めたようである。
さて。いよいよ代官と面会か。物わかりの良い人間なら助かるんだけど。
次回「メス豚、メス豚に驚く」




