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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第九章 傭兵軍団編
310/518

その307 ~追跡行~

すみません。サブタイトルを変更しました。

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ウンタ達、クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の隊員達が、村の少女をさらって逃げた人間の偵察員にどうにか追いついたのは、そろそろ太陽が西の山の稜線にかかろうかという時間の事だった。


「まさかこんなに遠くまで逃げられてしまうとはな。どうやら俺達は人間の足を甘く見ていたようだ」

「おい、ウンタ。前方から人間の部隊がこちらに向かっているらしい。合流されたらマズいぞ」

『人間! 人間、大勢!』


 先行していた仲間が、野犬達と共に戻って来た。

 いや。彼らはただの野犬ではない。額に黒い角の生えた犬――黒い猟犬(ブラック・ガンドッグ)隊の犬達だ。

 黒い猟犬(ブラック・ガンドッグ)隊はクロ子が新設した部隊で、隊に所属する犬達は魔力増幅器官の移植手術によって、魔法が使えるようになっている。

 翻訳(トランスレーション)の魔法を使えば、簡単な意思の疎通も可能である。

 ウンタは黒い猟犬(ブラック・ガンドッグ)隊の犬に尋ねた


「大勢の人間とは、具体的にどれくらいの人数だ?」

『ぐたいてき、何? 大勢! 大勢、人間!』

「・・・・・・」

「無理だってウンタ。いくら喋れるようになったって言っても、コイツらは犬なんだからさ。何十もの数なんて数えられないって」


 思わず口をへの字に結んだウンタに、クロカンの隊員が苦笑した。


「プルナをさらったヤツらは、単に山歩きに慣れているだけじゃなく、かなりしたたかなヤツみたいだ。俺達の追手から逃げながら、何らかの手段で仲間に自分達の居場所を連絡してたんだな」

「さっき聞こえた妙な鳥のさえずりか。聞き覚えの無い鳴き声だと思っていたが、あれは多分、ヤツらが連絡に使っている笛の音か何かだったんだな」

「それと地竜だっけ? 例の探知魔法を使う竜。そいつもあるんじゃないか?」

「ああ、出発前にクロ子が言ってたアレか。なる程。潜入していた仲間から合図を受けた所に、竜の探知能力で俺達が移動しているのが分かった訳か。人間の指揮官としては、これは仲間に何かマズい事があって、敵に追われているに違いない、急いで助けに行かなければ。と、そう判断したのか・・・。むうっ。こいつは確かにクロ子が危険視する訳だ。なにせこちらの動きは、全部相手に筒抜けなんだからな」


 ウンタは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 ふと気が付くと、クロカンの分隊長、大男のカルネがジッとこちらを見つめていた。


「? なんだカルネ。変な顔をして」

「いや、変な顔をしているのはお前の方だって。なあウンタ。お前、さっきからずっと眉間にしわが寄ってるぞ」

「・・・そ、そんな事はない」


 慌てて顔を隠すウンタの背中を、カルネは大きな手でバシバシと叩いた。


「痛っ! 何をする!」

「「「ワンワン! ワンワン!」」」(※大きな音を聞いて騒ぐ黒い猟犬(ブラック・ガンドッグ)隊の犬達)

「気負い過ぎだっての。お前、クロ子がいない今、自分がアイツの代わりをやらなきゃいけない、とか考えてるんじゃないか? 止めとけ止めとけ。誰もクロ子の代わりなんて出来やしないって。アイツは特別だからクロ子なんだよ。俺達は俺達に出来る事をやりゃあいいのさ。それでダメだったら、その時はその時。そうなった時にその場で考えりゃいいんだよ」


 ウンタは背中を痛そうに押さえながら、「いい加減な」とでも言いたげな顔になった。

 彼は言い返そうと顔を上げた――が、しかし、何も言えずに小さなため息をついた。


「――お前の言う通りかもな。確かに俺は肩に力が入っていたようだ。自分の身の丈を超えた事をやろうとして失敗するよりは、出来る事をやって失敗した方がまだ後悔せずに済むか」

「そうそう。俺はそう言いたかったんだよ」


 カルネはドヤ顔でふんぞり返った。

 仲間達はそんな二人を苦笑しながら見守った。


「それでどうするウンタ。全力で追えばヤツらが合流する前に追いつけるかもしれないぞ」


 ウンタは西の山にかかる夕日を見つめながら、少しの時間考えた。


「・・・いや。いくら俺達が急いでも、人間達もそれを知って合流を急ぐだけだ。こちらの動きが相手に筒抜けな以上、今からスピード勝負を挑んでも分が悪い」

「追いつくのは諦める、という事か?」

「ああ、そうだ」


 クロ子ならきっと、ダメな時はダメとスッパリ割り切り、即座に次の手に移るだろう。

 そしてクロ子よりも力の劣る自分達なら、なおの事その判断は早くしなければならない。


「今まで俺達は、人間の偵察員に追いつき、さらわれたプルナを助けてヤツらを倒すという目的で動いていた。しかし、人間の部隊の動きが俺達の予想を超えていたため、その達成は困難になった。あるいはクロ子がいれば何とかなるのかもしれないが、俺達だけでは難しいだろう」


 ウンタの言葉に、隊員達は悔しそうに顔をしかめた。


「だが、このまま人間達のいいようにやらせるつもりも、プルナを見捨てるつもりもない」

「たりめーだ! ここで逃げ出すような腰抜けはクロカンにはいねえよ!」


 カルネの言葉に全員が頷いた。

 ウンタは彼らの顔を見回した。


「よし。だったら聞いてくれ。ここは一旦、追跡を止めて、この場で休憩を取る事にする」

「休む? のか?」

「ああそうだ。ここまでずっと走りっぱなしだったからな。一度休憩をして体を休める。その間にプルナをさらったヤツらは仲間の部隊と合流するだろう。そして俺達の存在が相手にバレている以上、敵の指揮官はその場にとどまり、こちらの攻撃に備えるはずだ」

「なんでだ? ここに俺達がいるのは分かってるんだろ? だったら逃げるか、先手を取って襲って来るかするんじゃねえのか?」


 カルネの疑問にウンタは首を振った。


「俺達が追跡で疲れているように、敵も移動で疲れている。すぐの攻撃は難しいだろう。そして逃げるにしても、もうすぐ日が暮れる。夜の山の移動は危険だ。足元が見えなくなるし、どこに崖があるかも分からないからな」

「確かにそうだ。こっちの動きがバレてる事に気を取られて忘れてたけど、相手だって合流するために移動してたんだもんな」

「しかも山で生まれ育った俺達と違って、人間は平地の町や村に住んでいるんだろ? だったら疲れ方だって俺達以上のはずだ」

「へえ。それって結構、俺達にとって有利なんじゃないか? なあ、人間達が疲れ果てている隙に、こっそりプルナを助け出したり出来ねえかな?」


 ウンタは楽観論に傾き始めた仲間達を引き締めた。


「相手に地竜がいるという事を忘れるな。敵は俺達の接近を知って待ち構えているだろう。気付かれずに近付くのは不可能だ」

「そうだった。しかし、クロ子の言葉じゃないが、探知の魔法を相手に使われるってのは本当に厄介だな」


 ここに来てようやく状況が理解出来たのか、唸り声を上げるクロカンの隊員達。

 カルネは難しい顔をする仲間達に「はんっ!」と鼻を鳴らしてみせた。


「それがどうしたい。どうせバレてるなら、逆に堂々と正面から乗り込んでやればいいんだよ。ヤツらを全員ぶっ飛ばし、さらわれたプルナを助け出す。どうだ? 簡単だろう? ついでに人間の部隊を俺達の山から追い出してやろうぜ」

「いや、そう簡単にはいかないだろ」

「お前、そんなだからクロ子に脳筋とか言われるんだぞ」

「脳筋って何だ?」

「確か脳みそまで筋肉で出来てるとか、そんな意味じゃなかったっけ?」

「いや、今回はカルネの言う通りだ」

「「「「――ええっ?!」」」」


 ウンタの言葉に、カルネ本人まで思わず驚いて振り返った。


「クロ子の予想だと、相手の人数は俺達クロカンの数とそう変わらないらしい。正面から当たっても、少なくとも数の上では互角に渡り合えるはずだ」


 どちらかと言えば慎重派のウンタが、まさかカルネのような正面攻撃の作戦を提案してくるとは。

 クロカンの隊員達は互いに戸惑った顔を見合わせた。


「どうしたんだ、ウンタのヤツ。人間達に俺達の存在がバレているから、ヤケになったのか?」

「同じ数が相手なら――どうなんだろう? 俺はあまり切り合いには自信がないなあ」

「俺は・・・俺は人間相手に負けるつもりはねえが・・・。なあウンタ、本当に正面から戦うつもりなのか?」


 カルネはうろたえた様子でウンタに尋ねた。

 どうやらウンタのブレーキ役を放棄したとしか思えない発言に戸惑って、いつもの強気の調子が出せないようだ。


「ああ、そうだ。だが、この攻撃の狙いはカルネが言ったように、人間達を倒す事じゃないぞ。人間達に、俺達が戦いを挑んで来た。そう思わせるのが目的だ」

「?」

「どうせバレているのなら、それどころじゃないようにしてやればいい。そうすれば、分かっている、というヤツらの優位性も意味がなくなる。つまりはそういう事だ。そしてこれはさっきカルネが言っていた話でもある」

「俺が?」

「そうだ。俺達は俺達が出来る事をする。クロ子じゃなきゃ出来ない事はやらない」


 ウンタはそう言うと、さっきからジッと彼のかたわらに座っている、額に角の生えたブチ犬に振り返った。


「マササン。お前達、黒い猟犬(ブラック・ガンドッグ)隊にやってもらいたい事がある。重要な役割だが頼めるか?」

『お任せを、ウンタ。出発前に黒豚の姐さんが言っていた話ですな』


 マサさんの返事に、ウンタは「そうだ」と大きく頷いたのだった。




 森の中を進む三人の人影。その先頭を行く男が立ち止まった。


「仲間からの合図だ。近い。――これはグラナダの笛の音だな。相変わらず気取った下手くそな音色だ」


 傭兵団、ヤマネコ団の狩人、アルードは、そう言って背後に振り返った。

 そのまま不思議そうな顔を浮かべる。


「ハアハア・・・ど、どうしたんだ? ハアハア・・・アルード」


 少年傭兵ベネが荒い息の中、苦しそうにアルードに尋ねた。


「気のせいか・・・追手の気配が緩んだ気がする」


 アルードは三十分ほど前、急に「背後から追われている気配がする」と言い出すと、移動速度を上げていた。

 文句を言えば問答無用で切り殺されそうな雰囲気に、ベネは理由を尋ねる事も出来ず、懸命に彼のペースに食らいついていた。

 ベネはわずかな休憩時間の訪れにホッとすると共に、自分でもかなり厳しいこの速度に、亜人の少女が付いて来られた事に驚きを隠せなかった。


(俺達と同じように見えても、そこは亜人って事か・・・。いや、単に山育ちで俺より山歩きに慣れてるだけなのかもな)


 ベネは赤く上気した亜人の少女の横顔を眺めながら、ボンヤリとそんな事を考えていた。

 その時、不意にアルードが背中の弓を構えると、藪の中に向けて矢を放った。


「キャイン!」


 ガサリ! 藪が大きく揺れると大きな犬が二匹。慌てて飛び出すと逃げて行った。


「外したか。まあいい」

「ハアハア・・・また野犬か。ハアハア・・・なあ、お前。この辺は野犬が多いのか?」

「・・・・・・」


 ベネは亜人の少女に話を振ったが、彼女は硬い表情で彼と目も合わせようとしなかった。

 ベネは気まずい空気を誤魔化すために、今度はアルードに尋ねた。


「なあアルード。ハアハア・・・野犬」

「そんな事よりも、今の野犬は――いや、こんな所で無駄話をしている時間はない。行くぞ」


 アルードは会話を切り上げると再び歩き始めた。

 ベネと亜人の少女は、鉛のように重くなった足で苦労してその後に続くのだった。


 アルードは歩きながら、先程少年に言いかけた質問の事を考えていた。

 あの時、彼はベネにこう言おうとしていたのである。


 そんな事よりも、今の野犬は二匹とも額に黒い角が生えていなかったか? と。


(はんっ、馬鹿馬鹿しい。ただの見間違いだ。そもそも額に角が生えた犬の話など聞いた事が無い)


 何者かに追われているという緊張状態。長時間の移動による精神的、肉体的疲労。薄暗くなってきた景色。

 そういった様々な要素が重なって、犬の頭に乗った葉っぱか何かが偶然角のように見えたのだろう。きっとそうに違いない。


(角の生えた犬などいる訳が無い。今はそんなバカな事を考えているよりも、一刻も早く仲間達と合流しなければ)


 アルードは気持ちを切り替えると、つまらない疑問を頭の中から追い払ったのだった。

次回「薄暮の戦い」

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