その314 メス豚と四天王の戦い、決着
私は敵四天王の内二人。
つば広帽子の男と紅い槍を持つ男を片付けた。
敵兵達は、信じられない、といった表情で倒れた仲間を見つめている。
余程四天王の力を信じていたのだろう。驚きに声すらも出ないようだ。
ふふん。さっきは散々イキリ散らしてくれたからな。いい気味だ。
私は満足げにブヒッと鼻を鳴らした。
『好事魔多し』
私の背中でピンククラゲ改め泥団子クラゲがフルリと震えた。
言われなくても分かってるってーの。
調子に乗ってる余裕なんてあるはずがない。
さっきまで、敵はキュートな子豚ちゃんの姿に油断していたかもしれないが、次からはそうはいかない。
そう。不意打ちで二人倒したとはいえ、四天王はまだ二人も残っているのだ。
これから始まるのは本気の敵とのガチバトル。一対二のハンデマッチだ。
『だから次は慎重に――とでも言うと思ったかい! 先手必勝は勝負の鉄則! 行くわよ水母!』
『予測の範疇』
私は足を止めずにダッシュ。敵との距離を一気に詰めると、先制の魔法攻撃を放った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
男は仲間達から口なしのフォルダと呼ばれていた。
極端に無口な男で、誰も彼の声を聞いた者はいない。
昔、酒の席で酔った彼が寝入ってしまった事があった。その時、珍しく彼がいびきをかいたのだが、誰もそれが彼のいびきとは気付かなかった。そしてどこからともなく聞こえて来るいびきに、「どこか見えない場所で寝ているヤツがいるのか?」と、不思議の思った全員でいもしない人間を捜し回った、という逸話が残っている。
黒い子豚は、奇術師グラナダ、朱槍のマンツォの二人を倒し、次はフォルダに狙いを定めたようだ。
フォルダは無言で長大な大剣を振り上げた。
彼の得意とする得物、両手剣だ。
ミシッ・・・
フォルダの二の腕に力が入り、大きく力瘤が盛り上がる。
ヤマネコ団で一番の力自慢は言うまでもなく巨漢のオークだが、握力だけに絞って言うならば、誰もがこの口なしのフォルダの名を上げるだろう。
彼はその並外れた腕の力で、本来は両手で操るべき両手剣を片腕一本で振り回す事が出来るのである。
ゴウッ!
約二メートルもの長さを誇る巨大な鉄の塊が唸りを上げて振り下ろされる。
槍にも匹敵する広い攻撃範囲。そして元々の剣の重さに加え、フォルダの剛腕による振り下ろしの速度が加算される。
攻撃距離、そして破壊力。
彼の相手をする者は、防ぐこともままならない重い攻撃を、こちらの手の届かない長距離から一方的に押し付けられるのである。
フォルダ必殺の攻撃がクロ子に迫る。
「ブヒッ!(最も危険な銃弾!)」
パーン! 乾いた炸裂音が夜の森に響き渡ったと同時に、フォルダの頭が大きくガクンと跳ね上がった。
次の瞬間――
ズシーン
フォルダの手からすっぽ抜けた両手剣が回転しながら空を飛び、誰もいない地面に突き刺さった。
そしてフォルダはグラリと体を揺らすと、そのまま地面に倒れ込んだ。
二メートルの攻撃範囲も、クロ子の魔法の射程距離に比べれば、多少の誤差でしかなかったのである。
そして馬の脚をも両断する破壊力も、剣が相手に届かなければ意味がない。
クロ子の魔法はフォルダの間合いの外から放たれ、彼の顔面を捉え、破壊した。
こうしてフォルダは、その桁外れの剛力を生かす事も出来ずに、一瞬にして命を奪われてしまったのであった。
「バカな・・・。ウソだ、信じられねえ。一体何が起きていやがるんだ」
二丁剣のルッティは悪夢そのものの光景に激しく動揺していた。
ヤマネコ団の中でも屈指の腕利き達が――奇術師グラナダ、朱槍のマンツォ、口なしのフォルダが――あっけなく、しかも一合も打ち合う事もなく、ことごとく彼の目の前でやられてしまったのだ。
黒い子豚が彼らを殺した。状況から見てそれは間違いない。
しかし、何かをやったのか分からない。何が起きたのか分からない。
攻撃は見えなかった。いや。それどころか、子豚は彼らに触れさえしなかった。
近付いた。次いで破裂音がした。
ただそれだけで、歴戦の傭兵達が――幾多の戦場で数々の敵を屠って来た凄腕達が――バタバタと倒れ、あっさりと死んでしまったのである。
「魔獣――」
その時、誰かの声が耳に届いた。
ハッと振り返ったルッティが見たのは、ヤマネコ団の団長、ログツォの姿だった。
ログツォは夜目にも分かる血の気の引いた顔で、黒い子豚を凝視していた。
「間違いねえ。ヤツは魔獣だ」
魔獣。あれが魔獣。
法王庁のエリート部隊、教導騎士団の一部隊をたった一匹で壊滅に追いやったという謎の生物。
凶悪な魔法を使う人殺しの獣。
法王庁では堕落した神の御使い、”暗鬼の使い”とも呼ばれているという。
「こ、コイツが魔獣。マジでいたのかよ」
ルッティは絶句した。
彼は魔獣の存在に半信半疑だった。いや、彼だけではない。団員のおそらく半数以上は疑っていたはずである。
中でも狩人アルードなどは「メラサニ山にそんな生き物がいるなんて聞いた事が無い」と、最初から存在自体を信じていない様子だった。
しかし、魔獣はいたのだ。そう、ここに。
目の前で圧倒的な力を見せられた以上、信じるしかない。
むしろ魔獣以外の存在に、どうすればこんなデタラメな事が出来ると言うのだろうか。
「こんなの・・・敵う訳がねえ」
ルッティは理屈よりも直感に従う男である。その彼の直感が「どうやってもムダだ」と告げていた。
「へっ? な、何だ? さっきから妙にガチガチうるせえ音がすると思っていたら、うへへっ、お、俺の歯が鳴ってる音だったのかよ」
恐怖にガチガチと歯が鳴り、全身がガクガクと震えている。
まるで雲の上にでも立っているかのように、足元がフワフワとして頼りない。
ルッティの手から力が抜け、スルリと湾刀が滑り落ちた。
「! ルッティ! 何をしている! 剣を拾え! ヤツが、魔獣がお前を狙っているぞ!」
狩人アルードが必死に叫ぶ。
しかしルッティは半笑いの困り顔で、小さく首を左右に振る事しか出来なかった。
絶対的な絶望に、彼は心を折られ、完全に戦意を喪失していたのである。
「ルッティーッ!」
パンッ!
暗い森の中に乾いた音が響いた。
ドサリ。
ルッティの体が冷たい地面に転がる。
こうして二丁剣のルッティは、なすすべなく、クロ子の魔法で命を奪われたのであった。
「ルッティ・・・そんな」
ヤマネコ団の傭兵達が水を打ったように静まり返る中、クロ子はトコトコとルッティの死体に近付いた。
一体何をする気だ?
緊張感で空気が張り詰める中、クロ子は無造作に死体の上に登った。
そしてふんぞり返ると、高らかに叫んだ。
「ブヒヒヒ――ッ!(四天王! 討ち取ったりー!)」
「「「アオーン! アオオーン!」」」
ボスの雄叫びに刺激を受けた黒い猟犬隊の犬達が、一斉に遠吠えを始める。
ちなみにクロ子の叫びとは違い、犬達のそれはただの遠吠えなので言語的な意味はない。ただ吠えているだけである。歌の歌詞の中にたまにある「ルルルル~」や「イェイ、イェイ、イェー」みたいなものを思い浮かべて貰えばいいかもしれない。
言うまでもない事だが、クロ子の勝利宣言は、ヤマネコ団の誰にも通じていなかった。
翻訳の魔法が使えない彼らには、クロ子の雄叫びはただの豚の鳴き声にしか聞こえなかったのである。
もっとも、仮に言葉が理解出来ていたとしても、やはり彼女が何を言っているのかは分からなかっただろう。
確かにルッティ達はヤマネコ団の幹部クラスの実力者ではある。だが、狩人アルードや巨漢のオーク、副団長のニードルなど、凄腕の団員はまだ他にもいる。
決してルッティ達四人だけが突出している訳ではないのだ。
しかし、クロ子はこの四人が出て来たのを見て、彼らが敵側の最強集団――四天王だと考えた。
つまり四天王というのは、クロ子の脳内だけに存在する空想上の存在だったのである。
クロ子はひとしきり雄叫びを上げて満足すると、背後の仲間達に振り返った。
『クロコパトラ歩兵中隊並びに、黒い猟犬隊の諸君! 敵の四天王は倒れた! 残っているは一般兵だけだ! 全軍、私に続いて突撃せよ!』
「「「「うおおおおおおおおっ!!」」」」
「「「「ワンワン! ワンワン!」」」」
「マズい!」
狩人アルードはハッと我に返ると、素早く弓に矢をつがえた。
敵は勝利の余勢を駆って攻め込んで来る。
それに対して、仲間は完全に浮足立っている。
このままでは戦線は一気に崩壊する。
(魔獣を――せめて魔獣に一矢報いれば、この流れを変える事が出来る!)
今、魔獣はこちらに背を向けている。
凶悪な魔獣が見せた僅かな隙。このチャンスを逃してはならない。
ピウッ!
弓弦が鋭く鳴ると必殺の矢が放たれた。
矢は狙い過たず、魔獣の無防備な背中に到達すると――
「フルリ(魔法障壁)」
何も無い空間でカチンと弾かれた。
「あっ・・・」
魔獣には自分の矢は通じない。アルードは焦りのあまりその事をすっかり忘れていたのである。
魔獣が驚いた様子で振り返る。その視線がアルードを捉えた。
(しまった!!)
アルードはとっさに弓を投げ捨てると、なりふり構わず全力でこの場から逃げ出した。
山野での野外活動において、彼の能力を超える者はヤマネコ団には一人もいない。その実力はこの山で生まれ育った亜人達にすら匹敵するものがあった。
しかし、いくら優れているとはいえ、それはあくまでも比較対象が人間の場合。
アルードがいくらも走らないうちに、傭兵達の頭上を飛び越えたクロ子が彼の背に追い付いていた。
死の恐怖がアルードの心臓を鷲掴みにする。
「チ、チクショウ! 何で俺達がこんな目に!」
それが彼の最後の言葉になった。
パーンという乾いた炸裂音が響き渡ると同時に、アルードの体は冷たい地面の上に投げ出された。
こうして狩人アルードは死んだのだった。
次回「ウンタとマサさん」




