その301 ~二人の偵察員~
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
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山の中を歩く一匹の野犬。
獲物を追っている最中だろうか? 時々辺りの匂いを嗅いだり、神経質に耳を小刻みに動かしている。
やがて野犬は不意にその場に立ち止まった。
彼の目の前には藪が生い茂っている。
するとその藪の奥が不自然に動いた。
「グルゥゥゥ・・・」
何かがそこに潜んでいる。
野犬が唸り声を上げた次の瞬間――
ヒュッ!
「キャイン!」
突如、頭上から一本の矢が飛来した。
野犬は矢に背中を貫かれ、痛みと驚きにもんどりうってその場に倒れた。
「よっしゃ! いただき!」
ガサリ! 藪をかき分けて飛び出して来たのは、十代前半の少年。
少年は剣を頭上に振りかざすと、倒れた野犬に振り下ろしたのだった。
少年の足元には、頭を叩き割られた野犬の死体が転がっている。
彼は無造作に近くに生えていた大きな葉っぱをむしると、何枚か束ねて剣の血を拭った。
「――油断をするな小僧。周囲に他の野犬がいるかもしれん」
声と共に、ザザザと木の葉を揺らしながら、弓を手にした男が地面に降り立った。
どうやら野犬を貫いた矢は、この男が木の上から放ったもののようだ。
「小僧って言うな! ホラよ、アルード」
少年は野犬の体から矢を引き抜くと、弓の男――アルードへと手渡した。
「それにしても、妙に野犬の多い山だぜ」
少年の名前はベネ。ベネと弓の男アルードは、傭兵団、ヤマネコ団に所属する傭兵である。
ヤマネコ団がメラサニ山脈を越え、このサンキーニ王国に入ってから今日で六日目。
二人は本隊に先行して、周囲の様子を探っていた。
「・・・そうだな」
アルードはベネに返事をしながらも、油断なく辺りの気配を窺っている。
ベネはつまらなさそうに野犬の死体をつま先でつついた。
「なあ、魔獣相手ならともかく、野犬くらい俺一人でだって始末出来るんだしさ。こんな風にコソコソしないで、もっとスピード重視で行こうぜ。団長達を待たせているんだしさ」
「いや、ダメだ」
アルードはようやく警戒を解くと、弓を背中に背負った。
「今回は野犬に気付かれてしまったせいで始末せざるを得なかったが、本来であればこんな事は避けるべきだ。
血の匂いで魔獣を引き寄せるおそれがあるし、俺達の本来の目的――この山に住む亜人達にも、俺達の存在を気取られる訳にはいかないからだ。
この山は亜人達のテリトリーだ。ヤツらの中にも、優れた腕を持つ狩人くらいいるだろう。
一流の狩人は、狩場の動物の動きから僅かな変化を――違和感を感じ取る事が出来る。
本隊が動くより前にヤツらに警戒されては元も子もないからな」
「ふぅん。オイラにゃ良く分からねえ。けど、”狩人”のアルードがそう言うんならそうなんだろうな」
ベネは意外な程アッサリと引き下がった。
それもそのはず。アルードの仲間内での呼び名は”狩人”。
こと山野での野外活動において、彼の能力を超える者はヤマネコ団の中にはいなかった。
部隊に先行しての調査を、団長から直々に任せられている点からも、団内の彼の信頼度の高さがうかがえた。
アルードは不思議そうな顔でベネを見つめた。
「なっ、なんだよ、人の顔をジッと見んなよ、薄気味悪ィ」
「何でもない」
アルードはかぶりを振って誤魔化した。
(団長が俺にコイツを連れて行くように命じた時には、迷惑に思ったものだが・・・)
ベネはヤマネコ団の最年少団員である。
まだ幼く、体も小柄なせいもあって、周りからはあまり戦力としてみなされていない。
つまりは「半人前」扱いなのである。
今回、危険な先行偵察任務を命じられた時も、アルードは一人で行くつもりでいた。
団の中には、山野を駆け抜ける彼に付いて来られる者がいないからである。
しかし、団長ログツォは、彼にベネも連れて行くように命じた。
正直、足手まといだと思ったのだが、団長は「いいから連れて行け」の一点張りだった。
ログツォはヤマネコ団の団長――と言うよりも、ログツォを中心に荒くれ者達が集まった集団がヤマネコ団である。
いわばログツォは、ヤマネコ団という中小企業のワンマン経営者と言ってもいい。
彼の言葉には誰も逆らえない。
アルードは渋々ベネを連れて行かざるを得なくなったのだった。
(しかし、コイツは予想外にやる)
日頃は生意気な言動が目立つベネだが、現場に出ると意外と辛抱強く素直だった。
いや、口数は多いし文句も言うが、理由を話せばちゃんとすぐに納得するし、理解もするのである。
(それに目端も利く)
先程も囮を任せた際、藪の中に隠れるという機転を利かせた。
おかげで野犬が立ち止まる事になり、アルードも弓で狙い易くなったのである。
(おそらく、団長は前々からコイツに偵察員の才能があると気付いていたんだろう。だから今回、俺の下に付けて仕事を覚えさせようと考えたに違いない)
あるいはこれはアルードの買い被り――ただの勘違いかもしれない。
しかし、団長のログツォには(どこまでが本人の狙ったものか分からないものの)、不思議と良い流れを引き寄せる力があった。
それはログツォの持つ才能、天運のような物なのかもしれない。
黙って考え込んでしまったアルードに、ベネが焦れた。
「なあ、アルード。いつまでこんなトコロにいるんだよ。さっさと行こうぜ」
「おっと、スマン。だが、この場を離れる前に、この死体を始末しておかなければならん。俺が穴を掘るから、ベネ。お前は野犬の痕跡を消しておけ」
「えっ?」
ベネは驚いて目を丸くした。
彼は今までずっと、アルードから「小僧」と呼ばれていたからである。
「ベネって、俺の名前・・・」
「ん? どうかしたのか?」
「い、いや! 何でもないぜ!」
ベネは「へへへっ」とはにかむと、急いで足で地面の血の跡に砂をかけ始めた。
「おい、そんな方法じゃダメだ。適当な木の枝を切り払って、そいつで地面を佩くんだ」
「も、勿論知ってたさ」
ベネは慌てて剣を抜くと、近くの枝を切り払った。
ベネが血の跡を消している間に、アルードは小刀で軽く地面を掘ると、野犬の死体を入れ、上から土をかけた。
「そんなものでいいのか?」
「ああ。この場から俺達の匂いや痕跡が消えるまでもてばそれでいいからな。行くぞ、ベネ」
「おうよ! 任せといてくれ!」
急にやる気を見せるベネに、アルードは怪訝な表情を浮かべるのだった。
二人が偵察を再開してからしばらく。
「なあ、アルード、これって・・・」
二人は森の中を貫いて伸びる一本の道を発見していた。
真っ直ぐに整えられた形。馬車がギリギリすれ違える程の広さ。
間違いなく人の手で作られた物に違いない。
「ああ。亜人のヤツらが作った道だろう。きっとヤツらの村に続いているに違いない」
アルードはこの道は亜人達が作った物だと考えたようだが、実は違う。
これは人間の手によって――大モルト軍の仇討ち隊、”双極星”ペローナ・コロセオの部隊によって作られた物である。
とはいえ、この場合、誰が作ったかは問題では無い。
この道が人工的に作られた物であり、どこに続いているかが重要だった。
「ここからは注意して行くぞ。亜人に気取られる訳にはいかないからな」
「お、おう」
ベネは緊張のあまりゴクリと喉を鳴らした。
その後、二人は慎重に道を辿った。
幸い、道は広く、視界は開けていたため、余程の偶然が重ならなければ、不意に亜人達に出くわすような事はないと思われた。
神経をすり減らす時間はそう長くは続かなかった。
彼らの前方に、深い堀に囲まれた高い土塁が姿を現したのである。
「こ、これは・・・」
「うひやぁ! これが亜人の村だって?! まるで砦のようじゃねえか!」
ベネが驚きの声を上げた。
そう。亜人の村は広い堀の向こう、高い土塁に囲まれたその先にあった。
土塁の壁は視界の先まで続いている事から、村を一周していると考えられた。
(・・・まさかこれ程とは。俺達は亜人の規模を、ヤツらの力を見誤っていたのかもしれん)
今回の仕事、一筋縄ではいかないかもしれない。
アルードはイヤな予感がしてたまらなかった。
こうしてヤマネコ団の偵察員達は、遂に目的地となる亜人達の村を――今ではメラサニ村と名付けられた、要塞化した村を発見したのであった。
次回「亜人の姉妹」




