その327 メス豚と悪ふざけ
予告とタイトル変更しました。
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ランツィの町の代官屋敷。
四十がらみの小太りの役人――代官のボンティスは、応接室に重要な客人を迎えていた。
「マダム、お待たせて済まなかったな。最近の若い者は仕事の呑み込みが悪くて困る。いい加減、ワシの手を離れて欲しいのだが」
「いえいえ、お気になさらず。部下に苦労させられるのは、どこも同じですわね」
慇懃に頭を下げているのは、ド派手な恰好をしたふくよかな中年女性。
頭の先から足の先まで、全身くまなく高価なアクセサリーで覆い隠されている。
まるで宝石屋を服にして着ているようである。
もしも彼女を誘拐すれば、孫の代まで遊んで暮らせるに違いない。
彼女こそ、このランツィの町の商業ギルドの元締め。
ランツィの支配者、マダム・ボーナであった。
マダムが肉付きの良い手のひらを打ち鳴らすと、大きな荷物が運ばれて来た。
「これは――酒樽ですかな?」
「ええ。私からのプレゼントですわ。ボンティス様は近頃、法王国のお酒がお気に入りだとお聞きしました。でしたらきっとこちらもお気に召して頂けると思いまして」
どうやら樽の中身は法王国の高級酒のようだ。
ボンティスは、一体何処でそんな話を知ったのか? とは尋ねなかった。
そんな事をしても意味がないからである。
このランツィの町でマダムの知らない事はない。それが例え代官の屋敷の中の出来事であっても、である。
彼女の目となり耳となる者達はどこにだって存在するのである。
「これはこれは。いつもながらマダムのきっぷの良さには驚かされますな。悪い男に騙されやしないかと心配してしまいますぞ」
「ホホホ。ご心配なく。誰に対しても気前が良い訳じゃありませんの。ボンティス様には日頃から大変お世話になっておりますから」
マダム・ボーナは大きく体を揺すって笑い声を上げたが、その細い目の奥は笑っていなかった。
(私とオスティーニ商会を天秤にかけようとしても、そうはさせませんわよ)
王都の大商会、オスティーニ商会が、このランツィの町に進出して来たのはつい最近の事である。
大モルト軍との戦火はここ、トラベローニの地までは及んでいないとはいえ、敗戦の影響で国内の流通は滞り、物価は上がり、庶民の生活はひっ迫した。
代官のボンティスが食料と塩の備蓄を放出したおかげで、暴動こそ起きなかったものの、町の経済はとことんまで冷え込んでいた。
この町にオスティーニ商会が進出して来たのは、そんな最中の事である。
商業ギルドの中には、町の活性化に繋がるに違いない、と歓迎する声もあるようだが、マダム・ボーナの心中は穏やかではなかった。
(空に太陽と月は同時に輝けない。オスティーニ商会が本格的にこの町に手を伸ばして来たら、私は今の立場から追い落されてしまう。そんな事はさせない)
ランツィの商業ギルドの元締めマダム・ボーナとはいえ、王都の経済を牛耳ると言われているオスティーニ商会とでは、その資本力は比べ物にならない。
しかし、それでもマダム・ボーナは、抵抗を諦めていなかった。
今日、代官の屋敷を訪れたのも、その根回しの一つである。
兵力で敵わないなら、地の利で抵抗する。
マダムも必死であった。
その時、ドアが慌ただしくノックされた。
返事も待たずにドアが開けられると、使用人が慌てふためきながら部屋に転がり込んで来た。
「何事だ! 大事な来客の最中だぞ!」
「ぼ、ボンティス様! 亜人です! 亜人のヤツらがやって来ました!」
「なにっ?!」
ギョッと目を剥き、驚くボンティス。
すると使用人を押しのけるようにして、今度は若い男が部屋に入って来た。
服装から見て町の守備隊の者だろう。どうやらここまで走って来たらしく、息は荒く、額にはビッシリと汗が浮かんでいる。
「代官様! 町の外に亜人が現れました! 人数は約五十人! 全員若い男の亜人で、武装はしていません!」
「亜人? という事は、クロコパトラ女王か?! あの女が来たんだな?!」
ボンティスはイスを蹴って立ち上がった。
亜人の女王クロコパトラ。女王が大モルト軍の貴族、ガルメリーノ・ガナビーナに連れられ、亜人を率いてやって来たのはつい三ヶ月程前の事である。
その時はボンティスも、女王のこの世の者とも思えぬ美貌に度肝を抜かれた記憶がある。
しかし、今のボンティスの心を占めるのは怒りの感情だった。
そう。女王は虫も殺さぬ顔をしながら、裏では王家と密約を結び、このトラベローニ家の領地を狙っていたのである。
「女王め! 一体何の用があってこの町に――ハッ! ま、まさか、グジ村だけでは飽き足らず、よもやこのランツィの町を奪いに来たのではなかろうな?!」
クロ子が聞けば「は? 何でそうなる訳?」と目を点にしそうな言葉である。
しかし、ボンティスは至って本気だった。彼にとって女王クロコパトラは、王家に取り入り、この領地を狙う悪女。薄汚い侵略者。
その女王が来たとなれば、絶対にロクな事ではない。そう彼が考えたのも当然であった。
「あ、いえ。女王の乗った駕籠はどこにも見当たりませんでした。どうやら女王はいないようです」
「女王はいない? そうか。それで今、ヤツらはどうしている?」
「はっ。亜人共は驚くべき速さで町の近くまでやって来ると、街道を離れて休憩を始めました」
ボンティスは眉間に皺を寄せた。
わざわざ町の外で休憩をする理由は不明だが、それは今は置いておくとしよう。
武装していないとはいえ、若い男だけで五十人もの集団だ。町の治安上、無視する事は出来ない。
何をしに来たのか、彼らに目的を問いただす必要があるだろう。
「よし、バシッドを呼べ」
「隊長は兵を集めて現場に向かっております。私は隊長に命じられ、急ぎ代官様に報告に上がった次第でして」
どうやら守備隊長のバシッドは、既に現場に向かっているらしい。
ならば彼に出来るのは、バシッドからの報告を待つ事である。
いや――
「――いや待て。亜人共をここに連れて来い。このワシ直々にヤツらの目的を問いただしてやる」
「は? 代官様直々ですか?」
「そうだ! いいから、とっとと行け! バシッドに亜人共を連れて来るように伝えるのだ!」
「は、はい!」
守備隊員は踵を打ち鳴らして直立すると、慌てて部屋を飛び出して行った。
ボンティスはマダム・ボーナに振り返った。
「すみませんなマダム。お聞きのように、ちと忙しくなってしまいました。町の安全を守るためには致し方の無い事なので、どうかご容赦を。――おい、誰かマダムをお送りしろ」
部屋の外に声を掛けるボンティス。しかし、マダムは「いえ、お待ちを」と彼を止めた。
「その話し合い、私も一緒に聞かせて頂く訳には参りませんか?」
「は? いや、しかし――」
マダムは細い目を更に細めてほほ笑んだ。
「私、亜人という物を見た事がございませんの。いいじゃございませんの。ボンティス様のお邪魔は致しませんわ。そうそう、奥様が欲しがっていたカルトロウランナ製のネックレス。丁度良い品が手に入りそうですのよ。銀鎖のネックレスで、美しいアレキサンドライトの石が入ったそれは見事な品ですって。きっと奥様も気に入って下さいますわ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
街道沿いの木陰で強行軍の疲れをのんびりと癒すクロコパトラ歩兵中隊の隊員達。
手持ち無沙汰な私は、暇つぶしにブヒブヒと地面を掘り返していた。
ふと気が付くと、クロカンの大男、カルネが私の方を興味深そうに眺めていた。
「なあクロ子、そんな所を掘って何かあるのか?」
『いんや、何も。越冬中の幼虫でもいればと思ったんだけどね』
虫の中には幼虫の状態で冬を越す種類もいる。有名な所ではカブトムシの幼虫なんかがそうだ。
ここは街道沿いだし、馬糞もゴロゴロ転がっているから、ワンチャンその中にいるんじゃないかと思ったけど・・・どうやらハズレだったようだ。
『う~ん。そういや、カブトムシの幼虫って、馬糞や牛糞ってだけじゃダメなんだっけ。おがくずとかを混ぜたりして熟成させる必要があるとかなんとか。そうしておけば勝手に親が卵を産みに来るとか何とか』
確か昔、TVの田舎紹介の番組でそんなのを見た気がする。うろ覚えだけど。
「ええっ?! クロ子、お前馬のウンコの中に鼻面を突っ込んでいたのかよ!」
カルネは「ウゲッ」と顔をしかめた。
おい、言い方。ウンコとかイヤな言い方をするな。大体、元々は馬糞だったかもしれないが、今は乾いてほとんど土と変わらないから。
「いや、ウンコはウンコだろ? 汚ねえなあ」
『だからしつこいな。ウンコ、ウンコ言うな』
私はカルネに近付くと、おもむろに彼の服に鼻面をこすり付けた。
「ぎゃあああっ! テメエ何しやがる!」
『ブヒヒヒッ。これでアンタもウンコ男ね。お似合いよウンコ男』
「だ、誰がウンコ男だ! 俺がウンコ男ならお前はウンコクロ子だろうが! このウンコクロ子、ウンコクロ子!」
『はあっ?! 誰がウンコだ! この野郎!』
ギャーギャーと言い争う私達に、クロカンの副官、ウンタは呆れ顔を浮かべた。
「お前達、ウンコウンコと、いい加減にしろ。子供か」
「はんっ! だったらウンタ! お前も食らってみろよ!」
カルネは素早く私をキャッチ。ウンタの方へと突き出した。
よし分かった、任せろ。
私はウンタの服に存分に鼻面と前足をこすり付けた。
「ああっ! おい、バカよせ! 俺を巻き込むな! お前ら、悪ふざけもいい加減にしろ!」
『ブヒヒヒヒッ。ようこそ私達の世界へ』
「ガハハハッ! これでお前も俺達の仲間だな!」
大爆笑する私とカルネ。隊員達は巻き込まれてはたまらんとばかりに、そっと距離を取った。
そしてそれを見逃す私ではなかった。
『カルネ。ウンタが友達が欲しいってよ』
「おう、任せとけ。おい、テメエら逃げるな。クロカンの隊員は一蓮托生だぞ」
「バカ、よせカルネ!」
「ふざけんな! 俺達は関係ないだろうが!」
隊員達は慌てて立ち上がると逃げ出した。
カルネは私を抱きかかえたまま、笑いながら彼らを追いかけたのだった。
「ハア、ハア、ハア・・・。も、もう止めようぜ、無駄に疲れるだけだ」
「ハア、ハア・・・。お前からやり始めたんだろうが。ハア、ハア」
隊員達は疲れ果てて地面に倒れている。
う~む。最初は休憩していたはずなのに、何でこんな事になったんだろうか。
『記憶喪失?』
騒ぎの間、どこかに逃げていたピンククラゲが、フワフワと漂って来ると、私の背中にペショリと着地した。
いやまあ、確かにちょっと悪乗りが過ぎたかな? とは思うけどさ。
水母の体から触手がニュルリと伸びると、街道の先――遠目に見える城塞都市を指差した。
『そんな事より要警告』
『ん? あれって・・・』
何やら門の辺りが騒がしい様子――と思った途端、中からゾロゾロと武装した兵士が現れた。
彼らは街道上で隊列を整えると、こちらに向かって歩き始めた。
次回「メス豚と第三の化身」




