その313 メス豚と四天王の戦い、始まる
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「あれは・・・何だ?」
木の影に身を潜めていた、狩人アルードはギョッと目を見開いた。
外見はただの黒い子豚だ。
仲間達も、「なぜこんな場所に」と不思議そうに見つめている。
しかし違う。
あれは決してそのような生易しい代物ではない。
みんななぜ、それが分からない。
アルードは背筋にイヤな汗が噴き出すのを感じていた。
二振りの湾刀を自在に操る二丁剣のルッティ。
彼が幹部クラスの仲間達を名指しで呼び出した時に、アルードは「また勝手な事をしやがって」と腹が立って仕方がなかった。
前に出て死にたいなら一人で死ね。仲間を巻き込むな。
思わずそう叫びそうになった程である。
しかし、意外な事に名前を呼ばれた仲間達――つば広帽子のキザな男、奇術師グラナダ、大剣使いの無口な男、口なしのフォルダ、そして朱槍のマンツォ――は、ルッティの言葉に応えて前に進み出た。
一体なぜ?
アルードは訝しんだが、亜人達に動揺が広がるのを見た事で、彼らの狙いが分かった。
先程の見えない攻撃。
戦いの最中に、突如、パパーンと何かが弾ける大きな音がしたかと思うと、仲間の何人かが負傷して倒れ込んでいた。
誰がやったのか、そして攻撃手段すらも分からない謎の攻撃。しかし、亜人側に被害が全く見えなかった事から、敵の攻撃であった事は間違いない。
突然、自分達を襲った正体不明の攻撃に、仲間達はすっかり浮足立ってしまった。
逆に亜人達は明らかに元気を取り戻していた。
「それをルッティは敏感に察した。このままでは押し敗ける。ヤツはそう考えて、自分達が前に出る事で敵を威圧したんだろう。事実、亜人達は明らかにマンツォ達の姿を見て動揺していた」
そして動揺する亜人達の姿を見て、うろたえていた仲間達は逆に落ち着きを取り戻していた。
「・・・ふん。いつもは気に入らないヤツだが、こういう所はバカに出来ないな」
アルードは先程のルッティの行動を以上のように推察した。
しかし、彼の考えは正しくもあるし、間違ってもいた。
二丁剣のルッティはそこまで深く考えて行動した訳ではない。
動揺する仲間を見て、そして元気を取り戻す敵を見て、このままだとマズいと感じて、直感的に行動したに過ぎない。
理屈ではなく、あくまでも感じたままに感覚で動く。ルッティとはそういう男なのだ。
だからこそ、彼は戦いに――勝ち負けに対する嗅覚が団の中でも特にずば抜けていた。
ある意味、団長のログツォに本質的に一番近いのは彼なのかもしれない。
マンツォ達三人はそれを知っているからこそ、危険を承知で彼の言葉に乗って前に出たのである。
そしてルッティの策は見事にはまった。
普通ならばこれで上手くいっていただろう。
しかし、この場には彼らの知らない存在が――普通ではない常識外れの存在が――いたのである。
「あれは、何だ?」
アルードはもう一度呟いた。
見た目は黒い子豚だ。ただし頭部には禍々しい角が四本生えている。
そんな子豚がただ一匹。亜人達の間から抜け出すと、ルッティ達の前へと歩み出ていた。
「あんな豚、今までどっかにいたか? おい、誰か見たヤツいるか?」
「・・・(黙って首を横に振っている)」
「なぜこんな所に子豚が?」
「ふむ。迷い込んだにしては妙だな」
ルッティ達は場違いな珍客の登場に首をかしげている。
なぜ誰も気付かない?
アルードは彼らの危機感の無さに苛立ちを覚えた。
こんな異常な気配を放つ生き物はいない。なぜそれが分からない?
もし、この場に動物に詳しい調教師のシレラがいれば、きっとアルードに同意してくれただろう。
狩人と呼ばれるアルードは、部隊の食糧調達役として日頃から野生動物を狩っている。だからこそ分かる。目の前の小動物の異様さが。
あれは見た目こそ無害な子豚だが、違う。捕食者だ。
アルードは狩人としての直感で、同種の気配を敏感に感じ取っていたのである。
彼の放つ殺気を感じ取ったのか、子豚がこちらに顔を向けた。
視線が交わったその瞬間。アルードははじかれたように矢を放っていた。
ピゥン! 矢は風を切って一直線に飛び、吸い寄せられるように子豚に向かうと――
カンッ!
何も無い空中で跳ね飛ばされた。
「なっ?!」
「今の矢は、アルードか?!」
仲間達が驚いて振り返る。そのあまりの危機感の無さに、アルードはとうとう怒りを爆発させた。
「バカ! 敵から目を切るな! 来るぞ!」
彼は怒鳴った。いや、絶叫した。
そう、彼は怒りを爆発させたのではない。恐怖のあまり悲鳴を上げたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ピュン。風を切る音が響いた。そう思った瞬間、私の背中のピンククラゲ改め泥クラゲがフルリと震えた。
『魔力障壁』
カチーン!
軽い音と共に、水母の魔法障壁に何かが当たってはじかれた。
あれは矢か? 私は狙撃されたのか。
『不注意』
『あ、ゴメン。風の鎧』
いかんいかん。つい雰囲気に呑まれて悠々と歩いてた。
私はバカか。ここは戦場だ。勝てば官軍、卑怯上等。敵が不意打ちをしてくる事なんて容易に想像出来ただろうに。
私は身体強化の魔法をかけると慌ててダッシュ。
瞬時に敵四天王との距離を詰めた。
よし。これで敵は弓を使えなくなった。味方撃ちをしてもいいなら別だが。
四天王はというと、意外な事に後ろを振り返っている。彼らの驚いた顔から察するに、どうやら今の攻撃は後方の射手のスタンドプレーだったようだ。
てか、敵から目を離すとはマヌケめ。ここは戦場だという事を忘れたか。
『自己紹介』
水母からツッコミが入るが、今はそれどころではないので無視。
先ずは一人目。お命頂戴。
『最も危険な銃弾!』
不可視の弾丸が洒落たつば広帽子の男の腹に命中した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
奇術師グラナダ。彼はイカサマカードを得意とするキザな傭兵である。
彼のトレードマークとも言える洒落たつば広帽子は、とある貴族を野盗の襲撃から救った時に、その夫人から彼に送られた物と言われている。
変幻自在の剣術の使い手で、本人が言うには、十の流派で免許皆伝をおさめているとの事である。
もっとも、奇術師が――詐欺師が――言っている事なので、どこまで本気にして良いかは分からないが。
とはいえ、彼が剣術に秀でているのは間違いない。優れた体幹から繰り出されるクルクルと舞を舞うような剣技は正に攻防一体。
なんでも剣を持つようになってこの方、一度も敵の攻撃を受けた事がない、とか。
これもトリックスターの自己申告なので、信じるかどうかは聞く者次第となるが。
「バカ! 敵から目を切るな! 来るぞ!」
狩人アルードの叫び声に、グラナダはハッと振り返った。
そこにさっきまでのんびり歩いていた黒い子豚の姿はなかった。
いや、違う。彼が背後に振り返ったほんの二~三秒。そのわずか数秒の時間で、黒い影は彼の足元まで到達していたのである。
「ブヒッ!(最も危険な銃弾!)」
子豚が鋭く鳴いた。そう思った次の瞬間、グラナダの腹部は弾け飛んでいた。
バカな! 一体何がおこったんだ?!
驚愕。そして混乱。
動きが妨げられるのを嫌って、日頃から軽装にしていたのが彼の不運だった。
裂けた腹から腹腔内圧に押されて臓器がこぼれ落ちる。
あ・・・あ・・・あ・・・
灼熱の痛みが腹部を襲い、声すら出せない。呼吸も出来ない。
彼は内臓を抱きかかえたまま前のめりに倒れた。
やがて大量の出血に意識が混濁し、遂には何も考えられなくなった。
こうして奇術師グラナダは、その優れた剣技を生かす機会も与えらないまま、四人のうちでクロ子の最初の犠牲者となったのであった。
「グラナダ! コイツめ、良くもグラナダをやりやがったな!」
朱槍のマンツォは愛用の朱槍を鋭く突き出した。
狙いは角の生えた黒い子豚。
どうやったのかは分からない。何をやったのかも分からない。しかし、状況から見てこの子豚が仲間をやった事だけは間違いない。
朱槍のマンツォの別名は”胴体抜きのマンツォ”。
戦いの中、槍が相手の鎧を貫き、胴体すら貫通して穂先が背中から突き出した事があるため、そう呼ばれている。
それ程彼の槍は早く、鋭い。
神速の突きがクロ子に迫る。
「なっ?!」
しかし、つま先に鋭い衝撃を覚えたと同時に、マンツォの体は大きく宙に投げ出されていた。
何かに躓いた?! そんなバカな!
痛みと焦りに頭にカッと血が上る。
マンツォは知らなかった。これはクロ子が編み出した戦法、その名も”忍者殺し”。
マンツォが大きく踏み込んだ瞬間、クロ子は足元の岩を最大打撃の魔法で少しだけ浮かせたのである。彼はそれに気付かず、躓いてしまったのだ。
「グッ!」
勢い良く倒れた込んだせいで一瞬、息が詰まって動けなくなる。
そしてこの隙を見逃すクロ子ではなかった。
「ブヒッ!(最も危険な銃弾!)」
マンツォはグラナダとは違い、ちゃんと全身に防具を装備していた。
しかし、さすがに顔面――しかも目の周りまではカバー出来ない。
不可視の弾丸が眉間に命中、炸裂すると、衝撃波はマンツォの頭蓋骨の中身を破壊した。
その時点で彼の意識は永遠に途絶える事になった。
「バ・・・バカな」
狩人アルードは、目の前の光景に絶句していた。
時間にしてわずか数秒。ほんのひと呼吸かふた呼吸する程度の時間で、凄腕の仲間が立て続けに二人もやられてしまったのである。
この目で見ても信じられない。まるで悪い冗談――悪夢そのものだ。
ショックで口内がカラカラに渇き、心臓が痛いほど早鐘を打つ。
だが、クロ子による蹂躙は始まったばかり。
血の夜はまだこれから続くのだ。
次回「メス豚と四天王の戦い、決着」




