その324 メス豚、ガチムチに詰め寄る
天空竜は、冬の訪れと共に獲物を求め、その行動範囲を広げていた。
このままだといずれはメラサニ山だけではなく、麓の村や町を襲うようになるだろう。
しかし、ショタ坊村の偵察を任せていたハッシ達から聞かされた言葉は、私を困惑させる物だった。
「そう。その事なんだ。人間達はまだ村にいたんだ。誰も避難していなかったんだよ」
『なん、だと?』
天空竜を発見したかなり初期の段階から、私はショタ坊村に警告を送っていた。
ヤツらが人間を獲物としているのは、法王国から来た傭兵軍団の生き残りが襲われた事からも明白である。
少なくとも冬の間は――山の動物が冬眠から覚めて活動を始めるまでは――メラサニ山から離れていた方がいいだろう。
そう考えて、町に避難しておくように伝えたのだが・・・どうやら彼らは私の言葉を無視しているようだ。
『バカな事をするものね。被害が出てからじゃ遅いってのに』
「どうするクロ子? 人間の村の大きさは俺達の村と大して変わらない。戦える男の人数はそれ程違わないんじゃないか? それに俺達と違って、戦えない者達を避難させておくスイボの施設のような場所もないだろうし、お前みたいな強力な魔法が使えるヤツもいない。天空竜に襲われたらヤバイと思うんだが?」
まあそうだろうな。
私は、まだ私が村の家畜だった頃の飼い主――村長のガチムチの姿を思い浮かべた。
確かにガチムチは、ただの村長とは思えない程強かった。素手の訓練とはいえ、パンイチの村の男衆相手にパンイチで無双していたくらいだからな。
パンイチパンイチ言うなって? そういう文句はパンイチ、いや、ガチムチに言ってくれ。
しかし、もしもガチムチがそう、例えば大モルト軍の”七つ刃”ばりの凄腕の戦士だったとしても、たった一人ではあの天空竜には敵わないだろう。
それ程天空竜は内包する魔力が化け物じみていた。
私だって出来れば戦いたくない相手だ。
しかもそんな相手がつがいで二匹いるのだ。
普通に考えれば、エンカウント即ゲームオーバー。それってどんなクソゲー? といった感じだろう。
『・・・本来なら、忠告を無視した相手なんて放っておきたい所だけど。う~ん、でも、最低でも鍛冶屋のオヤジとその弟子君には無事でいて欲しいのよね』
鍛冶屋のオヤジには魔法銃の制作を依頼している。
既に金だって払っている(商人のザボが)し、こんな事で死んでもらってはこちらが困るのだ。
それに腕が良くて亜人に対する差別意識の薄い鍛冶屋は貴重だ。
・・・はあ。仕方がないな。
『分かった。私が直接、説得しに行って来るわ』
最悪、魔法で脅してでも言う事を聞かせるしかない。
てか、私の魔法でビビるようなら、最初から天空竜なんて相手に出来ないんだけどさ。
ヤツらは魔力量こそ私に及ばないまでも、大きな体と強力な力、そして空を自由に飛び回る事の出来る翼があるから。
「そうか、分かった。クロ子が行くなら大丈夫だな。よろしく頼むよ」
ハッシはホッと安堵の表情を浮かべた。
どうやら何度もショタ坊村に行っている間に、村人達に情が移っていたようだ。
天空竜にやられないか心配していたのだろう。
相手は人間だというのに随分とお人好しな事で。まあ、亜人達のそういうトコロは嫌いじゃないけどさ。
「ん? クロ子とハッシ、それにマササン達じゃないか。お前達、村の入り口で何をしているんだ?」
ここで私達は村に帰って来た十名程の男達と鉢合わせた。
周囲の偵察に出ていたクロコパトラ歩兵中隊の隊員達である。
彼らを率いていた副隊長のウンタが空を見上げた。
「こんな見通しの良い場所にいたら天空竜に見付かってしまうぞ。早くスイボの施設に――」
『丁度良かった。ウンタ、これからショタ――じゃなくて、人間の村に向かうわ。直ぐに準備して』
「――そうか、分かった。そっちの家の中で少し待っててくれ」
ウンタは隊員達を引き連れ、村の奥にある水母の施設に向かった。
私に理由を尋ねる事もなく、即座に行動に移るその実行力。
うん。今のは、いかにも「仕事の出来る男」って感じでカッコ良かったな。
『プルナはウンタのああいうトコロに惚れたのかな。水母はどう思う?』
『回答拒否』
「あ~、やっぱ、あの二人って付き合ってるんだ。前にプルナは『結婚するなら父さんより背の高い男の人じゃないとイヤ』とか言ってたのにな」
ほうほう、プルナはそんな事を言ってたのか。好きになってしまえば背の高さなんて関係ないんだな。可愛いヤツめ、ブヒヒ。
まあ、プルナにとって、ウンタは法王国の傭兵集団に囚われていた所を助けに来てくれた王子様。いわゆる”吊り橋効果”の可能性もなきにしもあらずなのだが。
「おい、ハッシ! 何をやっているんだ、早くお前も来い!」
「お、おう! 分かった!」
ウンタに怒鳴られてハッシは慌てて彼らの後を追った。
さて、隊員達が準備を終えて戻って来るまで、私は何をして過ごそうかね。
私はブヒブヒと鼻を鳴らしながら、近くの家へと向かったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここはメラサニ山の麓。クロ子がショタ坊村と呼んでいるグジ村。
村の者達は村長のホセの指揮の下、天空竜の襲撃に備えて村の守りを固めるべく、その準備に追われていた。
柵の強化に見張り台の増設。武器の追加に、今はもう使われていない古い小屋の解体。
人手はいくらあっても足りない。
村では男衆はもちろんの事、老人や女子供まで、全員一丸となって作業に取り組んでいた。
忙しく働く村人達。しかし、そんな彼らに指示を出しながらも、村長のホセの表情は冴えなかった。
「敵が山賊というのなら、これでも十分なのだろうが・・・」
彼の不安。それは敵の――天空竜と呼ばれる竜の――力が具体的に想像出来ない事にあった。
彼は天空竜を知らない。というよりも、名前すら今回初めて聞いた程である。
天空竜がどんな生き物で、どの程度危険な生き物か、彼は何一つ知らなかった。
ホセは数年前まで、この国の王家に仕える近衛隊の隊長だった。
爵位こそ持っていないものの、騎士はこの国の社会的には上流階級に位置する。
村人達が彼の指示に従い、誰も文句も言わずに防衛強化の作業を行っているのはそのためである。
近衛隊と言っても、このサンキーニ王国は小さな国だ。兵士の数もたかが知れている。近衛隊もピカピカの鎧を着て儀仗兵を気取っていればいい、という訳にはいかない。
ホセ自身も何度か隣国ヒッテル王国との戦闘に参加し、実戦を経験していた。
「俺が思い付く限りの準備はさせている。だが、相手が魔法を使う竜である以上、この守りでどこまで有効かは不明だ」
サンキーニ王国では走竜という竜(※クロ子が『恐竜ちゃん』と呼んでいた竜)を飼育し、戦の時には隊長クラスの騎士に貸し与えている。
ホセも近衛隊の隊長だったので、一度ならず竜にも騎乗している。
勿論、戦場で、走竜が魔法を使うのを見た事もあった。
「走竜の使う魔法は小石を飛ばす物だった。そして天空竜は走竜の何倍もの巨躯と聞く。魔法の力が体の大きさに比例するのかどうは分からないが、一応、天空竜は走竜よりも大きな石を飛ばす事が出来ると考えておくべきだろうな」
ちなみにホセは微妙に勘違いしている。
彼が見た走竜の魔法は、打ち出し。彼が考えているように、”小石を飛ばす”魔法ではなく、”物を飛ばすという現象を起こす”という魔法である。
走竜が小石ばかりを飛ばしていたのは、石ならそこら中に無数に転がっているためだ。
原理上は小石に限らず、小さな物なら何でも飛ばす事が出来るのである。
そしてホセの推測は正しくもあり、間違ってもいる。
魔法を発動させるための器官、”魔核”は、生物の大脳の一部である。つまり大雑把に言えば、脳が大きな生き物程、魔核もそれに比例して大きくなるのである。(※クロ子は例外)
巨大な天空竜がどれだけ巨大な魔力を持っているのか。ホセはそれを完全に見誤っている。
大きな石を飛ばす、などという生易しいものではないのだ。
もし、彼が正しい知識を持っていたなら、迷うことなく即座に村人全員を避難させていただろう。
ザワッ・・・
村の空気がどよめいた。
ホセは思考の深みからハッと我に返った。
「どうした? 何があった?」
「村長、亜人です! 山から亜人がやって来た! 魔獣も一緒にいる!」
見張りの声にホセは苦虫を噛み潰したような表情になるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ショタ坊村は何やら騒がしかった。
村の中には人が溢れ、忙しく何かの準備をしている様子だ。
『お祭りの準備――な訳はないわよね?』
「あたりまえだろ。村人総出で天空竜に備えてる所に決まってるじゃねえか」
傷だらけの大男、第一分隊の隊長カルネのツッコミに、他の隊員達もウンウンと頷いた。
んなコトくらい、分かってるってわい。ちょっとしたジョークだっての。
この場にいるのはウンタとカルネ含む、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達、四十人程。
結果として、クロコパトラ歩兵中隊の中で、無事に動ける者のほとんどが来てしまった訳だが、村の守りは大丈夫だろうか?
「今更だろ。どの道、クロ子がいなけりゃ天空竜と戦ったって勝ち目はないんだ。だったら俺達だけ村に残ってたって仕方がないだろうが」
「そうそう。それに村の連中は、スイボの施設に隠れているし。むしろ天空竜に見付かる危険があるのはクロ子の方だろ。だったら俺達がするべきはお前の護衛だ。違うか?」
護衛って・・・いやまあ、お前らの言いたい事もわかるけどさ。
『つまりアレだ。要は私がいなくなるのが不安だったんだな。この寂しがり屋さんめ。もっと自分に素直になれよ』
「・・・なんだろう。今、すげえイラッとしたんだが」
「ああ。クロ子のヤツ、何か自分のいいように勘違いしてないか?」
とか何とか。我々は和気あいあいと会話を交わしながら村に入ったのだった。
目指すは村長のガチムチ邸――って、その前に本人を見つけたわ。
村の中央の広場に作られた簡易の足場。ガチムチはその上で偉そうにふんぞり返っていた。(※個人の感想です)
私はフンスと気合を入れると、肩を怒らせながらガチムチに詰め寄った。
『おうおう、ガチムチてめえ、私の忠告を無視しておきながら、よくもンな所からこっちを見下ろしていられんな。随分といい御身分じゃねえか。アアン?』
「これが魔獣・・・村の者達が言っていたように、本当に子豚に角が生えた姿をしているんだな。それにしてもこの魔獣、以前ウチで飼っていた子豚に似ているような・・・いや、まさかな」
ガチムチは驚いた様子で小さく呟いた。
次回「メス豚、言い訳を聞く」




