その293 メス豚と御用商人
といった訳で試作魔法銃の試し撃ちは、十分満足な成果を上げたのだった。
しかし、マニスお婆ちゃんの作った叩き台があったとはいえ、最初から随分と高いレベルの物が完成したもんだな。
さすが餅は餅屋。やっぱプロの仕事は違うわ~。
『じゃあ、これまでに出た意見を元に手直しをした物を、そうね・・・五丁くらい作って貰いましょうか』
五丁という数字に深い意味は無い。色々と実戦を想定した試験をしてみるなら、そのくらいはあった方がいいかな? そう思っただけである。
しかし、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達は、なぜかギョッと目を見開いた。
「これを五つも作るだって?! そんなにいくつも作って大丈夫なのか?!」
いくつもって。たったの五丁じゃん。
まあ、剣一本で大喜びするような貧乏な山村暮らしの亜人には、鉄の塊というだけで随分と高価なお宝に感じられるのかもしれないけど。
『五丁くらいで驚いていてどうするの? 正式採用が決まったら全員分作って貰うつもりなんだから』
「全員分?! 俺達全員って事か?! だったら俺もこの銃を使えるのか?!」
職人の見習いのハッシが鼻息も荒く身を乗り出した。自分の分もあると知って大喜びだ。
まあ、お前は特にこういうの好きそうだからな。
そして、他の隊員はと言うと・・・。なぜか微妙な顔をしている。
どうやら呆れているようだ。
「全員って・・・マジかよ」
『それぐらいで何言ってるの。そうね。予備も含めれば初期型は百丁くらいあればいいんじゃない?』
「ひゃ、ひゃくっ?!」
副官のウンタが慌てた。
「待てクロ子! 流石にそれは多すぎるぞ! 百丁って、クロカンの隊員は百人もいないんだぞ!」
『いや、使ってれば壊れるでしょ。予備よ予備。隊員の数だってこれから増えるかもしれないし』
そもそもあって困るもんじゃない。
何事も転ばぬ先の杖。揃えられる時に目一杯揃えておいて損はないだろう。
「損はないってお前・・・。けど、これって鉄の塊みたいなもんだろ? そんなに沢山作ったらヤバイんじゃないか?」
『なによカルネ。あんた大きな体に似合わず、随分と肝っ玉の小さな事を言うのね』
「う、うるせえ! だって鉄だぞ鉄! これ一つでも随分と沢山鉄を使ってるじゃねえか!」
私的には鉄の量よりも、むしろ百丁作る鍛冶屋の方が大変だと思うけど。
ん? さっきからお前は随分と余裕をかましているけど、支払いの方は大丈夫なのかって?
自給自足がモットーの亜人村に、新兵器を買い揃えるお金なんてないんじゃないかと。つまりはそう疑っている訳だな?
大丈夫かどうかで言えば、まあ大丈夫なんじゃない?
何せ今の私らには頼もしいスポンサーがついているからな。
『おっと、噂をすれば影がさす。丁度そのスポンサーがやって来たみたいね』
「むっ? ああ、あの人間か」
隊員達が振り返ると、ショタ坊村改めグジ村の方から、身なりの良い小太りの商人が現れた。
「やあやあ、皆さん。村の外にいたんですね。捜しましたよ」
小太りの商人はそう言って人の良さそうな笑みを浮かべた。
我々の亜人村ことメラサニ村との商いを一手に引き受ける商人、ザボである。
ザボは少し前まで、この辺りの村々を回る行商人だったそうだ。
このグジ村にも年に何度か来ていたらしいので、ひょっとしたら私も彼を見かけた事があったのかもしれない。全く記憶にないけど。
実は今は亡きパイセンが取引していた商人こそが彼だったのだ。
ザボは最近、この辺りのハブ都市、ランツィの町に自分の店を持ったため、あいさつ回りとして我々の所にやって来たのである。
「というよりも、オスティーニ商会から出された条件が、あなた方、亜人の皆さんのお力になる事だったのです」
彼は、私が王都で助けた大商会、オスティーニ商会から融資を受けて、町に店を開いたのだと言う。
いや、これは逆だな。オスティーニ商会は、亜人と取引のあったこのザボという行商人を探しだし、わざわざ彼に金まで融資して、我々の村の近くの町に店を出させたのだ。
全ては亜人と繋がりを作るため。
我々に投資して貸しを作る事が目的だったのである。
そういう意味では、ザボは完全に巻き込まれてしまった訳だが、本人はその辺はスッパリと割り切っている様子だった。
「そもそも、こういう事でも無ければ、しがない行商人が、この若さでランツィに店を持つ事など出来なかったですからね。これはこれで良かったですよ」
ランツィの町はこの辺りで最大の地方都市である。町には商人ギルド的な組織がガッチリと利権を独占していて、一から商会を起こすのはかなり大変なんだそうだ。
ザボも心の中では「いずれは自分もこの町に店を持って一国一城の主になりたい」とは思っていたが、それは一生の目標と考えていたそうだ。
つまりは、それほどまでにランツィの町に店を出すのは難易度が高いのだ。
先ずは人脈作り。町の有力商会の商会主達に町の代官、町の名士に実力者。そんな彼らに名前と顔を覚えて貰う所から始める必要があるらしい。
そのための根回しに貢物。ここまででも莫大な資金と時間が必要となるというのに、どの派閥の下に付くかによっても、今後の難易度が大きく変わって来るのだと言う。
考えただけでも気が遠くなりそうだ。マゾゲー過ぎだろ。
「今回はその辺りを全部すっ飛ばした訳ですからね。流石は王都に名高いオスティーニ商会。正にあれよあれよという間でしたよ」
ザボは「まさか一生の目標がこんな形であっさりと叶ってしまうとは。私は今後、一体何を人生の目標にして行けばいいんでしょうね」と言ってハハハと笑った。
それはまた何と言えばいいのか。
取り合えず、相変わらずロバロ老人ははた迷惑なヤツだ、という事が凄く良く分かったよ。
ザボは魔法銃を興味深そうに覗き込んだ。
「これが完成した魔法銃という物ですか」
「いや、これは試作品だ。まだ完成はしていない」
クロカンの隊員達も、最初の頃はザボの事を遠巻きしていたが、パイセンの取引相手だと知った今ではすっかり警戒を緩めている。
正にロバロ老人の思惑通り、といった所か。
流石は王都最大の金融商会の商会主。悔しいが、こういう手腕は流石と認めるしかないだろう。
ウンタは申し訳なさそうにしながらザボに言った。
「それでなんだが・・・コレの改良型を後五丁、作りたいんだ。また金を出して貰えないだろうか」
「なる程。分かりました。しかし五丁でよろしいんですか?」
「・・・実は最終的には百丁程作りたいと思っている」
「百丁ですか?」
ザボは少し驚いた顔をしたが、すぐに「分かりました」と頷いた。
「魔法銃の部隊を一つ作ろうと思えば、確かにそのくらいの数は必要になりますね。資金はこちらで持たせて貰います」
ザボの返事に、クロカンの隊員達は「マジで?!」という顔になった。
だから言っただろうが。戦争というのは金がかかるんだよ。
弾道弾迎撃ミサイルなんて一発で20億円とか40億円とかするからな。
それがビューン、ドカンで終わりだからな。
ホント、戦争なんて貧乏人がやるもんじゃないよ。
まあ、我々の場合、金を出すのはザボ・・・ではなく、彼の後ろにいるオスティーニ商会なんだが。
せっかく相手が投資してくれると言うんだ。金は天下の回り物。お言葉に甘えて戦力の増強を図らせて貰おうじゃないか。
「それじゃルマンドさん。改良した魔法銃を五丁。作成をよろしくお願いします」
ルマンド? 誰だそれ。と思ったら、鍛冶屋のオヤジが「分かった」と頷いていた。
オヤジ、ルマンドなんて洒落た名前だったのか。てか、そういや最初に自己紹介をされた時にも同じ事を思ったっけ。
あまりにビジュアルとイメージが違うのですっかり忘れてたわ。
「他に何かご入用の品はございますか?」
「そうだな。冬用の厚手の上着があれば何着か、後は子供用の――」
ザボの言葉に、隊員達は村で足りない品々を頼んでいる。
彼のおかげで、今年は不自由なく冬を越せそうだ。隊員達の顔は明るかった。
我々は鍛冶屋のオヤジに挨拶を済ませると、ショタ坊村ことグジ村を後にした。
そういや結局、村人とは誰も会わなかったな。
ガチムチ村長とドラ息子以外、ロクに顔も覚えていないけど。
『遅くなっちゃったから、今日は山の麓のキャンプ跡地で一泊ね』
「うへえ~、あそこか」
カルネが嫌そうに顔をしかめた。
仕方がないだろ。他に適当な場所が無いんだから。まあ、気持ちは分からないでもないけど。
キャンプ跡地とは、半年ほど前にアマディ・ロスディオ法王国の外道部隊が。次にはこの国の魔獣討伐隊が。最後は大モルト軍の仇討ち隊が、それぞれキャンプ地としていたあの場所の事である。
近くに水場はあるし、水はけの良い地面は平らにならされているしで、ここで大勢の人間が死んだとさえ知らなければ、絶好のキャンプ地なのである。
「ワンワン!」
我々がキャンプ跡地を目指していると、山の方から犬が一匹。尻尾をフリフリ、頭のアホ毛もフリフリしながら走って来た。
アホ毛犬コマだ。
『こら、コマ。アンタは村で待ってろって言ったでしょ』
「ワンワン! ワンワン!」
コマは懸命に私に何かを訴えている。
なんぞ?
と思ったら、彼は背後の山へと振り返って遠吠えを始めた。
すると、その声に応えて、遠くから野犬の遠吠えが聞こえて来た。
それは短く、長く、短く、長く長く・・・
・ ― ・ ― ―
テ連送。その意味は、”敵機動部隊見ゆ”だ。
「クロ子」
『山に侵入者が入り込んだみたいね。みんな、私は先に行く。コマ、案内して』
「ワンワン!」
私は『風の鎧!』。身体強化の魔法を使うと、コマの後に続いて走り出した。
ここから事態は風雲急を告げる。
この報せこそが、この後に続く厳しく激しい戦い。その開始を告げるゴングだったのである。
次回「亡国の王子」




