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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第九章 傭兵軍団編
297/518

その294 ~亡国の王子~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 サンキーニ王国、王都アルタムーラ。

 その中心に位置する貴族街。

 少し前までは貴族達の馬車が往来し、閑静な中にもそれなりに活気のある場所であった。

 だが、それもつい先日まで。

 今は通りのあちこちに大モルト軍の歩兵が立哨し、不穏な動きがないか目を光らせている。

 通りからはすっかり人影が消え、たまに屋敷の使用人らしき者がビクビクしながら足早に通り過ぎるのみである。

 王都アルタムーラはジェルマン・”新家”アレサンドロ率いる大モルト軍によって、完全に制圧されていた。


 王都は無血開城した。

 大きな混乱は無かった、と言えば流石にウソになるだろう。

 だが、一国の王都が落ちたにしては、流血も混乱も驚く程少なく済んだと言っていいのではないだろうか?

 これらは全て、四賢侯の一人、宰相ペドロ・アンブロスの手腕によるものであった。

 彼は大モルト軍が――指揮官のジェルマンが、この国を可能な限り無傷で手に入れたいと考えている事を知ると、何度も使者を送って協議を重ねた。

 最終的にはジェルマンから直接許可を得て、囚われの身である国王バルバトスとも話し合った、と言えば、宰相がいかにジェルマンからの信頼を勝ち取っていたかが分かるだろう。

 外交の腕で四賢侯と呼ばれた男の面目躍如、といった所だろうか。


 こうして大モルト軍は、大きな混乱もなく王都へと入ったのだった。

 その際、一部、過激な市民による暴動の兆しがあったようだが、こちらは女騎士リヴィエラ率いる王都騎士団によって、未然に防がれている。

 ジェルマンは宰相との盟約を守り、市民の住む商業区画と一般区画には手を出さなかった。


 市民には手を出さなかったジェルマンだったが、ただし、宮廷貴族に対してはそうではなかった。

 特に有力貴族のサバティーニ伯爵。彼は先日、囚われの国王バルバトスを救出するための兵を起こしている。

 これを見過ごす訳にはいかなかった。

 貴族街に入った大モルト軍は、サバティーニ伯爵家当主グレシスと彼と協力関係にある貴族達を即座に捕らえた。

 彼らは全員、その日のうちに斬首に処された。

 弁解の場すらも与えない強行手段だったが、これには今回の非がサバティーニ伯爵にあること、そして大モルト軍の行動目的を明らかにする事で、市民の不安を静める目的があったと思われる。

 実際、市民達も、王都を制圧した大モルト軍に対する恨みの声よりも、侵略者を呼び込む口実を作ってしまったサバティーニ伯爵達に対する怒りの声の方が大きかったという。

 かつてイサロ王子の配下の若手貴族、優男のベルナルドが親友のアントニオに戦場でこう漏らしていた。


「戦場では、敵よりも味方の貴族の方が恨まれているなんて話はザラだ。そりゃあそうさ。兵士にとってみれば、勝てる指揮官こそが自分達の味方なのであって、負けて兵士を殺す指揮官はむしろ敵なのさ」


 市民にとって一番大切なのは、自分達の命と財産である。

 極論すれば、それさえ守ってくれるなら支配者は――国のトップは、誰だって構わないのである。

 こうして人々の心は主戦派の貴族達から離れていってしまったのであった。


 王都は、今では落ち着きを――少なくとも表向きは――取り戻している。

 そして今日。支配者を変えた王城を一人の若者が歩いていた。

 金髪の巻き毛。端正な顔立ち。彼こそはこの国に残された唯一の王位継承者。

 イサロ王子である。




 イサロ王子は案内の兵士に従って、王城を歩いていた。

 戦場の指揮官から今や捕虜の身へ。

 過酷な経験を経た事で、彼の顔は以前よりも幾分やつれているように見えた。


(ここは・・・確か応接室だったか)


 開け放たれた部屋の前には立哨中の兵士が立っていた。


「イサロ殿下をお連れしました」

「入れ」


 ドアは開け放たれている。兵士は「失礼します」と声を掛けるとそのまま部屋へ入った。


 部屋は十六~七畳程。ゆったり目の広い室内には、戸棚などの一通りの調度品とテーブルセットが置かれている。

 部屋には文官らしき中年男性が一人。そして護衛と思わしき騎士が二人。こちらはイサロ王子を油断なく見つめている。

 そしてテーブルにはアッシュグレイの髪を後ろで束ねた、どこか(みやび)な印象を持つ若者の姿が。

 大モルト軍の指揮官であり、”新家”アレサンドロの当主でもある、ジェルマン・アレサンドロその人である。

 ジェルマンは読んでいた書類を文官に渡すと、「問題無い」と頷いた。


「下がって良い」

「はっ」


 文官が部屋を出ると、ジェルマンはイサロ王子に向き直った。


「座ってくれ。わざわざ呼び付けて済まない。手が離せない事が多くてな」

「いえ。閣下がお呼びとあれば、何をおいても駆け付けます」

「そうか。ここの宰相は随分と優秀だ。打てば響くように返事が返って来る。おかげで俺達は随分と楽をさせて貰っている」

「ペドロが聞けば喜びます」


 イサロ王子は慇懃に頭を下げた。

 その殊勝な態度に、しかしジェルマンは内心で舌打ちをしていた。


(相変わらず、まるで主人に対する部下のような態度を取る。コイツめ、一体何を考えている)


 ジェルマンは今日までずっとイサロ王子に対しての対応を決めかねていた。




 ジェルマンがサンキーニ王国に攻め込んだ目的は、彼にそれを命じたアンブロード・”執権”アレサンドロの思惑はともかく、一貫してこの国を手に入れる事にあった。

 執権の力の及ばないこの地で力を蓄え、いずれは執権を打倒し、彼に奪われた都市を――彼の父親が作り上げた商業都市トルサルディを――取り戻す。

 その目的を果たすために、ジェルマンは憎い相手の下で言いなりになって来たのである。

 

 ジェルマンが兵達に略奪を禁じている理由も、この国の領主達を召喚して根回しをした理由も、全ては可能な限り無傷でこの国を手に入れるためである。

 この国の宰相ペドロ・アンブロスはジェルマンに従い、彼の意志を汲む事で国の安泰を計った。

 いわば名を捨てて実を取ったのである。

 しかし、これは長年外交官として鳴らした、彼特有の嗅覚があっての事。

 それも何度か使者のやり取りがあった後での事になる。


(だが、こやつは――イサロ王子は、最初からなぜか俺に従順だった)


 イサロ王子は初めて面会した時から、文句一つ、恨み言一つ言う事もなく、まるで元から臣下であったかのようにへりくだった言動でジェルマンに接していた。

 とても一国の王子が、侵略者に対する態度ではない。

 最初はジェルマンは、イサロが第三王子だから――つまりは、継承権の低い立場だから、大モルトという後ろ盾を求めてのものかと考えた。


(しかし、それにしてはこびへつらう様子が見られない)


 そう。イサロ王子からは、他人の庇護を求める者特有のすり寄る態度――卑屈な姿勢が感じられなかった。

 更に調べてみると、上の二人の兄は今年相次いで死亡し、今ではイサロ王子が王位継承権の一番上に繰り上がっていた。

 そしてイサロ王子は、隣国ヒッテル王国との争いに、二度に渡って勝利し、今回の戦いでも、弱卒の寡兵を率いてあの”ハマス”・オルエンドロの大軍と互角に渡り合ったという。

 堂々たる戦果である。

 他国の王子でさえなければ、ジェルマンが部下に欲しいと思ったかもしれない。

 そんな王位継承者であり、かつ、実力者でもあるイサロ王子であれば、今の状況に不満を抱えているのが当然と思われた。


 最初から俺が主力を率いていれば負けなかったのに。

 父上の軍が負けたので降伏せざるを得なかっただけだ。

 俺は負けていない。

 例え相手が大モルトでも、俺ならば勝てる。


 イサロ王子はまだ若い。そう己惚れるのが当然というものだ。


(というよりも、大モルトの将なら絶対に誰もがそう思う。仮に経験豊富な将でも――そう、”七将”百勝ステラーノですらそう思っても不思議はない)


 そもそも、強い将というのは得てして血気盛んだしワンマンだ。

 一瞬の判断ミスが命取りの戦場では、クヨクヨと失敗を振り返ったり、迷いに迷って戦力を小出しにするようでは話にならない。

 そんな指揮官では部下が付いてこない。

 大将というのは、多少、独裁的(ワンマン)なくらいの方が(※特に大モルトでは)上手くいくのである。


(イサロがそんな相手なら、ここまで悩まずに済んだのだが)


 もし、イサロ王子が自分の力量に己惚れるような男なら。

 もし、捕虜として会った途端に、「親父が負けただけで俺が負けた訳じゃない! もしも俺が国王だったなら、捕虜になっていたのは俺ではなくお前の方だった!」とでも叫ぶような男であれば。

 ジェルマンとしてはどれだけ楽だったか分からない。


 一声、「不敬だ」と断じて、首を刎ねさせれば良かったのである。


 そう。ジェルマンは最初からイサロ王子を生かしておくつもりはなかった。

 彼を生かしておけば、今後、ジェルマンがサンキーニ王国を治めて行く際、大きな火種になりかねない。

 自分がこの国を動かすためには、正当な継承権を持つ男子はいらない。

 奇しくもこの一点において、先日、国王奪還を狙ったサバティーニ伯爵とジェルマンは、意見の一致を見ていたのである。


(従順に従っている相手を、「いずれ邪魔になるから」という理由で処断してしまえば、この国の誰もが俺を信じなくなってしまうだろう。それでは今後の統治もままならない。そもそも、何でコイツは素直に俺に従うんだ? 俺が憎くはないのか? 本当に面妖なヤツだ)


 ジェルマンは黙ってイサロ王子を見つめた。

 そしてイサロ王子は、そんなジェルマンの視線を真っ向から受け止めながら、内心で冷や汗を流していた。


(ここまではアイツの――ルベリオの予想通りか・・・。大モルト軍は無傷でこの国を手に入れたいと考えている。その予想は見事に当たったが・・・)


 そう。イサロ王子が大人しくジェルマンに従っている理由。それは彼の軍師、ルベリオの意見を受け入れてのものだった。


(相手は俺を殺したいはず。ルベリオがそう言った時は、流石に少しは遠慮して喋れ、と怒鳴り付けたくなったが・・・アイツの言葉に従ったおかげで、結果、今まで命を長らえている。だが、こうして呼び出された以上、その猶予もここまで、という事か)


 ここから先は一つ対応を間違えれば、即座に首と胴とが泣き別れとなる。

 戦場でも感じる事の無かった濃密な死の気配。

 イサロ王子は、緊張でゴクリと小さく喉を鳴らすと、ジェルマンが話しかけて来るのを待つのだった。

次回「三人の若者達」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 台詞もなく処刑されてるサバティーニ伯爵に笑いました。「我々も戦います!」と媚びてた貴族も手の平を返して逮捕連行される姿を見送ったんでしょうね。イサロ王子のそばに居なくても貢献してるルベリオ…
[良い点] 正直ルベリオ君はもっとクローズアップして第2主人公くらいの立ち位置でもいいんじゃないかな…と思っています。豚小屋で出会った二人…もとい一人と一匹の運命が交わる時、物語は始まる…みたいなw
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