その295 ~三人の若者達~
すみません。
予告とタイトルが変わっています。
◇◇◇◇◇◇◇◇
大モルト軍が王都の南、パルモの地で駐屯を始めた割とすぐの頃、イサロ王子は彼の軍師ルベリオと面会している。
これはその時の話。
なぜかルベリオの事を弟分か何かのように気に入っている、”七将”百勝ステラーノの孫、マルツォ。
彼が、ルベリオの希望を聞き入れ、許可を出した事から二人は面会する事が出来た。
こうして再会するのは、”ハマス”オルエンドロ軍に降伏して以来の事になる。
「殿下のお元気な姿を見られて、こんなに嬉しい事はありません!」
「ふん。お前は少し痩せたんじゃないか? ちゃんと食べているのか?」
ルベリオは素直に喜びの感情を表し、イサロ王子はやや照れ臭そうにしつつ、彼らは互いの無事を喜びあった。
二人の会話は捕虜になった後の話から始まり、今の境遇へと移り、やがて今後の話となった。
イサロ王子は、監視のマルツォの目を気にしながらも、ルベリオに尋ねた。
「それでルベリオ。大モルト軍が王都ではなく、ここに陣を敷いた事をお前はどう見る?」
「そうですね・・・大モルト軍指揮官のジェルマン様の狙いが、可能な限りこの国を無傷で手に入れたい、というものである以上、今後も軽々に王都に軍を進める事はないのではないでしょうか」
「何?」
ルベリオが大前提として、当たり前のように敵指揮官の狙いを言ってのけた事にイサロ王子は強い違和感を覚えた。
だが、実はこれには理由がある。
ルベリオはマルツォとの様々な会話から、大モルト軍の大まかな内部事情を得ていたのである。
その内容はルベリオが、「捕虜の自分にそんな話までしてしまっても大丈夫なのか?」と逆に心配してしまう程であった。
最も、正直に尋ねた所、マルツォに「はん! こんなの、ウチの兵なら誰でも知ってる話だっての。別にテメエが気にするような事じゃねえよ」と笑い飛ばされてしまったのだが。
こうしてルベリオは、マルツォの話から、大モルト軍の指揮官、ジェルマン・”新家”アレサンドロのおおよその目的に見当を付けていた。
「おそらく、大モルト軍指揮官ジェルマン様の目的は、三役の”執権”アレサンドロ家の影響下からの脱却――執権の手の届かないこの国で、自分の力を蓄える事にあるのではないでしょうか。そのためには出来るだけ被害を出さずにこの国を手に入れる必要があります。復興には時間も予算もかかりますから」
マルツォは「ほう」とため息を漏らした。
その表情とリアクションから、今の推測がおおむね正鵠を射ているのが分かる。
良くあの程度の情報でそこまでたどり着いた。マルツォは弟分の優れた知力に感心していた。
彼は衝動的に二人の会話に口を挟んだ。
「おい、チビ助。お館様の狙いがそこにあるとするならば、この後、俺達大モルト軍はどうすると思う?」
「ええと、しばらくはこの場に留まるかと。今、王都は徹底抗戦の気運が高まっているはずです。ここで下手に軍を進めると彼らを追い詰め、死兵と化す可能性があります。そうなれば例え王都を落としても、町の被害は甚大なものになるでしょう。それではそちらの指揮官の望みに反します」
「ふむ、確かにな。ならばお館様ならどうする? いつまでも手をこまねいている訳にはいかねえぞ?」
「はい。ですので軍はこの場に留めたまま、王城に対して交渉の窓口を開くのではないでしょうか? 条件次第では王都の無血開城もあり得ると思います」
その瞬間、イサロ王子はイスを蹴って立ち上がった。
「無血開城だと?! バカな! 戦わずしてみすみす王都を明け渡すと言うのか!」
激昂するイサロ王子。しかし、ルベリオはキョトンとしていた。
彼はなぜ王子が怒っているのか分からなかった。
ルベリオにとって真に大切なのは、自分や親しい者達の命と財産である。
確かに母国の王都が他国の支配下に入るのは辛い事だ。しかし、本当に大切なものが守れるのなら、王都を手放してもやむを得ない。
彼は本気でそう思っていた。
王子であるイサロとは、根本的な価値観が違っているのである。
マルツォはそんな二人を面白そうに眺めている。
王子はマルツォの視線に気勢を削がれたのか、不満顔でドッカとイスに腰かけた。
「・・・まあいい。現状、大モルト軍の指揮官がどうするかは、想像でしかない訳だからな。それで? もし、大モルト軍がお前が言ったように動いたとしたら、王城はそれを呑むと思うか?」
「宰相アンブロス様であれば・・・」
「ああ、今、王城にはヤツしかいなかったか。ならば要求を呑むのもあり得るか。いや、大モルト軍の指揮官はそれを知っていて無血開城を迫るという訳だな。チッ。お前の言う通りになりそうじゃないか」
イサロ王子は端正な顔立ちを歪めた。
宰相ペドロ・アンブロスは、元々外交官だった事もあってか、どちらかと言えば保守的な傾向が強かった。
「俺もアイツが王城を枕に討ち死にするようなタマだとは思えんしな」
「文官ってのはどこの国でもそうだよな。ヤツらは根性が座ってねえ」
マルツォはしたり顔で頷いた。
「ルベリオ。もし、王都が無血開城をしたとして、この俺はどうなる? それに俺と同じく囚われの身となっている国王バルバトスの身柄は? 王城に残された母と妹――王妃達と王女は?」
「それは・・・」
ルベリオは言い辛そうに言葉を探した。
「ええと、その、国王陛下はお歳ですし体調も崩されておられますので、この地に留まり療養、という事になるのではないでしょうか」
「なる程。つまりは実質的な幽閉か。まあ分かる。ならば俺も父上と同じか」
イサロ王子は、「俺達は人質という訳だな」と遠い目をした。
だが、ルベリオは王子の言葉をバッサリと切り捨てた。
「いいえ。大モルト軍の指揮官が必要としいるのは陛下だけかと。おそらく、殿下は殺される事になるでしょう」
「はあっ?! 俺は殺されると言うのか?! なぜ?!」
慌てる王子の姿がツボに入ったのか、マルツォが「ぶふっ!」と吹き出した。
イサロ王子は、マルツォをジロリと睨むとルベリオに詰め寄った。
「ルベリオ! 説明しろ!」
「あ、はい」
国王バルバトスの年齢は五十代後半。医療技術の未熟なこの世界では既に高齢者に数えられる。
しかも、若い頃の無理がたたったのか、近年では体調を崩す事が多くなっていた。
そう遠くない将来、政務を取るのにも差し障りが出るようになるのは間違いない。いや、現状で既にそうなりつつある。
つまりは、放っておいてもいずれ彼は勝手にリタイアするのだ。
ならばここで殺してわざわざ国民の恨みを買うべきではないだろう。
しかし、イサロ王子は違う。
彼の年齢はまだ十代後半。二十代半ばのジェルマン・アレサンドロより一回りも若い。
しかもこの国にたった一人残された王子。しかも今年に入って数々の武勲も立て、国民からの人気も高い。
「完璧な統治者というのはあり得ません。今後、ジェルマン様が何かミスをする度に、周囲は殿下に対して過剰な期待を寄せ、殿下が本来の地位を取り戻すのを熱望するでしょう。つまり、殿下がいるだけで、ジェルマン様は枕を高くして眠る事が出来なくなるのです」
「いや、待て。その理屈はおかしい。俺だって完璧な為政者になんてなれないぞ。仮に俺が王になっても、大モルトが治めていた時より優れた政を行うという保証はどこにある」
イサロ王子はマルツォの方へと振り返った。
「一応、言っておくと、ウチのお館様は領地では名君と呼ばれているからな」
「だったらなおの事だ。俺は国どころか小さな町すらも治めた事がないんだぞ」
「これは殿下の能力がどうこうという話ではなく、周囲が殿下に勝手に期待するという話ですので」
イサロ王子は憮然としたが、ルベリオの言いたい事も分かったのか、これ以上は文句を言わなかった。
代わりに彼はルベリオに尋ねた。
「・・・それで?」
「それで、とは?」
「それで俺はどうすればいいのだ! 俺は黙って殺されるつもりはないぞ! そこまで考えたのだから、俺が助かる方法だって考えているんだろうが! 何もなしです、では済まさんぞ!」
なにせ自分の命がかかっているのだ。イサロ王子も本気だった。
ルベリオは困った顔でマルツォに振り返った。
「私だけでは何も。マルツォ様から話をうかがわないと」
「ん? ああ、そうか。お館様の情報が知りたいんだな。ウチのお館様は基本的には厳しい方だが、意外と情け深い所もあるな。それと先代の父君が商業都市トルサルディの商会主達と懇意にしていた事もあって、契約や約束なんかは破らねえ。信用の価値を知っているんだろうな。それと以前にも――」
ルベリオはマルツォからジェルマン・アレサンドロの人となりを聞き出すと、熟考した上で、イサロ王子にアドバイスを与えた。
そしてマルツォから、「それならお館様は無下には切れねえだろうな」とのお墨付きを貰った事で、イサロ王子も一先ずは安心したのであった。
こうして時間は戻る。
王城の一室でイサロ王子はジェルマンと対峙していた。
(ここまではルベリオの予想通りだった。宰相は大モルト軍に王都を明け渡し、大モルト軍は犠牲を出さずにこの国を支配下に置いた。国王バルバトスは病気療養の名目で保養地に留め置かれ、俺だけが王城に呼び出された)
イサロ王子はあの日以来、ルベリオのアドバイスに従って、ずっとジェルマンに対して従順な態度を演じていた。
元々捕虜になって以来、大人しく従っていたので、それほど言動を変える必要もなかった。
流石に自分から侵略者に頭を下げるのは、彼の矜持を傷付けたが・・・
(まあそれも覚悟した程ではなかったな)
今までずっと王城で兄王子二人に頭を押さえつけられていたイサロ王子にとって、この程度は不愉快ではあっても苦痛という程ではなかったのである。
(むしろ王城に居た時の方がもっと酷かった。宮廷闘争以外に欠片も脳みそを使っていない兄達とは違い、ジェルマンは明らかに優秀な指揮官だ。それにこちらから敬意を払えば、それに応じた対応をしてくれる。下手に出ればここぞとばかりに尊大な態度を取って来る兄達とはえらい違いだ。敵味方という立場を抜きにすれば、この男はむしろ尊敬すら出来る。そんな相手に頭を下げるのは別にイヤな事じゃない)
ルベリオからのアドバイス。
それは、大モルト軍指揮官ジェルマンは、敬意を払って来る相手は、それがどんな立場の者であっても決して粗末に扱わないだろう、という事であった。
そして、窮鳥懐に入れば猟師も殺さず(※追い詰められた者が救いを求めて来れば、見殺しには出来ない、という意味)。
イサロ王子自らがジェルマンの懐に飛び込めば、彼は殺すのをためらうようになるだろう、というものだった。
このアイデアを聞かされた時、マルツォは「違いねえ! チビ助お前、よくあの話だけで、そこまでお館様の事が分かったな!」と爆笑していた。
ここまではルベリオのアドバイスが上手くいっている。
ジェルマンは明らかにイサロ王子を殺すのをためらっている。
だが、組織のリーダーは自分の感情よりも組織の利益を優先しなければならない。
イサロ王子のギリギリの綱渡りは続いていた。
次回「最大の山場」




