その308 ~薄暮の戦い~
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狩人アルードと少年傭兵ベネ、二人の偵察員が、人質の亜人の少女を連れてヤマネコ団の仲間達と合流したのは、それから二~三十分ほど後の事だった。
団長のログツォは開口一番、アルードをとがめた。
「アルード、テメエしくじったな。亜人のヤツらに尾行られてるぞ」
アルードは一言、「申し訳ねえ」と謝った。
その殊勝な姿にログツォは小さく舌打ちをした。
「知ってやがったか。まあ、お前が尾行に気付かない訳はねえな。で? その女は何だ? そいつが亜人なのか?」
ログツォは、アルードの後ろに立つ少女に目を向けた。
若い少女だ。年齢は十代後半。粗末だが清潔感のある服から伸びた手足は適度に肉付きが良く、健康的に日に焼けている。
口元こそ犬か猫のように前方に突き出しているものの、その点を除けば、人間の若い少女となんら変わらないように見えた。
左右の腰に湾曲した剣――湾刀を佩いた傭兵が身を乗り出すと、下卑た笑みを浮かべた。
「へえーっ、この女が亜人なのかよ。おいおいなんだよ、亜人っつっても人間の女と大して変わらねえじゃねえか。なあ団長、コイツ裸にひん剥いちまってもいいか? 服の下の体がどうなってるのか、スゲエ興味あるんだけどよ」
男の言葉に仲間達から「ヒュー」「俺も見たいぞ」と、やんややんやの喝采が上がった。
獣欲にまみれた男達の見つめる中で裸身を晒す。
恐ろしい想像に亜人の少女は――プルナは、血の気の引いた顔でガクガクと体を震わせた。
「バカ野郎! テメエらに女の裸なんぞ見せたら、収まらなくなるに決まってるだろうが! 下らない事を言ってねえで、亜人のヤツらの襲撃に備えやがれ!」
「ええ~っ、そいつはないぜ、団長」
「そうそう。俺達山歩きばかりで、もう何日も女の肌に触れてないんだぜ。こんなの生殺しじゃねえか」
「うるせえ! そんなの俺だって一緒だ、文句言ってんじゃねえ! ――分かった、分かった。亜人の村に着いたら好きにさせてやるから。今日の所はそれで我慢しろ」
「マジかよ! やったぜ!」
男達は一斉に歓声を上げた。
ログツォは、「おい、よせ! 亜人のヤツらに俺達の居場所がバレるだろうが!」と怒鳴ったが、一度火が付いた部下達の盛り上がりは止まらなかった。
「ったく、コイツらは本当にどうしようもねえな・・・」
「今のは団長が悪いですよ」
渋面のログツォに、副団長のニードルが苦笑した。
「こうなれば一日でも早く亜人の村を見付けるしかありませんね。でなければ、団員達が暴れ出しますよ」
「ふんっ。まあだが、その足がかりは手に入った訳だしな」
ログツォは鼻を鳴らすと、亜人の少女の全身を舐めるように見回した。
(それにしてもこの亜人女。まだガキだが、中々の上物じゃねえか。亜人の女がみんなコイツみたいだってぇなら、なる程、高い値で取引されるのも分かるってもんだ。部下達の手前がなけりゃ、すぐにでもテントに連れ込んで押し倒してやりてえ所だぜ)
プルナは、自分がログツォにじっくりと視姦されている事に気が付いていない。
恐怖に震える彼女は、この場で倒れないようにするだけで精一杯で、周囲に気を配っている余裕が無いからである。
この場で団長の視線に気づいているのは、団長のかたわらに立つ副団長。そして、少女を心配そうに見守る少年傭兵のベネの二人だけだった。
騒ぎながらも、傭兵達は着々と迎撃の準備を整えていく。
邪魔な荷物は中央に纏め、盾を持ったメンバーが一番外に並んで防衛ラインを構築する。攻撃が来ると思われる方角には人数をかけて厚めにしておくのも忘れない。
こういった段取りを遅滞なく、阿吽の呼吸で行えている点は、流石は戦闘に慣れた歴戦の傭兵団、といった所だろう。
団長のログツォも、これにはまんざらでもなさそうな顔をしている。
ログツォは部下達の動きを見守りながら、荷物のすぐ横、大型の動物の世話をしている男へと振り返った。
「シレラ。亜人のヤツらは今、どうしてる?」
「あ、はい、団長。ええと、さっきと変わらないようです。・・・多分」
シレラと呼ばれた男は、ビクリと体をこわばらせると自信がなさそうに答えた。
ログツォの眉間にしわが寄る。シレラの自信がなさそうな返事が癇に障ったから――ではない。それはいつもの事だ。
彼は亜人に動きが無いのが気になったのである。
「俺達の存在に気付いて警戒している。という訳か」
「ええと、その・・・分かりません」
ログツォはシレラの横で怯える大型の動物を見つめた。
奇妙な姿をした動物だ。大きさは二メートルほど。体のシルエットは牛と馬を足して半分にした感じ。ただし、全体的な印象は、どちらかと言えばトカゲやイグアナ等の爬虫類を思わせる。
クロ子が牛トカゲと呼ぶ生き物――地竜だ。
危険な魔獣の生息する隣国の山中で、どこにあるとも分からない亜人の村を探す。
クロ子が聞けば「何、その無理ゲー」と呆れそうな、一見無謀な今回の計画。
その発端は、ログツォがこの地竜を手に入れた事にある。
本来、メラサニ山の南には――アマディ・ロスディオ法王国側には――地竜は生息していない。
つい先日、そんな存在しないはずの地竜が、ヒョッコリと一頭だけ、法王国側で見付かった。
ログツォが高い金を払ってこの珍しい竜を買い取ったと聞かされた時、ヤマネコ団の団員達は全員揃って首をかしげた。
なぜ、俺達の団長は、こんな戦闘にも使えない竜を、高い金を払ってまで手に入れたのだろうか?
その理由が分からなかったからである。
実はログツォも最初から竜に興味を示していた訳ではない。しかし、この話を聞いた時、彼はふと疑問を覚えたのだ。「この竜はどうやって、あのメラサニ山の険しい山を越えて来たのだろうか?」と。
そして彼は結論を出した。
おそらく、この竜だけが知っている山越えの方法があるに違いない。
それがどんな秘密なのかは分からないが、コイツはその方法で山を越え、この法王国へとやって来たのだ。
誰も知らない隣国への山越え方法。
「もしそれさえ分かれば・・・。ふむ。コイツは金の匂いがするぜ」
この思い付きに、教導騎士団の壊滅事件が結び付いた時、彼の頭の中に今回の計画が浮かび上がった。
実際に地竜連れてメラサニ山に向かった所、彼らは山腹で大きな洞窟を発見した。
地元の人間も知らない洞窟だ。
「俺の思った通りだ。地竜はこの洞窟の向こう側から法王国にやって来たに違いねえ」
・・・勘任せの行き当たりばったりの上、乱暴な推理だが、ログツォはこんな時、不思議とピタリと正解を引き当てる天運のような物を持っている。
果たして今回もログツォの推理は見事に当たり、彼は部下達を連れてメラサニ山脈を越え、このサンキーニ王国へとやって来たのであった。
洞窟を出てからは魔獣の縄張りの広さに手を焼いていたが今日、偵察に送り出していた狩人アルードから、「緊急事態が起きたので退却する」との合図を受けた。
アルードが何かしくじったのか? と、訝しんでいた所に、地竜の世話をしていたシレラから報告があった。
「なに?! 大勢の人間がこっちに向かっているだと?!」
「あ、えとその、人間とは限りません。・・・多分」
シレラが言うには、地竜が大勢の人間(らしき存在)を魔法で探知したらしい。
詳しい人数は不明。竜の反応からこちらと同じ程度と思われる。横に広がって、驚くほどの速度でこちらに移動中。
これらの情報から、ログツォは相手を亜人ではないかと考えた。
「あのクソッタレ魔獣はどうしている?」
「そこまでは・・・。お、俺は竜の知っている事が全部分かる訳じゃないから」
何とも頼りない言葉だが、魔獣がこちらに向かって来れば、地竜が激しく怯えるので直ぐに分かる。
ログツォの決断は早かった。
「アルードのヤツがこっちに向かっているのは間違いねえ。だったらその集団はアルードを追っている亜人達だ。テメエら、戦いの準備をしろ! アルードのケツを追って来た小癪な亜人共を蹴散らしに行くぞ!」
こうしてヤマネコ団は移動を開始した。
しかしつい先ほど、亜人達はなぜかピタリと進むのを止め、その場に集まって動かなくなったのであった。
「どういう事だ? まさか向こうも俺達に気が付いた? いや、そんな訳はねえ。ヤツらはまだずっと先にいるし、相手に地竜がいない事は――こちらを探知の魔法で探っていない事は、こっちの地竜で確認済みだ」
魔法を使う事の出来る生物は、魔法が使用された時にそれを察する事が出来る。
探知の魔法も魔法である以上、使われれば、こちらの地竜がその存在を察知する事が出来るのである。
ならばなぜ、亜人達はここまで来て動きを止めたのだろうか?
相手の不可解な行動にログツォは戸惑ったが、相手の足が止まったという事は、邪魔されずにアルード達と合流する絶好のチャンスでもある。
こうして彼らは無事にアルードと合流。事情を聞くことが出来たのだった。
(結果としてはツイてた訳だが・・・。ちっ。相手の思惑が分からないってのは、どうにもいけ好かねえ。ケツの辺りがムズムズしやがるぜ)
しかし、ログツォの思考はシレラの叫び声でかき消された。
「う、動き出した! 団長! 相手が動きました! 多分、全員?! 全員で一塊になってこっちに向かって来ます!」
この声に傭兵達がいきり立った。
「へっ。ようやく動き出したか。亜人のヤツらめ妙に勿体ぶりやがって」
「おい、女がいたら俺に回せよ。俺の股間のロングソードで片っ端からぶっ刺してやるからよ」
「はんっ。亜人の女はお前の小さいナイフじゃ物足りないとさ」
「おいおい、気の毒なこった。俺の尻で良ければ貸してやるぜ」
男達の間に、ドッと下卑た笑いが広がる。
傭兵達は一斉に得意とする武器を抜き放った。
シャラン!
鋼の擦れる涼やかな音が辺りに響き渡る。
そして次の瞬間――
「「「「うおおおおおおおっ!」」」」
木々を揺るがす雄叫びと共に、亜人の男達が殺到した。
ログツォは慌てて叫んだ。
「いいかテメエら! やり過ぎるんじゃねえぞ! 俺達は亜人の奴隷をとっ捕まえに来たんだ! 全員ぶち殺しちまったら大損だぞ!」
「いたぞ、人間達だ! テメエら抜かるんじゃねえぞ! 俺達の山から人間を叩き出すんだ!」
「「「「おおっ!!」」」」
「しゃらくせえ! やれるもんならやってみやがれ!」
「「「「おおっ!!」」」」
ひと際体の大きな傷だらけの亜人が、剣を振り上げながら大声で吼える。
剣と剣がぶつかる甲高い音が、次々と森の中に響いた。
太陽は西の尾根に消え、森は闇に包まれつつある。
そんな薄暮の中、男達のギラついた目と、むき出しの白い歯、そして手に持った白刃が不気味に浮かび上がっている。
片やヤマネコ団の傭兵達、四十九人。片やクロコパトラ歩兵中隊の亜人達、五十一人。
人数はほぼ互角。
こうして長い夜が――死闘の幕が切って落とされたのであった。
次回「クロカンvsヤマネコ団」




