その317 メス豚、気まずい思いをする
いくら戦い慣れた傭兵団とはいえ、武装解除された状態では手も足も出ない。
彼らはなすすべなく、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達の凶刃の前にバタバタと倒れて行った。
私は激情に駆られたまま、目の前の光景を見つめていた。
虐殺の時間はアッサリと終わった。
プルナを捜しに行っていた隊員達が戻って来たのは、捕虜達が全員死に、生き残りがいないか辺りを確認していた時の事であった。
「これは・・・一体。俺達がいない間に何があったんだ?」
凄惨な現場を前に声を失う隊員達。
点々と散らばる人間達の死体。
彼らは全員、武器を持たず、背中から刺されて命を失っていた。
戸惑う隊員達の中から、小柄な亜人の青年が進み出ると、辺りを見回して眉をひそめた。
クロコパトラ歩兵中隊の副官、ウンタだ。
彼は若い女子の手を引いている。
彼女の名はプルナ。亜人の村の女子で、ヤマネコ団の偵察員にさらわれていた所を、戦いの混乱の中で自力で脱出。森に逃げ込んでいたらしい。
どうやらウンタが見つけ出し、彼女の身柄を無事に保護したようだ。
「クロ子。一体ここで何があった?」
ウンタが私に尋ねた。
隊員達も不安そうな顔で私を見つめている。
不思議な事に、彼らの視線を受けるうちに、私の中で荒ぶっていた感情はみるみるうちに鎮まっていった。
今となってはただただ気まずい気持ちだけ。
周囲の隊員達も同じなのだろう。全員、まるで悪い事をして叱られる時の子供のように、居心地が悪そうな様子で顔を反らしていた。
黙り込んでいる私に、ウンタは重ねて尋ねた。
「敵は傭兵団だったと聞いている。何人かは逃げ出したが、ほとんどのヤツらは降伏した、という話だったが――違っていたのか?」
『・・・違わない』
このまま黙っていても仕方がない。
私は渋々、小声で答えた。
ウンタや彼らに私達を責める気持ちはないのだろう。
ただここで何があったのか知りたいだけ。
しかし、なぜか私は彼らから非難を受けているみたいに感じていた。
「そうか。なら、なぜコイツらを殺したんだ? 捕虜にしたんだろう? ひょっとして降伏したふりをして何か企んでいたのか?」
『・・・そんな事は、ない』
降伏は決してウソではなかった。彼らは武器を捨て、我々に従った。
そう。私達はそんな無防備な相手を一方的に殺戮したのだ。
怒りが引き、頭が冷めた今となっては、自分達のやった事が酷く非人道的に思えた。
ここで強面の分隊長、第二分隊の分隊長のトトノが声を上げた。
「おい、待てよウンタ! コイツらは法王国の人間だったんだ! お前だってヤツらが村を襲った時の事を忘れた訳じゃねえよな?!」
「法王国? コイツらはアマディ・ロスディオ法王国の傭兵だったのか?」
トトノの言葉にウンタは改めて周囲の死体を見回した。
そして納得した顔で「なる程」と呟いた。
「だから復讐をしたのか」
「おお、そうよ! 法王国のヤツらは俺達の村を襲った! だから殺してやったんだ!」
「トトノ。あんたには聞いていない。クロ子に聞いたんだ。クロ子、そうなのか?」
そうだ。その通りだ。
法王国はパイセンの仇。法王国の人間は殺す。そう決めた。それの何が悪い。
『・・・そうよ』
「――そうか。お前がそう決めたのなら俺達はそれに従うだけだ」
ウンタはしゃがみ込むと、私の目をジッと見つめた。
彼は今までで一度も見た事がない程、真剣な表情をしていた。
「クロ子。俺達はお前が戦えと言えば戦う。人間を殺せと言うなら殺す。お前は俺達のリーダーだ。俺がお前に何か言う事はあっても、お前が決めた事には誰も逆らわない。その意味をもう一度良く考えてみてくれ。いや、俺が言わなくても、お前はその意味を良く分かっているはずだ。違うか?」
ウンタの言葉はナイフのように私の心を抉った。
ウンタは私を責めていない。否定もしない。ただ従う。その上でその意味を良く考えろと、そう言っているのである。
私はゆっくりと――そして恐る恐る――周囲を見回した。
月明かりに照らされて、何十人もの無抵抗な人間が物言わぬ屍となった姿をさらしている。
この光景を作ったのは私だ。
一時の激情に駆られた私の決断が、この悲惨な光景を生み出したのだ。
リーダーの決定には重い責任が伴う。
個人としては感情に流されても構わない。
アマディ・ロスディオ法王国の法王庁は、亜人の村を襲い、パイセンの命を奪った。そんな相手を恨むのは人として当たり前だ。
リーダーだって人間なのだ。感情の無い機械じゃない。
しかし、リーダーとして判断する時には――何かを決定する時には、そういった感情を度外視しなければならない。
リーダーの決断には、自分の、部下の、相手の、彼らと関係する人間全ての、生活と命がかかっているのである。
(そんな事は知ってる。十二分に分かり切っている)
いや、違う。私は分かっている気になっていただけだった。
私はウンタにその事実を突き付けられた気分だった。
私は大きなショックに言葉もなく立ち尽くしていた。
そんな私を見かねたのか、強面の分隊長トトノが声を荒げた。
「待てよ、ウンタ! お前まさか俺達のやった事を責めているのか?! 法王国の人間は俺達の――」
「そんな事は言っていない。俺はクロ子が――」
「おいおい、一体何を揉めてるんだ? 見た所、戦いは終わってるみてえだが」
太い声に振り返ると、そこにいたのは傷だらけの大男。
クロコパトラ歩兵中隊の第一分隊分隊長、カルネだ。
彼は全身血だらけのアザだらけで、歩くだけでもキズに響くのか、痛そうな顔で左腕を押さえていた。
「カルネ。お前、今までどこで戦っていたんだ? ヤツとの勝負はついたのか?」
「ああ。あのデカブツなら始末したぜ。思ったよりも意外と手強かったんで、ちっとばかり時間が掛かっちまったがな」
カルネはボロボロの体でそううそぶくと、軽く周囲を見回した。
「ところでこの人間の死体の山は何だ? 見た感じ、クロ子がやった感じじゃねえようだが」
「そうだ。クロカンの隊員達が殺したそうだ」
「ふうん。さっきお前らが揉めてた原因はそれか」
カルネは不満顔のトトノと、そして気まずそうに目を反らす私を見た。
「まあいいや。事情はトトノに聞かせて貰うか。おい、こっちに来いよトトノ。スイボにケガの治療をして貰いがてら、ここで何があったか聞かせてくれ」
「カルネ、お前何を勝手に――ちっ、分かったよ。おい待て、そっちじゃねえ。スイボはこっちで仲間の治療をしている。案内してやるから大人しく付いて来い」
「おう、頼むぜ」
カルネとトトノは連れ立って去って行った。
残された我々の間には、どこかやり場のない空気が漂っていた。
ウンタはプルナに振り返った。
「プルナ、手にケガをしているようだし、一応、お前もスイボに診てもらおう」
「・・・うん」
「クロ子、お前はどうする?」
『私はここに残るわ』
今の私は一人になりたい気分だった。
「そうか。さっきの俺の言葉、考えておいてくれ」
ウンタはプルナを連れて去って行った。
一瞬、向こうでまたトトノと険悪になるんじゃないか、とも思ったが、今度はカルネもいるから大丈夫なんじゃないだろうか。知らんけど。
私は隊員達に、『少し周囲を偵察して来る』と告げると、身体強化の魔法を使い、森の中に駆け込んだのだった。
私は暗い森の中を走りながら叫んだ。
『くそっ! くそっ! くそっ! 私のバカ! アホ! メス豚! 何やってんだよクロ子! お前はみんなのリーダー、隊長だろうが! 隊長が部隊の行動に私情を挟んでんじゃないぞ! このバカ野郎が!』
私は甘い、大甘だ。
法王国に対する恨みまで忘れる必要は無い。けど、クロカンの隊長として決断をする時には、そんな感情は害悪――余計なバイアスでしかないのだ。
判断はフラットな状態でされなければならない。
それが出来なければリーダー失格だ。
『うおおおおおっ! 私の大バカ野郎おおおおーっ!!』
私は絶叫した。力の限り、やみくもに走り続けた。
後で思い返せば、暗い森の中、あれだけ全力疾走してよくケガ一つしなかったものである。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ウンタがプルナを連れて水母の下にやって来た時、カルネは一人、水母の治療を受けていた。
「どうしたんだカルネ。トトノに話を聞くんじゃなかったのか?」
「アイツならお前がこっちに来るのを見て逃げ出しちまったよ」
二人は顔を見合わせて苦笑した。
「なあウンタ、トトノの事は分かってやれよ。アイツは村が人間に襲われた時、オヤジと兄貴を殺されてるんだ」
「ああ、知ってる。あの時は何人もやられたからな。恨みに思う気持ちも当然だ」
ウンタとプルナは地面に座ってカルネの治療が終わるのを待った。
プルナはポツリと呟いた。
「私もあの時、人間に父さんを殺されてるから、みんなの気持ちも分かるな」
「・・・そんなヤツは大勢いる。だからクロ子に言われて、ついタガが外れてしまったんだろう」
法王国の人間に恨みを持つ者は多い。
村人全員が同じ悲しみを抱えているため、日頃は表に出る事もないが、今回はクロ子の決断が彼らの心に秘めた暗い感情を掘り起こしてしまった。
つまり、クロ子の決断は、彼らの復讐を肯定する一種の免罪符となってしまったのである。
「だがよ、いつまでも人間を恨んでいるだけじゃ、俺達には未来がねえ」
「そうだ。俺達がいくら頑張った所でどうやったって人間には敵わない。クロ子がいたってダメなものはダメだ」
人間の力は強大だ。
クロ子に率いられてこの国の王都、アルタムーラという巨大都市を見た時、クロカンの隊員達は全員、その事実を痛感した。
人間に敵対しても、待っているのは破滅だけ。
そして人間側は蚊に刺された程の痛みも感じないだろう。
「だから俺達の勝利は人間を倒す事じゃない。――生き延びる事だ」
「それって前にクロ子が言ってたヤツだな。だからしぶとく生き延びろってアレ。アイツらしい言葉だぜ」
「違いない。何せこれを言った本人が豚なんだからな。知ってるか? クロ子は元々、人間の村で飼育されていた家畜だったそうだぞ」
「それが逃げ出して、今や俺達のリーダーなんだからな。全く、これ以上の説得力は無いってもんだぜ」
ウンタとカルネはそう言って笑い合った。
プルナは黙って二人の会話を聞いていたが、口の中で小さく「しぶとく生き延びろ――か。確かにクロ子らしいかも」と呟やき、クスリと小さく笑ったのだった。
次回「国境の町のルベリオ」




